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まあ私は鈍感じゃないから気がついているのだけれど。
私を狙っているのだなあとは、分かっていた。
……そうだとしても、どうしようと言うのだろう。私は男と付き合うつもりなんて毛頭ない。
私の体に流れる憎き呪いを、発揮させるわけにはいかない。
とはいえ、その一週間は、特に水城先輩から接触してこなかった。私は相変わらず、練習している姿を見たりはしていたけれど。音沙汰もないのだから、もう関わりはないとすっかり思っていた。
変化が起きたのは、翌週だ。
「や、やあ」
テープに撮って巻き戻したかと勘違いするほど、先週と同じ。せいぜい違うのは、少しだけぎこちなさがなくなったところか。
「なんですか?」
「サッカーに詳しいんだろ? だったらさ、その、次の土曜、十時から、うちの学校で練習試合があるんだけど、見に来て、くれないか……な。ほら、うちのチームって十一人ぴったりで、マネとかもいないし、客観的に判断する人がいないから、詳しい人に見てもらいたくて」
いきなり、直接的に誘ってきて驚いてしまった。驚くのは水城先輩の専売特許だというのに。あまつさえ、私が仕事を奪ってしまうとは。
「弱点さえ見つかれば、うちのチームはもっと、強くなれる。そんな気が、する、んだ」
「もし部外者の私が弱点を発見して、それを指摘したとしても、チームメイトが許容するとは思えません。以前、サッカー部の練習風景を見たことがあるのですが、到底、作戦を考えるような人たちには見えませんでした」
図書委員では会誌を作成している。これを発行するのは時間がかかるせいで、放課後まで遅く残ることになってしまったことがある。校庭から響く怒声。確たる意識があったわけではなく、受動的に校庭を見ると、サッカー部がグラウンドを駆け回っていた。その様たるや、まるでイノシシ。ボールをキープしながら突進するだけ。技術もなにもあったものではない。
「多分それ、三年生だと思う。作戦を考えるのが、嫌いな代だったんだ。残った一、二年は、もっとサッカー部を、成長させたいって思ってる。だけど、どうしたら強くなるのか、分からない。顧問の先生も、サッカー詳しくないから、信頼できないし。だから、見てほしい。少しでも、意見が欲しい」
やや興奮しながら言う水城先輩は、その時初めて、私に自然な笑顔を見せた。
……眩しい。なんだか、とても眩しかった。
こんな時、男っていいなって思う。一つのことに熱中できる。それしか目に入らなくなる。
私は女。何も考えずに熱中することなんて、できやしない。
「はあ――」
私は大きく、息を吸った。これまでの、水城先輩が生み出した明るい空気。この中に含まれる光を吸い取らんばかりに。そして吐き出す。
「言ってませんでしたけど、」
私の声に込められた何かを感じ取ったのか、水城先輩の頬は、急に青ざめた。
「私、サッカーは嫌いですから」
「……どうして?」
好きなものを、面と向かって嫌いと言われるのは辛いものだ。私はそれを分かっていて、分かっているからこそ、強調して言った。
「まさか、自分が好きなら他人も好きだろう、とか考えていませんよね。本当は私、サッカーという名詞を聴くだけでも鳥肌が立つんです」
冗談というわけではない。これは正真正銘の本音。
「私は昔、サッカーをやっていた時期もありました。けれど、もうサッカーとは縁を切りました。今の私は、読書をすることぐらいしか楽しみがない人間ですよ」
私が素っ気なく言うと、しょぼくれる水城先輩。
「……まあ、倒れかけたところを起こしてもらった恩もありますし。暇でしたら、行ってみます。もしも行ったら、そこでチャラですから」
一言だけ、そう付け加えておいた。
「本当に?」
社交辞令という言葉を知らないのか。そう言いたくなってしまった。そのぐらい無邪気な喜びよう。あれほど冷たいことを言ったのに。これは男だからなのか、それとも水城先輩だからなのか、そんなことまで私には分からない。