3
次に会ったのは一週間後、図書室だった。
この日も私はカウンター席で小説を読みながら、のんびりとした時を過ごしていた。貸し借りの手続きは、一日のうちに数回ある程度。少ない時には一回もないこともある。
私は図書委員をしている。週に一回、水曜日。一年生は強制で当番が割り振られる。二人か三人でするはずなのだけれど、私の相方となるべき人はサボり癖がついている。一回として当番を受け持ってくれたことはない。まあ私としても、その方が業務をしやすいから、別に気にしてはいない。
昼休みも三十分ほどが過ぎて半ばに差しかかると、入口のドアが開く音がした。あまり人のいない空間だと、少しの動きでも音が響くものだ。ましてや力強く開けたとなれば、かなりの音が図書室に反響する。
水城先輩はきょろきょろしながら私の前に姿を現した。図書室に一回も入室したことがないのか、興味津津の子供みたいに、眼をらんらんと大きくしていた。やがて私の姿を確認すると、小走りにこちらへ来た。
「や、やあ」
おそらく本人的には、爽やかな満面の笑みを浮かべているのだろう。しかし、私からしてみれば、ぎこちないことこの上ない、引きつった笑顔を私に晒している。キーパーグローブのような大きな手を顔の位置まで挙げ、気軽っぽさを演出している。なんとも涙ぐましい。
「図書室って、こんなに広いのか。初めて来たから、驚いた」
いつも驚いてばかりじゃないですか。と言いたいのを我慢して、私は事務的に答える。
「何か用ですか?」
「その……サッカー関連の本が、見たくて。知らない?」
「レファレンスなら、司書の先生にお願いします」
「れふぁ?」
敢えて、水城先輩が分からなそうな用語を使った。案の定水城先輩は、それがなんのことだか知らない。けれど、意図は通じたのか、すごすごと私から離れようとした。
「……サッカー関連の雑誌ですか? それとも、指南書みたいなものが見たいんですか? それなら、私でも案内ができますけど」
引きとめの言葉は使わなかった。変わりに、わざと音を立てて立ち上がったこと。肯定する言葉を使用したこと。この二つを代用とした。
先日は少々特別な事情であった故、気分が悪かったからあんな態度を取ってしまった。けれど、私は別に水城先輩を親の敵のように恨んでいるわけではないし、何か特別変なことをされたわけでもない。立ちくらみを助けてもらった恩もある。さびしそうな背中には流石に罪悪感を覚えた。なにもここまで冷たくすることもないと反省。時間が経てば気分も変わる。私はその落差が激しい。
「え? あ、その、雑誌を」
「雑誌ですね。それならこちらです」
図書室の角に設置されている、雑誌閲覧コーナーに通す。いつもなら、少しはここで雑誌を読んでいる生徒がいるものなのに、今日はいなかった。誰かに見られて噂される……なんてのは、今のご時世には存在しない。そんな心配はしていない。
「サッカーの専門誌がこちらで、スポーツ全般ならこちら。あと、こちらが今日のスポーツ新聞です」
二冊の雑誌と、一部の新聞を手渡す。表紙を何度か眺めて(新聞は見出しを見て)、さっと専門誌に決めたようだった。私は残された二つを元の場所に戻す。
「へえ……移籍すんだな」
パラパラと雑誌をめくりながら意識しているのかしていないのか、口に出して呟いている。どこのチームの選手なのか。わざわざ私に問いかけるように、割と大きな声で言わなくても。今はもう、プロサッカーなんか情報を仕入れていない。
「それじゃあ、私は当番があるので」
あながち、わざとではない。実際に、カウンターの前には生徒がいた。貸出の手続きだ。
私は水城先輩を無視して、カウンターに戻った。水城先輩は雑誌に集中している、フリをしている。離れていく私を気にしてるのがバレバレだった。
この日は、これだけで終わってくれた。