『魔核』
険しい表情で現れたのはビュウメスだった、彼女はその整った顔立ちを怒りでゆがめて麗菜達の前に現れた。急いで来たのだろう、髪は乱れ呼吸は荒くその頬は紅潮していた。
これが怒りで染まっていなければ万人を魅了できていただろう。
「意外と早かったですね、もう少し人がくるまで時間が掛かると思っていたんですが……?」
「言ってくれるではないかハタタガミ殿……此方はあなた方に万が一があってはならないと私が必死で追いかけたというに」
怒り心頭のビュウメスの怒気に麗菜達はすくみあがっていた中、霹靂神だけはビュウメスが発する怒気をものともせず、そよ風の如きだ。
麗菜達は霹靂神のその胆力に敬意が湧き出るほどにビュウメスの怒気というものは強力だったのだ。
やがてビュウメスは目を覚ましていない斥候部隊に目を向けると軽く目を見開き、肩で大きく息を吐くとその怒気を収めた。
「私の撤退という指示に反した命令違反、勝手な行動をした独断行動……この二つだけでもかなりの罰則となりますよ……?」
罰則という言葉に麗菜と憂は肩をビクンと揺らした。二人からすればノブキのことを助けたかったのは本当のことだが霹靂神に拉致されて連れて来られただけなので罰則という言葉に過敏に反応してしまっていた。
状況がイマイチ理解ができていないノブキは憂と麗菜に説明を求めた……一体どういうことがあってこの場の流れができているのかということをだ。
そこで説明されたことは──まず斥候部隊が戻ってこずビュウメスが警戒していたところにノブキの叫びが聞こえたことでビュウメスが撤退することを決断、不満がでたが生徒達のことが優先ということで斥候部隊ひいてはそれに同行していたノブキも見捨てられる予定だったが霹靂神が強行して自分達二人を連れ救助に来たということだった。
ノブキはそのことを聞いた時、自分のことは見捨てられる予定だったと聞いて胸に穴が空いたかのような虚しさが支配した。
透輝を見つけるはずがこんなことになるとはミイラ取りがミイラになる時はきっとこんな想いを抱くのだろう。
しかしながら、自分を助けてくれた三人が罰をうけるということは納得できるものではなかった。
「待ってくれ、三人は悪くない……お、オレ達が──」
「わかっていますよ、そもそも貴方達は別に我が国の兵でもありませんし私自身そんなことを言えるようなものではなかったですから罰などは……謹慎くらいですかね。」
額に手をあてて「ハア」と息を吹いて、ビュウメスは厳罰などはないことを告げる。その言葉に麗菜と憂は安心して見せたが霹靂神はまるで最初から結果が分かっていたかのようにふてぶてしいままだった。
「まあ、そんなことよりも今すべきことは貴方達が本隊に戻りダンジョンから撤退する事です。今の『大賢者のダンジョン』はどこかおかしいですから……ところで後ろの斥候部隊は……」
ビュウメスは目を覚ましていない斥候部隊達に近づき、そしてそのうちの一人に思いっ切り平手打ちをくらわせた。
『ええッ』
憐れその斥候部隊隊員はそのまま地面に叩き付けられた後バウンドしながら転がり頬に紅い紅葉が浮き上がった。
「む、なぜ起きないのでしょう……?」
『…………』
コテンと首をかしげるビュウメス、これには麗菜達も絶句を隠せなかった、霹靂神でさえもだ。
「体は外傷なども特に見受けられないのですが……?」
「あ、あのそれは──」
真顔で不思議そうにしているビュウメスにどこか怖気を感じながら説明を求められたので憂が治療を施したものの目を覚ましていないこと、治療中に治癒魔法の効力が効きづらかったことを話す。
その話を聞いたビュウメスは「なるほど……」と呟いた後、もう一度斥候部隊に近寄りその胸に手を当てた。
「……魔核が汚染されてますね」
『……魔核?』
不思議そうにしているのを見てビュウメスは呆れたような表情をみせた。
「何を不思議そうにしているんです?魔核ですよ……わかるでしょう?」
さも当然かのように言われるが麗菜達はまったく理解ができていない、唐突に魔核などという言葉が出てきたのだ。
「『魔核』あるいは『魔石』、魔力を司る部分で主には胸特に心臓部近くにある石のこと……。」
そんな中で霹靂神は麗菜達の疑問に答えた。
「えっそうなのか……まったく知らなかったんだが?」
「初めて知った……」
まるで田舎のローカルルールを初めて知ったような気分になった麗菜達はどうして霹靂神はそのことを知っていたのかということを疑問に思った。
「書庫で調べたんだよ、異世界だからね私達の世界とは勝手が違うかもしれない分野を広く浅く拾っただけだけれど」
苦笑交じりに頬を少し掻きつつ、霹靂神は突き刺さる視線に居心地が悪そうにしていた。
「……なるほど貴方達は『魔核』のことを知らないにですか、魔術師団長は一体なにを教えていたんだか──」
ビュウメスはそう独り言ちたが、その経緯から見れば魔術師団長が『魔核』について教えなかったのも仕方がないだろう、そもそも『魔核』というのはごくありふれたものであり一般常識だ。
それを一々教えるということなどはせずとも覚えていく程には……。それこそ、人体には心臓がついていますということは常識だが、この世界においてもあらゆる生命体に『魔核』があるということは常識なのだ。
そんな中で異世界から召喚された人間は同じ姿、容姿をしているのだから内部構造も同じだろうという風に決めつけてしまい『魔核』の存在というものを省いてしまったのも仕方がないことだろう。
とはいえ、ビュウメスからすれば、それは魔術師団長の職務怠慢に他ならないビュウメスが王城に戻れば魔術師団長はビュウメスに厳しく締め上げられることだろう……救いはない。
「それは留意しておくとして、どうやら彼等が意識を戻さないのは『魔核』の汚染のようですね。このまま放置しても3日後くらいには起きてくるでしょうが……ここは荒っぽくいきますか……。」
魔術師団長「お慈悲~お慈悲ォ~」
ビュウメス「ダ~メ」
次回「胸にかけて胸に!」




