猿橋
半日近く歩き続けただろうか。
少しずつ霧が晴れてきた。る
久々に顔を出した太陽に元気づけられてしまったのか、大きいのが、突然、ガバリと振り返った。
「危ない!」す
「急停止禁止!!」
「ふざけるな!!!」
三人の猛抗議にも屈せず、大きいのは続ける。
「な? な? やっぱり知っとくべきだろ、名前ぐらい?」
むさ苦しい上に、しつこいときてるんだろうか、この大きいのは?
やつは、お構いなしにまくし立てる。
「例えばだぜ、霧の中で仲間を見失っちまった時なんか、どうする?」
「『‥‥オーイ、オーイ、1号やーい?』なんて叫んだって、誰のことだか、ピンと来ないってもんだろう?」
──『‥‥お前と、仲間になんかなった覚えはない!』 小さいのなら、間違いなくそう言うだろうな。
後ろにいる、しんがりの顔を思い浮かべると、思わず吹き出しそうになってきた。
「‥‥それから、まだあるぞ。こんな危ない崖っぷちの道で、天から、大岩でも落ちて来たらどうする?」
「‥‥‥‥」
「そんなきわどい場面で『2号、危ない!
!』なんて言うか、普通?」
ますます大声になってきた。
「とっさに名前を呼ぶだろう? 『2号、あぶなーい!!』なんかじゃなくて──」
なんだか、崖の上から、パラパラっと不気味な音がする。
『危ない、1号!!』
と叫ぶ暇もなく、轟音とともに、頭の上から無数の石の群れが降ってきた!
とびきり大きい固まりが、1号の鼻をかすめて落ちた。
不運にもバランスを崩して、長身が宙に舞った時、細長い腕が彼の左手を掴んだ。
私も、反射的に右手を出してしまった!
意外にも、しんがりの右手は私の片足をつかみ、左手で桟道のロープを握りしめている!
ちなみに、はたから眺めれば、間違いなくこれは、深山幽谷の『猿橋』の図だ。
大小四匹の猿が梯子のように繋がりあって、ぶらーり、ぶらりとしなやかに谷を舞っている。
‥‥しかし、そんな優雅な時間は一瞬だった。
桟道のロープが、ミシリと音を立てて切れ始めている!
「‥‥手を離せ!」
「嫌だ!!」
2号の声は、思いもよらず大きかった。
「‥‥えっ、放さないの?」
「‥‥う、うっそでしょー!?」
ロープはあっけなく切れ、幽谷の猿橋は、散り散りにほどけた。
「俺の名前は、カ、ラ、ハ、ン、だーーー!」
すっとんきょうに叫びながら、大きい猿がまっ先に落ちる。
亜麻色の髪をなびかせながら、手足の長い猿が、美しく落ちる。
意味もなく両手で空気をかき回しながら、中太の猿が、バタバタと落ちる。
そして、かすかな花の香りとともに、小柄な猿がゆっくりと落ちる。
その胸元で、何かが光った。