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それ以来水城先輩は、ちょくちょく図書室に脚を運んでは私と話をするようになる。やれ練習の時の気合の入れ方だの、ディフェンダーと一対一になったらフォワードはどんなことをされるのが嫌なのか、など、サッカーに関する話題ばかりだ。嫌がる私を意に介せず、捲くし立てるように次々と発言してくる。仕方なく、私は少しは受け答えをしていた。あくまでも読書をしながら、そのついでである。
「うち、マネージャーがいないから」
どういう話題からそんな流れになったのか、今では思い出せない。けれどこれは間違いなく、私が再度サッカーをするようになったきっかけではある。
「私にやれと命じるのですか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
私はとにかく、サッカーに関わる気はなかった。何故なら、もし再開したら、またサッカーにのめり込むことは目に見えていたからだ。
一度好きなものを嫌いになった反動というのは、とてつもなく大きいもの。十好きだったものがマイナス十になれば、ゼロからマイナス十になるよりも、倍は大きな触れ幅がある。それを一度経験した私は、好きになるという行為から身を遠ざけるようにしていたのだった。
それなのに水城先輩ときたら。
「川西みたいな子がいたら、うちの部の連中も、やる気が出るかなあって、思ったり、なんかしたり、して……」
仮にも女の末席を飾っている私ではある。あまり女っ気のない所へ放り出されれば、さぞ血の滴る肉を与えられたピラニアのように発奮されるだろう。実力が同じなら、最後に勝負を決めるのは根性と気合だ。その二つを手に入れることが出来れば、さぞかしチームの結束は固くなる。それは理解してあげよう。
けれど、差し出す肉は、私の身体そのものである。
「マネージャーは、まず第一に、そのスポーツが好きな人がなるべきなんですよ。そして、私にはサッカーに対する愛情がありません。断る理由は十分です」
「……そうか」
断られた水城先輩は、見るからに悲しそうだった。
「大体、私が水城先輩の紹介でマネージャーになったら、私たちの仲が疑われます。私は嫌ですよそんなこと。彼氏でもない人と付き合ってるんじゃないかって思われるの」
これは嘘ではなく、割と本気で思っていることだ。誤解されたらたまったものではない。いつの間にか、私と水城先輩が付き合っているなんて風評が広がったらはた迷惑だ。
「あ、そうか……」
そんなことにすら気が付かないのも、水城先輩という男なのか。
「大体、うちのサッカー部って強いと思えませんし」
「……それは、見た感想?」
「ええ。得点力がありませんから。確かに守備が強ければ負けはしませんが、攻撃は最大の防御、点を取らなければ勝てもしません。攻めるから防御が映えるんです。防戦一方の籠城戦だと、いつかは崩れます。それに、その要なはずの守備だって、大きすぎる弱点を持ってます。水城先輩だって例外ではありません」
私の言葉に水城先輩は眉を顰めた。
「……俺のこと、言うのは構わないけど、皆のことを、そういう風に、言うの、やめてくれないか」
「どうしてですか? 感想を言ったまでですが」
「…………」
「それこそ証明のために、私が攻めてみましょうか。多分、一度っきりなら勝てると思いますよ」
「女が、男に勝てると、思えない」
「ええ。だから一度きりと言ったんじゃないですか。男と女が同じ土俵で戦う方が無茶ですよ。けれど弱点は見切っていますから。奇襲なら女でも勝ててしまうほど、大きな弱点です。自覚さえしてしまえば、二度目は通用しないでしょうけれど」
きっぱりと私は言い切った。悪いこととも思っていないし、自意識過剰なわけでもない。本当に、一度だけでいいのなら勝つ自信はある。
「なんだ、その、弱点っていうのは」
「何故、なんの関係もない水城先輩に教えければいけないんですか。そのぐらい、自分たちでミーティングでも開いて話しあいながら発見してくださいよ。……どうしました?」
ふと本を置いて水城先輩を見上げると、私を敵意の目で睨んでいた。
「……放課後、俺とやってみるっていうのは?」
「はあ? 冗談はよしてください。サッカーは嫌いだと言ったはずです」
もちろん、冗談でないことはよくわかっていた。一生懸命作り上げた砂場の城を、ただ嫌いだからという理由だけで踏みつぶされたような目を、水城先輩はしている。
「教えてくれなくて、女でも勝てるって、言うのなら、実戦で、証明してほしい」
「確かに私は証明してみましょうかとは言いましたけど。言葉の綾ですよ」
「じゃあ、俺が負けたら、もう図書室に来ないっていうのは」
まさか、そう切り返してくるとは。意外に侮れない。
「……困りました。理不尽ですが、魅力的な提案です」
さてさて。如何様にしようか。
自分で勝手に私に付き纏うくせに、勝てば離れるという。マッチポンプ。
とは言え、今後もずっと水城先輩に付き纏われる面倒さと、一時の嫌悪感を我慢するのを私の心の奥深くにある天秤に掛け――
私は、後者に傾いたのだった。
乗せられたかな……そうは思いつつも私は、嘘は嫌いな性格なもので。