第四幕:天才+バカ=
「ナースさんがズボンを履いているのは非常に嘆かわしい。これじゃあ治る怪我も治りやしない」
などとぶつぶつ呟きながら、救急車で搬送された三時間後に御目我は帰宅した。
頭蓋骨には何の損傷も無く、ただちょっと深めの裂傷ということで縫合はしたものの入院するまでには至らなかった。
ナースさんがズボンを履いていた。あの病院はもう駄目だ。
それが彼の今の思考の大半を占めている。頭の中で自分の理論を壮大なまでに広げているのだ。ナースさんとはなんたるかを、彼ならば辞典並みの厚さで論文に書くことも可能だ。
非常に気持ちの悪い形相でブツブツと呟きながら、居間に入る。
『お母様といっしょ』は結局見逃してしまったが、抜かりは無い。ちゃんとハードディスクレコーダーの秘蔵フォルダの中にハイビジョンで録画済みだ。
「ハイビジョンで録画するとスカートやパンツの皺までクッキリなんだ。ふひひひひ」
若かりし高校生の頃、彼は大学に行かずに保育士を目指したことがある。進路相談で担任にそれを相談したところ、彼が通っていたのが有名進学校であったことを表立った理由としてそれを否定した。いい頭があるんだから有名な理系の大学を目指せ、と。そうじゃなかったら高校から出さない、とさえ真顔で言われた。
しかし当然、学校から犯罪者を出したくは無いからというのが本当の理由である。彼を保育園幼稚園に入れようものなら猫に鰹節状態になることは明白だ。
当時の担任の善処のおかげで彼は科学者として部屋に引きこもる生活を強いられ、今のところは平穏な日々が続いている。
「MHK教育は疲れた私の心を癒してくれるオアシスさ」
誰に説明するまでも無い危ない独り言を言いながら、ハードディスクレコーダーを起動させる。
「えぇいっ、着ぐるみの寸劇など見たくもないわっ! サッサと幼女を出さんかっ!」
「もう少しで純白の幼児パンツが見える……が、このギリギリ感がタマラン……」
「……少年もいいかもしれない……」
「体操のお兄さんも変わったんだな……いい男だったのに……それが何だこの軽薄そうな男は……こんなのが子供達を導くと思うと虫唾が走るわっ!」
御目我は独り言が激しい。テレビに向かってツッコミを入れる人間である。子供達がいるときには控えているようだが、平日の昼間はテレビが話し相手という、まるで主婦のような一面もある。内容が犯罪者的なのは何人たりとも受け入れ難いものがあるが。
「さて……今度発表する論文の続きでも書き殴るとするか」
テレビを消し、ハードディスクレコーダーの電源を切って立ち上がる。先ほどまで浮かべていた変態的な笑みはどこかに消え失せ、達観したかのような、科学者特有の気だるい表情を浮かべて居間を出て行く。
天才とバカは紙一重とはよく言ったものだが、御目我はまさしくそれを体現させている存在であると言っていい。常人から見れば精神病院へ救急搬送されてしまいそうな程の変態ぶりを発揮する御目我であるが、彼には科学者という肩書きがある。しかも変なほど優秀で、数年前に世界的な賞の受賞選考に入ってしまった経験もある。その時には惜しくも落選してしまったらしいが。
神の悪戯にしても悪質すぎる。何故、こんな人間としては最下層にいるような趣味を持つ男に無駄なまでに高性能な脳髄を与えたのだろうか。もっとまともな人間に与えていれば、世界平和のために大いに役立ててくれたであろうに。
御目我にとっては、先ほどの世界的な賞を取る寸前まで行った研究でさえも、例えて言うなら鼻糞をほじりながら行ったようなものである。遊んで暮らせるだけの地位と名声と金が欲しかったがために行った研究だ。詰めが甘かったので落選しただけだ。彼が本気で真面目なことを研究したら、どれほどまで技術が進歩するかも皆目見当がつかない。
しかし、残念なことに彼の頭脳は常に“萌え”の方向へとアンテナを伸ばしてしまっているのが現実である。常に幼女だとか美少女だとか、そういうことしか考えていない。
まさしく天才だが底なしのバカ。それが御目我である。