1話 アメーナとの出会い_1
この世での生き方はまさに二者択一だ。一人で生きるか、それとも二人で生きるのか。それが出来ない者には生きる資格などない。俺の目には、道沿いのカップルに向かって、涙を流しながら駆け寄っていく青年が映っているが……。
「バカな奴だ」
俺は誰にも聞こえない独り言を呟く。そうしている間にも青年がカップルに手を伸ばす。そして青年とカップルは消え去った。いや、消滅したんだ。
この世での生き方は二者択一などではない。一人で生きること、それこそがこの世で唯一の生き方だ。
シティと呼ばれるこの町は、俺たちを閉じ込めておくドームのようなつくりになっている。シティ全体の広さはよくわからないが、町の住宅の多くが庭付き一軒家であることを考えると、結構広いのだろう。周囲の家には人の姿がちらほら見られるが、俺が道を歩いているからなのか、それとも先ほどのカップルたちの消滅があったからなのかはわからないが、とにかく外に出てくる様子はなさそうだ。
「ふー。少し休むか」
俺は周囲をもう一度見渡して近づく人間がいないことを確認する。そして特に人影はなかったので、アスファルト道路の中央あたりに腰を下ろした。ただし人間や偽人間が寄ってきたときのために銃は手放さない。
「……ろくな世の中じゃ、ねえよなぁ?」
俺が昔読んだ本にはありもしない空想が載っていた。日記と銘打っておきながら、人間が3人以上集まっていても消滅しないという矛盾を抱えている空想日記だった。それどころか学校とかいう大量の人間が集まる組織も載っていた。……現状とは正反対の意味で胸糞悪い。集まることで死ぬのも相当やな世の中だが、だからといって集まることがいいとは思えない。孤高の強さを持たぬ者はいずれ死ぬことになる。
「なら、一人でいられる今は恵まれてるのかもな。くくっ」
「あの~、そんなところで寝ていると危険ですよ?それも座ったままで器用な」
「……」
[ずどぉん!]
いつの間にか背後に立っていた女性に向けて銃を撃つ。銃弾は女性の横を通りぬけて空へと消えていく。ふん、今のはあえて外してやっただけのこと。だが次こそは当ててやる……!
「今のはあえて外してやった。次はない。俺が引き金を引く前に消えろ」
「銃!?あ、あの、物騒なことはやめてください!」
「なら下がれ。お前の声が聞こえなくなるまでな」
「は、はい。でも悪気があったわけではなくて」
女性は弁明しながら一歩一歩下がっていく。そしてある時点まで下がったとき、急に途切れるように女性の声が聞こえなくなった。どうやらペアとなる範囲外に出たようだ。もしもさっき女性が範囲内にいたときに、他の第三者がやってきて、俺に近づいていれば俺は消滅していた。当然、女性や第三者もだ。やれやれ、ペアを作って行動している奴の気が知れない。
「あ、ここがペアの境目なんですね」
「……おいお前、出てけって言ったのが聞こえなかったのか?なに頭だけ領域侵入してやがる!」
「領域って……。だ、ダメです?」
「別に。お前が消えればペアではなくなるんでね」
[ずどーん!]
俺の銃から放たれた銃弾は、女性を大きく外れて、近くの家の塀にめり込んだ。別に偶然外れてしまったわけではない。俺が必然的に外してやったのだ。俺は、銃に関してはかなりの腕前があるが、どうにも人間を撃つことができない。俺の確かな命中精度が、人間を撃つときは必然的に銃弾を外してしまうのだ。……正直、自分でもこの性格には参っている。この性格ゆえに、何度も命を落としそうになったほどだ。だが、それでも俺には人を撃つことはできない。俺は孤高である以前に紳士なのだ。気遣いのできる男は、過酷なのさ……。
「あの」
「今のはあえて外してやった」
「そう、ですね?」
「どうして俺のペア範囲に入ってくる?そんなに俺を殺したいか」
「いえ!あの、実は旅をしてる人と見込んでお願いがあるのですが。あ、申し遅れました。私、アメーナと申します。あなたは?」
「何の用なんだ」
俺は女性の質問をスルーして用件を聞く。こんな奴に一々構っている暇はない。さっさと用件を済ませて追い返してしまおう。
「実は、私も旅に出たいと前々から思ってまして。でも、この辺一帯は永住するつもりの人たちばかりで。……ここには同年代の人がいなくて。たまに旅の方が来てもすでにペアがいて。だから、あなたのペアにしてもらえませんか?」
「やだ」
「こんなチャンスはずっとなかったんです。お願いします!」
「ふざけるなよ。お前の願いのために命懸けの状況に陥ってたまるか。旅をしたいなら一人でやりな。……一人でいられないならこの世に向いてない、朽ち果てるんだな」
「そんなっ!…………わかり、ました」
「そうか」
「とりあえずお互いを呼び合うところから始めましょう?お名前は?」
「………………やってられるか」
俺は立ち上がりその場を離れる。一刻も早く、この強引に笑いかけてくる女から離れたかったからだ。しかし女性、というか同年代くらいの女だな、アメーナだとか名乗るこいつは後をつけてくる。一応、ペアの範囲外ではあるが俺の後ろに着いてきている。なんなんだこいつ。ストーカーの類か?
天からの電光に照らされる町中の道路を俺は歩き続ける。しかし、アメーナとやらは一向に諦める様子がない。もう先ほど休んだ道路からかなりの距離になる。そろそろ追い返さないと帰らせるのが難しくなるだろう。俺は尾行するアメーナのほうへと振り向いて言い放った。
「おい!いい加減に後をつけるのをやめろ!」
しかし相手はペアの範囲外にいる。なので俺の声が聞こえるはずもなく首を傾げている。仕方ないので俺はアメーナのペア範囲に入り込む。
「おい。後をつけるのは」
「あ!初めてあなたのほうから来てくれましたね!もしかしてペア了承ですか?どきどき」
「違う。ここでお前との縁を……、元々ない縁だがさらに葬り去る。二度と俺の前に現れるな。二人旅がしたければ次の旅人を待つんだな」
「……もう、待つのは嫌なんです。あなたの前に旅人が来たのは2年近くも前なんです。実は、私なんかじゃ旅できないって断られて。ペアになれなくても、着いていくだけでもよかったのに。それから今日まで、旅をするための体力づくりとお話するための発声練習の毎日。今度こそは断られても、後を付けまわしてでも絶対に旅に出るって決めてたんです」
「2年なんて大したことはないが、なるほど。どおりでやたらタフなわけだ。だが、なぜ一人旅にしない?その体力と精神力なら一人旅くらいわけないだろ」
「私は、誰かと一緒に旅をしたいんです。後ろから見ているだけでもいい。たまに何か話せればそれでいい。私の旅する目的は後回しでもいい。仲間として、誰かと一緒にいたいんです!だから、……まず名前を呼ばせてください!」
深々と頭を下げるアメーナ。どうやら、本気で俺のことを付けまわすつもりらしい。それどころか、俺を勝手に仲間呼ばわりだと?名前を教えろだと?はん!なんて自分勝手さ極まるやつなんだ!……だが追い払うのは難しいだろう。ここまで話してわかったが、こいつ、可愛いらしい顔して俺よりもずっと押しが強いのだ……!ならば手は一つ。条件付きで同行させてやり、俺以外の旅人にこいつを押し付けるしかあるまい。幸い、アメーナは人にもてそうな顔立ちをしている。拾う旅人はいくらでも見つかるだろう。
「俺は、シブイ。お前とペアになるつもりも話す気もない。どうしても帰らないつもりならば、俺には近づかないように勝手について来い。そしてさっさと他の旅人を見つけて消えるんだな」
「はい、シブイさんですね。私はアメーナです。改めて、よろしくお願いします」
「改めようが知ったことじゃない。お前の名を呼ぶことはないからな。さあ、さっさと俺から、ん」
ふとアメーナから目を離したときだった。俺の視界の隅に、ある家の塀と、その近くをこそこそしている人影が映った。その人影は塀伝いに、すばやい動きでこちらへと向かってくる。そしてその人影の頭からは突起物のようなものが二つ飛び出していた。こいつは間違いない、偽人間だ!
「おい、どけっ!」
「きゃあ!」
[どさぁ!]
アメーナを突き飛ばしてペアの範囲から追い出す。それとほぼ同時に、偽人間は塀から飛びだし、道路の真ん中にいる俺にのしかかってくる。この偽人間は、通常よりも小柄で俺の胸くらいの背丈しかなかったが、それでも人一人分の勢いに押し負け、俺は地面へと倒されてしまう。
偽人間は倒れた俺の上に乗ったまま、俺の顔を覗きこんでくる。その顔には顔らしいパーツがなく、全身からは偽人間特有の薄暗い光が漏れており、俺の肌に接するこいつの体毛はゴムのような感触がする。また頭からは二つの突起物、もとい長い耳がたれており、俺の目の前でぶらんぶらんと揺れている。
「なんであの人を突き飛ばしたのかな?遊ぶなら大勢で遊んだほうが楽しいよぉう?私、仲間を呼ん」
[ずどぉん!]
「うぐ……あぁ。なぁんて、こと、こいつぅ」
俺の手は、銃の引き金を引いていた。銃弾は偽人間の頭部にめり込んでいき、出てくることはなかった。そのまま偽人間は、俺の顔に覆いかぶさるように倒れて、そして消えていく。奴が消えた後には、撃ち込んだ銃弾だけが一つ、俺の服の上に残っているのだった。
@キャラ情報@
(★=現能力、☆=能力成長性)
名前「シブイ」
戦闘力:★★★☆
体力 :★★
精神力:★★
名前「アメーナ」
戦闘力:☆
体力 :★★☆☆
精神力:★★★★★☆
名前「一般的な成人男女(比較対象)」
戦闘力:☆☆
体力 :★☆
精神力:★★☆