正ヒロインvs転生ヒロイン
「私は正ヒロインのあなたなんかに負けないんだからっ」
鼻息荒く私に指差して宣戦布告するクラスメート、山田今日子さんに思ったこと。
この人、頭大丈夫か。
自称転生ヒロインこと山田さんの言うことには、この世界は乙女ゲームという世界らしい。
題名も教えられたがよく覚えていない。あらすじは、入学したての地味な女子高生が生徒会長に無理矢理イメチェンされて美少女となり、そこから「変人」揃いの生徒会メンバーとの恋物語が始まるとかなんとか。
「イケメン」揃いと彼女は言っていたが、「変人」で十分だ。私には彼らの良さがよくわからない。個性が強すぎて正直関わりたくない。というか、生徒会長を筆頭に心底恨んでいる。
私はこの世界のヒロインなのだそうだ。確かに、乙女ゲームのあらすじを聞けば、身に覚えがあることばかりで無碍に聞き流すことができなかった。
高校に入学した当初、私は地味だった。黒髪の長い三つ編みに規則正しい膝下のスカート丈。分厚い眼鏡が顔の半分以上を占め、雰囲気も近寄りがたいオーラだった。
目立ちたくなかったから別に気にしてもなかったのに、あのっ、クソ俺様生徒会長がっ!!面白おかしく変えやがってっ!!
世界が変わっただろう?とキザなセリフをドヤ顔で決めた生徒会長は殴っておいた。イメチェン後の私を面白おかしくカメラで撮りまくる庶務にはカメラごと殴り倒しておいた。
それ以来、生徒会メンバーに付きまとわれている。とんだいい迷惑だ。
そして今度現れた変人は、転生ヒロインという山田今日子さんだ。
転生ヒロイン、もしくは傍観ヒロインとも言っていた。言っていることの半分も理解できなかったけれど、彼女は前世の記憶があるらしく、前世でプレイしていたゲームがこの世界だという。ヒロインだという私に、「彼らの愛は自由なのよ!」なんて意味のわからないことを叫んでいた。
とにかく、彼女は末恐ろしかった。いつも私の行動の先回りをしている。
ある時には、天気が良いから人気のない屋上で昼食を取ろうとしたら、先に山田さんと会長がいて彼女が手作り弁当を振舞っていた。金持ち会長は庶民の味を全く知らず、えらく感動して食べていたのを屋上の扉の隙間からこっそり眺めていた。私はどうしたか?そんなもん、憎き会長がいるから回れ右ですよ。
またある時には、仕事が多すぎて助けて欲しいという教師あるまじき頼みをしてきた生徒会顧問のところに渋々行けば、山田さんが先に積極的に手伝いをしていた。すごく張り切ってたくさんの仕事をこなしていたから私の役目はないだろうと、簡単な挨拶をしてそのまま帰った。
またまたある時には、無駄に広い校内の庭園を散歩していたら、山田さんと庶務がデジタルカメラの画面を一緒に覗き込みながら談笑していた。写真好きの庶務は話し相手ができたようですごく嬉しそうだ。私もよく趣味で写真をとるが、チャラ男庶務とあんなに楽しく会話なんてできない。山田さんよくやる。
他にも、副会長と会計。私の行く先々で山田さんとの乳繰り合いを繰り広げている。生徒会メンバーが私に構ってくる回数も極端に減った。
そしてこれだけ目撃していれば、生徒会メンバーの山田さんを見る目が段々と変わっていくのもすぐにわかった。
ここに自称転生ヒロイン、山田さんの逆ハーレムが完成しつつある。
「というわけで、攻略対象の日村くんも早く山田さんたちのところに行ったほうがいいと思うの」
「いや、意味わからないんだけど」
呆れた顔で私を見る日村くん。それを気にせず、紙束をホッチキスで留める作業を続ける私。
放課後の現在、遠足係の私と日村くんは机を向かい合わせ、遠足のしおりを作っていた。たかが遠足なのに、結構な遠出とスケジュールのため、係としおりは必須らしい。係決めじゃんけんで負けた私は自分の不運さを恨んだ。が、係になれなくて心底悔しそうにしている山田さんのほうが見ているだけで怖くて、自分への恨みは一瞬で引っ込んだ。
たぶん山田さんは攻略対象である日村くんと係になりたかったのだろう。イベントが、とかフラグが、とか、じゃんけんの出る手までゲームに詳しく載ってなかったからだ、とか呪詛のように呟いていた。そこまで言うなら立候補すればよかったのに。
かくして私は日村くんと遠足係になり、こうして面を合わせてしおりを作っているのである。
攻略対象と言われているだけあって、日村くんも端整な顔をしていた。艶やかな黒髪に切れ長の目。どこか耽美なオーラがするとはクラスメートの女子の意見。目が合うだけで倒れるらしい。そこは言いすぎじゃないの。
イケメンでないと入れないと噂される生徒会メンバーなのだから、まわりの女子からの熱い視線も多かった。本人はどこ吹く風で堂々としているが。
彼は生徒会書記。入学したてなのに生徒会入りを決めたのは成績優秀だからである。入学式の新入生代表を務めたのも彼だ。
そして、私は彼のことも好ましく思っていない。あのアホ会長の愚行に対し、傍観を決め込んだからだ。我関せずで、会長に良いようにされていた私を見捨てたのだ。クラスメートのよしみで必死で助けを求めた私を無視して。しまいには結果オーライだとかぬかしやがった。
どうせなら彼も山田さんの虜になって私の視界から入らないようにしてほしいのだが、現在、不思議と彼は山田さんになびいていない。
教室の窓から見える、山田さんとその愉快な仲間たちで繰り広げらている茶番劇。それを目にしても、日村くんは動じず、ただひたすらに黙々とホッチキスを動かすのみ。
「今日子!今度こそ誰を一番愛しているのかはっきりしてもらうぞ!」
「会長、山田さんが困ってるじゃないか。山田さん、大丈夫。ゆっくりと僕を選んでくれていいんだよ」
「かいちょーも副かいちょーも横暴だってば!ボクが今日ちゃんに相応しいんだからねっ!」
「山田……俺から逃げないで……」
「山田!そんなに逃げているとあとで俺の特別授業を受けてもらうことになるぞ!」
「もー!みんな困りますよう!私の愛はひとつしかないのに!」
私は傍観していれば幸せだったのにー!とすっごくキラキラと幸せそうな顔で叫んでいる山田さん。傍観する気ゼロだったじゃん。序盤から結構関わってたよね。
ご機嫌オーラを飛ばしながら逃げる山田さんと、これまた幸せそうに追う生徒会メンバー。
しかし、それを見て我関せずの生徒会書記の日村くん。
すごく不思議だった。ある程度、山田さんと接触しているはずだ。山田さん曰く、イベント、とやらをこなしているはず。なのに日村くんは彼女を見ない。
だから、私は山田さんに言われたこと全てを日村くんに話した。攻略対象としておかしいのではないか、と訴えたが、逆に彼が私の頭おかしいんじゃないのという目線を返してきた。失敬な。
「花房。お前の言うことが正しければ、本当のヒロインはお前か。あっさり信じるなんて自意識過剰だな」
「……別に完全に信じてるわけじゃないよ。でも山田さんは生徒会メンバーを全て知り尽くしているというか。私の行動も完璧に読んでくるし」
「じゃあお前は山田を恨んでるのか?ヒロインの座を取られて」
「ううん。むしろ感謝してる。ヒロインの座なんて喜んで差し出すよ。生徒会メンバーなんて関わりたくないもん」
日村くんにもね、という呟きは心中でしたが、たぶん伝わったと思う。私の生徒会メンバーの嫌悪は筋金入りで有名だ。
「まあ、花房が俺たちを嫌っているのはわかる。あの人たちが山田のもとに行って清々するだろう。だが、俺は山田のもとへは絶対に行かない」
「そこが不思議なんだよなあ」
山田さんは選択肢を間違えたのだろうか。いや、それはないか。この世界を熟知している彼女が失敗するはずない。
「……理由なら俺は知っている」
ぼそりと呟いた日村くんの言葉に、今まで動かしていた手を思わず止めた。
「理由わかるの!?」
興奮のあまり、身を乗り出して日村くんに詰め寄る。これで胸のつっかえがとれるのかと思うと心が躍った。理由がわかれば山田さんに教えてあげよう。ここまでくれば逆ハーレムの完成形を見てみたい。
ぐいっと日村くんに近づく。彼もまたホッチキスの手を止めて私の目を見返す。日村くんの目は澄んでいて綺麗だなあ、なんて思わず考えていたら、伸びてくる手に気づくのが遅くなった。
気づいたときには日村くんに両手で頬を挟まれ、彼と私の唇が合わさっていた。
時間が止まったみたいだ。
吹き込まれる彼の吐息。熱を帯びた薄い唇。
どれだけ時間がたっただろう。ゆっくりと唇を離し、日村くんはとても素敵な笑顔でとんでもない言葉を放った。
「もうとっくに、花房は俺のルートに入っているからだよ」
唖然として固まる私を無視し、日村くんはもう一度、唇を寄せた。
ごめんなさい、山田さん。
やはり私にはヒロインの座から逃れる術はなかったようです。
お付き合いありがとうございました。
流行りの乙女ゲームものを書きたくて。撃沈。