少女と悪魔
この小説は、中世ヨーロッパを生きた学生を主人公にした、魔女をめぐるファンタジー&学生たちの青春を描いた作品です。
いちおう、第7回角川春樹小説賞で1次選考を通過した13作品の内の1作です。
どうぞみなさんお楽しみください!
土砂降りの雨が、瓦礫と化した家の前で仰向けに倒れている少女の身体に容赦なく叩きつけていた。
全身傷だらけの彼女は、血の味がするツバをごくりと飲み込むと、薄ら笑いを浮かべながら、一筋の光も通さない黒雲を見つめて呟いた。
「ああ。私はここで死ぬんだ」
絶望から発した言葉ではない。少女の胸にあるのは、ようやく死ねる、楽になれるという安堵の気持ちだけだった。
顔が腫れあがるまで何十度も殴られ、胃にあるもの全てを吐き、吐血するまで腹を蹴られ、最後には右足を潰され……。
あいつらは……母を魔女だと言って焼き殺した村の奴らは、魔女の子どももまた魔女になるだろうと狂気に満ちた目をして襲ってきた。
家を取り壊し、少女を逃がそうとして立ち向かった姉を殺し、泣いて命乞いをする少女をいたぶった。
(お姉ちゃん、ごめん。私のために……。本当の妹じゃない私のためにこんな……。お姉ちゃん一人だけなら逃げられたのに……)
少女は、自分のすぐ横で血だまりの中うつぶせに倒れている、魂なき姉に対して心の中で謝った。
奴らは少女が気絶すると、死んだと勘違いしたのか、引きあげていった。だが、どっちみち、このままあと数時間も冷たい雨の中を虫の息で倒れていたら死は免れないだろう。それに、もしかしたら、村人たちが戻って来て今度こそ少女を殺すかも知れない。どこかに逃げようにも、使い物にならなくなってしまった右足では身動きが取れない。這って動く体力すらなかった。
「早く死なせて……」
再び呟く。
何の罪もない母と姉、そして自分を助けてくれもしなかった神様とやらへの催促だ。こんな苦痛はもう嫌だ、どうせ救ってくれないのならば、死を待つしかないこの生を早く終わらせて欲しい。少女はそう願った。
だが、少女のその願いは叶えられなかった。
「助けてやろうか」
命を救われたのである。
「俺と一つの約束をしてくれるのならば」
神でも何でもない、一人の男によって。
「お前の命、助けてやろうか」
少女を見下ろしているその男は、手に持っていた短剣を少女のピクリとも動かぬ右足に近づけてそう言った。
「……あなたは、誰?」
少女は、頬こけて虚ろな瞳をした男に弱々しい声音でたずねた。助けてやると言うその声は皺がれていて陰湿で、救いの神ではなく悪魔のように思えたのである。
「悪魔だよ」
「え……」
「俺は、お前の母親を殺した人間たちが言うところの『悪魔』さ」
男の短剣がほのかに光り、少女の右足を切断した。




