13話 ペアの町の一人少女_9
このペアの町で悪行を働いているという、偽人間の泥棒。その犯人候補が、まさか頭隠して尻隠さずな、頭悪そうな発光体だとは思わなかった。だって、仮にも逃げ延びてるようなやつだし、なんか、もうちょっと賢そうな、……本に出てくる、怪盗みたいな感じのをイメージしていたんだが。ふ、正直がっかりだ。…………それとも、この看板には、俺を撒けるような、巧妙な文章が書かれているのだろうか。
看板には、暗くて読みにくいが、日本語で文章が書いてあることがわかる。これは、蛍光ペンだろうか?だが、なんて書いてあるのかはわからない。おそらく、看板に文字を書きこんでから、それほど時間が経っていないのだろう。まだまだ書かれたばかりで、文字が認識できる状態になっていないようだ。おそらく、路地に逃げ込んで、蛍光ペンで看板に文字を記入し、看板を地面に突き刺し、落ちてた布で身を隠した、ってところか。カタカナ4文字が書かれているようだし、それほど時間も掛からないだろう。……って、まだこいつが犯人と決まったわけじゃないな。一応、話を聞くか。……不意打ちに警戒しつつ、俺は、地面にうずくまる偽人間のペア範囲にじりじりと侵入する。そして、いつでも後ろに飛び退ける状態で、偽人間へと話しかけた。
「おい」
「っ……」
「…………どこからどうみても丸見えだ。いつまでそうしている」
「ね、猫の目ー。にゃあん」
「猫の目は光るが、お前の半身なんかと一緒にするんじゃない……!」
「半身!?そんなに出てます?ううう、やはりこんな布切れじゃダメでしたか……!」
偽人間は立ち上がると、上半身を覆っていた布切れを投げ捨て、こちらへと振り向く。この偽人間は、俺と同じくらいの身長で、アメーナよりは少し背が低いくらいのサイズだ。さっきの布をちゃんと被っても、やはり体全体を覆い隠すのは無理だっただろう。……正直、一本道とはいえ、この路地を駆け抜けるほうが賢い選択だと思う。まあ、路地の先が行き止まりとかだと、ここで撒くほうがいいだろうが。犯人候補の偽人間は、慌てた様子で俺の後ろを指差し、話を続ける。俺は、銃を向けたまま話を聞く。
「か、看板を見たでしょう?泥棒なら逃げていきましたよ、ええ。私は、そのぉ……ただの通りすがりの偽人間ですよー」
「看板は読んでないな。なんて書いてあったんだ?」
「やだなー!あんなに大きく『サラバダ』って書いてあるじゃないですかぁ!」
「……ふ、残念だったな。看板の文字は、ついさっき、書かれてからの時間経過不足でまだ読めなかった。看板に文字が書き込まれてから、おそらくまだ数十秒程度しか経っていないから、書いた本人しか認識できないはずだ。……内容を知っているお前が、やはり泥棒だな?」
「えあ?ああ、ああー!」
犯人確定の偽人間は、納得した様子で首を縦に振っている。くくく、決まった……!こいつが9割犯人だと思っていたが、これで10割以上は犯人ということになる。今、泥棒が逃げたと言っていたし、仮に犯人じゃないとしても、泥棒の関係者には違いない。……などと考えていると、もう観念したのか、偽人間は自己紹介を始める。
「ふっ、ふふふ。ついにばれちゃいましたか。初めてですよ、私の心理的逃走戦術を見破った人は……!」
「……ま、マジか」
「そうですよ。褒めて遣わします。あっぱれです!」
「ふっ。……お前を連れてくるように言われている。大人しく来てもらおうか」
「え。……な、何者ですか、その、私に用がある人っていうのは!?」
「ん。んー。…………少々、……なんていうんだ。……精神に作用する人間だ。人の心情を、引きずり回しにするというか。非日常への第一歩というか」
「ひゃー。怪しいっ。私ねぇ、捕まる気はないんですよ。……ましてや、警備の人間ならまだしも、こんんんぅーな怪しいのなんかに捕まるなんて、まっぴらごめんですね!なにされるかわかったもんじゃありません、よっ!」
「おっ……と」
偽人間は、いつの間にか握っていた砂埃を、俺と奴自身との間に撒き散らせる。俺は、すぐに後ろへと飛び退くが、砂埃のせいで正面にいるはずの偽人間の動きが読めない。……これは、危険だ。敵が武器を隠し持っていたら、俺は容易く葬られてしまうだろう。一度、路地の入り口まで避難するか。
……などと考えていると、ふと、頭上から光が差す。だが、おかしい。まだ消灯時間の真っ只中であり、こんな時間に光が差すなど、本来はありえないことだ。俺が、反射的に光源のほうに目をやると、そこには、まさに今俺の上を跳び越えている偽人間の姿があった。俺を照らしていた光は、奴の体から発せられる光だったのだ……!俺は、これ以上、鬼ごっこをする気はない。ついでに体力もない。……天から光を差し伸ばす偽人間に、俺は、空いているほうの手を差し伸ばした。そして俺の手は、発光体の体の一角、足首を捉える。そして、そのまま偽人間の勢いに引っ張られて、俺は偽人間と共に、固い路地裏の地面へとダイブするのだった。