序章
無数の星が空に輝く夜。その地は、美しい光に満ちていた。
小さな教会のようなものが沢山立ち並び、町の真ん中には白く大きな神殿がある。
空には光る糸のような羽を持つ鳥が数羽舞い、夜の街を照らしていた。
そんな街の神殿の中にある、ひときわ高い塔のような建物の上で、大きな金色の雌獅子は座り込んでいた。
慈愛に溢れたその瞳は、静かに月を見つめている。
その雌獅子の前には、背中に白い翼を生やした人間のような者が、何人も跪いていた。
やがて、雌獅子はその者たちに顔を上げるよう指示し、もう一度座り直してから口を開いた。
「皆さん、もうお気付きだとは思いますが、地上の悪魂獣が増えつつあります」
前の群衆は雌獅子の言葉ごとにうんうんと相槌を打ち、まるで神の声を聴くかのように、その声に聞き入っていた。
「このまま奴らに地を奪われてしまうと、弱い人間たちはきっと負に憑りつかれてしまうでしょう。そうなる前に、私たちが防がなければなりません。それで、地上隊の強化をするために、現時点での上級訓練生たちを、隊にそれぞれ配属したいと思います。よいですね、ヴェルダン」
「はい。その件については、もう明日までには実行する予定です」
雌獅子に近い所にいた、鮮やかな紅い髪色をした男が返事をする。
雌獅子は頷き、その男に慎ましく礼を言うと、群衆たちの少し奥の方で立っている、肩より少し長いくらいの金髪を持つ、吸い込まれてしまいそうな青い瞳の青年に目を向けた。
「茨、前へ」
静かな空気を突き破るかのように、硬い靴の音が神殿に響く。
茨と呼ばれた青年は、雌獅子の前で足取りを止め、一礼すると、ゆっくりと跪いた。
「この前も話をしたので、分かっているとは思いますが……。あなたには、今日よりあなたと結びつかなかった守護主を探しに行ってもらいます」
「はい、シラヴィア様」
茨は頷き、シラヴィアを見た。その目には固い決意が浮かんでおり、この任務に対する真剣さと、シラヴィアに対する忠誠心が伺えた。
「では、これから茨は暫く不在となるため、只今から上級訓練生からの格上げ、つまり隊への配属、及び守護者名を与えます」
周りから称賛の声や羨む声が上がり、沢山の拍手が茨に浴びせられる。
茨ははにかんだ表情をしており、とても嬉しそうに胸を張り、堂々とした様子でシラヴィアの前に立っていた。
「あなたの守護者名は、ルーフィン。そして、配属される部隊は、Wingです」
神殿の右端に固まっていた、青い西洋的な服装をしている者たちの集団が、わっと歓声を上げた。
その集団の中から、背の高い、ほっそりとした銀の長髪を持つ男が一人出てきて、茨の前に立った。
「おめでとう、読月 茨……ルーフィン。私がWingの守護隊長、ストリートだ。これからの君の活躍を楽しみにしているよ。今回の任務も過酷だろうが、成功する事を祈っている」
「有難う御座います」
茨は目を細め、夜の寒さですっかり冷たくなってしまった手で、ストリートと握手をした。
ストリートは頬を緩ませて、幸せそうにしている。
「さあ、気分を切り替えて。おめでとう御座います。でも、もうそんなにあなたに残されている時間は有りません。すぐに任務に向かってもらわなければ」
その言葉と共に、群衆はまるで灯っていた火が消えたかのように静かになり、ストリートは自分の隊に戻った。
茨は、再び跪き、シラヴィアを見上げた。
「あなたには、この集会が終わり次第、すぐに探しに旅立ってもらいます。詳しい事は、あとでヴェルダンにお聞きなさい。そして、なにより悪魂獣にはくれぐれも気を付けるように」
そう言い終わると、シラヴィアは前足をすっと出して、下がりなさいと合図を出した。
そして、茨が群衆の中に戻ったのを見届けると、また喋り出した。
「上級訓練生も、守護主を見つけるにあたって、決して油断してはなりませんよ。ではこの集会をお開きにします。上級訓練生は勿論、他の者達も明日に備え、すぐに睡眠を取るように」
すると、次の瞬間塔の周りの光が消え、翼をもつ者達の歩みの音が神殿に響いた。
やがて暫くすると町は完全に暗くなり、静寂が訪れた。