序章 不思議なことが不思議でない夜
本を読んでいていつの間にかコタツで眠っていたわたしは夢をみていた。
それはこの年老いたままの姿で幾多の冒険をくぐりぬけるものだった。
けれども、夢は突然終わりを告げ意識は現実に引き戻された。最初はぼんやりとしていたけれども、だんだんと意識がはっきりっしてくるとそれまで夢見ていたものは遠い幻のようになってしまい、ついには冒険をしていたということしか思い出せなくなってしまった。その代わりになぜ夢のなかの冒険が終わったのかわかった。
わたしの体は揺すぶられていたのだ。
「やっと起きた、風邪を引くわよ」
わたしを夢から引き戻した女の子は無邪気に笑いながらいった。ふと壁に掛けてある時計をみると針は十二時を少し過ぎた頃を示していた。一般的に人間は眠っている時間。
すでにこのかわいらしい訪問者たちが、突然とんでもない時間に訪れることにはなれていたし、そういったことになるのも理解をしていた。だから今は突然起こされたとしても気にしてはいなかった。
けれどももうひとりの訪問者…女の子に隠れるようにして立っていた男の子はそうではなかった。申し訳なさそうな気持ちが表情に浮かんでいたし頭に生えたいわゆる獣耳はぺたんと垂れて尻尾も不安を表すかのように弱々しく揺れていた。女の子の方はピンと耳は立ち、尻尾もゆらゆらと元気よく跳ね回っているのと対照的だった。
その様子につい笑みが浮かんでしまったけれど、二人には居間で待ってもらいわたしは着替えに自室へ戻った。
眠る前から雪は降り始めていたけれど、夢の中にいる間に窓の外は白に塗られていた。外の様子を確かめるために窓を開けるとすぐにひんやりとした空気が流れ込んできた。雪はまだ薄かったけれどもこのままの調子だと朝には歩くのも一苦労しそうなほど積もりそうだった。少し考えて厚手のコートを選んだ。
居間へ戻ると女の子はコタツに入って机の上の籠に置いていた蜜柑や飴などを手にしていた。ほんのわずかの間だというのに紙で作ったゴミ入れの中にはすでに皮と包み袋などでいっぱいだった。
それを見て『明日にでも補充しとかないといけないな~』とぼんやりと思っていると台所の方から遠慮がちな足音が聞こえてきた。
戸口を見ると湯気の立つカップを載せたお盆を持った男の子が立っていた。
「勝手に使いましたが寝起きでしたので」
そう言いながら差し出してきたカップの中には紅茶が注がれていた。
「そんなに気にしなくていいのに、でもありがとう」
カップを受け取ると男の子はどこからか取り出したのか砂糖いれとスプーンを差し出してきた。お盆には載っていなかったし両手で持っていたのだから、どこに持っていたのか不思議だった。ふたりは昔ながらの和服を少しアレンジしたような衣装で特に物を入れておくポケットのようなものは見当たらなかった。
コタツに入り砂糖をスプーンに3杯入れてかき混ぜてから口にした。
暑すぎず冷たすぎずちょうどよい温かさだった。
月夜は明るく、夜道を照らしていた。念のために懐中電灯を持ってきていたけれど不要だったので、今はそれは外套のポケットの中にあった。
わたしは慎重に雪の道を歩いた。一歩一歩確実に足をつけて進んだ。ふたりは軽やかな足取りでそれがうらやましかった。
「先に進んでいていいのよ、わたしのペースに合わせなくていいのよ」
「何を言っているの、それじゃ楽しくないじゃない!それに夜はまだ始まったばかりだわ」
そしてわたしたちは歩き始めた。
少し進むと見知った少女と出会った。
「あなた、何してるのよ」
その顔をみるなり女の子は不機嫌そうに声を掛けた。
「お姉ちゃん、そんな口の聞き方しちゃだめだよ…」
「私の勝手でしょ…弟くんはこんなに素直だというのにこの姉は」
「何かいいたいことがあるの」
「もちろんあるわ…でもね、弟くんの素直さに免じて何も言わないわ感謝することね」
それはいつも顔を合わせると始まるお約束のこと。最初の頃は色々とあったけれども、今では軽口がいえるくらいの関係だった。それでも気になることがあるのはたしかだった。
「でもね、今日は水曜日だから明日も学校でしょ?」
少女は自信満々に答えた。
「明日は創立記念日で休みなのです」
その堂々たる様子にちょっと笑ってしまった。
「でもね、夜中に女の子がひとりで歩くのは危ないわよ。もちろんあなたがとても強いことはわかっているわ…それでもやっぱり心配なのよ」
「心配してくれてありがとう…でも、力を持つ者として見回るのは当然のことなの。それに…白状すると多分あなたたちもいるだろうなと思ってアテにしていたの。だから私も一緒にいいかしら」
「ええ、もちろんよ」
「もちろんです」
「仕方がないわね」
わたしたち三人の声は同時だったけれども、その言葉はバラバラだった
月夜に照らされた三人の姿を見ながらみんないい子だなと思った。三人とも少し前にわたしが趣味で作ったマフラーと手袋をしていた。特に女の子と男の子はそういったものは必要でないのに…ふたりは薄い和服と和風の紐靴ともいうような履物をしているだけだったけれど、ふたりは人間ではなかったし何よりもその服自体特別なもので充分に温かいものだった。
三人と歩いていて何となく引率者の気分になったし、年齢だけでいえば人からはそう見えるだろう。でも実際はわたしが彼らに引率されているのだった。
本当に世の中は不思議なもので、五十八歳になって新しい出会いだけでなく冒険に巻き込まれるとは思いもしなかった。
そしてわたしの心は今年の春を思い浮かべた。
これまで短編ばかり書いてきましたが今回初めて長編に挑戦しまいた。
一応全体の展開はすでに考えていまうがあとはそれを物語として何とか落とし込みたいです。
完結がいつになるのか、それこそ本当に完結できるのか不安ですが物語を楽しみ、お付き合いいただければ幸いです