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1st day:私のパソコンが人間になりました

 男手一つで私を育ててくれたお父さんが亡くなってから、あっという間に一年が経った。一周忌を終え、私は長年親しんだこの一軒家から引っ越そうと考えていた。


「引っ越す?」


 電話の向こうで、友人の美雪は驚いた様子でそう言った。


「うん。だって、もう一周忌も終わったし……、この家を出てもいいかなって。持ち屋じゃないから、毎月のお金も(かさ)むし」


 いくら保険が下りていると言っても、お金は無尽蔵にある訳じゃない。それに何より、家族との思い出が詰まったこの広い家で、一人ぼっちで暮らしていくことにもう限界を感じていた。


「そっか……」


 美雪の気遣わしげな声に、私は努めて明るい声で返す。


「今ね、良い物件無いかなって調べてるんだけど。なかなか見つからないんだよね」


 左手でスマートフォンを持ったまま、右手でマウスをクリックした。目の前のパソコンの画面を覗き込む。3LDK……うーん、22歳女の一人暮らしに、こんな広い家はいらないか。ページを閉じて、次の物件を探す。


「まあ、引越しも大変だろうから、じっくり決めた方がいいよ。荷物纏めるときは、呼んでよ。手伝うし」

「ありがとう」


 美雪の優しい言葉に、心がほうっと温かくなる。


「……そうだ、舞、この間言ってた同僚の人とはどうなったの?」


 彼女は急に話を変えてそう言った。──さては、それが気になって電話してきたんだな。

 この間言ってた同僚の人、というのは、私と同期入社の高科くんのことだ。先日遊びに行こうと誘われて、一緒に映画を見に行った帰り道に、突然付き合ってくれと言われたのだ。


「お断りしたよ」

「ええ!?」


 彼女の大きな声に、私は思わずスマートフォンを耳から離した。


「ちょっと、声大きいし」

「なんで!? 優しくて良い人だって言ってたじゃん!」


 確かに高科くんは優しくて、私には勿体無いくらい素敵な人だと思う。だけど、だからといって好きになれるというものでもない。私は小さくため息を吐いた。


「だって、好きじゃないのにお付き合いなんて出来ないよ」

「えー、勿体無い」

「勿体無いって」

「あんた、いつまでも王子様なんて夢見てたら、あっという間におばあさんになっちゃうわよ」

「別に、王子様なんて夢見てる訳じゃ……」

「嘘つけ。白瀬拓真みたいなイケメンが、白馬に乗ってやってくるの待ってるんでしょ?」


 笑い混じりの美雪の声に、私も笑い返した。

 拓真くんは、確かに恰好良いと思う。拓真くんは、すらっとした美男子だ。細すぎず、程好く筋肉のついた身体。細く通った鼻梁、日に透けるような淡い栗色の髪。切れ長で凛々しい、どこか人を寄せ付けない鋭い眼差し。

 ともすれば冷たくも見える顔立ちだけれど、その鋭い瞳の奥には、いつもどこか寂しげな色がはためいている。その憂いがまた、ファンをいっそう引き付けるのだ。

 だけど私は別に、拓真くんが恰好良いから好きな訳じゃない。

 私が拓真くんを好きになったのは、もう二度と使わないと決めていた力を使ってまで、ヒロイン(なぎさ)を護ったからだ。第七話(あのとき)から、私は拓真くんのファンになった。

 彼は強くて優しい。あの恰好良さは、内面から滲み出ているものなのだ。

 私はもし拓真くんがもっと冴えない顔の男の子だったとしても、きっと好きになっていたと思う。


「あー、本当に、拓真くんみたいな男の人、いないかな」


 ふざけてそう言うと、美雪は笑いながら答えた。


「やばい、本物の漫画おたくがいる」

「何よー、自分から振ってきといて」


 次のページの間取り図を拡大しながらそう言うと、美雪は殊更に大きな声で笑った。


「まあ、でも拓真は現実にはいないからね。現実を見なさい、現実を」

「分かってるよ」


 私だって、別に理想を思い描いているつもりはない。拓真くんのことは好きだけど、それはあくまで漫画のキャラとしてであって、別に恋愛感情じゃない。そもそも、私はグッズを買い漁るほど熱心なファンという訳でもないのだ。

 ただ……。

 彼のような優しい人に一途に想われたら、幸せだろうなとは思っていた。そして自分も相手のことを好きになれたら、どれだけ幸せだろう、とも。


 私は、そんなのは誰もが描いている理想だと思っていたのだけれど、そういうのを王子様を夢見てるって言うんだよ、と美雪には笑われたのだった。



 美雪と他愛も無い話をしながら、良さそうな物件を探す。結局、だらだらと電話で喋りながら一日中パソコンをしていたけれど、良い物件は見つからなかった。仕方が無い、来週の休みは面倒臭がらずに不動産屋さんへ行こう。

 諦めて、パソコンをシャットダウンする。

 別に、何か変わったことをした覚えはない。その日もいつも通り、私のパソコンはさくさくと快適に動いていた。




 だけど次の日、私のノートパソコンは忽然と姿を消していた。仕事から帰ってきた私の目に映ったのは、パソコンデスクの上に三角座りをしている見知らぬ男性の姿だった。

 年の頃は、私と同じくらいだろうか。白いコットンシャツにチノパンというラフな格好の若い男性が、パソコンデスクの上に膝を抱えて座っている。その姿はとても奇妙だった。


「──おかえり」


 彼は膝を抱えたままで、帰って来た私を見下ろして平然と言った。


「な、な……、な……」


 唖然として声が出ない。朝、確かに家の鍵を掛けて出たはずだ。帰って来たとき、家の鍵は掛かっていた。なのに、どうして、知らない男が平然と私の家の中にいるの?


「や……」


 恐怖に、声が掠れる。どうしよう、警察に連絡した方がいい? いや、とりあえず家を出た方がいい。家の中に知らない男と二人きりだなんて怖すぎる。

 私が後ずさって家を出ようとした瞬間、男はパソコンデスクの上からひょいと飛び降りて、私の方へと近寄ってきた。


「や! 嫌! 来ないで!」


 家から出ようとドアノブに手を掛ける前に、腕を掴まれる。はっとして顔を上げたら、すぐ目の前に端整な顔立ちがあった。

 さらさらそうな、色素の薄い栗色の髪。意志の強そうな切れ長の眸、すっと通った鼻梁、きゅっと引き結ばれた、形の良い唇……。こんな間近で男の人の顔を見たことなんてなくて、それもとても整った顔立ちをしていたから、頬が熱くなっていくのを感じた。


「は、離し、て!」


 目を逸らして腕を捩るけれど、しっかりと掴まれていてびくともしない。


「落ち着いて。お願い、逃げないで。俺、……あなたの、ノートパソコンだよ」


 低めの、耳に心地良い声が耳朶を打った。


「は……?」


 ノート、パソコン? この人は、何を言っているのだろう。

 パソコンが、人間になる訳が無いのに。


「十年前に、君のお父さんが買ったノートだよ。……お父さんが五年前に君に譲ったから、五年前から君のものになった」

「な、にを」

「俺、もう直ぐ壊れるんだ。だから、新しいのを買って、早くデータを移した方がいい」

「何言って……」


 もうすぐ、壊れる? 確かに、お父さんがノートパソコンを買ったのは十年も前だから、壊れてもおかしくない。現に一年前、一度故障して修理に出している。

 だけど、ノートパソコンが人間になるっていうのは、おかしい。


 ──ちらり、と顔を上げれば、焦げ茶色の瞳と目が合った。髪も瞳も、日本人にしては少し色素が薄いようだ。だけど、とても綺麗な色をしている。

 その瞳は目尻が少し上がって凛として見えるのに、反面、どこか寂しげにも見える。どこかで見たことがあるような顔だ……。そう思った瞬間、無意識の内にその名が唇から零れ落ちていた。


「……白瀬拓真」


 そうだ。彼は、白瀬拓真に似ているのだ。現実の人間を、漫画のキャラクターに似ていると表現することはおかしいけれど、だけど本当にそっくりだと思った。漫画から飛び出してきたのかと思うくらいに。


「……君が、好きだと言っていたから」


 目の前の男性は、何だか自嘲するように笑った。好きだと言っていたから、って、どういうことだろう。まさか、私が好きだといったから、白瀬拓真みたいな顔立ちになったということだろうか。


 確かに、私は昨日電話で、白瀬拓真が好きだと言った。その話を聞いていたのは、私と電話相手の友人と──我が家の家具(・・)だけのはずだ。

 いや、まさか。そんな馬鹿な。

 パソコンが自分で好きなように顔立ちを選んで人間に化けるなんて、そんな馬鹿な。


「ど、どうして人間になったの?」

「最後に君と話をしてみたかったんだ。言ったろう、俺はもうすぐ壊れるから」


 彼は目を細めて、なんだか寂しそうな笑みを浮かべて私を見下ろしている。私はなんだかその瞳を見つめていることが辛くなって、俯いて目を逸らした。


「じゃあ……、今日は私、ネット出来ないの? メールチェックしたかったんだけど」


 もし目の前のこの男性が私のパソコンだというのなら、私はパソコンを起動することが出来ないということになる。

 まあ、メールは別にスマートフォンでも見られるんだけど。


「いや。メールチェック、しようか?」

「え?」


 しようか、って、どうやって?

 唖然とする私をよそに、彼は私の腕を掴んだままで、目を瞑った。私は抗うことも忘れて、目を瞑る彼の姿を呆然と見上げる。

 一分と経たずに、彼が目を開けた。


「新着メールは、二件。モクバーガーのメルマガと、フォーティーワンワッフルのメルマガ」


「……メルマガばっかり」


 確かに、二つとも私が登録しているメルマガだけれど、本当にメールは着ているのだろうか。私は開いている方の手でポケットからスマートフォンを取り出した。


「これでメールを確認しても?」


 私を見下ろしていた彼は、片眉を上げた。


「どうぞ」


 私はスマートフォンを操作して、パソコンで使っているフリーのメールアドレスを開く。ログインしてみると、新着メール二件の文字が表示される。どきどきしながら受信ボックスを開くと、確かに二通のメールマガジンが届いていた。


 ……そんな、馬鹿な。


「あの。ちなみに、メールを開くことも出来るの?」


 私が彼をちらりと見上げて問い掛けると、彼はこくんと頷いた。


「開こうか?」

「じゃあ、モクバーガーの方を」

「分かった。開くよ。──"秋の新作、もぎたて柿バーガー登場。2013年10月28日号…」

「あ、読んでくれなくていいよ」


 メールマガジンなんて、読み始めたら絶対に長い。私は放っておいたら最後まで読んでくれそうな目の前の彼を慌てて止め、スマートフォンで、受信ボックスを再読み込みした。──画面には、新着メール一件の文字。モクバーガーのメルマガが、既読になっている。


 私は唖然として彼を見上げた。彼は苦笑いをしながら私を見下ろしていた。至近距離で見詰め合った所為で頬が熱くなるのを感じて、思わずさっと顔を伏せる。


「信じてくれた?」


 頭上に落とされた声に、こくりと頷いた。ありえないと思いながらも、どこかストンと信じている自分に気が付く。


 だって、白瀬拓真にそっくりの人間なんて、そうそういる訳がない。私の見ていない隙にパソコンや携帯を操作してメールを既読にすることだって、不可能だったはずだ。彼は何も手に持たずに、メルマガの内容を読み上げていた。


 もう、信じるしかなかった。





【 私のパソコンが人間になりました_ 】





 トントンと玉葱を刻みながら、ちらりと隣に目をやる。彼は私のすぐ隣で、興味深そうに私の手元を見つめていた。


「あの、落ち着かないから、テレビでも見てて?」

「テレビよりも、俺は君を見ていたい」


 聞きようによってはとても心臓に悪い台詞だけど、ただの電子機器の彼に他意はないのだろう。彼はこれまでずっとパソコンデスクの上にいたから、台所の方は見えなかったみたいだ。いつも私が台所で何をしているのか興味があったようで、料理をしている私の傍を離れようとしない。


「あなたも晩御飯食べる?」


 ふと思い立ってそう問い掛けると、彼はきょとんとしたような表情で私を見た後、緩々と頭を振った。


「俺は、食べれないよ。胃が無いから」

「そ、そうなんだ」


 こともなげに言われたけれど、結構衝撃的な発言だ。パソコンだから、当たり前なのかもしれないけど。


 結局彼は私が野菜炒めを作る間、ずっと隣でそれを見ていた。やっと野菜炒めが完成して、炊き立ての白ご飯と一緒にテーブルの上に並べる。


「本当はもっとちゃんとしたものとか作りたいんだけど、仕事終わりだと、時間が無いから」


 思わず言い訳をするようにそう言った。私の目の前の椅子に座った彼は、不思議そうに私を見る。


「……あの、食べる姿、ずっと見ているつもり?」

「駄目かな?」


 彼は頬杖をついて、まるで面白いものを見るような目で私を見つめている。


「で、できたら、あっちに行ってて欲しいんだけど」

「"できたら?" じゃあ、出来ないからこっちにいるよ」


 彼はふっと笑った。予想外の反応に、私はぽかんとして彼を見上げてしまった。


「ねえ、舞、"いただきます"は? 人間は、いただきますをしてからでないと、ご飯を食べてはいけないんだろ?」


 彼はまるで母親のように、私に食前の挨拶を促す。いや、っていうか言わないと食べちゃいけないってことはないと思うんだけど……。そもそも、どこでそんなことを学んだんだろう。思わず問い掛けると、彼は平然と答えた。「ネットだけど?」って。




 見られながらの気まずい晩御飯を終えて、湯船を洗ってお風呂を沸かす。お風呂に入ろうと思ったけれど、彼が後ろをついてきていることに気が付いた。

 脱衣所の手前で振り返り、私は彼に声を掛けた。


「あの、お風呂に入りたいんだけど」

「うん、どうぞ」


 彼は入ればいいじゃないかと言いたげに、小首を傾げた。


「……ついてこないでって行ってるの」


 ちょっとむっとしてそう告げるけれど、彼は不思議そうな表情のままで私を見下ろしている。


「できれば?」


 彼の言葉に一瞬きょとんとしてしまったけれど、私はすぐに頭を振った。ついさっき、出来ないからここにいるよ、なんて言い返されてしまったことを思い出したのだ。


「"絶対"、私が戻ってくるまで、リビングでじっとしてて」


 絶対、の部分に力を込めて言うと、彼は不思議そうな表情を崩して笑った。目尻の下がった笑顔がとても可愛らしくて、男性に免疫の無い私には刺激が強すぎる。彼は私の赤くなっているだろう頬には気づく様子もなく、笑いながら頷いた。


「うん、分かった」


 彼は笑いながらも、さっさとリビングへ戻って行く。去って行く後ろ姿をぼんやりと見送ってから、はっとした。


 ……ちょっと待って。もしかして私今、パソコンにからかわれたの?




 お風呂から上がってきたら、彼はいなかった。うんうん。どうやら約束通り、リビングで大人しくしてくれているようだ。私は濡れた体を拭いて、パジャマを着る。バスタオルで頭を拭きながら、リビングへ続く扉へ手を掛けようとして、はたと気が付いた。


 ……この恰好で彼の前に出るの? 私。


 化粧していたって別に絶世の美女ではないけれど、すっぴんになれば普段よりも尚酷い。それもこんなクマ柄の子どもじみたパジャマを着て、彼の前に行くのか、私……。

 いやいやいやいや。私は慌てて頭を振った。相手はパソコンだ。何を怯む必要がある。っていうか、今までだって風呂上りにパソコンをしてたことなんて何度もある。すっぴんヘアバンドみたいな残念な私を、彼だって見慣れているはずだ。

 そう思ったらちょっと気が楽になって、私はリビングへの扉を開けた。パソコンデスクの上で三角座りをしていた彼が、私に目を向ける。


「あ、おかえり。舞の好きなクイズ番組やってたから、録画しといたよ」

「ええ!? あ、ありがとう……」


 こともなげに言われて思わずお礼を言ったけれど、よく考えたらおかしい。パソコンがブルーレイレコーダーのリモコン握ってテレビ録画するってどういうことだろう。っていうか、なんで私があのクイズ番組好きなこと知ってるの?


「舞がいつも見てたから」

「え?」


 彼の言葉に、私は気付きたくなかった事実に思い当たり、恐る恐る尋ねた。


「もしかして……、私の生活全部見えてたってこと? 電源が入ってない時も?」

「うん。デスクの上から見える範囲のことは、全部見てたよ」

「それは……。私が着替えたりしている姿も、ですか」

「うん?」


 それがどうしたの? とでも言うように、彼は美しい顔を斜めに傾げる。


「そ、そうなんだ」


 いや、相手はパソコンだ。すっぴんを見られようが日常生活を見られていようが、着替えを見られていようが、なんてことない……はずだ。恥ずかしい気持ちを押しやるように頭を振る私を、彼は不思議そうに見つめている。

 そして、ふいにパソコンデスクから飛び降りると、私に近づいてきた。


「え? え?」


 戸惑う私を無視して、片手でバスタオルを取り上げると、もう片方の手で私の髪に触れる。


「なんだか、いい匂いがする」


 近い! 近いよ! 段々と頬が熱くなっていくのを感じる。相手は人間じゃない、パソコン、電子機器……! そう念じながらぎゅっと目を瞑ると、彼は私の頭に鼻を押し付け──ああ、違う! キスしてる!


「や、やややや、やめ、てよ!」


 なんとかそう叫ぶと、彼は不思議そうに私から離れた。


「どうしたの?」

「い、いい匂いがするのは、シャンプーのせいだよ。あ、お風呂、入る? シャンプー、使ってもいいよ」


 しどろもどろになりながらそう言うと、彼はくすっと笑った。


「お言葉に甘えて、って言いたいところだけど、お風呂なんか入れないよ」


 ……。そうだった。パソコンは繊細な電子機器なのに、お風呂なんか入れるわけがない。


「ご、ごめん」


 あまりにもデリカシーがなさすぎる。思わず謝ると、彼は小首を傾げた。


「どうして謝るの?」

「な、なんとなく?」

「変なの」


 彼は笑いながら、パソコンデスクの上に戻った。


「そういえば、あなたはどこで寝るの?」

「へ? いつも通り、ここで寝るつもりだけど」


 彼は三角座りをしながら、私を見下ろす。ここで、って、パソコンデスクの上で寝るつもりなのかな。パソコンデスクの上なんて随分狭くて、横になることもできない。まさか、膝を抱えたままで眠るつもりなのだろうか。


「お布団引こうか?」


 お父さんが寝室として使っていた部屋の押入れの中には、お父さんの使っていた布団がまだ置いてある。お父さんが亡くなってからもたまに干したりはしているから、シーツをかければ眠ることは出来るはずだ。

 お父さんの寝室へ向かおうとした私を呼び止めるように、彼はいや、と否定の意を示した。


「……いらないよ。ここがいいんだ。ありがとう」


 何故だかそれが、少しだけ寂しそうな笑みに見えた。

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