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第42話 死神の襲撃

     1



「ふにゃ~……」


 ぽよ美がリビングのソファーの上でとろけている。

 傍らには、ビールの空き缶。

 いつもの光景だ。


 問題は、今が休日の朝っぱらだということだが。

 ま、べつに構うまい。

 オレも愛する妻の寝顔を見ながら、軽くビールでも味わうとするか。


 そう考え、冷蔵庫の前まで来たタイミングで、チャイムの音が鳴り響いた。


 来客か。

 休日の朝っぱらから、いったい誰だろう?

 冷華さんあたりが、今日も今日とて「飲みましょう」とばかりに訪問してきたのだろうか?


「はい、どちら様で……」


 ドアを開け、相手の姿を見た瞬間、オレは言葉を詰まらせる。


 真っ黒いローブに身を包み、

 真っ黒いフードをすっぽりとかぶり、

 真っ黒いオーラをこれ見よがしに放出させている。

 さらには、背中に巨大な真っ黒い鎌まで背負っている。


 怪しい。怪しすぎる。

 明らかに死神、といった容姿をした男性。

 男性……なのか?


 判断に苦しむ。

 なにせ、顔は完全に、ガイコツそのものだったからだ。

 なおかつ、目の部分にあたる空間は、まるでこちらを睨みつけるかのように真っ赤な光を放っている。


 こんな相手が朝っぱらから玄関先にたたずんでいたら、誰だって驚くだろう。

 ……いや、朝っぱらじゃなくても驚くか。

 むしろ、夜のほうがより一層、恐怖心も増しそうな気がする。


 と、オレが思わず現実逃避気味になっていることなどお構いなしに、死神っぽい姿をした相手がそっと手を伸ばしてくる。


 ヤバい! 殺される!


 本当に怖いとき、人間はまったく身動きが取れなくなってしまう。

 それを実感できる日が来るとは思ってもいなかった。


 だが死神らしき相手は、べつにオレを取って食おうとしたわけでも、生気を吸い取ろうとしたわけでもなかった。


「ワタクシ、こういう者デス」


 両手(無論、骨しかない)を使って丁寧に差し出されたのは、カードサイズの紙。

 どうやら名刺のようだ。


「これはどうも……」


 慌てて受け取ると、そこにはこう書かれてあった。


『死神 夜露死苦』


「え~っと……しにがみ、よろしく……?」


 オレは死神だ。ヨロシク! と、暴走族チックな勢いで自己紹介している、といった感じだろうか。


「いえ、死神は肩書きで、そのあとはワタクシの名前です。よつゆですく、と読みます」

夜露(よつゆ)死苦(ですく)……」


 名刺を差し出してくることに加え、名字と名前を名乗っていることも考慮するに、ぽよ美や冷華さんたちと同様、人間社会に紛れ込んで生活している身なのだと想像がつく。

 しかし、死神とは……。


「ダーリン、どうしたの~? むにゃむにゃ……」


 そこで、まだ寝ぼけまなこのぽよ美が、リビングからのったらのったらと歩いてきた。

 一応人間の姿になってはいるものの、髪はボサボサ、服もだらしなく着崩した状態。

 さすがに咎めようとしたのだが、それよりも早く、死神が口を開く。


「まだ起きたばかりでしたか。それでは、先に他の方々への挨拶を済ませてきましょう。またあとで、お伺い致しますデスよ。クックック……」


 不気味な低い笑い声を残し、ドアは静かに閉められた。


 死神が、うちを訪れた。

 すなわち、あの死神はメリーさんの放った刺客、ということなのだろう。


「むにゃむにゃ……今の人、だぁ~れ~?」

「ああ、こういう人だそうだ」


 正確には、人ではないが。

 そう考えつつ、先ほど受け取った名刺をぽよ美に見せる。


「死神、よ・ろ・し・く~? ヨロシクさんなのね~。むにゃむにゃ」

「まぁ、それでいいから。お前はリビングでもうひと眠りしておけ」

「はぁ~い」


 リビングまで戻っていくぽよ美につき添いながら、オレは思考を巡らせる。

 あの死神、先に他の人たちへの挨拶を済ませてくると言っていた。

 刺客だとすると、とても危険な状況なのではないだろうか?


 …………。

 いや。

 メリーさんが送り込んできた刺客なら、大した脅威にはならないか。


 オレはそう高をくくっていたのだが。

 それは完全な間違いだった。



     2



 なにやら、隣の部屋から騒がしい声が聞こえてくる。

 低橋さん夫妻の部屋のほうだ。

 ギターをかき鳴らしている音も響いている。


 なんだ、いつものことか。

 そう考えたオレは、とくに気にも留めていなかったのだが。


 しばらく経ってもギターの音は消える気配がない。

 しかも、騒がしい声がどうやら低橋さんが発しているものだけだということにも気づく。

 あんなにうるさくしているのに、冷華さんのヒステリックな怒鳴り声が聞こえてこないというのは、明らかにおかしい。


 オレは目を覚ましたぽよ美を引き連れ、隣の低橋家へと急いだ。

 玄関のドアは難なく開いた。

 そして視界に飛び込んできた光景に、オレは我が目を疑った。


 低橋さんがギターをかき鳴らして大声で歌っている。


 ……いや、それはいつもどおりなのだが。


 その低橋さんの足もとに、転がっている。

 冷華さんが。

 冷たい死体となって。


 オレ自身もかなり混乱しているのが、思考からも存分にうかがえるだろう。

 冷華さんはレイス。西洋の幽霊。もともと、冷たい死体みたいなものなのだから。


「ちょ……っ!? 低橋さん、どうしたんですか!? 冷華さんが、どうして床に倒れてるんですか!?」

「わからない~、わからない~♪ ららら、突然マイラブリー冷華が倒れたんだ~♪ 死神が目の前に現れて~♪」

「こんな状況で歌わないでください!」


 低橋さんもわけがわからず混乱しているのだとは思うが。

 ともかく、抱えていたギターを強引に取り上げ、どうにか落ち着かせようと試みる。


「ああ……泉夢か……。見てのとおり、冷華が倒れたんだよ……」

「死神が来たんですよね!?」

「ああ、そうだ。ヤツが『素敵な夢を見せて差し上げましょう。クックック……』と言った瞬間、冷華がその場に崩れ落ちたんだ」


 素敵な夢……。

 永遠の眠りに就かせる、といったところか。


「で、その死神は今どこに……」

「冷華が倒れたあと、満足そうな顔を残して玄関の前からいなくなった。俺はどうしていいかわからず、ギターを必死にかき鳴らしていたんだ」

「もっと他にすることがあるでしょうに……」


 ともあれ、死神は今、ここにはいない。

 だからといって、安心はできない。

 死神は他の『方々』に挨拶をする、と言っていたのだから。


 嫌な予感がした。

 その予感は、すぐに現実のものとなる。


「きゃ~~~~~っ!」


 女性の悲鳴が聞こえてきた。

 中泉の声だ!

 オレは反射的に駆け出し、中泉の部屋へと急いだ。


「中泉、大丈夫か!?」

「佐々藤! 水好が……水好が……!」


 中泉が取り乱している。

 その足もとには、カッパである水好さんが倒れていた。

 完全に、低橋さんの部屋で起こった出来事と同じだ。


 いや、ひとつだけ違う点がある。

 中泉はギターをかき鳴らしてなどいない、というのもあるわけだが、それは当然なので無視するとして。

 もっと根本的に違う点。

 それは、目の前に死神……ヨロシクさんがいることだった。


「おい、死神! 水好さんになにをした!?」

「素敵な夢を見てもらっているだけデスよ。クックック……」


 死神は、不敵に笑う。

 メリーさんの刺客だと思って、油断しすぎていた。

 この死神はオレたちの手に負える相手ではないのかもしれない。


 だが、どうすればいい?

 警察に通報?

 死神に襲われています、と?

 そんなの、信じてもらえるはずもあるまい。


「それ以前に、電話も通じませんよ。空間凍結しておりますからね。あなた方は、このアパートから出ることもできません」

「くっ……!」


 これまでの刺客とは、ひと味もふた味も違う。


「せめて、大家さんがいてくれたら……!」


 思わず漏れたオレのつぶやきを聞いて、死神はもとより歪んでいた笑顔を、さらに楽しそうに歪める。

 表情筋すらないガイコツの顔だというのに、笑っていることはしっかりとわかるんだな。


「あの人は来ませんよ。クックック……」


 死神はそれだけ言い捨てると、空気に溶け込むように姿を消した。


「助かった……?」


 そんなわけはなかった。

 事態は最悪へと向かって突き進む。


 不安になったオレたちが他の部屋を訪ねてみると、ことごとく、すべての住人が倒れていた。

 みみみちゃん、織姫さん、彦星さん、七福神のみなさんまで、全員が死神の餌食となっていた。

 どんなに強く呼びかけ、体を揺すっても、一向に起きる気配はない。

 もう、二度と目を覚まさない可能性もある。


 オレと中泉、低橋さんが無事なのは、人間だからだろう。

 コーポ錠針の住人のうち、人間以外で今現在も意識を保っているのは、オレに寄り添っているぽよ美ただひとりだけ……。


「ダーリン……」


 ぽよ美が震える腕で絡みついてくる。


「大丈夫だ。お前はオレが守るから」


 根拠などなにもなかった。

 それでも、愛するぽよ美だけはなんとしても守り切らなくては。

 決意を込めて抱きしめる。

 粘液がべちょっとくっついてくるが、気色悪いなどと今さら思うはずもない。


 オレたちはアパートの敷地内から出られない。

 実際、周囲に見えない壁のようなものが張り巡らされていて、体当たりで突き破ろうとしても弾き返されるだけだった。


 状況的に考えて、オレたちに残された道は非常に限られていた。

 その中で最善の手。それは大家さんを頼ることだ。

 104号室。

 大家さんの仕事部屋でもあるその場所へと、オレたちは足を向けた。



     3



 玄関のドアの前にたたずむ面々。

 オレ、低橋さん、中泉、そしてぽよ美。


 一縷の望みをかけ、ここまで駆けつけてきたわけだが。

 104号室のチャイムを鳴らしてみたものの、まったく反応がなかった。

 死神が言っていたとおりではあるが、大家さんはいなかったのだ。


 これで最後の希望も絶たれてしまった。

 がっくりと項垂れ言葉も出ないオレたちの前に、死神が再び姿を現す。


「さて……随分と遅くなりましたが。ぽよ美さん、そろそろあなたにも、挨拶代わりの素敵な夢をプレゼントさせていただきますデスよ。クックック……」


 骨の腕をそっとぽよ美のほうへと伸ばす死神。

 次の瞬間――、

 べちょり。

 ぽよ美が、倒れた。


「ぽ……ぽよ美!」


 慌てて呼びかける。


「ぽよ美! ぽよ美~っ!」


 必死に体を揺する。

 そこで、ぽよ美の口から、小さな声がこぼれ落ちた。


「……むにゃむにゃ。もう食べられない……」


 ん?

 これは……寝言?

 よく見れば、ぽよ美は大量のヨダレまで垂らしている。


「えっと……これってもしかして……」

「ぽよ美さん、寝てるだけっぽい?」

「ららら~♪ そのようだ~♪」(ジャラーン!)

「低橋さん、ギターはやめてください!」


 ともかく、改めて死神を問い質してみると……。


「そうデスよ? ワタクシ最初から、素敵な夢を見ていただくと申し上げておりましたデスが?」


 実に平然と、諸悪の根源はそんなことを言ってのけた。




 この死神――ヨロシクさんは、女神ハイツの住人ではなかった。

 今日、オレたちの住んでいるコーポ錠針に引っ越してきた、新たな住人だったのだ。

 引っ越し先は、低橋夫妻の部屋の隣、空き部屋となっていた204号室だった。


「いや、でも、引っ越し業者とかは、来てなかったと思いますが……」

「ワタクシ、死神デスから。家具など、生活に必要ありませんので」


 だったら、部屋だってなくていいのでは。

 といったツッコミは、とりあえず控えておく。


「とにかく、詳しい話を聞かせてください、死神さん」

「あっ、ワタクシのことは、ヨロシクで結構ですよ」

「わかりました。じゃあ、ヨロシクさん。説明、お願いします」


 オレの要求に素直に応じ、ヨロシクさんは事の経緯を語ってくれた。


 ヨロシクさんは、引っ越してきたのだから挨拶回りが必要と考え、同じアパートの各部屋を巡ることにした。

 ただ、よろしくお願いします、と言うだけでは芸がない。もっと歩み寄る姿勢が必要だ。

 そこで、自らの持つ能力を使って、素敵な夢を見せるという方法を思いついた。

 その能力は人間に対しては効果がないため、ぽよ美たちだけが対象となったのだとか。


 なお、挨拶回りをする件は、大家さんに報告済みだったらしい。

 その際、ヨロシクさんは見た目からしてヤバいので、なにか問題があると困るからとの理由で、空間凍結させておくように助言を受けたという。

 ガイコツの顔も赤く光る目も、怪しげなローブをまとっていることも、背中に担いでいる鎌も、全部が全部、不審な印象を与えるのに充分すぎるくらいだし、大家さんのその判断は正しかったと言える。


 ちなみに、大家さん本人は閻魔様としての仕事があり、今は出張中とのこと。


「なんにしても、よかったですよ。ヨロシクさんがメリーさんの放った刺客じゃなくて」


 オレが安堵の息を吐くと、ヨロシクさんが不満そうに口を尖らせる。


「同じアパートの住人になる仲間なのに、そんなふうに思われていたんデスか!? 心外でございます。クックック……」

「だったらまず、その怪しげな笑い方をやめてくださいよ!」

「そう言われましても、これは癖みたいなものデスから……。クックック……」


 癖なら、まぁ、仕方がないか。

 オレは中泉や低橋さんと顔を見合わせ、肩をすくめるのだった。




 やがて、ぽよ美が目を覚ました。


「おはよう、ぽよ美」

「むにゃむにゃ……。ダーリン~♪」


 寝ぼけたまま抱きついてくる我が妻。

 べっちょり。ねっとり。今日も絶好調に粘液だらけだ。

 ヨロシクさんが言っていたとおり、眠って素敵な夢を見ていただけだったのだろう。


 104号室の前で駄弁っていたからか、他の住人たちも続々と部屋から出てきて、この場に集う。

 全員、無事に目を覚ましたみたいだな。

 しかもみんな、随分と清々しい笑顔をさらしている。


 いったいどんないい夢を見ていたんだか。

 オレがぽよ美に尋ねてみると、こんな答えが返ってくる。


「ダーリンを食べてる夢~♪」

「おいっ!」


 くだらない冗談はやめろ。

 と言いたかったのだが。

 ぽよ美は満面の笑みを崩さない。

 え……? 事実……なのか……?


 それを証明するかのように、冷華さんも口を開く。


「私はハクを食べている夢を見ていたわ」

「らららら~♪ お前に食べられるなら本望さ~♪」


 低橋さんのギターの音を伴った反応は、無視しておくことにするとして。

 さらには水好さんまでもが、こんなことを言い出す。


「俺も、愛する過去を食い尽くす夢を見ていた」

「あっしを!? 骨があるし、食べづらいよ!?」


 ツッコミどころは、そこか?

 中泉の反応も、少々ズレていると言わざるを得ない。


「人間を食うなよ! というか、それが素敵な夢なのか!?」

「当たり前だよ~! 愛する人だもん~! 食べちゃいたいほど愛してるんだよ~♪」


 ぽよ美の言葉に、冷華さんも水好さんも大きく頷いていた。


 他の住人たちはどうだったのかというと。

 みみみちゃんには愛する相手などいないはずだが、なぜかオレを食う夢を見ていたらしい。


「あっ、でも、佐々藤さんを好きとか、そんなんじゃないですからね!? 勘違いしないでくださいね!?」


 などと、ツンデレっぽい雰囲気で言い訳をしていたが。

 一方、織姫さんと彦星さんは、お互いに食い合っている夢だったのだとか。


『私(僕)たちは、愛し合ってますから!』


 声を揃えて満足気に語るふたり。

 まぁ、なにも言うまい。


 残る七福神のみなさんも、また問題ありで……。

 弁財天様が旦那である大黒天様を食う夢を見ていた、というのもツッコミどころではあるが。

 他の六人の神様がすべて弁財天様を食う夢だったのは、いろいろとマズいのでは……。


 そもそも、素敵な夢が全員もれなく、偏った愛情を含んだ食欲を満たすものだったなんて。

 いくらぽよ美たちが人間じゃない異形の存在だからといって、それはどうなのか。

 眉根を寄せるオレに、ヨロシクさんがひと言。


「夢の中の話デスし、許してあげてほしいデスよ」

「あんたが言うな!」


 死神が相手でも、容赦なくツッコミを入れるオレだった。


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