9話 ペアの町の一人少女_6
「泥棒退治?」
お湯が十分にたまっている風呂の中で、俺は、隣で同じく風呂に浸かっているアメーナに、聞き返す。なぜ、こんな話になったかというと、……俺が、風呂に浸かってから数分くらい経った頃か。唐突にアメーナが、「泥棒退治をしましょう」と言ってきたからだ。特に、前後にそういう話があったわけではない。……ちなみに、最初に風呂に浸かったのはアメーナである。俺よりも先に、体を洗い終わっていたからな。一番風呂を取られたのが、ちょいっと悔しい。俺は、肩までお湯に浸かっていた体をさらに沈め、顎くらいまで浸かって、言葉を続ける。
「ふん。……なぜ俺が?」
「ほら、宿主のカラさん。彼女が言ってたんですよ。最近、盗みをする偽人間が、町に出没するって」
「さっき部屋で聞いたな。2度と入ることのない部屋だが」
確か、宿主少女カラの部屋にいたときだ。そのときも、アメーナが同じことを言っていた。その偽人間から盗まれるのを防ぐため、大掃除のついでに、物を部屋に移動させたのだとか。……おかげで、こっちは部屋を探すのに四苦八苦させられたが。アメーナは、1度頷いて、話を続ける。
「カラさんとは、もうルームメイトですからね。親交を深めたいです」
「俺はもはや敵対関係だ、やつとは。……それに、消灯時間が過ぎれば、明日にでもこの町を出るつもりだ」
シティには、シティ全体を照らす太陽電気が、天井部分に設置されている。その電気には、消灯時間が一定感覚で決められており、太陽電気が消灯すると、シティ全体に光が差さなくなる。消灯の間隔は、常に一定なので、これを1日として、消灯時間を基準に生活する人間は多い。……ちなみに本などでは、消灯時間を夜として表現しているものが数多くある。天には、天井ではなく空があるのだとか。上手く考えられているな、と感心させられる設定も多い。俺は、換気のために設置されている窓を見る。外からは、まだまだ明るい電光が差している。しかし、風呂を出て、部屋に戻る頃には、消灯時間を過ぎて真っ暗になるだろう。俺は、さらに付け加える。
「それにだ。……慣れない者が暗闇を歩くのはまずい。この町には、明るいライトが多いとはいえ、太陽電気がついているときほど視界がよくない。ましてや、ここはペアの町だ。接触事故1回で、3人同時に人生を無駄に失うことになる」
「そんな……。では、カラさんはこれからもずっと、大掃除の度に、ゴミに埋もれて過ごさなければならないのですか?」
「ああ。それどころか、外の物置が使えないから、買ってきたゴミを宿内に……。いや、やつにとっては、別にゴミではないだろうが……」
「シブイさん、やっぱり助けてあげましょう?こつこつ手助けをしていけば、敵対しているというカラさんとの関係も、一緒にお風呂に入れる関係まで持ち直せますよ、きっと」
「そこまで行くと、逆に助ける気になれないな……」
現在の状況を、たまたま会っただけの住民とも作ってしまうようであれば、俺はもはや自分の常識を疑うことになるだろう。というか、アメーナもたまたま遭遇した住民のはずだが……。こいつだけ例外と言う話で、あってほしい……!俺の心の願いなど、知りもしないアメーナは、そのまま話を続ける。
「わかりました、シブイさん。私、泥棒退治に行ってきます」
「……さっきも説明したが、危険だぞ?」
「でも、行かなければもっと危険なことになってしまうんです」
「もっと?宿でも爆発するのか?」
「そういうことではなくて。……これは、前に、旅に出るのを逃した経験からなのですが。機会を逃すことが、人生で、最も危ないのです」
「機会を……?」
「はい。……いいですか?私は、カラさんと仲良くなりたいのです。シブイさんを連れて。泥棒を退治して。カラさんの宿を救って。どれも妥協しないために、私は必ず泥棒退治に行くのです」
「強い、意志だな。……あの、俺が、要望に入ってるんだが」
「絶対連れて行きますからね……!安心して、消灯後もゆっくり寝ていてください」
アメーナは、ぐっと親指を立てる。その後、アメーナは立ち上がり、浴槽、そして風呂場から出て行った。……あいつからは、俺の意思とは関係なく、無理やり連れて行くという意図を感じ取れた。……マジか。まあ、今日1日、アメーナに付き合った経験から考えると、俺を引きずっていく程度のことは、やっても不思議ではないと思う。……やはり現実の人間とは思えない。創作物の登場キャラのようだ。あまり関わりたくはないが、あいつを失うと、今までのような、ただの旅をするだけの生活に戻されてしまうような、そんな気がする。……俺は、泥棒退治に出かけることに決めた。今の、まるで物語の主人公のような不思議な体験を、俺は、失いたくはなかった。