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薬と笑み

作者: 川崎チッタ

 いつも通りの朝だった。オレは時計の音で目覚め、顔を洗い、歯を磨き、妻の作った朝食を食べる。それからスーツに着替えたり新聞を読んだりしている内に時間になり、家を出る。

「ひっへらっはい」

 妻がいう。振り向くと、何ということはない、薬を飲んでいる最中だったのだ。妻はあまり体が強くなくて、朝昼晩と数種類の薬を服用している。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

妻は顔を赤らめて言いなおした。

 それからオレは自転車で駅まで向かい、そこから電車に乗って会社に出かける。朝の通勤電車というやつは何年経っても嫌なものだ。皆、同じ毎日の繰り返しの中ですっかり腐りきっていて、これから一日働き続けなければならないという悲壮感と相まって、車内は朝なのに酷いにおいだ。運よく座席に座ることのできたやつらは、呑気に読書をしていたり、その横のやつは大きな口を開けてまた違う悪臭を撒き散らしたりしている。さらにその横のやつは、コンビニのお茶かなんかで薬を飲んでいる。その隣は・・・・また薬を飲んでいる。その隣は・・・・。

おかしい。良く見ると車内は薬を飲んでいるやつだらけである。

「どうなっているんだ」

思わず口に出してしまう。乗客の何人かがこちらをじろりと見る。こいつらは不審に思わないのであろうか。最近の人は子どもの頃から家でゲームばかりしているので、徐々にひ弱な体になってきているとは聞いたことがあったが、これがその果てなのだろうか。疑問は膨らむばかりだが、目的の駅に着いたので、珍しいこともあるものだと頭を切り替えて駅から会社への道を歩く。

 その道中、またもやベンチに腰掛けて薬を飲むサラリーマンらしき男をみた。男は何気なしにカバンから薬入れを取り出し、その中から色とりどりの錠剤やカプセルを取り出すと、さも嬉しそうにそれらを飲み干す。オレは、何かいけないものを見てしまった気がして、足早にそこを立ち去った。

 やっとのことで会社にたどり着き、暇をみて今朝の出来事を同期の川崎に話す。

「あれは絶対病気だね。伝染病だ。ベンチに座っていた男の顔ったらないよ。あんな量の錠剤を楽しそうに飲んでいたんだぜ」

「そんなこと言ってやんなよ。オレだって薬を何種類か飲んでるんだ。確か君の奥さんもそうだろ」

「そうは言ってもだなあ。お前だってあれを見たら・・・」

とその時、正午を告げるサイレンが鳴った。

「ほら、ちょうど薬の時間だ」

「飯のあとじゃなくて良いのか」

オレは時計を見ながら聞く。

「ああ、今すぐに飲みたいんだ」

「ん、なんで」

と言いかけて言葉を失った。ふと見ると錠剤を袋から取り出した川崎は、こぼれんばかりの笑みで錠剤を見つめている。オレが唖然としていると、やつは手のひらにのせられた錠剤を、一つ一つスウィーツを楽しむがごとく口に放りこんではうっとりとしている。

 オレは途端に怖くなり、助けを求めて課長の山本の所へ・・・が、そこにもあの笑み。同じ部署の加藤も、総務の池田も、掃除のオバちゃんも、社長の小山までみんな薬を飲んでいる。

「あああああ」

オレは全力でその場を逃げ出し、タクシーで精神科に行った。きっと自分はおかしくなったに違いない。

「すみません。私は薬を飲んでいないんです。みんなと違うんです。みんなが変なんです。私が変なんです。これは幻覚なんですか。何が何だか。先生、助けてくださいよ」

医者は静かに言う。

「落ち着いてください。錯乱状態のようですな。大丈夫、良く効く薬があります。それを飲めばあなたもすぐに良くなりますよ」

「良かった・・・」

 思わず笑みがこぼれる。


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