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まあ当然の流れながら。
私は水城先輩とデートなるものをすることになった。
押しが弱いというかなんというか。これも私の悪癖だ。水城先輩のせいでサッカーを再開することになったり、するつもりなんて毛頭ないデートをすることになったり。
本当、水城先輩には調子が狂わされっぱなしだ。
どうして私はこんなに水城先輩に負けっぱなしなのか。その敗因を考える。
一つ。水城先輩が気が弱いながらも必死で私に粘着すること。
二つ。実は私、他人を邪険に扱えないこと。
……特に二つ目は最悪だ。私自身、最近まで全く知らなかった。そう言われて思い出してみれば、大概向こうの要望通りに動いていたような。中学時代の彼氏もどき達もそうだ。告白してきたのが向こうならば、別れようと言いだしたのも向こう。そこに私の直接の意思はなかった。どうでもいい相手ですらそれなのだから、少しでも私に近づこうと必死な水城先輩を相手にしてしまえば。
ううむ。これは私、もしかすると、もしかするのかもしれない。
――とは言え。
やはり、他人を好きになる気にはなれない。水城先輩には悪いながら。
それなりの状況を作って適当なところで、それとなく振ってしまえばいいだろう。私のためにも水城先輩のためにも、両者にとってそれが一番有益だ。
「……して、水城先輩はいつから待ってたんです?」
「ご、五分前」
「嘘は言わないでください」
「本当は、一時間前から」
「やっぱり」
店に来客してたった五分でサンドイッチを平らげられるものか。ファーストフードじゃないんだから。
待ち合わせ場所として設定できる場所が思いつかなかったので、菜瀧高校近くのカフェで合流することにした。いや、ハチ公とかアルタ前で待ち合わせする私達の図も想像できないし。このぐらい所帯じみている方が、よほど私たちらしい。日曜日なら、わざわざここのカフェにくる菜瀧校生も逆にいないから、変な噂も立てられないのもプラス。
もう菜瀧に入学してから半年は経つというのに、私はここのカフェに一度として来たことはなかった。ただ、学校帰りにちょっと寄れる場所、として頭の片隅に入れておいた程度だ。それがまさか、こんな役に立つとは。
水城先輩の正面に座り、メニューを開く。まだモーニングの時間だから軽食が中心。私は朝に弱く、起きて暫くは朝食すら作れるような状況にないので、朝食を食べない派だ。今だってお腹が空いているわけではない。
「ここの珈琲って美味しいって噂ですけれど、本当ですか?」
「うん。なんか、そう聴く」
「ふぅん、そうなんですか」
珈琲が売りな割には二五〇円と、カフェにしてはかなり安い。菜瀧をターゲットにしているせいもあるのだろうか。
「すいません、エスプレッソ下さい」
近くにいたウェイトレスに注文する。職務に忠実なウェイトレスは「かしこまりました」と言って厨房へ消えていった。
注文したエスプレッソが運ばれてくるまでの間、水城先輩は基本的に顔を横に反らしながら、たまにちらっと私の姿を確認しては、また顔を横に向ける。ウェイトレスが来るまで、半径一メートル以内に言葉というものが存在しなかった。私から雑談するようなネタも持っていないのだし、水城先輩から切り出さないのなら無言になるのは決まりきっている。
ずっと無言でいるのも味気ないので、エスプレッソを味わいながらもなるべく早く飲むことにする。……凄く美味しいなこのエスプレッソ。本当に二五〇円? メニューの表記と実は違う? 騙されてない私?
さて、この店に居ても話は始まらない。上映時間など分からないが、早く行動するに越したことはないだろう。店に来て早々、私は荷物を纏める。
「あ、俺が払うから」
私がもたついている間に、水城先輩は伝票をレジへと持っていく。準備を終えた私は、細かいのがなかなか出なくて困っている水城先輩の横で、百円玉二枚と五十円玉一枚をレジの人へ差し出した。
「このぐらいは出します」
水城先輩の返事を聴かず、私は店を先に出る。会計を終わらせた水城先輩は、私の出した二五〇円を返そうとしてきた。
「おごらなくていいです。別にそうまでされる権利はありませんから」
変にお金を出してもらって、気を使ってもらうくらいならば、私は自分で払う。そういう女だ。
映画館がある街まで電車で十分ほど。私たちは電車を脚として使う。
休みだからか私たちと同年代ぐらいの若者が多い。車内は騒然としていた。
「その服、似合ってる」
「……露骨なまでに遅いです」
せっかく失礼のないよう、ある程度はめかしこんできたのに、その感想が今になって飛んでくるとは。無駄だったにも程がある。
私が怒っていることに明らかに尻ごみをした水城先輩は、緊張からか、身体が堅くなっている。そのせいか、目的地に到着した後、水城先輩は私を差し置いてさっさか先へ進んでしまった。よもや競歩の勢いだ。立ち止まったのは、改札を出てからである。
「水城先輩、待って下さい。追いつけません」
「え?」
「ヒールのある靴を履いているんですから、そんなにスタスタ先を行かれては追いつけませんって」
あ、そうなのかという水城先輩の表情。と次の瞬間には、「悪い!」と頭を下げて謝ってきた。通行人が野次馬しているのが、肌に刺さって痛覚する。
「デートに慣れてないのは見れば分かりますけれど、だからと言って、配慮を怠っていいというわけじゃありませんよ」
「……ごめん」
「はあ。まあ、いいですけど。水城先輩がそういう人間だっていうのは知っていますから、これ以上嫌いになりようがないですし。それより、早く行きましょう。開演って何時なんです」
「十一時からの回に、するつもりなんだけど」
「じゃあ後三十分ほどですか。遅れないようにしませんと」
こんな調子だと、私がエスコートした方が手っ取り早そうだ。水城先輩から誘ってきたというのに。
良いところを見せることが全くできていない水城先輩は、評価を取り戻そうと躍起になっている。そんなもの最初からないというのに。というより、評価を上げられたら困る。断る理由ができなくなってしまうから。今日は、水城先輩の追撃を逃れるためのデートなのだ。




