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タマネギ男  作者: gojo
第三章  衝突、タマネギ男
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衝突(4)


 ベッドの上に、縛られた状態の美佳が横たわっていた。その顔にはガスマスクが装着されておらず、口に猿ぐつわがされている。


 しばらくすると、扉の開く音が聞こえ、防護服を着た警官数名が入ってきた。美佳はここぞとばかりに唸り声をあげ、懇願するような視線を警官達に向けた。

 警官達が慎重に辺りの状況を確認し、美佳の拘束を解く。自由になった美佳は目に涙を浮かべ、一人の警官にすがり付いた。


「ありがとうございます。危うく犯人に襲われるところだったんです」


 その警官は首を傾げ、美佳に尋ねた。


「長沢郁夫はどこに行った」


 美佳が、怯えた表情で答える。


「つ、ついさっき、走って部屋を出ていきました。毒ガスだけではなく、ナイフや拳銃らしき物も持っていました。あ、あの男は危険です」


 すると、その警官は手で他の警官達に指示を出した。他の警官達は頷いて、郁夫のことを探しに部屋を出ていった。


 部屋の中は、美佳と一人の警官だけになった。


「さあ、詳しい話は署で聞こう」


「す、すいません。怖くて腰が抜けちゃって、立ち上がれないです」


 警官は溜め息をつき、肩を貸す仕草をした。

 美佳は、ますます怯えた表情をして、感情的に言葉を並べ立てた。


「怖いんです。犯人の長沢さんは毒ガスを撒く時、お巡りさんと同じようなマスクを着けていました。そして、倒れていく人をわたしに見せつけて、楽しそうに、『次はお前だからな』って言ったんです。そのマスクを見ると、それを思い出してしまいます」


 少し間を置き、うるんだ瞳で言葉を続ける。


「お願いです。一瞬だけでも、お顔を見せてくれませんか?」


 警官は少し悩んだ素振りをしたが、結局はガスマスクを外した。美佳は露わになった顔を見ると、艶っぽい表情をして、その頬を撫でた。


「こういう時って、目を閉じたほうが良いんですよね?」


 囁くように言う。警官は顔を赤らめた。


「馬鹿なことを言うんじゃない。君は未成年だろ」


「目を、閉じますね……」


 そう言って、美佳は大きく息を吸ってから、鼻を摘まんで固く目を閉じた。


「き、君、そんなに強く目を瞑らなくても平気だよ……」


 そのタイミングで、郁夫は、浴室の扉を開け放って部屋に侵入した。換気扇も点けずに浴室内にいたからだろうか、かなりの量のタマネギガスが充満していたらしく、警官は声をあげることもなく、一瞬で意識を失った。ベッドが警官の涙で濡れている。


 郁夫は急いで美佳にガスマスクを渡した。マスクを装着した美佳は倒れている警官を見下ろし、得意げに言い放った。


「だから目を閉じたほうが良いって言ったのに」


 郁夫はさっそく作業を始め、美佳に尋ねた。


「なあ、誰が危険な男だって?」


「会話が聞こえてたんだ? でも危険なのは事実でしょ。そんなことより急いで」


「はいはい」


 倒れた警官から防護服を脱がし、それを郁夫が着る。


 概ね作業を終えて美佳のことを見ると、美佳は警官のガスマスクをいじっていた。


「美佳ちゃん、どうしたの?」


 予定では、そのガスマスクも郁夫が装着するはずだ。


「ガスマスクを改造してるんだよ」


 美佳は当たり前のように答えた。その手には十徳ナイフが握られている。


「え? なんで?」


「ガスマスクって、吸い込み口と吐き出し口が別になってるの。で、それぞれに逆止弁が付いていて、吸い込み口からは吸うことしか出来ないし、吐き出し口からは吐くことしか出来ないんだよね」


「は、はぁ……」


 曖昧に相槌を打つ。美佳は作業をしながら話し続けた。


「しかも、毒を吸収するフィルターは吸い込み口にしか付いてない」


「え! それだと俺がマスクを着けても、吐き出した息は外に出ちゃうじゃん」


「だから吐き出し口を塞いで、吸い込み口の逆止弁を壊してるの……よし、出来た」


「美佳ちゃん、ハイスペック!」


「くだらないこと言ってないで、これを被って窓際に行って窓を開けて」


 指示通りにすると、美佳も窓際にやって来てマスクを外し、顔に顔を近付けてきた。ゴーグル越しとはいえ間近に顔があっては緊張する。


「み、美佳ちゃん、ど、どうした?」


「先生、大きく息を吐き出して」


 息を吐くと、美佳は頷いた。


「オーケー、ガスは漏れていないね」


 美佳はそう言うと、何事もなかったかのように郁夫に背を向け、ガスマスクを被り直して倒れている警官の懐を漁り出した。


「あった。へえ、この人、字は違うけど、先生と同じ永澤さんって言うんだね」


 見つけ出した警察手帳を見ながら美佳が再び窓際にやって来る。そして、郁夫の目の前で立ち止まると、楽しそうに敬礼をした。


「それではナガサワ巡査。わたしの連行をお願いします」






 ホテルの駐車場は、郁夫の投げたペットボトル爆弾によって騒然としていた。いつの間にか救急車も到着していて、まるで大事故のあった現場のようだ。


 防護服に身を包んだ郁夫は、その現場の中心を、背筋を伸ばして堂々と歩いた。隣にはマスクを外した美佳もいる。


「ねえ、先生、本当に車を運転できるの?」


「任せとけよ。免許を取ってから一度も運転したことないけど」


「怖い……」


「大丈夫。子供の頃から、やれば出来る子って言われてたから」


「先生、それって社交辞令だよ。一番ダメなタイプじゃない」


 小声でそんな会話をしていると、上官だろうか、偉そうな男が声を掛けてきた。


「ホシはどうした?」


 落ち着いて敬礼をし、報告をする。


「ただいま長沢郁夫はホテル内で逃走しておりますが、少女の身柄は確保いたしましたので、先に連行いたします」


 上官とおぼしき男は不審そうな表情を浮かべたが、有無を言わさず郁夫は、車に乗り込み、刺されたままのキーを捻った。


 ワゴン車が、西に向かって走り出す。


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