東京 ⇔ タジキスタン
一年前、古代遺跡。
――助けてください! 隊長!
――隊長! 隊長、どこにいるのですか!
――め、目が、目が痛いです!
――私はここだ! みんな落ち着くんだ!
――隊長! 涙が止まらないです!
――もうダメです! このままでは!
――うっ! 乾く。乾いていく!
――落ち着け! 冷静になるんだ!
現在、東京。
ああ、腹減った。腹が減って眠れねえよ。いま何時だ? チッ。午前二時かよ。中途半端な時間に目が覚めちまったなあ。こんな時間にコンビニなんて行きたくないし、かといって、このまま眠れぬ夜を過ごしたくもない。どうしたもんかなあ。あれ? オヤジ、帰ってんのか? ハハ。意外とお土産に食い物を買ってきてくれてたりして。まさかな。そんな都合の良い話はないよな。でも、淡い期待を胸にキッチンを覗いてみるか。うん。俺とオヤジの絆を信じてみよう。遠くからでもオヤジは俺の腹の減り具合を察したに違いない。さて、くだらないことを考えていないで、キッチンを覗きに行くとするか。
一年前、古代遺跡。
――隊長! どうにかしてください!
――涙の出過ぎで脱水症状になってしまいます!
――この臭いを止められないのですか!
――騒ぐな! いま考えている!
――ああ、目眩がしてきた。
――アレです。アレが臭いの原因です!
――隊長が怪しい箱を開けたから!
――だから、解決方法を考えているだろ!
現在、東京。
当然オヤジが俺の腹具合を察するわけもなく、キッチンにそれらしい物はなく、テーブルに突っ伏して俺は泣く。腹が、腹が減った。どうしてこんなに腹が減っているんだ。晩飯はちゃんと食べたはずなんだが、あれは夢だったのか? いや、ひょっとしたらいま現在のほうが夢なのかもしれない。うむ。どっちでもいいな。いずれにしろ、いますぐ何かを食べたいということに変わりはない。いいや、待てよ。仮にここが夢の世界なのだとしたら、食べ物以外の物も食べられるのではないか? 例えば、そう、このテーブルはチョコレートかもしれない、って、俺は何を考えているんだ。深夜にテーブルに噛り付こうとするなんて、どうかしている。永久歯は大切にしなければならない。とりあえず、冷蔵庫の中を物色しよう。
一年前、古代遺跡。
――箱を閉めてください!
――土で出来た箱は隊長が崩しちまったよ!
――じゃあ、どうするんだ!
――私がどうにかアレを封印する!
――早くしてください! 干乾びてしまいます!
――臭いが目に沁みる! 死んでしまう!
――入れ物もないのに封印できるのですか!
――わ、私が食う。私が、このタマネギを胃袋に封印する!
現在、東京。
なんだよこれ? タマネギ? にしては随分と派手な紫色をしているなあ。それに、なんで厳重にガラスケースに入ってるんだ? あ。はいはい、なるほど。分かった、分かっちゃったよ。これはタマネギの形をしているが、ケーキだな。表面の紫色はキャンディコーティングか何かだろ。だから綺麗なケースに入っているわけだ。オヤジが誰かから貰ったとか、そんなところだろうな。あのオヤジが甘い物を好むとは思えないし、俺が食ってやろうじゃないか。よし。いただきまぁす。
一年前、古代遺跡。
――う、うまい! このタマネギ、うまいぞ!
現在、東京。
う、うまい! このタマネギ、うまいぞ!