第43話 刺客は次々現れる
1
先日やってきた死神のヨロシクさんは、うちのアパートの住人だったわけだが。
メリーさんからの刺客攻勢がようやく止まった、ということではもちろんない。
それどころか、さらに頻度を増して続いていた。
「あちきは、幻土子。ツチノコだっちゃ!」
玄関を開けるなり自己紹介を開始する刺客、土子ちゃん。
見た目で判断する限り、小学校低学年くらいの普通の女の子だった。
ツチノコを自称している時点で、普通ではないのかもしれないが。
それにしても、またこんな小さな子を送り込んでくるとは。
メリーさんはいったい、なにを考えているのやら。
いや、そんなの今さらか。
どうでもいいが、ツチノコって……。
「ねぇねぇ、ダーリン。捕まえて売り飛ばしちゃう~?」
ぽよ美が耳打ちしてくる。
「あくどい考えはやめろって」
未確認動物(UMA)と言われるツチノコ。
獲物を飲み込んだヘビの見間違えだとか、手足の短いアオジタトカゲだったとか、そんな説もある幻の生物だが。
実際に存在していたということか。
そのツチノコが、刺客としてやってきた。
はてさて、どんな攻撃を繰り出してくるつもりだろう?
じっと相手の出方をうかがっていると。
「ツチノコには手も足もないから、手も足も出ないっちゃ!」
「なんだそりゃ!?」
刺客としての意味がない。
そもそも、土子ちゃんは人間の姿に変身しているから、手も足もしっかりあるというのに。
そこもツッコミどころなのだろうか。
「はみゅ~ん♪ これはこれで可愛いよね~!」
どんな対応を取るべきか判断に困っているオレとは対照的に、ぽよ美は目にも留まらぬ早業で粘液だらけの腕を伸ばし、土子ちゃんの小柄な体を抱き上げていた。
「きゃあ~~~~っ! なにするっちゃ! 離すっちゃ! ベタベタして気持ち悪いっちゃ!」
う~む……。
土子ちゃんがツチノコだというのは置いておくとして。
この喋り方を聞いていると、某アニメのあのキャラクターを思い浮かべてしまうな。
露出度の高い服を着て、ツノが生えている、電撃を放ったりもする、あのキャラだ。
ぽよ美にはダーリンと呼ばれているのだから、せっかくだからこういった喋り方もさせるべきだったか。
などとバカなことを考えているあいだも、ぽよ美は執拗に土子ちゃんを抱きしめ、頬ずりし続けていた。
「きゃあ~~~~っ! 溶けるっちゃ~~~~!」
確かに、ぽよ美なら本当に溶かしてしまわないとも限らない。
「おいおい、ぽよ美。それくらいに……」
声をかけようとして、ぎょっとする。
「ツチノコを捕獲する絶好のチャンス……! このまま動けない程度に溶かして、しかるのちに売り飛ばしてしまえば、賞金がっぽがっぽよ……! そうすれば、これまで以上にビールやらお酒やらが飲み放題……! はぁ、はぁ……!」
目を凄まじいほどに血走らせ、興奮で鼻息を荒くしている。
まさか、愛する我が妻のこんな姿を見ることになろうとは……。
そんなぽよ美であっても、やっぱりラブリーなのだが!
……とも言っていられない。
「こらこら、やめろっての!」
言葉だけでなく、頭部への平手打ちも交えて、ぽよ美の暴走を止めにかかる。
「はっ! あたしったら、つい欲望のままに行動しちゃった!」
いやまぁ、ぽよ美は普段から、欲望のままに行動しているようなものだと思うが。
ようやく解放された土子ちゃんは、全身をガタガタと震えさせている。
「ごめんね、土子ちゃん。怖かった?」
オレはすかさず謝罪。
頭を撫でて落ち着かせようとしたところで、土子ちゃんが文字どおり飛び上がる。
「刺客として来たのに、ほんとに手も足も出なかったっちゃ~~~~! うわぁ~~~~ん!」
こうして、土子ちゃんは泣き喚きながら、逃げるように去っていった。
小さな女の子を泣かせてしまった……。
オレの心の中には、言いようのない罪悪感だけが残された。
次に現れたのは、ライカンスロープだった。
ライカンスロープというのは、まぁ、狼男を思い浮かべてもらえばいいだろう。
狼男。もしくは、ワー・ウルフ。いわゆる、獣人というやつだ。
他にも、ワー・タイガーだとかワー・ベアだとか、強そうな獣に変身したりする種類もいる。
ゲームやらアニメやらでは、比較的よく目にする生物、と言えるだろうか。
ただ、刺客として送られてきたのは、こんな相手だった。
「どうも~。女神ハイツから来ました~、ボク~、ワー・ナマケモノの、野呂井トロといいます~」
やけにのんびりとした口調で自己紹介する野呂井さん。
ピシッとしたスーツに身を包み、礼儀正しく頭を下げている。
う~む……。
ワー・ナマケモノときたか……。
見るからに、刺客に向いているとは思えない。
しかも、
「このアパートにたどり着くまでの道のりで~、疲れ果ててしまいました~。少しのあいだだけでいいので~、眠らせてください~」
言うが早いか、野呂井さんはのそのそと部屋の中へと上がり込んできた。
そして、リビングにあるぽよ美の粘液がべっちょりと付着したソファーに身を横たえると、一瞬にして寝息を立て始めたではないか。
その一連の行動は、意外と迅速だったわけだが。
「あ~~~っ! そこはあたしの場所なのに~!」
ぽよ美が文句をぶつけるも、まったく起きる気配はない。
「まぁまぁ、そう言うなよ。すぐに起きるだろ」
しかし、その予想は見事に外れる。
野呂井さんが目を覚ましたのは、それから十時間以上も経ったあとだった。
起きたら起きたで、
「あ~~~、よく寝ました~。それじゃあ~、帰りますね~」
と言い残し、野呂井さんは帰宅の途に就く始末。
いったい、なにをしに来たのやら……。
2
刺客になっているのか、はなはだ疑問ではあるのだが。
おかしな来訪者は、他にもまだまだやってきた。
「私は山神檜男、天狗であ~る! 山の神様であ~る! 敬うがいいのであ~る!」
山伏のような格好をした、真っ赤な顔の男性が現れた。
鼻が異常なほど伸びている。
本人の言うとおり、本当に天狗なのだろう。
「うわぁ~、赤い顔~! おじさん、怒ってるの~?」
「おじさんではない! 天狗なのであ~る! 私は怒ってなどいないのであ~る! ……ひっく!」
ん?
よく見れば、山神さんの右手には、酒瓶らしきものが握られている。
「酔っ払ってるのかよ!」
「うむ! 私はほどよく酔っているのであ~る! ……ひっく!」
ほどよく、ではなく、完璧に、だろ。真っ赤な顔だし。
……いや、それはもともとか?
ともかく、山神さんは突然、酒瓶とは反対の手に持っていた大きなヤツデの葉のようなうちわを使って、強風を起こし始めた。
「きゃ~っ!」
ぽよ美が上げたのは、悲鳴ではない。
歓喜の声だった。
「気持ちいい~! 今日は暑いもんね~! 扇風機代わりにいいわね~! 電気代も節約できるし~!」
「存分に味わうがいいのであ~る! ……ひっく!」
心地よく味わわせているようでは、刺客として失格なのでは。
「あっ、ねぇねぇ。山神さんって、お鼻がすっごく長いのね~!」
「うむ! 無論、母さんも長いのであ~る! それに、嘘をつけばもっと伸びるのであ~る!」
それは天狗じゃないだろ!
ツッコミどころ満載の山神さんは、ひとしきり風を起こして満足したのか、千鳥足で帰っていった。
小さな女の子も来た。
わら子ちゃんやらカメ子ちゃんやら土子ちゃんやら、小さな女の子の刺客はこれまでにも何度か来ていたが。
そのレベルを遥かに超える小ささだった。
「あたち、コロボックルの葉傘しょう子ですの!」
身長40センチくらいだろうか。
幼い女の子……というよりも、完全に小人だ。
「わぁ~、可愛い~! ちっちゃい~!」
ぽよ美が黄色い声を飛ばしている。
対するしょう子ちゃんは不満顔。
「ちっちゃくないもん! あたち、コロボックルの中では大きいほうなんだもん!」
どうやら、小さいことにコンプレックスを持っているようだ。
ともあれ、葉っぱを持って傘にしている姿を見るに、小ささを助長しているようにしか思えない。
「確かにあたちの名前は『しょう子』で、漢字で正しく書くと『小子』なんだけど……」
名は体を表す。
そんなツッコミは、かわいそうだから控えておくとしよう。
そういえば、コロボックルというのは、蕗の葉の下の人、といった意味らしいな。
なぜか、コロボックルがよく持っているイメージなのは、サトイモの葉だという話だが。
しょう子ちゃんは、ひたすら喋りまくり、それで満足したのか、スキップしながら帰っていった。
包帯まみれの女性も来た。
なんだそれ、と思うかもしれないが、実際にそうだったのだから仕方がない。
「私はミイラの、乾燥肌未来です」
「乾燥肌……」
全身を包帯で覆っているため、未来さんの肌は見えなかったが。
ミイラだと自称している相手の素肌を見たいとは思わない。
「わぁ~、本物のミイラだ~! びっくりだよ~!」
ぽよ美が目を丸くして驚いている。
だが一般的には、スライムがいることのほうが、よっぽど驚くべきことだろう。
……いや、ミイラが動いているという点を考慮すれば、どっこいどっこいかもしれないな。
「あなたが、ぽよ美さんなのね……」
未来さんは熱い視線でぽよ美のことを見つめているようだった。
といっても、包帯でぐるぐる巻きになっている状態だから、目の部分はまともに見えていないのだが。
「なになに~? あたしの顔に、なにかついてる~?」
未来さんは小首をかしげるぽよ美に近づき、包帯まみれの両手を伸ばす。
そしてそっと、ぽよ美のほっぺたに触れた。
「ぽよ美さんの肌……スベスベのツルツル……」
うっとりとつぶやきを漏らす未来さん。
実際のところ、ぽよ美の肌はスベスベのツルツルを通り越して、ドロドロでヌルヌルのグチョグチョだったりするわけだが。
「うふふふふっ! あたし、お肌には自信あるんだ~! 毎日のケアだって絶対に欠かさないし!」
はて?
ぽよ美が肌の手入れなんてしている光景、見たことがあっただろうか?
「お肌にはね、ビールが最高にいいんだよ! だからあたしは、毎日飲んでるの!」
「それは単に飲みたいだけだろ!?」
思わずツッコミを入れる。
まぁ、ビール酵母は肌にいい、という話を聞いたことがあるし、ぽよ美の言い分も間違いではないのかもしれないが……。
ぽよ美や冷華さんに関して言えば、どう考えても飲むための口実でしかない。
それはともかく。
未来さんのほうは、ぽよ美のほっぺたに手を添え、うっとりとした表情を崩していない。
「ぽよ美さんの肌……うらやましい……」
未来さんの目には、粘液だらけとはいっても充分以上に潤っているぽよ美の肌が、理想的に見えているのだろう。
全身包帯だらけのミイラであっても、女性は女性。美への欲求や憧れの念は失われてなどいないということか。
そんな微笑ましい気分で眺めていられるのも、ここまでだった。
「というか、恨めしい……」
「痛たたたたたっ! ほっぺた、引っ張らないで~~~!」
可愛さ余って(?)憎さ100倍。
とでも言うように、未来さんが両手でぽよ美のほっぺたを引っ張り始めたからだ。
お~~~~っ! 思った以上に、よく伸びる!
まるで、モチみたいだ。これぞまさにモチ肌!
……なんて言ってる場合じゃない!
「ちょ……ちょっと、未来さん! やめてください! ぽよ美の顔が千切れちゃいます!」
「千切ってコネコネして丸めてお団子にしてあげるわっ! お~っほっほっほ!」
ダメだ。完全に自分を見失っている。
やがて……。
ぶちっ!
本当に、ぽよ美の頬が千切れた。
その光景に衝撃を受けたのは、オレだけではなく、我を忘れてぽよ美の頬を引っ張り続けていた未来さん本人もだった。
「あ……。ご……ごめんなさい、私……」
刺客としてやってきたのに、相手に危害を加えたのを謝るというのも、ツッコミどころではあるが。
「あっ、あたしなら大丈夫だよ~! だって、スライムだもん! 千切れちゃっても、ほら、適当にくっつければこのとおり! すぐにもとどおりの状態に戻れるから~!」
こんなぽよ美のほうが、ツッコミどころレベルとしてはずっと上、ということになりそうだ。
「バ……」
途中で言葉を止めてはいたが。
未来さんが、『バケモノ』と言おうとしていたのは明白だ。
「そ……それでは、私はこれで……」
未来さんは、怯えた様子の震えた声を残し、すごすごと退散していった。
3
まったく刺客の役割を成していない相手ばかりではあった。
それでも、これだけ頻繁に続くと、さすがに鬱陶しく思えてくる。
オレはぽよ美とともに、女神ハイツまで赴くことにした。
メリーさんに直接文句を言うためだ。
女神ハイツの101号室に住んでいるメリーさん。
玄関チャイムを鳴らすと、素直にドアを開けて応対し、オレたちを部屋に入れてくれた。
部屋の中は、意外と質素だった。
「ようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞ」
メリーさんは笑顔を浮かべ、オレたちを客人としてもてなしてくれた。
テーブルにはお茶と和菓子も乗せられている。
おそらく、こちらの出鼻をくじく作戦なのだと考えられる。
オレはひと口だけお茶を飲み、気持ちが折れないうちに本題を切り出した。
「メリーさん! 刺客を次々と送り込んでくるなんて、もうやめてくださいよ!」
予想していたとおりだったのか、メリーさんはたおやかな笑顔を崩さない。
「ふふ、そう言われましても……。来たるべき時に備えて、こちらも準備しておく必要がありますので……」
その発言に、オレは引っかかりを覚える。
「来たるべき時? どういうことですか?」
「い……いえ、なんでもありません! 内緒ですわ!」
オレが問いかけると、メリーさんは口を閉ざしてしまう。
こんな言い方をされては、余計に気になるのも当然というものだろう。
「怪しいです! 吐いてください!」
「い……いやですわ! というか、本当になんでもありませんから!」
つまみかからんばかりの勢いで問い詰めるも、頑として口を割らない。
ちょこざいな。
こうなったら、力づくでも白状させてやる!
メリーさんの細くて白い二の腕を両手で押さえ、壁際まで追いやる。
相手は女神とはいえ女性。男のオレの力には抵抗できまい。
「って、ダーリン。これじゃあ、ダーリンのほうが悪役っぽいよ~」
ぽよ美が呆れ顔でツッコミを入れてくる。
はっ! 確かにそうだ!
「すみません、メリーさん」
慌てて手を離す。
「いえ……」
メリーさんの両腕は赤く変色していた。
しばらくすればもとに戻るだろうが、悪いことをしてしまったな。
反省の気持ちはあったが、口調を緩めながらも質問は続ける。
「だいたい、どうしてうちにばかり、刺客を送り込んでくるんですか?」
刺客として送られてくるのは、なぜかオレとぽよ美の家がほとんどだった。
恩返し作戦(?)のツル子さんは低橋家に送り込まれたみたいだったが、それ以外の刺客はすべて、うちが対象となっていた。
ずっと疑問に思っていたのだ。
「それは……ぽよ美さんが一番の脅威だからですわ」
メリーさんは、遠慮がちな声でそんなことを言ってのける。
「脅威……? 天然炸裂で、頭も体もぽよぽよしているだけの、このぽよ美が?」
「ダーリン? なんかそれ、悪口っぽくない?」
「い……いやいや。いい意味でだよ、もちろん!」
「ほんとかなぁ~?」
ぽよ美は怪訝そうに首をかしげていたが。
今は夫婦喧嘩をしているような状況ではない。
不満げなぽよ美は無視して、メリーさんに目を向ける。
メリーさんは黙ってうつむき、なにかを考え込んでいる様子だった。
時計の秒針の音しか響かない、沈黙の時間が流れる。
やがて、メリーさんは重い口を開いた。
「まぁ、女神ハイツの住人たちのほぼ全員を、刺客として送り込んだことになりますから。こちらも手を尽くした感がありますし、当面は作戦を練ることに集中する必要がありますけれど……」
作戦というのが気にはなったが。
今後しばらくは、刺客が送り込まれてくることもなくなりそうだと考えられる。
完全に安心はできないにしても、小休止くらいはできるということか。
「ですが、わたくしの女神ハイツがコーポ錠針に劣るなんて、絶対にあってはならないことなんです! あなた方は倒すべき敵なんですわ!」
メリーさんは息巻いている。状況はなにも変わっていないようだ。
しかし、大家さんとの競争心が元凶だったはずなのに、ここまで熱くなってオレたちを敵対視してくるなんて……。
「メリーさん。うちの大家さんと仲よくすることって、できないんですか?」
「そんなの、無理に決まってますわ! あのクソ閻魔は、わたくしにとって永遠のライバルなんですから!」
即答だった。
その後もオレは懸命に説得を試みてはみたものの。
メリーさんはまったく聞く耳を持たない。
ダメだな、これは……。
結局、オレとぽよ美はなんの成果も得られず、トボトボと帰宅することになった。
完全なる無駄足。
と、諦めてなるものか!
メリーさんもなにやら作戦を練ると言っていたが。
こっちだって、黙って次の手が打たれるのを待つばかりではいられない。
オレはとある作戦を頭の中に思い描いていた。




