セツ
「これは……いったいどうなって……?」
痛む右目に手をやりながら自身の右目から現れた見覚えのある巨大ムカデに目をやる。
あまりにも大きなその魔蟲を以前見たのがダンジョンのトイレに頭を突っ込んでいた姿だったのであまり良い印象はない。
『あれ、トウキはこの個体のこと知ってるの?』
「知っているというか、なんというか──」
透輝は「そいつ自分でトイレに頭入れてたんでトイレに流したんすわ」などと言えよう筈もなく口ごもる様にするしかなかった。
『トウキが知ってるなら話が早いね、実はトウキが取り込んだ魔蟲の中から騎乗できるモノを選んで出てきてもらったよ』
「……え?」
『結構大変だったんだよ?それなりの大きさで安定性がある方がとかいろいろ考えたら選択の幅も狭まって交渉とかに応じてくれたのが……この子だった』
透輝はその赤い甲殻の巨蟲を見上げる、するとムカデの触角がフルフルと震えたまるでムカデの感情を表すかのように……。
『それでねトウキにお願いがあって、この子に名前をつけて欲しいの。それがこの子との約束だから』
「名前でござるか……。」
透輝は自分のネーミングセンスなど信用していない、さらに言えばムカデの名前なんぞ思いつくはずもない。
ふと、隣にいるパトラを見つめると『どうかしたの?』というような視線を返してくれる。
(もう、ネロって名前にしてやろうか……元々パトラの名前の由来だって透輝が末期だと思ってふざけた台詞を間違って受け取ったのが始まりだしフラン〇ースの犬で揃えてやろうか……。)
パトラ本人にはとても言えないことを考えながら少しでもまともな名前を考えようと透輝はそう思いながらムカデに視線を向けるとやはりムカデはフルフルと触角を揺らした。と、その時ムカデの腹面は真っ白なことに気が付いた。
「『セツ』ってのは、どうだろう?」
『セツ?』
「ん、こいつは腹が白いからな大きさも相まって雪原みたいだしな」
もっともそれだけではない、ムカデは節足動物。そこの最初の文字だけをとっても『セツ』だ。別にムカデの名前だし、難しく考えすぎて変な捻った名前を考え出すのもどうかしていると考えた透輝が考えた名前が『セツ』だった。
『聞いてた?『セツ』それがトウキが考えたあなたの名前──』
赤い甲殻の巨蟲ムカデ──いや、セツは自身が名付けられたことが分かったのだろう、赤色の体色の中の真っ黒な瞳で透輝のことを視線で捕え触角をグルグルと揺らし狂喜しているようだった。
そんなことを見てる透輝は以前の自分だったらこんな光景を見ていれば少なくとも不快にはなったはずなのに今の自分は不快に思うどころか喜んでくれていることに温かな感情を感じている自分に驚いていた。
「ナハハ……笑うしかないなこりゃ」
『トウキ……?どうかしたの?』
パトラが心配そうに見つめてきたので透輝は頭を振って表情を取り繕った。
「いや、なんでもない……コイツじゃなかったなセツに乗るんだよな?」
『そうだよ(肯定)』
(そうだよなぁ)
透輝はセツにどうやって乗ればいいのかを聞いていたのだが微妙に伝わらなかったらしい。どうせならと思い華麗なジャンプでセツの背中に乗ろうと。
ズボッ
「ンアッー!?」
透輝の足どころか膝の辺りまで地面にめり込んだ。透輝は忘れていたようだが凶神化している透輝はステータスが軒並みあがっている、<凶神化>しステータスを制御できていない透輝が跳躍しようと足に力を込めただけでも透輝は地に沈むことになった。
『なにしてるの?あともう、凶神化はいらないから解除しても大丈夫だよ』
「……わかった」
どうしようもないくらい羞恥に暴れだしたい透輝だったが、それは今の状態でそんなことをすれば近隣も自分自身もどうなるかわかったものではないパトラにはもっと早く<凶神化>の解除のことを教えてほしかったところだが……。
透輝は<凶神化>を解除のため、自らの力が内側に引きずり込むようなイメージをすることで凶神化を解除した。
「ふぅー、凶神化してると気分が落ち着かないんだよなー」
例えようはないが、本能としての部分が刺激されるような揺さぶられるような衝動が湧きあがるのだ、とはいっても明確に何がしたいのかは本人でさえもよくわかっていないのでせいぜいがぞわぞわとしたような気分になるだけだ。他にも<凶神化>には透輝が軽度の興奮作用など細かい様々な効果もある。
『済んだ?それじゃあセツに乗って早く行こう!』
「いや、どう乗るのだ?」
『普通に?』
透輝が「普通にって?」と言いはじめる前にパトラは軽やかに跳躍しセツのムカデ頭に着地する。透輝にとっては<凶神化>している特に失敗していることを繰り返せということだ。
「……どんな羞恥だよッ」
半ばヤケクソ気味に透輝も再度パトラと同じように跳躍した<凶神化>の影響がなかったのが良かったのか着地は上手くはいかなかったがそれでもセツの背中に乗ることができた。
『トウキ、セツの背中に触ってみて』
「背中に?っておお!」
セツの背中はまるで高級な絨毯のように滑らかで微細な柔毛で覆われていた。実は蟲にも毛を持ってることは多く中でもオケラなどは滑らかな毛をもっているのだがセツの背中の柔毛はそれに勝るものだ。
「やべえ、これ撫でてるだけで一日過ごせそうだ」
蟲の体表だと思えないような柔らかな手触りに透輝はウットリしていたが、パトラがその背を揺さぶった。
『トウキ、それは後でもできるでしょ?先にどこを目指しているのか思い出して』
「ああ、うん、そうだった悪い目指すはあの方角だな」
そう指し示すと見えていないはずなのにセツはその方角へと<凶神化>の影響で朽木になった木をなぎ倒しながら進みはじめた。
『すごいよ、セツ早い早い!』
「パトラのそのセリフが凄いフラグになりそうな予感……」
二人を乗せたセツは馬車以上の速さで進み、その数日後透輝が感じていた瘴気溢れる地に辿り着いた。
──堕ちた勇者の嘆き渦巻く『名前さえ忘れられた死都』に
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