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タマネギ男  作者: gojo
第五章  混乱、タマネギ男
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混乱(2)


 延々とタマネギ畑が続いている上に境界を示す柵なども見当たらないため、タマネギの里は、無限に広がっているかのようだった。ただしそれはもちろん錯覚で、小さな林を抜けると、灯りの消えた木造家屋が幾つか見えた。地図を確認する。近くに牧場やキャンプ場などがあり、ここらは避暑地として利用されているようだ。思うに、あの木造家屋は別荘、あるいはコテージだろう。


 美佳が何かを思い付いたらしく、親指で一軒の家屋を示す。ついてこいという意味に違いない。郁夫は軽く頷いて、美佳の後ろを歩いた。


 家屋に着くと、美佳はぐるりを回り、そして小さな窓の前で立ち止まった。


「美佳ちゃん、留守みたいだし、宿を借りることは無理だよ」


 そう言った瞬間、彼女は懐から十徳ナイフを取り出して、それを窓枠とガラスの隙間に差し込んだ。パキッとかすかに音が鳴り、差し込んだ位置を中心にして窓に放射線状の亀裂が走る。その作業を数回繰り返すと、鍵の近くに三角形の穴があいた。


「み、美佳ちゃん、何してんの?」


「三角割り。音をたてずに窓を破る方法だよ」


「ど、どうしてそんなことが出来るんだよ」


「普通、出来るでしょ」


「出来ないよ!」


 会話をしている間にも美佳は解錠を終え、窓を開けた。


「よし、これで侵入はオーケー。次はあっちかな」


「ちょっ、どこ行くんだよ」


 良い子はマネをしてはいけません。そんなことを思いながら後を追う。

 美佳は、今度は家屋の裏にある配管の前で立ち止まり、幾つかのコックを捻った。次いでメーターのような機械の蓋を開け、そこにあるボタンを長押しする。


「み、美佳ちゃん、今度は何をしてんの?」


「お風呂に入りたいから給湯器を立ち上げてるんだよ」


「なあなあなあなあ、どうしてそんなことが出来るんだよ」


「受験生たるもの、これくらいの知識はないと」


 彼女のハイスペック振りに疑問を抱いてはいけないのだろう。そう悟って軽口を叩く。


「これからは、一家に一台美佳ちゃんの時代だな」


「なにそれ? 新手のプロポーズ?」


「なっ、ばっ、違えよ!」


「そんなことより、寒いから中に入ろう」


 屋外での作業は完了したらしく、美佳は開いた窓から家屋に入っていった。郁夫もそれに倣って侵入する。

 室内に入っても、まず美佳は隅々の様子を確認した。


「先生、部屋の灯りは点けちゃダメだからね」


 そう言う彼女の手元には小さなペンライトが握られていた。いつの間に細工を施したのか、そのライトには紙が巻いてあり、光を辺りに漏らさずにピンポイントで手元のみを照らせるようになっている。その小さな光源を頼りに一通り室内を調べ終えると、美佳はソファの上に身を投げた。よほど疲れていたらしく、脱力し切っている。

 郁夫は向かいのソファに座り、リュックから食料を取り出した。


「美佳ちゃん、先に飯にしなよ」


 二人同時にガスマスクを外すわけにはいかないので、食事は交替制だ。

 美佳はソファの上で横になりながら、気怠そうに返事をした。


「そうさせてもらおうかな。それにしても、こんなに良い宿に泊まれるって分かっていたなら、もう少しまともな食材を買えば良かったね。温かいもの食べたぁい」


 コンビニで調達したものは、おにぎりとお茶だけだ。


「焼きおにぎりにでもしようか? 調理器具はあるんだろ?」


「そのままで良いよ……あ、調理器具といえば、こんなのを見つけたよ」


 美佳はソファに座り直し、懐から細い棒状の物を何本も取り出すと、それをジャラジャラとローテーブルの上に広げた。

 その銀色に輝く物を見ながら言う。


「なんだよ、これ?」


「バーベキュー用の鉄串だよ」


「焼く物なんてないだろ」


「タマネギならあるけどね」


「わ、笑えねえ……」


 美佳は微笑みながら肩をすくめ、淡々と語りだした。


「冗談だよ。これ、武器として使えるかと思って回収しといた」


「こんな物で武器商人と戦う気かよ」


「ないよりはマシでしょ。もちろん敵に見つからないっていうのが最善だけど、ゴールの見えない旅だし、何が起こるか分からないじゃない」


「しっかし、心許ないなぁ」


 一本の鉄串を拾い上げ、まじまじと観察をする。


「そうでもないよ。飛び道具としても使えるし」


 美佳も鉄串を拾い上げ、続けて投げるポーズをした。


「忍者じゃあるまいし、無茶だろ」


 さすがに万能の彼女であっても、そんな漫画のようなことが出来るとは思えない。

 ところが美佳は、キョトンとした顔をした。


「子供の頃、川原でバーベキューをした時とかに投げて遊ばなかった?」


「遊ばねえよ」


 もはや、なんでもありだ。


「といっても、数メートル先の木に突き刺すことくらいしか出来ないけどね。狙いを定めて投げることなんて出来ないし、ましてや敵を仕留めるなんて無理。ただ、こっちにも飛び道具があるってアピールすることで威嚇にはなると思うよ」


 全部で二十本ほどはあるだろうか、そのうちの半分を美佳は寄越してきた。


「ありがとう。受け取っておくよ。使わないで済むことを祈るけどさ」


「基本は手に持って使うんだからね。本当はもっと柄の長い武器が良いんだけど、外を歩くことを考えると、懐に忍ばせられるこのサイズが限界だね」


 適当に頷いて郁夫は鉄串をリュックにしまった。


 ややあってから美佳はおにぎりを手に取り、その包装を解きながら口を開いた。


「先生、わたしがご飯を食べている間にお風呂に入ってきちゃいなよ。タオルとか石鹸とか一式揃ってたよ」


「じゃあ、そうすっかな」


「ちゃんと換気扇は点けてよね。わたしも後で使うんだから」


「へいへい」


 リビングに美佳を残して、浴室に向かう。


 衣服を脱ぐと、全身の皮膚が捲れあがっていた。日中には胴体前面が剥けただけであったが、時間の経過と共に代謝が全身にまで及んだようだ。シャワーを浴びながら肌を擦ると、それらの皮膚は綺麗に剥け、あわせて体毛も取り除かれた。全身は、まるで美少女の肌のように艶やかになった。いや、実際には美少女の肌の感触を知らないのだが、イメージ的にはそんな感じだ。引き換えに、身体は一回り小さくなった。ただし首より上の皮膚はほとんど残った。お陰で髪は抜けずに済んだのだが、鏡に映る姿を見る限り、頭身のバランスが崩れた気がする。というより、首が太くなったように見える。


 排水口が詰まらないように床に落ちた皮膚を拾い集めながら、郁夫は、思った。このまま脱皮を繰り返し、やがて自分はタマネギになる。


 不穏な未来を払拭しようと、首を横に振る。郁夫はシャワーノズルを壁に掛け、尖った頭から熱いお湯を浴びた。






「美佳ちゃん、風呂あいたよ。いやぁ、皮膚が綺麗に剥けてさ、ツルツルになれたよ。これだと俺の魅力がますます上昇しちゃうな……って、あれ?」


 シャワーを浴び終え、防護服を着直してリビングに戻ると、美佳は、ソファの上で眠っていた。日頃はしっかりとした佇まいの彼女ではあるが、眠ってしまえば、やはり普通の十代の少女だ。寝息をたてるその顔は可愛げさえある。

 郁夫は起こそうとしたが、寝かせてあげようとすぐに考え直し、寝室から掛け布団を持ってきて美佳にそっと掛けた。それから、床の上にうずくまって目を閉じる。

 すると、再び雑踏の音が耳についた。どこから聞こえてくるのかは分からない。遠いような気もするし、近いような気もする。しかも、断片的にではあるが、単語を聞き取ることも出来る。


『……力を、くれ』


『……選ばれし者よ。待っていたぞ』


『……目覚めの時は来た』


 頭の中に靄が広がる。その声が何者によるものか見当もつかないが、これ以上聞いてはいけないという予感がして耳を塞ぐ。


 やがて、その姿勢のまま郁夫は眠りに落ちた。






――力が、欲しいか?


――いらねえよ!


 このやり取りは、いまとなっては根岸との挨拶だ。根岸自身もそのことを承知しているらしく、何事もなかったかのように本題を切り出してきた。


――タマネギの里に着いたようだな。では次は……


 咄嗟に言葉を遮る。


――なあ、根岸さん。その前に根岸メモのことについて教えてくれよ。


 根岸は少し間を置いてから、不思議そうに問い掛けてきた。


――お前、メモを読んだのだろう?


――読んだ上で意味が分からないから聞いてんだよ。


――意味は、書いてある通りだ。


――は? 普通の人間に戻る方法なんて一言も書いてなかったぞ!


――誰が人に戻る方法を教えると言った。私は役に立つと言っただけだ。


 似たような会話を繁幸ともしたことを思い出す。郁夫は、怒りを抑えつつ皮肉っぽく根岸に訴えた。


――役に立ちそうにもありませんけどねえ。


 根岸が当たり前のように言葉を返してくる。


――タマネギの凄さが分かっただろ。


――分かるわけねえだろ!


 語気を強めるが、根岸は一切表情を変えなかった。それ以前に、顔がなかった。


――新たなタマネギ男よ。根岸メモには、それ以上の意味はない。


――え? どういう意味だよ。


――お前に能動的に脱出をしてもらうため、餌として提示しただけだ。


――まさか、多摩里大での騒ぎは必要なかった、とか?


――タマネギ的な観点からすれば、そうとも言う。


 全身から力が抜けた。呪いを解くための命懸けの行為は、全て、徒労だったのだ。

 落胆する郁夫をよそに根岸は話を続けた。


――実は、初めから、ここ、タマネギの里に来て欲しかったのだ。


――どうせここに来ても人に戻るあてはないんだろ。


――否定はしない。ただ、幸福になれるということは約束しよう。


 胡散臭い話だ。そう思いながらも淡い期待を抱き、尋ねる。


――どんな風に幸せになれるんでしょうね。


――それは、タマネギの導きに従えば、いずれ分かるだろう。ネギだけに。


――ネギだけにって、何にも掛かってねえよ!


――ファイトだ!






「ふざけんな!」


 郁夫は叫んだ。すると背後から声がした。


「ふざけんなって言いたいのは、わたしのほうだよ」


 振り返ると、美佳がソファで脚を組み、こちらを見下ろしていた。何があったのか分からないが、非常に不機嫌そうだ。


「や、やあ、美佳ちゃん、おはよう。なに怒ってんの?」


「あのさあ、長沢先生。浴室に剥けた皮を放置しといたでしょ。お陰でわたし、お風呂に入ろうとした時に死にそうになったんだからね」


「剥けた皮も毒ガスを発するんだな」


「気にするとこ、そこ?」


 それから美佳は、如何にして皮を片付けたのかを延々と語った。マスクを装着し、トングとビニールを用意し、うんぬん。

 郁夫は親身な素振りで何度も頷き、話が終わりそうなところで声を掛けた。


「悪りい悪りい、ところで、いま何時?」


「反省してないでしょ!」


 美佳曰く、既に正午に近いとのことだった。随分と長く眠ったものだ。そのお陰か、だいぶ疲れが取れた。美佳にしても昨日とは打って変わって元気そうだ。


 二人はとりあえず食事をとるついでに、今後の指針を決めることにした。


「…………って、根岸さんに言われたよ」


 夢の中でのことを伝え終えると、美佳はおにぎりに噛り付きながら、あからさまに嫌そうな顔をして愚痴を零した。


「タマネギの導きって、また抽象的な指示なのぉ?」


「抽象的なのがタマネギ的な説明方法なんじゃないかな」


「なんなの、そのタマネギ的って言い方は。いずれにしても、導きって言葉だけじゃ、何をしたら良いのか全く分からないじゃない」


 その言葉を聞いて、郁夫は腕を組んで頷いた。


「いやぁ、それがさぁ、言い辛いんだけど、なんとなく、分かっちゃうんだよな」


「ねえ、先生、本当に頭は大丈夫?」


「実はな、昨日は確信が持てなかったんだけど、俺のことを呼ぶ声が聞こえるんだ」


 そう、いまもまだ、『選ばれし者よ』という言葉が聞こえていた。

 美佳が真剣な面持ちになって、疑問を口にする。


「その声に従っても呪いが解けるわけじゃないんでしょ? 一体、何が起こるの?」


「それは分からない!」


 自信満々に答えると、美佳は鼻で溜め息をついた。


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