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2.1 通り雨を追え!

迷走気味な妖精のお医者さんの巻き。


※2.xは一話完結形式になりそうです。

「確かに私は、コロンさんのお手伝いをすると言いました」


 ある晴れた昼下がり、コロン、ステラ、ミナモは三人揃って町に繰り出していました。


「でもまさか、診療所をもぬけの殻にして真っ昼間から出歩くなどとは思いもしませんでした」

「お医者さんのお仕事には訪問診療もあるのですよ」


 何か納得行かない風に口を尖らせるステラを、穏やかなミナモが諌めている様です。

 しかし当のコロンは、そんなの何処吹く風とばかりに張り切っていました。


「妖精探偵団れっつごーだよっ!」


   ∞  ∞  ∞


 ――事の発端は一週間程前に遡ります。


「さて、どう料理しますか」

「ほわわ……ついにこの時がやって来たのです」

「ミナモちゃん、一思いにやっちゃって!」


 妖精専門の病院改め診療所の隣に建つ、人間用の事務所の中に三人は居ました。


「ご覚悟なのです! はわー!」


 武器を構えたミナモが大きく腕を振り被ると、今度は逆方向へ体を捻りました。

 その勢いで刃先は獲物を捉え、真っ二つに切り分けられます。

 ミナモは動きを止める事なく刃の返すと、先端が描く軌道は再びターゲットに向かってUターンし、先程と異なる部分を切り取りました。


「……つまらぬ物を斬ってしまったのです」

「やったねミナモちゃん!」

「お見事です」


 三人の目の前には、綺麗にスライスされた水羊羹が三等分されていました。

 各々に一切れずつ行き渡った所で、妖精達のトークタイムが始まります。


「しかし案外上手く行きましたね」

「主様が草で腕や脚を切ってしまう事があると言っていたのです。それでミナモはピンと来たのですよ」

「葉っぱだと大きな物は切れなかったけど、ミナモちゃんのお陰で大成功だよっ」


 ステラが氷の刃を作ってみたり、コロンが草を刺してみたりしても思う様に切れず、結局ミナモが木製のヘラを作って解決しました。

 こうして彼女達は水羊羹と闘い、勝利を収めたのでした。


「あー、水と言えば、なのです」


 本人の顔程の大きさがある水羊羹にかぶり付きながら、ミナモが何かを思い出しました。


「最近、この町に可笑しな水溜まりが出来るらしいのです」

「水溜まりですか」

「主様が言うには、一瞬だけバケツをひっくり返した様な雨が、一メートル位の範囲にだけ降って来る様なのです」

「それはまた随分とピンポイントな雨ですね」

「あ、私それ知ってるよ!」


 不思議な現象について、ステラがミナモの話を聞いていると、コロンが割り込んで来ました。


「えーと、確か……。そう、ゴリラゲームッ!」


 それを聞いて二人はポカンとしてしまいます。


「何ですかそれは、コロンさん。と言うか、それを言うならゲリラ豪雨でしょう」


 コロンの謎単語をステラが訂正すると、ミナモが話を続けます。


「主様は丸で妖精の悪戯みたいだって言ってたのですけど、妖精はそんな事しないのですよ」


 ミナモが人間に反論する一方で、ステラは顔色を変えました。


「何か、こう……確信は持てないのですが、心当たりがありますね……」

「もしかして……ステラちゃんが犯人さんだったの……?」

「何故そうなるんですか……」


 勿論ステラが言う『心当たり』とは、そう言う事ではありません。


「確かに私は氷使いですが、水溜まりが出来る程の大量の水なんて一度に出せませんよ。それよりも疑うべき水使いが居る筈です」

「そうなのです。降って来たのは氷じゃなくて雨だと、主様が言ってたのです」

「そっか、そうだよね……」


 コロンのうっかり発言で、おやつタイムが微妙な空気になってしまいます。


「ステラちゃんごめんね。……怒った?」

「……少し」


 するとコロンは食べ掛けの水羊羹を差し出してきました。


「私の分全部あげるから、これで許して」

「いや困りますよ、こんなに貰っても食べ切れません」


 水羊羹一切れでも、小さな妖精のお腹を満たすには十分過ぎる量です。

 幾ら別腹と言っても限度はあります。


「じゃ、じゃあ……。私の事、今日一日好きにしても良いよ」

「……言ってる意味が分かりません」

「ステラちゃんは私に何をしても良いし、何を命令しても良いんだよ! なんなら今日は帰らないで一晩中ステラちゃんに付きっ切りでも良いよっ!」

「そんな目で見つめないで下さい。別に私はそんな事望んでませんし、そんな趣味もないですから」


 と言う様なすったもんだがありながらも、身の潔白を証明する為の犯人探しが始まったのでした。

 もう誰もステラを疑ってませんけどね。


 ――その後、ミナモが管理事務所のお爺さんに聞き込みした結果、同じ様な事件が町内で五件発生している事が判明しました。

 その現場の位置を“しろゆり町”の地図に当て嵌めると、丁度正六角形の頂点が一つ欠けた形になる事も分かりました――。


   ∞  ∞  ∞


「つまり次に何か起こるとすれば、六番目の頂点に当たるこの付近が怪しい訳ですが……」


 そして時間は冒頭に戻って、公園からやって来た妖精達が総出でパトロールしている所です。

 この辺りは大きな道路からも遠く、普段から余り人通りがない様でした。


「でもこれ、本当に三人も必要でしょうか?」


 ステラは診療所を空けて来た事が、まだ気になる様です。


「もし犯人が私の想像通りなら、私一人で十分対応出来ると思うのですが」

「だけど、実際に犯人さんの顔を見てみないと分からないからねー」

「ミナモもお手伝いするのです。ミナモはやれば出来る子なのですよ」


 三者三様の妖精三人組は考え方もそれぞれ違うので、一緒に行動していても纏まりがあるのかないのか良く分かりません。


「じゃあ、ステラちゃんは先帰ってる?」

「流石にそれはちょっと……。コロンさん達を放っておいて危ない目に遭わせる訳にも行きませんし」

「ステラちゃんありがとー、私もその方が助かるよ」

「ミナモもコロンさんをお助けするのですよー。ほわわー」


 でも、取り敢えず仲は良さそうでした。


   ∞  ∞  ∞


 ――さて、そんなフレンドリィな妖精の輪から外れた存在が、誰かの予想通りに姿を現しました。

 誰も居ない筈の空地に浮かぶそれは、闇夜の様な漆黒の長髪で、両の瞳は丸で血の色をした緋眼です。

 そして何より異質だったのは真っ青に染まった素肌であり、この世の者では無い事が一目瞭然でした。


「これで、全てが終わるのじゃ……」


 そう一人ごちた犯人は、これから起こる事を想像して口元を歪ませました。


「ククッ……この術式が完成した暁には、九十九の神を眷属とし妾は唯一絶対の存在と成ろうぞ!」


 己の野望を高らかに宣言した青いそれは、六角――いいえ、正確には六芒星――の最後の一欠片を埋めるべく、行動を開始します。

 両手を頭上に掲げ魔力を込めると、そのまま地面へぶつける様に振り降ろしました。

 彼女が放ったのは、無数の水の針。

 大量の水滴が次々と空地に叩き付けられ、瞬く間に水溜まりが広がって行きます。


 ところが、滝の様に降り注ぐ雨の中を、空に向かって登って来る妖精が居ました。

 それは、森の妖精・ミナモでした。


「む? 何故貴様がここに居るのじゃ」


 ミナモはそんな問いにも答えず、集中豪雨を身体に受けながらも一直線に犯人の元へと飛び込んで行き、そして――。


「はわわ~、やっぱりグレムさんだったのです~!」


 満面の笑みで抱き付きました。


「なっ……! 小娘の分際で妾に何をするのじゃ、離せ!」


 グレムと呼ばれた犯人はもう一度大量の水を、今度はミナモの顔面に向けて放ちました。


「あわわわわ~」


 堪らずミナモは犯人から距離を取りますが、その表情はまだ笑ったままです。

 それもその筈、ミナモに取って雨は太陽の光と同じ、天からの賜り物でしか有りません。

 この状況は言わば、植物に水やりをしてるのと全く変わりませんでした。


「ミナモさん、大丈夫ですか?」

「これ位へっちゃらなのですよー」

「もう、無茶は止めて下さい」


 ずぶ濡れになったミナモの側にステラが付きます。


「何だ、氷女まで居るのか」

「人を雪女みたいに言わないで下さい、グラムさん」

「……ふん、相変わらず口の減らない娘じゃ、生意気であるぞ!」


 偉そうに言い放った水使いは、二人に向かって更に魔法を撃とうとします。


 ――しかし、もう水を出す事は出来ませんでした。

 それだけでは無く、宙に浮いていた水使いの体は突如として安定を失い、自分で作った水溜まりに勢い良く墜落しました。

 グラムと呼ばれた水の使い手には、何が起こったのか訳が分かりません。


「作戦大成功なのですっ!」

「水の妖精には効果抜群でしたね」


 そこまで言われて、本人が漸く体の異変に気が付きました。


「何じゃ、これは……」


 水の妖精の体には、見た事もない植物が、根付く様に絡まっていました。

 この植物は元々乾燥地帯に棲息する物で、水分を得ると急速に大きくなる性質がありました。

 ミナモはこれに魔法を込めて、水属性の魔力を吸収する仕掛けをしたのでした。


「さては小娘め、妾に抱き付いた時に謀りおったな……」

「今頃気付いたんですか、グラムさん」


 ステラは犯人に詰め寄ります。


「貴様ら……妾は悪魔の使いであるぞ! 怒らせると後が怖いのじゃ!」

「はあ……、まだそんな中二病めいた事言ってるんですか……」


 この青肌の妖精は正真正銘水の妖精であり、悪魔とは何の関係もありません。

 しかしその思い込みから来る勝手な行動の数々で、常に周りに迷惑を掛け続けている問題児だったのです。

 ステラを始めとする三人組も、以前に迷惑を掛けられた事がある被害者でした。


「もうコロンさんに診て貰ったらどうですか、その中二病」

「ふん、花売りの娘に何が出来ると言うのじゃ」


 迂闊に放ったその一言で、ステラのスイッチが入ってしまいました。

 言った当人は特に深い意味は込めてなかった様ですが。


「つつつぢべだいぢべだいのじゃ!」


 空地に広がる水溜まりは一瞬で凍り付き、犯人は思わず飛び退きます。

 しかし続け様に幾つもの氷柱が足元から突き出し、あっと言う間に退路を塞いでしまいました。

 ほんの数秒の出来事で水の妖精は氷の牢獄に閉じ込められ、身動き一つ取る事すら叶いません。


「ふ、ふふっ……、ククク……フッハハ、ハーハッハッハーッ!」


 追い詰められた犯人は、突然不気味に笑い出しました。


「何で笑ってるのですか?」

「さあ、とうとう頭が可笑しくなったとかじゃないですか?」


 戸惑う二人を、真っ赤な二つの目が睨み付けます。


「呆けていられるのも今の内じゃ。間もなく世界が歪み、貴様らの阿呆面は絶望に染まるであろうぞ!」

「――ああ、その件についてですが」


 ステラは犯人に臆する事なく、説明を始めました。


「結論から言うと、その術式は発動しません。失敗です」

「ふっ、そうか。おぞましい現実が受け入れられず、その様な戯言を……」

「ところで一昨日までの水溜まりは、一つ作った後次を作るまで随分時間が掛かってますね?」

「……それは仕方ないであろう。何せこの世界の魔素が薄い所為で、妾の魔力が直ぐには戻らぬのじゃからな」

「実はここに来る前、実際に見て確認しました。一昨日作った五箇所目まで、全て蒸発してなくなってます」

「なん……だと……?」

「これは紛れもない現実です」


 驚きおののく犯人の前で、ステラはあくまで無表情に淡々を話を続けます。


「そしてグラムさんの言う通り、この世界は魔力が少ない……。つまり、大量の魔力を必要とする大魔術なんて、どうやったって発動しないんです」

「……そんな…………馬鹿な……」


 ステラに止めを刺された自称悪魔の使いは、元々青かった顔が更に真っ青に染まり、絶望を噛み締めていました。

 やがて頭を垂れ、がっくりと肩を落とし、力なく地面へ腕を付くと、余りの冷たさに思わず可愛らしい悲鳴を上げて手を引っ込めました。


「……何だか可哀想になって来たのです」

「えっ? 今更そんな事言われても……」


 すると、今や見る影もなくなった中二病妖精の頭上に、ぽうっと光が浮かびました。


「コロンさんが居たら、どんな病気でも元気にしてあげられるのですけど……」

「でも何処かに行ってしまったんですよね。グラムさんの顔を見るなり『じゃあ、私は仲間に応援を要請してくるよ』とか何とか言って」

「妖精に要請なのです?」

「恐らく妖精に要請したんでしょうね」

「おい貴様ら! 下らない駄洒落言っとる場合か!」


 先程発生した光は、パチパチと音を立てながら次第に大きくなって行きます。

 辺りを照らすにしては、やけに攻撃的でした。


「何もここ迄せずとも良いであろう!」

「……別に、それは私がやってる訳じゃありません」


 そうこうしてる間にも光弾は成長して行き、スパークを放ち出します。


「わ、妾は……水の精であるぞ! 幼気な妖精を電気で責めると言うのか!? 鬼! 悪魔!!」

「さっきは悪魔の使いだって自己紹介してたじゃないですか……」


 最早誰の目からも電気の塊と分かるそれを見て、ステラとミナモはすすっと後退して安全を図りました。

 一方氷の檻へ捕らわれている水の妖精に、逃げ出す術はありません。


「このままだと、グレムさんが感電してしまうのです」

「おや? あの人のお名前はグラムさんではなかったですか?」

「最初から間違っておるぞ貴様ら! 良く聞くのじゃ! 妾の名はグルムじゃああああがががばばばば」


 グルムと名乗った妖精は、憐れ電撃の餌食となりました。


   ∞  ∞  ∞


「凄いねー。遠い所でも正確に雷を落とせるんだ」

「ええ、思った程衰えていませんでしたわね。わたくしも驚きましたわ」


 同じ頃、コロンの目の前にはもう一人妖精が居ました。


「しかし不出来な妹の尻拭いなんて、これっ切りにして頂きたい物ですわね」


 そう言って、妖精はコロンに笑顔を向けたのでした。


ステラ「いっそ童話作家にでもなったらどうですか?」

グルム「誰がグリムじゃ!」


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