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第39話 スライムと魔法少女

     1



 金曜日、問題なく仕事を終えての帰宅途中。

 土日はなにをするかな~、と考えつつ、オレは愛する妻の待つ我が家を目指す。

 結婚してからもう1年くらい経つが、ぽよ美と会えると思うと、今でも胸がドキドキする。

 ……まぁ、なにをしでかすかわからずハラハラする、といった気持ちも混ざっているわけだが。


「ただいま~」

「ダーリン、お帰り~!」


 玄関を開けて家に入ると、ぽよ美が笑顔で出迎えてくれた。

 オレが帰宅する時間だと、ビールを飲みながらソファーにべちょっと寝っ転がっているのがデフォだが、たまにこうして玄関先で迎えてくれることがある。

 本当に嬉しさが込み上げてくる瞬間だ。


 ……普段どおりだったなら。


「え~っと……」


 オレはかける言葉が見つからなかった。

 ぽよ美は上機嫌で満面の笑みを浮かべている。

 それはいいのだが……。


「大好きなダーリンに、恋の魔法をかけちゃうぞ♪ まじかるミラクルぽよぽよぽ~ん!」


 ひらひらひら。

 ぶんぶんぶん。

 ねちょねちょねちょ


 ぽよ美は、フリルが大量についた可愛らしい衣装に身を包み、ハートマークやらの散りばめられたステッキを元気よく振るい、わけのわからない呪文を唱えていた。

 動きに合わせて粘液も勢いよく飛び散る。


 ぽよ美が……。

 おかしくなってしまった!

 一旦は混乱してそう思ったのだが。


 ぽよ美はもともと、おかしいか。

 と、当然のように結論づける。


「ちょっと、ダーリン!? なにか失礼なこと考えてない!?」


 相変わらず、ぽよ美は人知を超えた能力を発揮する。

 いや、オレの思考を読むくらい、誰でも簡単にできるのかもしれないが。

 それはともかく。


「ぽよ美、どうしたんだ? そんな魔法少女みたいな格好をして……」

「魔法少女だもん!」

「…………」


 見た目からして、そうとしか思えなかったが、魔法少女って……。

 年齢を考えろよ。

 とは、さすがに言わないでおく。

 むしろ、すごく似合っている気もするし。


「それにしたって、どうして唐突に……」

「お師匠様が来てるから!」

「は?」


 意味がわからず呆然としているオレの手をベチョッとつかみ、ぽよ美はリビングへと歩き出す。

 ぽよ美に引っ張られる形でリビングに入ると、そこにはひとりの女の子がいた。

 ひらひらのフリルがたくさんついた可愛らしい服を着た女の子が。


「お邪魔してますの!」


 元気いっぱいに挨拶。

 ペコリと頭を下げるのに合わせて、ツインテールの髪の毛が小気味よく跳ねる。


「い……いらっしゃい。で、キミは……?」

麻穂(まほ)ちゃんですの! 魔法少女をしてますの! よろしくですの!」


 相手は小さな女の子。

 にもかかわらず、オレは身構えていた。


 子供が嫌いだとか、そういった理由ではない。

 ここ最近、メリーさんからの刺客攻勢が続いていた。

 この女の子もそうなのではないか、と考えていたのだ。


 だが、ぽよ美に耳打ちしてみたところ、それはサクッと否定される。


「この子、大家さんの親戚の子なんだって。さっき、大家さんが連れてきたの。ただ大家さん、今日はどうしても外せない用事があるから、面倒を見れないらしくて。それで、ひと晩だけ泊めてあげてほしい、って頼まれたのよ~」

「……なるほど」


 改めて、麻穂ちゃんをじっくり観察してみる。

 小学校低学年くらいの女の子で、魔法少女のような格好をしていて、ステッキを振りながら無邪気に笑っている。

 大家さんが連れてきたのであれば、メリーさんの刺客ということもあるまい。


「で、ぽよ美はなぜ、お師匠様なんて呼んでるんだ?」

「え? だって、魔法少女としては麻穂ちゃんのほうが先輩だから! それでお師匠様なの~!」

「なの~!」


 麻穂ちゃんまで声を重ねてくる。

 なんだか、ほのぼのした気分に包まれるな。


「随分と楽しそうだが、魔法少女ごっこをするにしても、夜なんだからもう少し声のボリュームを抑えないとダメだぞ?」


 オレが注意すると、ぽよ美がキョトンとした目を向けてくる。


「ごっこじゃないよ~?」


 ん?


「麻穂ちゃん、本物の魔法少女だし~」

「はいっ! 麻穂ちゃん、本物の魔法少女ですの~!」


 本物って……。

 一瞬理解できなかったが。


「この衣装も、麻穂ちゃんの魔法で出してもらったのよ~!」


 と言われても、ぽよ美は自分の服を自由に形成できるのだから、これが魔法だという証拠にはならない。


「でしたら……えいっ、なの~!」


 麻穂ちゃんがステッキを振ると、ぽよ美が愛用しているソファーに向かってキラキラした無数の星のようなものが飛んでいった。

 星々がソファーをすっかり取り囲むと、キラッとひと際強い輝きが放たれる。

 次の瞬間、粘液によって緑色に変色していたソファーは、新品同様の真っ白な状態へと変わっていた。


「おおっ、すごい! ぽよ美のとんでもなくしつこい粘液の汚れが、あっという間に消えるなんて! 掃除しても全然消えなかったのに! これは紛れもなく魔法だ!」


 オレの言葉に、なぜだかぽよ美は、頬をぷくっと膨らませて不満顔を見せていた。


 麻穂ちゃんは魔法少女。

 それは現実として受け入れることができた。

 そもそも、スライムやらレイスやら泥田坊やら閻魔様やら七福神やら……といった様々な存在が身近にいるのだから、魔法少女くらいで驚くことなどなにもない。


「まぁ、麻穂ちゃんの件は了解だ。ところで、腹が減ったんだが、夕飯は?」

「あ……。魔法少女になれたから、浮かれて作るの忘れちゃった~! てへっ♪」

「てへっ、じゃない! それにお前は魔法少女の格好をしてるだけだから、完全に魔法少女ごっこだろ!」


 遊びに夢中で夕飯を忘れるとは。

 ビールに夢中で夕飯を忘れることは(意外だが)全然ないというのに。

 どこまでハマってたんだか。


 なお、魔法で夕飯を出せないかと、念のため麻穂ちゃんに訊いてみたのだが、案の定、無理との答えが返ってきた。

 正確に言えば、完全に無理ではないものの、魔法で出した食事は食品サンプルっぽい感じにしかならないのだとか。

 魔法も万能ではないってことだな。


 結果として、オレが弁当屋まで足を運び、夕飯はホカ弁で済ませることになった。

 3人分の弁当を買って帰宅すると、ぽよ美と麻穂ちゃんが飛びついてきた。


 ぽよ美と麻穂ちゃんの明るい喋り声を聞きながら、オレは夕飯のカツカレー弁当を食べ進める。

 ま、たまにはこういう夕食も悪くないか。



     2



 翌日。


「あっし、こういう服、一度着てみたかったんだよね~!」


 なぜか中泉が、オレの家で魔法少女の格好をしていた。

 旦那の水好さんがキュウリを大量に仕入れてきたとかで、おすそ分けとして持ってきてくれたのだが。

 そこで魔法少女の衣装を着た麻穂ちゃんとぽよ美に遭遇。


「なにそれ、可愛い~!」

「だったら、過去さんも着てみる? 麻穂ちゃん、この人の分も出せるよね?」

「もちろんなの~!」


 という流れになり、こうなっている。


「佐々藤、どう? あっしのこの格好、似合ってる?」


 心底嬉しそうに尋ねてくる中泉。

 似合っているか似合っていないかの二択なら、まぁ、似合っているのだが。

 二十代も終盤となるオレと同い年の女性が、魔法少女コスに身を包んでいる現状……。


 歳を考えろよ、歳を。

 とは、やはり言えはしなかった。


「ちょっと、佐々藤!? なにか失礼なこと考えてない!?」


 中泉まで人知を超えた能力を発揮するか。一応は普通の人間のはずなのに。


「いや、その、似合ってるとは思うぞ」

「わっ! ありがと、佐々藤!」

「ダーリン~! あたしには似合ってるって言ってくれてないのに~!」

「あ~、そういえばそうだな。心の中では思っていたんだが。ぽよ美も似合ってて可愛いぞ!」

「えへへへへ♪」


 と、そんなことをやっていると、


「こんにちは。なにか騒がしいので、来てみたんだけど……。あら? なに、その衣装。随分と可愛らしいわね」


 冷華さんまで現れた。

 こうなると、あとはもう怒涛の勢い。

 冷華さんも魔法少女の衣装を着ることになり、せっかくだから、みみみちゃんや織姫さんも呼ぼう、という話になり……。


「魔法少女戦隊、浄玻璃ファイブ! ここに見参よ!」


 決めポーズを取る5人の背後に、5色の爆発すら見えるような状態になっていた。

 それぞれの衣装の色が違っていることも、そんなイメージを助長する要因となっているのだろう。


 ぽよ美はグリーン。粘液の色。これは文句なしだな。

 中泉はブルー。旦那がカッパで水浸しになっていることが多いからなのか、それとも名字に泉と入っているからなのか。

 冷華さんはホワイト。吹雪を吐き出すのと幽霊だということから、ピッタリと言える。

 みみみちゃんはピンク。ウサギだと淡い色を想像するが、戦隊モノを連想させるために濃いピンクとなっているようだ。


 冷華さんは三十路を越えた身だし、ちょっと厳しいのでは、と思わなくもない。

 しかし、そんなことを口にしてしまったら、即座に凍死させられるのはまず間違いない。

 考えるだけでも危険かもしれないため、なるべく冷華さんには視線を向けないようにして対処する。


 ともかく、ここまでの4人は、本人の印象からさほど遠くない色の衣装だったのだが。


 残るひとり、織姫さんはどういうわけかレッドだった。

 引きこもりな織姫さんが赤というのは、少々首をかしげるところだ。


「織姫さんが、なぜレッド……」

「そりゃあ、レッドがリーダーだからですよ! これ、戦隊モノの常識! 私、魔法少女モノとか戦隊モノとか、大好きなんです!」


 オレのつぶやきに、織姫さん本人が食い気味に答える。

 ぽよ美と冷華さんによって無理矢理連れてこられたのかと思いきや、実際にはめちゃくちゃ乗り気だったのか。


 ただ、増員はそれだけに留まらず。


「織姫、可愛いよ!」


 織姫さんの恋人である彦星さんも当然のようにくっついてきていたし、


「過去も最高だ! さすが、俺の嫁!」


 中泉の旦那である水好さんもまた、騒ぎを聞きつけたのか、オレの部屋へと押し入ってきて観客と化しているし、


「ららら~! 冷華~! マイスイートハニ~!」


 低橋さんも今日はバイトが休みらしく、ギターをかき鳴らして歌っている。

 いつものこと、とも言えるが、なんとも騒々しい状況になっていた。


 さらには、


「ふぉっふぉっふぉ、楽しそうじゃのぉ~!」

「おおっ! このアパートの娘たちが、なにやら着飾ってはしゃいでいるようだな!」

「あたしも混ざっちゃおうかしら~! っていうか、混ざるわ! 決定ね!」


 七福神のみなさんまで現れる。

 しかも、弁財天様がやけにノリノリで、魔法少女隊のメンバーに加わることになった。


 というわけで、麻穂ちゃんの魔法によって意気揚々と着替えた弁財天様。

 その衣装は……なんだろう、茶色っぽい地味な感じの色だった。


「どうしてあたしだけ、こんな色なの!? 茶色って、地味すぎない!?」

「茶色じゃなくてドドメ色なの~! 神秘的な雰囲気を演出してみたの~!」

「そんな演出いらないわよ!」


 怒りをあらわにする弁財天様だったのだが、


「いやいや、素敵だよ、弁財天」

「あら、大黒天ったら……」


 旦那の大黒天様から素敵だと言われたら、すぐにうっとりとした表情で頬を染めていた。


「よっ、ご両人! 仲がいいねぇ~!」

「ここで熱い接吻を! 人に見られてるとか、そんなこと気にしないで、さあ、ぶちゅっと!」


 寿老人様や福禄寿様が茶々を入れる。

 相変わらず、神様とは思えない俗物的な会話を展開する方々だな……。


 さて、弁財天様のドドメ色、麻穂ちゃんのイエローを加えて7人となった魔法少女たち。


「魔法少女戦隊、浄玻璃セブン! ここに爆誕よ!」


 背後にはまたしても、7色の爆発が見えたような気がした。

 そんなこんなで、我がアパートの面々としては珍しく、アルコールの入らない場で盛り上がっていた。


「ううう、やっぱりドドメ色ってのは、ちょっと納得いかないわ……」


 弁財天様だけは、小さくぼやき声をこぼしていたが。



     3



 浄玻璃セブンの7人が、明るく歌い、軽やかに踊って、楽しい雰囲気を存分に振りまいていた。

 それを見て、やんややんやと歓声を上げる男性陣。

 アパートの一室にこれだけの大人数が集まって、なにをやっているんだか、と思わなくもないが。

 オレは観客に徹しつつ、こんな休日も、まぁ、アリだな、と考えて微笑ましい気持ちに浸っていた。


 ところが、そんな温かな時間の終わりは唐突にやってくる。


「うっ……!」


 うめき声を発し、麻穂ちゃんがその場に倒れ込んでしまったのだ。


「大丈夫!?」


 すぐ隣にいたぽよ美が心配の声をかける。

 無論、オレも駆け寄った。


「痛たたたたた……」


 麻穂ちゃんは腰を押さえて痛みを堪えている様子だった。

 と、そのとき。オレは気づいた。

 麻穂ちゃんの顔が、シワだらけだということに。


「麻穂ちゃん、顔が……」

「はっ! しまった、魔法が解けちまったよ!」


 そう言った麻穂ちゃんの声は、さっきまでとは打って変わって、随分としわがれているように聞こえた。


 腰の痛みは大したことがなかったらしく、しばらくすると麻穂ちゃんは落ち着きを取り戻した。

 そこで改めて、どういうことなのか語ってもらった。


 麻穂ちゃんは、実際にはお婆さんだった。つまり、魔法で少女の姿に変身していたのだ。

 さっきは調子に乗って激しく踊ったせいで、持病のぎっくり腰が再発してしまった、ということだったらしい。


 麻穂ちゃんはもともと、魔法少女だった。

 小学校低学年の頃、なにやら猫のぬいぐるみっぽい奇妙な生物に力を与えてもらい、魔法が使えるようになった。

 魔法を思う存分利用し、楽しく生活していたのだが、いつしか力を与えてくれた生物はいなくなってしまう。

 ただその際、なんらかの意図があったのか、単に忘れただけなのか、魔法を使う力は消されずに残された。


 以来、麻穂ちゃんはずっと魔法少女のまま暮らしてきた。

 月日は流れ、お婆さんとなった今でも、魔法を使う力は消えていない。


「だからね、私は永遠の魔法少女なんだよ」

「麻穂ちゃんは、麻穂お婆ちゃんだったのね~! でも、腰がすぐ治ってよかったよ~! もっと一緒に楽しもう! 踊りはちょっと、控えるべきかもしれないけど!」


 麻穂お婆さんのことを、ぽよ美は笑顔で受け入れている。


 女の子かと思っていたら、お婆さんだった。

 驚きではあるが。

 スライムやらレイスやら泥田坊やら……がいるこの界隈、魔法使いのお婆さんがいたって不思議ではない。


 べつに気にすることなど、なにもない――、

 わけでもないな。


 ぽよ美が言っていたとおりなら、麻穂ちゃんは昨日、大家さんによってうちに連れてこられた際、親戚の子だと紹介されたはずだ。

 だがそれは、明らかにおかしいだろう。

 大家さんは閻魔様なのだから、子供に変身しているのを見抜けなかったとも思えない。


 そのあたりについて追求してみると、麻穂お婆さんはあっさりこう答えた。


「昨日ここに来たとき一緒にいた大家も、私が魔法で作り出した幻だった。それだけのことだよ」

「とすると、あなたはなにか目的があってオレたちに近づいてきた、ってことですか……?」

「ふっ、そうなるね。私が小さな子供に変身してたのは、そのほうが油断してくれると思ったからさ」


 大家さんの親戚というのは嘘だった。

 そして、油断させるために小さな女の子に変身していた。

 そこから導き出される結論は……。


「あなた、女神ハイツの住人なんじゃないですか?」


 このところの流れから、オレはそう考えた。


「ご名答。私は女神ハイツに住む、小馬場(おばば)麻穂だよ。コーポ錠針の住人のみなさん、改めてよろしく」


 ビンゴ。

 ということは……。


「あなたはメリーさんの放った刺客なんですね!?」


 オレは身構え、鋭い視線を向けながら問う。

 しかし、それに答えたのは麻穂お婆さんではなかった。


「違いますわ」


 しかも、想像していたのとは逆の答えが返される。

 不意に現れたのは、メリーさんその人だった。


「わたくし、麻穂先生に指示できるような立場ではありませんので」


 メリーさんいわく、麻穂お婆さんは学生時代の恩師なのだという。

 メリーさんと大家さんが通っていた、特殊な大家を育成するスペシウム学園とやらで教鞭を振るっていたのが、この麻穂お婆さんだった。

 魔法を使う力を与えられただけの普通の人間だと思っていたが、こうなると、それも怪しくなってくる。


「麻穂先生、怒るとほんと、恐いんですよ? 目から怪光線を飛ばしてきますし」


 ……やっぱり。

 おそらく、長年魔法に触れていたせいで物の怪と化している、といった感じなのだろう。


「『めがみん』と『えんまっち』は、当時からやんちゃだったねぇ~。随分と愛のムチを与えていたっけ……」


 遠い目をしながら、麻穂お婆さんがつぶやく。

 めがみん、というのはメリーさんの当時のあだ名で、えんまっち、というのは大家さんの当時のあだ名だったらしい。


「ふたりは学生だった頃から、女神や閻魔をやっていたんですか?」

「いいや、違うよ。ふたりとも、絶対に女神になる! 絶対に閻魔になる! って意気込んでいてね。クラスメイトにもそう呼ばせていたのさ。服装の自由な学校だったから、それぞれ女神と閻魔のコスプレまでして登校していたんだっけねぇ~」

「ちょ……ちょっと、麻穂先生! 恥ずかしい過去を暴露しないでくださいませ!」


 メリーさんが真っ赤になっている。かなり稀な場面かもしれない。

 と、それはさておき。

 まだ大きな疑問が残っている。


「麻穂さんはメリーさんが放った刺客ではなかったんですよね? だったら、あなたはいったい、なにをしにオレの部屋を訪れたんですか?」


 問いかけてみると、麻穂お婆さんの表情がふっと緩む。


「そんなに睨みつけないでほしいね。私はただ、めがみんから話を聞いて興味を持って、一度このアパートの住人に会っておきたいと考えただけなんだから」

「そうなんだ~! それで、実際に会ってみて、どうだった~?」


 ぽよ美が実にフレンドリーに話しかける。


「すごく楽しめたよ。ほんと、面白すぎるくらいに面白い住人が揃ってるね、このアパートは!」

「えへへへ♪ 褒められちゃった!」


 ……ぽよ美は喜んでいたが、これは褒め言葉と受け取っていいのだろうか?

 訝しむ気持ちは、続けられた麻穂お婆さんの発言で、より一層増すことになる。


「この分なら盛り上がるだろうね」


 はて? どういうことだ?

 不審に思って尋ねてみても、


「いやいや、こっちの話さ」


 と、なにやら曖昧な答えが返ってくるだけだった。


「それじゃ、私は帰るよ。また機会があったら、今度は飲みながらがいいね。今日は帰ったら、ひとり酒でもするかねぇ~」

「麻穂先生、肝臓の具合が悪いんですから、お酒はなるべく控えてくださいよ? ……では、わたくしも帰りますわね」


 こうして、麻穂お婆さんとメリーさんは帰っていった。




 ちなみに。


 その後、うちのアパートのメンバーはそのままオレの部屋に居座り、お喋りタイムへと突入したのだが。

 正体を明かす前の麻穂ちゃんがいたことで遠慮していたアルコール類が解禁され、いつもながらの宴会コースへとなだれ込むことになったのは言うまでもない。

 ま、女性陣がみんな魔法少女の衣装を着たままだったため、なんだか新鮮な気持ちで宴会を楽しむことができて、これはこれでアリかな、と思ったり……。


 とはいえ、ここはオレとぽよ美が住んでいる部屋。

 宴会が終わったあとの掃除は誰がするんだ? ということを考えると、頭が痛くなってくるところだが。

 すでにアルコールが入っている状態のオレに、そこまで頭が働くわけもなかった。


 そんなわけで。

 全員が帰って静まり返ったリビングには、ソファーにべちょっと寝っ転がったぽよ美と、周囲のとんでもない惨状を目の当たりにして呆然とたたずむ酔いの醒めたオレ、という構図が出来上がることになるのだった。


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