6話 ペアの町の一人少女_3
全ての足が根元から折れている黒猫。どうやら着ぐるみのようだが、一体、この中に入っている人間は、何を考えているんだ?俺は、ひとまず抱きかかえていた黒猫を離す。黒猫は、胸辺りをびよんと伸ばして着地する。中に入っている人間が、腕を伸ばしたようだ。黒猫は、胴体をもぞもぞさせながら不満げに言う。
「わっ。ちょっとちょっと。いきなり離さないで欲しいんですけど」
「それよりも、どうして猫に?」
「どうして?……なぜお客さんは、そんなことを知りたがるのですか? 知ってどうするのですか? なぜ私が、あなたにそんなことを話さなくちゃあならないんです?」
「……気になっただけだが」
「そですか。…………ところでこの着ぐるみのチャック、背中の部分にあるのですが、下ろしてくれません?」
「ふっ。なぜ俺が?」
「む。……着ぐるみの中身、見なくてもいいんですか?」
「別に」
「本当に?猫の、猫の着ぐるみの中ですよ。ああいえ、でもやはり私だけ独り占めしちゃいましょう。こんなにも可愛いんですから、ね、ねっ」
「……まさか、猫が入っているのか?」
「いやそんなまさかぁ。でもぉ、あえていうならぁー?とびっきりですかねぇ~」
明らかに、先ほどまでとは違い、明るく盛り上がっているテンションの猫の中身。まさか本当に猫が入っているのだろうか?そういえば、さっき猫の鳴き声が聞こえたような、いやでも、この女の声に近かったような。……とりあえず、猫に釣られるわけではないが、中身を見てみるとしようか。俺は、黒猫の背中側に移動して、黒猫の背中のチャックを下ろす。すると中から、すごい勢いで、汗だらけの少女が飛び出してくる。少女は、廊下にひざをつき、手を使って自分に風を送っている。少女は、こちらを見るや否や、小さく笑って言った。
「ふっ。……ほら、私、こんなに可愛い子猫ちゃんですよ?もっと嬉しそうな顔をしてはどうです?私は、こんなにも胸がすっとしていますよ?」
「……ふん。本当に胸がすっとしているようだな。とてもスレンダーだ」
「……ふぅーん?口で勝てないからって、体の悪口言っちゃいますかぁ?それって卑怯じゃありませんかねー?」
「いきなり殴られたときに殴り返す回数は、2発だ。1発は殴られた分、1発は理不尽な分。……理不尽に人を挑発するお前に、対等な言葉を返すことはない」
「そーゆーのを屁理屈って言うと思うんですけどー。私ー、お風呂入るんで、受付の用紙にサイン書いて、好きな部屋で休んでていいですから」
少女は、それだけ言い残して、さっさと廊下の奥へと歩いていった。正直、泊まるのをやめるべきか真剣に悩むところだ。でも、あんな奴が受付をやっているなら、きっとこの宿の客数は少ない。だとすれば、3人接触事故の可能性はかなり低いだろう。安全性ではかなり優良ということだ。部屋も自由でいいらしいし、やっぱりここに泊まるか。
「さっきの方が受付の人でしょうか?」
「うおっ!」
突如、後ろから声が掛かる。振り返ると、アメーナが話しかけてきていた。いつの間にかペア範囲に入って。……わ、忘れていた。アメーナは、足元に落ちている黒猫の着ぐるみを拾い、チャックの開いているぶぶんから中を覗き込む。そして中の構造を俺に教えてくれる。
「前足の部分には、取っ手つきの棒が埋め込まれています。後ろ足は、履き物つきの棒です。後ろ足の履き物のところに足を入れて、前足の棒の取っ手を持つようですね。そして棒を足として使うのでしょう」
なるほど、常に手と足だけで、ぶら下がっている状態になるわけだ。そういえば、トレーニングがどうとか言っていたな。……でも、なんで着ぐるみなんだ?……とりあえず、俺の寝る部屋を決めるか。黒猫の着ぐるみは、俺の泊まる部屋のインテリアとして飾っておこう。廊下に捨てておくのも悪いし。
俺たちはそれぞれ泊まる部屋を決め、部屋で休んでいた。ちなみに、部屋を決めるために相当歩いた。ほとんどの部屋が、物置をひっくり返したような、物に溢れている状態だったからだ。本当、山積みって感じだった。結局、数少ない綺麗だった部屋を、1部屋ずつ、俺とアメーナでそれぞれ使うしか道はなかったのだ。
部屋は、本棚に机椅子に畳まれた布団、あとは古めの携帯ゲーム機や電子ピアノが床に、ノートパソコンが机の上に置かれている。民宿にしては充実しているほうだろう。ただ、ゲーム機は散らかっているので、家の住民がたまに使用しているのかもしれない。とりあえず、俺は、布団を敷いて寝転んでいる。……今日は疲れた。服の汗はもう乾いたが、早く風呂に入りたいものだ。
しかし、向かいの部屋で休んでいるアメーナは、はたして大丈夫だろうか?アメーナの部屋は、受付少女のものだと思われる部屋だ。華やかなベッド、筋トレグッズ、少女マンガ、女性ものの服などが目立っていた。俺が泊まるわけにもいかないので、あの部屋を譲ったものの、勝手に部屋に入ったからと逆上されていないか不安だ。……いや、アメーナなら、いい勝負をするだろうな。戦闘にならなければ。……そんなことを考えていると、部屋のドアが開く。アメーナと受付がきたのかと、そちらを見ると そこにはバスタオル1枚に身を包まれた、いや、マントのように首に巻きつけてあるな。2枚のバスタオルを身につけ、頭にもタオルを巻いた、風呂上り風の受付少女が現れたのだった。