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第44話 物の怪たちの大宴会

     1


 金曜日の会社帰り、静かな雰囲気の小さなレストランに寄った。

 オレの目の前には今、中泉がいる。

 ぽよ美には内緒だ。

 ……といっても、もちろん不倫などではない。


「お待たせ!」


 海端がトイレから戻ってきた。

 同じ会社の社員で、女神ハイツに引っ越してきた海端は、最寄り駅も同じ。

 残業で帰り時間はなかなか合わないが、以前よりも一緒に帰ってくる機会は増えている。

 こうやってどこかに寄ってから帰ることだって、たまにはあるのだ。


 そして今日は、電話で中泉も呼び出した。

 帰り際に寄るとしたら居酒屋になるのが普通なのだが、今回は静かな店を選んだ。

 会話することが目的だからだ。

 内容は、先日メリーさんに文句を言いに行った帰り、オレが思い描いた作戦について。


 オレたちの住むコーポ錠針と海端たちの住む女神ハイツは、大家さん同士が敵対し合っている。

 これまで、女神ハイツの大家であるメリーさんの首謀で、何度も刺客が送り込まれてきた。

 海端すらも刺客になったことがあった。まぁ、他の面々も含めて、刺客らしい刺客などいなかったわけだが。


 メリーさんが言うには、しばらく作戦を練ることに専念するらしい。

 だから当面のあいだは平穏でいられると思うが、その後また刺客攻勢が再開される可能性は否定できない。

 そこでオレは、先手を打っておこうと考えた。


 メリーさんと大家さんが仲よくなるのは無理だとしても、他のメンバーが仲よくなることは可能。

 両アパートの住人全員参加の宴会を開いて、顔合わせして打ち解けておけば、危機的な状況は回避できるに違いない。

 そう思い至ったのだ。


 ……まぁ、実際のところ、作戦というほどでもないのだが。

 刺客として送り込まれてきた時点で、すでに一度、顔は合わせていることにもなるし。


 ともかく、今。

 オレたちは作戦を練り上げる目的で、こうしてこの場に集まっている。

 なお、話をスムーズに進めるため、人間だけでの作戦会議と相成った。


 どうでもいいが、2件のアパートを合わせて、普通の人間がオレたち3人だけしかいないってのも、考えてみたらすごいことだな。

 ……オレも海端も中泉も、『普通』と言っていい人間かどうかは、若干微妙かもしれないが。


「よし、作戦会議を始めるぞ!」

「その前に、ご飯が食べたいかな! おなかすいたよ!」

「あっしはアルコール類がほしい! 飲みまくるぞ~っ!」


 オレたちだけで集まってはみたものの、スムーズな話し合いにはなりそうもない。

 と、それはさておき。


 海端、中泉と話し合った結果、ひとつだけ大きな問題があると判明する。

 2軒のアパートの住人全員が一堂に会するとなると、総勢30名以上での大宴会になってしまう。

 会場はどうするのか? という問題だ。


 物の怪妖怪モンスターの類が宴会をするわけだから、普通の居酒屋などを使うわけにもいかない。

 以前垢澤さんに連れていかれたカフェ・ブラッドなら、物の怪が集まるカフェという話だからよさそうにも思えたが。

 人間だけではたどり着けないみたいだし、店の連絡先も知らないため、早々に棄却されることになった。

 そもそも、貸し切りにでもしない限り、他の客の迷惑になってしまう。


 そんなこんなで、会場として一番いいのはコーポ錠針の104号室、という案に落ち着く。

 大家さん主宰でコーポ錠針のメンバー全員が顔を合わせた宴会の際にも使った場所で、アパートの一室のはずなのに中はすごく広くなっていたため、人数が多くても問題がないと思えたからだ。

 空間的にどうなっているのか、はなはだ疑問ではあるが、あの場所ならどれだけ騒がしくなっても大丈夫だろう。


 ただ、大家さんに許可を得る必要がある。

 そういえば、大家さんがどこに住んでいるのか、オレは知らなかった。

 どうやら中泉も知らないらしい。


 はてさて、どうしたものか。

 答えが出ないまま、夜は更けていく。

 オレたちは仕方なく会議を中断し、店を出ることにした。


 途中、女神ハイツへ向かう海端と別れる場所まで差し掛かったところで、


「佐々藤さん、過去さん、それと……女神ハイツに引っ越してきた海端さんだったかね? 仲よく帰宅かい?」


 なんともタイミングよく、大家さんとばったり出会った。

 まるでオレたちを待ち構えていたかのように。

 この人も本当に謎だらけだな。今さらだが。


 偶然なのか待っていたのかは、この際どうでもいい。

 オレたちは大家さんに事情を説明して、104号室の使用許可を得ることに成功した。


 その後、海端や大家さんと別れ、オレは中泉とふたりでコーポ錠針まで帰ったのだが。

 なぜかアパートの前まで迎えに出てきていたぽよ美から、


「どうして過去さんとふたりで帰ってきたの!? 不倫!? もしそうなら、ダーリンを殺してあたしも死ぬ!」


 と怒鳴りつけられるといった展開があったのは、ある意味いつもどおりのことだし、わざわざ詳細を語るまでもあるまい。



     2



「みなさん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


 オレが開会の挨拶を響かせてはみたが、これだけたくさんの人(ほとんどが人間ではなく、妖怪やら物の怪やらの類だが)が集まっている状況では、まともに聞いてもらえるはずもない。

 まぁ、すでに食べたり飲んだりし始めているのだから、堅い挨拶など不要だろう。


「では、存分に楽しんでください」


 適当に話を締め、オレもテーブルに着くことにする。

 いくつも用意されているテーブルの上には、たくさんの食事と飲み物がところ狭しと並べられていた。


 宴会の会場はコーポ錠針の104号室。

 大家さんの仕事部屋でもあるこの場所は、別次元にでもつながっているのか、とても広い空間が確保されている。

 料理はコーポ錠針の女性陣が総出で準備した。中には女神ハイツの住人からの差し入れもあるみたいだが。


「まったく……。どうしてこのわたくしが、こんなクソ閻魔のアパートの住人たちと、和気あいあいと宴会をしなければなりませんの?」


 メリーさんがワインを片手に愚痴っている。


「まぁまぁ、いいじゃないか。せっかく佐々藤さんたちがお膳立てしてくれたんだから」

「だいたい、どうしてあなたみたいなクソ閻魔と同じテーブルを囲まなくてはなりませんの!?」

「文句を言うんじゃないよ。私だって、存在するだけで空気が汚れるあんたみたいなクソ女神がいるこの最悪的な状況を、ぐっと我慢してるんだからさ」


 大家さんがなだめようとしたものの、なにやら雲行きが怪しい。


「言ってくれますわね、クソ閻魔! 今ここで決着をつけて差し上げましょうか!?」

「ふっ、望むところだよ!」


 うわっ、やっぱりか!


「って、ちょっと待ってくださいよ! ふたりとも、今日は楽しい宴会の席なんですから! 控えてください!」

「むぅ……。そうだったねぇ」

「仕方がありませんわね」


 いきなり宴会が破綻するのは、どうにか回避できたようだ。


「はっはっは! めがみんもえんまっちも、相変わらずだねぇ~!」


 同じテーブルに着いていた麻穂お婆さんも、心底楽しそうに笑っている。

 喋り方はお婆さんっぽい印象だが、なぜかツインテールがひょこひょこ揺れる小さな女の子の姿に変身している。


 それはべつにいいのだが、そんな姿で豪快に日本酒を飲んでいるというのは、とても違和感のある光景だった。

 実際にはお婆さんだし、法律的にはなにも問題ないのだが……。

 いや、もとより物の怪や妖怪に対して人間社会の法律なんて適用されないか。


 麻穂お婆さんの隣には、先日コーポ錠針に引っ越してきたばかりのヨロシクさんも座っている。

 怪しいフードをかぶっていて、顔はガイコツで、椅子に座っている状態でも大きな鎌を背負ったままの死神と、テーブルを囲っている現状。

 なんとも言えず、不思議な感覚だった。


「佐々藤さん、どうぞ、一杯」

「あっ、これはどうも」


 ヨロシクさんがビールを注いでくれた。

 オレはそれをありがたく受け、ぐぐっと一気に飲み干す。


「おおっ、いい飲みっぷりデスね!」

「ヨロシクさんも、飲んでください」

「どうも、いただきます」


 死神にお酌することになろうとは。

 しかし、顔はガイコツで首の辺りも骨しか見えないのに、飲み食いなんてできるのか?

 興味津々で見つめていたが、本人は当然のように口にビールを流し込み、ごきゅごきゅごきゅと喉を鳴らす。

 いったいどんな体の構造になっているのやら。


 オレはそれからしばらくのあいだ、ヨロシクさんとの会話を楽しんだ。

 ヨロシクさんはもともと大家さんと知り合いで、久しぶりに連絡を取ってみた際に、引っ越しを勧められたのだという。

 仕事をするのに都合がいいから、との理由もあったようだ。


「仕事って……死んだ人間の魂を連れていくことですか……?」

「まぁ、そうなりますが。べつにワタクシが殺して連れていくわけではないデスので。もしもの時には、優しくあの世までお連れ致しますデスよ。クックック……」


 こんな、楽しいと言えるかどうかは微妙な会話があったりもしたが。

 なんだか話しやすい雰囲気だし、結構いい人なのかもしれないな、ヨロシクさんは。

 いや、人ではなく死神か。


「にゃはははははっ! 冷華さん、さすが~!」


 隣のテーブルは、異常なほどに盛り上がっていた。

 ぽよ美と冷華さんが中心となり、中泉が自分の部屋から様々な酒類を持ち込み、いつもどおりの騒がしさとなっているようだ。

 いったいどんな話題なのか、耳を傾けてみると……。


「うふふふ、やっぱり愛する人は、氷漬けにしてでも自分のもとに縛りつけておかないと!」

「おお~! あっしも見習わないと!」


 彼女たちの会話の内容は、オレたち男の立場からすると随分と恐ろしいものだった。

 中泉も、そんなの見習おうとするなよ。

 もっとも、低橋さんはいつものようにギターをかき鳴らして歌っているし、水好さんも「過去、お手柔らかに頼むよ」なんて言っているのだから、本人たちはそれはそれで幸せなのかもしれないが。


 ぽよ美たちのテーブルには、雪子さんとぽよ太郎も混ざっている。

 みみみちゃんも同じテーブルに紛れ込み、今日は楽しんでいるみたいだ。

 その奥にある席には織姫さんと彦星さんが座り、いつものように2人だけの世界に浸っている。


 別のテーブルに着いている七福神のみなさんも、羽目を外している様子だった。

 弁財天様以外の6人の神様が酔っ払って脱いでいる姿なんて、見たくもなかったが。



     3



 飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。

 普段と大して変わらないかもしれないが、人数が多い分、騒がしさは何倍にも膨れ上がっていた。


 もともと今日は、2つのアパートの住人が全員参加する交流会という名目で集まっている。

 これくらいの騒々しさなら、許容範囲内と言っていいだろう。

 そのために、この104号室を使っているわけだし。


 とはいえ、少々気になる部分があった。

 雪子さんとぽよ太郎は、それぞれ冷華さんやぽよ美と知り合いだったり親戚だったりするからか、こちらのテーブルに混ざっていたが。

 それ以外のテーブルに目を向けてみれば、自然と同じアパートの住人ごとにまとまるような配置になってしまっていたのだ。


 コーポ錠針と女神ハイツの住人との交流が目的なんだから、もっと向こうのメンバーとも話さないとな。

 オレが率先して橋渡しする形で、他の人たちにもテーブルを渡り歩いてもらうようにしよう。

 そう決意して席を立つ。


 まず、ぽよ美たちと張り合えるくらいに盛り上がっているテーブルへと、オレは足を運んだ。

 ここは乙姫さんを中心とするグループになっているらしい。


 ヒラヒラした衣装に身を包んだタイ子さん、ヒラメ子さん、リュウグウノツカイ子さんの3人が、テーブルの前でお得意の舞いを披露している。

 カメ子ちゃんとか、座敷童子のわら子ちゃんとか、コロボックルのしょう子ちゃんとか、ツチノコの土子ちゃんとか、キョンシーのキョン子ちゃんとか、子供たちもここに集まっている。

 わら子ちゃんの両親も同じテーブルを囲っていて、人数の一番多いグループとなっていた。


 ……そういえば、しょう子ちゃんや土子ちゃんやキョン子ちゃんには、ご両親はいないのだろうか?

 ぱっと見回した限りでは、いないみたいだが。

 まぁ、物の怪やら妖怪やらだと、家族で一緒に住む習慣がない可能性もあるのか。


 それにしても、女神ハイツの住人には、随分と小さな女の子が多いな。

 ただ、物の怪や妖怪の場合、見た目の年齢と実年齢がピッタリ合っているとは限らない。麻穂お婆さんの例もあるし。

 ……って、あの人は魔法で変身しているだけだったな。


 ともかく、このテーブルにいるメンバーが宴会を堪能してくれているのは確かだろう。

 オレは積極的に会話に加わって交流を深めたのち、「みなさんも別のテーブルに行ったりしてみてくださいね」と言い残して次の場所へと移動した。


 こちらのテーブルでは、鶴のツル子さんとミイラの未来さんが仲よくお喋りしていた。

 どうやら、天狗の山神さんが用意した秘伝の酒とやらを飲み、とてもいい気分になっているようだ。

 山神さんが自ら、ひょうたんに入った秘伝の酒を振舞っている。

 オレもいただいてみたが、まさに絶品と呼ぶにふさわしい味だった。もしぽよ美に飲ませたら、一瞬で飲み干してしまうだろうな。


 山神さんの隣には、ワー・ナマケモノのトロさんが座り、ゆっくりチビチビと秘伝の酒を飲んでいた。

 のんびり口調のトロさんでは、会話に混ざることまではできないみたいだが、雰囲気に紛れ込んで楽しんでいるのは満足そうな表情から充分にうかがえる。


 同じテーブルには、海端と羽似さんの姿もあった。


「おつまみに、と思って、お団子を持ってきたんですよ! 佐々藤さんも、遠慮せずに食べてください!」


 泥田坊である羽似さんが作った団子。

 とすると、それはすなわち、泥団子なのでは……。


 そうは思ったが、こんな笑顔で勧められて断れるはずもない。

 覚悟を決め、ひと口がじりついてみたところ、意外にも普通に美味しい団子だった。

 普通どころか、ほどよい弾力も絶妙な味つけも含め、商品として売り出してもいいくらいのレベル。


「あっ、美味しいね、これ!」

「ですよね? そっちは普通のお団子ですから! よかった、お口に合って!」


 そっちは、ということは、別のものがあるわけで。


「で、こっちはさとるん専用の特製泥団子よ! 愛情たっぷりだから、残さず食べてね!」

「う……うん、わかったよ……!」


 冷や汗をだらだらと流しながらではあったが、海端は差し出された泥団子を口に含む。


「う……うん、美味しいよ……! 羽似らしい味がする……! いつもどおりの、泥の味だ……!」

「うふふ、愛は最高の調味料だもんね! お代わりもあるから、いくらでもどうぞ!」


 海端の反応は、どう考えても美味しいものを食べている感じではなかったが。

 羽似さんを悲しませたり怒らせたりするつもりはないのだろう、本音は泥団子と一緒に飲み込んでいるようだった。

 なんというか……頑張れ、海端!


 こちらのテーブルの面々にも、「ここで飲み食いし続けるだけじゃなくて、他の人たちとも交流を深めてくださいね」と伝える。

 のんびりなトロさんはともかくとして、それ以外の人たちは足取りも軽く、バラバラとではあったが言われたとおり席を立ち始めた。


 宴もたけなわ。

 それぞれに会話を楽しんでいる様子が、そこかしこで見受けられる。

 ほとんどが妖怪や物の怪やモンスターや神様やら、人間以外の存在という宴会ではあるが、なかなかいいイベントになったかな?

 言い出しっぺであるオレとしては、感慨もひとしおだ。


「うにゃ~~~ん! 飲みすぎてとろけちゃう~~~!」


 と言いながら実際に半分以上体をとろけさせているぽよ美の姿は、まぁ、見なかったことにしておいてやろう。



     4



「佐々藤さぁ~ん! ひっく!」


 不意に垢澤さんが話しかけてきた。

 顔は真っ赤に染まっている。かなり酔いが回っているらしい。


 真面目で潔癖症な垢澤さんにしては、随分と珍しいことのように思えるが。

 2つのアパートの交流会、という意図をしっかりと汲んで、最初からテーブルを移動していたみたいだからな。

 そのたびにビールやらサワーやらをグラスに注がれ、注がれたからには飲まないと、と考えて飲み続けていた、といったところなのだろう。


「垢澤さん、ちょっと飲みすぎなんじゃないか?」


 苦笑まじりに指摘してみた。


「いいじゃないですか~! ひっく!」


 すると垢澤さんはオレに腕を絡め、さらには首筋に顔を寄せ、ペロリと舐めたりまでしてきた。


「うわっ!」


 垢舐めとしての習性だというのはわかっている。

 だとしても、垢澤さんは先日、ぽよ美に対して宣戦布告と取れるような発言までしていた。

 だからオレは、あえて垢澤さんには近づかないようにしていた、というのもあったのだが……。


 無論、こんな状態になっているのを、ぽよ美が黙って見逃すはずもない。

 しかも今のぽよ美は、半分以上とろけるくらいベロンベロンに酔っ払っているのだから、たちの悪さは普段よりも二重も三重も輪がかかっていると言っていい。


「ダーリンが不倫してる~! ここにいる全員を殺して、あたしも死ぬ~!」

「こらこらこらこら! 違うから! それに、全員を巻き添えにするな!」


 大量殺人が起こりかねない現状は、なんとしても打破しなければ。

 だが、事態は悪いほうへと傾いていく。


「そうですよ! ぽよ美さんの言うとおり、不倫です! 私、佐々藤さんのこと、好きですから!」


 いや、傾くどころか、落とし穴で一気に落下するくらいの勢いだった。


「垢澤さん!? なにを言ってるんだよ、キミは!」


 完全に酔っ払っている垢澤さんは、さらなる行動に出た。

 オレの首筋から顔を離したと思った途端、垢澤さんの顔がオレのすぐ目の前にまで迫ってきたのだ。


「ん~~~~……」


 目をつぶり、唇を突き出してくる垢澤さん。

 そ……それはマズいって!


 焦るオレ。

 怒りを爆発させまくるぽよ美。

 その目の前で、諸悪の根源とも言える垢澤さんはガクッと崩れ落ち、ガタンとテーブルに頭を突っ伏すと、小さくいびきをかきながら眠ってしまった。


「ふぅ……。とりあえず、助かった……」


 安堵するオレだったが。

 まだ助かってなどいなかった。

 垢澤さんに代わって目の前まで迫ってきていたぽよ美は般若ごとき顔のままで、オレに向けて怒りのマグマをまき散らし続けている状態なのだから。


「ダーリン~~~~~っ!」


 そんな烈火のごときぽよ美に、冷華さんが油を注ぐ。


「ぽよ美さんの愛情が足りないから、泉夢さんが不倫をしてしまうのよ? 異常なくらいの愛情があれば、不倫なんてありえないわ!」


 異常なくらいの愛情って……。

 ツッコミを入れるより早く、低橋さんのギターの音と歌声が響く。


「ららら~♪ 俺は冷華ひと筋~♪ 不倫しようものなら、凍死確定だと念を押されているし~♪」


 それは……脅迫されている、というのではなかろうか。

 しかし、ぽよ美はなぜか納得顔。


「そっか。そうよね! ダーリン、あたしの異常なくらいの愛情、たっぷり受け取って~♪」


 言うが早いか、ぽよ美はオレに勢いよく抱きつき、唇を重ねてきた。

 そして流し込まれてくる、大量のゼリー状物体。


 オレは当然ながら、それらをすべて飲み尽くしたわけだが。

 こんなやり取りをするオレとぽよ美を、酔い潰れて寝息を立てている垢澤さんを除き、今この場にいる全員が見つめていて。


「ひゅーひゅー! やっぱりふたりはラブラブだね!」

「他人に見られていても気にしない。なぜならこれが日常だから。そういうことなのじゃな。よきかなよきかな!」


 海端や寿老人様を筆頭に、冷やかしの言葉が次々と飛んでくる。

 乙姫さんやらヨロシクさんやら山神さんやらトロさんやら……全員が全員、微笑ましげな表情を伴いながらオレたちをからかう状況になだれ込んでいた。

 カメ子ちゃんやキョン子ちゃんなど、子供たちまでもがオレとぽよ美を冷やかす側に回るとは。


「刺客を送って仲を裂こうなどと考えていたこともありましたが、これでは絶対に無理ですわね~」

「うむ、そりゃあそうだよ。なにせ、私の見込んだ夫婦なんだからね!」


 メリーさんや大家さんまでもが一緒になって、そんな嬉しそうに……。

 宿命のライバルも一時休戦、といった様相だろうか。


 こうして、オレたち夫婦を標的にすることにより、コーポ錠針と女神ハイツのメンバーの心はひとつになった。

 全員が笑顔を浮かべ、心の底から楽しそうに語らい合っている。

 なにやら納得の行かない部分もないではないが……。

 アパートの住人たちの交流を深める、という当初の目的はしっかりと果たせたようだ。


 ちなみに、その後。

「みんなの期待に応えないと~!」と上機嫌のぽよ美に促されるまま、全員の前でラブラブし続けることになったりしたのだが。

 シラフではやっていられないため、ビールなどを大量に飲んだオレの記憶には、ほとんどなにも残っていない。


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