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行喜名と守  作者: いせゆも
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渡時過行を拝見して下さった方の中で、もしも興味を示してくれるのなら幸いです。

 水城先輩と出会った場所は、保健室だった。

 私はその時、『とある事情』により昼休みからベッドで寝込んでいた。

 軽く寝ていたかもしれない。そうでなくても鎮痛剤で頭がぼんやりとしている。腕時計で時間を確認すると、もうすぐ五時間目が始まる頃合いだった。小テストがあるから少しは予習もしておきたい。そろそろ教室へ帰ろうかなと思い始めた時だ。

 ぼーっとした頭を、なんとか復活させようとすると、衝立越しにちょっとした雑談が聞こえた。保健医の橘先生の声と、一人の男子生徒による、低く響くバス。治療中らしい。

 ちょっとしたお遊びとして、サッカーボールを使って野球をやっていたら、突き指をしてしまった。不可抗力とは言え実質盗み聞きしたのを要約するとそんな感じだった。人と話すことは得意ではないのか、逐一たどたどしかった。

 それを聞いていた私は、「あー、あの人だろうな」と見当を付けていた。

 サッカー部の水城先輩だろう。

 男子生徒の一部は昼休み、校庭でサッカーをしたりしている。他にはテニス、野球、バスケあたり。水城先輩もその一人だった。

 そういう人たちは大抵、活発な人が多いのが相場だ。なのに水城先輩はそんなことなかった。むしろ暗い性格に属するように、ただ眺めているだけの私にも感じた。

 そんなことを考えていると、昼休みの終わりも見えてきた。これ以上残っていると、自習時間がなくなってしまう。

 話をしたこともない人をじろじろと観察するのも失礼だ。登山家が山で他人とすれ違った時は挨拶をする、みたいなルールは保健室にはない。治療をしてもらっている水城先輩を脇目に見ながら通り過ぎようとする。

 ……したのだけれど、タイミングが悪いのか、ちょうどというべきか。とにかく、ベッドから立ち上がった瞬間に私の頭から、さあっと血の気が引いた。貧血だ。くらりと、前に倒れこみそうになる。その方向には、椅子に座っていた水城先輩がいた。

 反射だったのか、ちょうど私が倒れる直線状にいた水城先輩の行動は、迅速だった。

 なんと水城先輩は、私に体当たりをしたのだ。

 前に倒れかけた私を、下に滑りこむようにして支え、すぐに私の肩を抱きしめて勢いを殺した。そしてそのまま、私を近くの椅子に座らせた。私を抱きしめる時に耳元から「うわ、軽っ」という、驚愕の声が聞こえたことが印象に残っている。

 私からしてみれば、五十センチも背の高い水城先輩が体当たりをするのは、車が突然加速してきたに等しかった。立ちくらみも合わせて、回りの光景がぐんにゃりとする。

 胸が、かなりのペースで早鐘を打つ。

 倒れたかけたことよりも、男に触れられた方が、私には事件だった。サッカーを止めて以降、男と接触する機会を得られなかった。「話すだけで胸がドキドキしちゃう」なんて乙女さ持ち合わせていないけれど。だからといって、男と話すのはあまり得意でない。男と女で、身体以外がどう違うのか、いまいち把握できていない。それが無意識のうちに恐怖となっている。

「あら、かっこいいじゃない。見てるこっちが惚れちゃうわ」

「やめて、くださいよ、そんなの」

 私が混乱で呆けている間、水城先輩は保健室の先生に茶かされていた。

 橘先生というその人は、決して若い先生ではないが、色っぽい雰囲気を纏った妙齢の女性と言った感じで、男子生徒には人気があるとかないとか。あくまでも自称だけれど、保健室へ行くと大抵男子生徒がいる当たり、あながち間違った自己評価ではないのだと思う。

 そんな橘先生を、見ただけでわかるほど初心な水城先輩は、苦手としているようだった。「格好いいわね、女の子を助けるなんて」などと言われて、手を後頭部にやってへこへこしながら、「できちゃった、だけですから」なんて、ずれた回答をしていたりする。橘先生も分かってやっているから性質が悪い。

 これ以上放置していると橘先生が暴走するのは目に見えていたので、注意を私に向けるべく、少し語気を弱めながら水城先輩にお礼をした。「有難う」と言えばいいのか「御免なさい」と言えばいいのか迷ったけれど、結局両方口にした。お礼を言われた本人は顔を赤くして、「き、にす、るな」と、酷くどもった。

 先生は私にまだ大丈夫かどうか何度も訊き、「昼休みが終わるまでは安静にしてなさい」とベッドに無理やり寝かしつけた。

 私のことはもう大丈夫だと思ったのか、橘先生は何故か水城先輩を看病に回して、新たに入ってきた病人の世話をしに私たちから離れた(後で知ったことだけれど橘先生は、保健室に来た、恋人のいない生徒同士をくっつけさせることを趣味としていた)。

 小テストの予習ができなくなったのはまあ良しとした。別にあのぐらい、予習しなくても点は取れる。私にとって予習とは、あらかじめしておけば満点の確実性が増す、程度のものだ。私がイヤなのはそこではない。昼休みの残り時間を、この人と過ごさなくてはいけないとは。

 水城先輩は、本当に大丈夫なのかどうか、心配そうに私を見つめる。

 ……少し落ち着いたうえに、もともとイライラしていたこともあって、その眼は正直、癇に障った。冷静になった後に思い出すと、「どれだけ身勝手なのだろう私は」と自己嫌悪する羽目になるのはわかっているのに。

 しかしそんな私であっても、恩人ではあるのだから、邪険には扱うほど非道ではない。

 水城先輩を帰らそうとしたが、頑なに断られた。「大丈夫、なのか?」と、余分なほど私の身体を労られる。ベッドから起き出そうものなら、「もっと、寝てて」と、他人が見たらもはや、押し倒していると思うほどの勢いで私を寝かせる。

 仕方なく、話題を出して気を逸らすことに決めた。多分、この話なら乗ってくれるだろうと、半ば確信して。

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