第34話 座敷童子がやってきた
1
「ふ~、今日も疲れたな」
会社から帰宅する途中、オレは大きく伸びをしながら息を吐いていた。
「ま、明日から連休だし、ゆっくり休めるだろ。……いや、ぽよ美や冷華さんがいたら、宴会になだれ込むのは確実か」
今年のゴールデンウィークは、暦の上では前半が3連休、後半が4連休となっている。
10連休にできた人も多そうではあるが……オレは普通にカレンダーどおりだった。
それでも、連休前というのは心が弾むものだ。
「せっかくだし、ぐでんぐでんに酔っ払って、どろんどろんに溶けまくってるぽよ美の姿を、たっぷり堪能させてもらうとするかな」
そんなふうに考え、軽い足取りで我が家へと向かっていた。
と、アパートの目の前まで差し掛かったところで、ちょっとした違和感を覚える。
なにやら後ろに引っ張られる感覚があった。
全身が、というわけではなく、左腕のみに弱々しい力が感じられる程度だったのだが。
視線を送ってみると、そこにはひとりの小さな子供が立っていた。
その子がオレの袖口をつかみ、引っ張っていただけだったようだ。
おかっぱの黒髪が可愛らしい、5~6歳くらいの女の子だろうか。
なぜか和服姿なのも、とてもよく似合っている。
「えっと……お嬢ちゃん、どうしたのかな? お母さんと一緒じゃないの?」
優しく声をかけてみる。
オレはとくに怖い顔立ちというわけでもないし、いきなり逃げられたりはしないだろう。
もし逃げられたら、ちょっとショックだが。
女の子は上目遣いでわずかに潤んだ瞳を向け、こう言った。
「おじちゃん、おなかすいた……」
おじちゃん。
若干、こめかみがピクついたかもしれない。
いやいや、こんな小さい子から見たら、おじさんになるのも仕方がないというものだ。
さて、どうしたものか。
周囲を見回してみても、母親らしき人どころか、まったく人影すらない。
おなかがすいているのなら、家に連れていってご飯くらい食べさせてあげたいところだが。
場合によっては、誘拐騒ぎになってしまわないとも限らない。
しかし……。
「おじちゃん、おなかすいたぁ~……」
うるうるうる。
こんな瞳で見つめられて懇願されたら、首を横に振るなどという対応が取れるはずもない。
アパートはすぐ目の前だ。軽くご飯だけ食べさせて、家まで届けてあげればいいだろう。
この子は小さいし、家がわからない可能性もあるが、その場合は警察に連絡することになるか。
どちらにしても、今はこの子のおなかを満たしてあげたい。
オレはそう考え、女の子を家まで連れて帰った。
2
「ただいま~」
「ダーリン、お帰り~!」
部屋に入ると、ぽよ美が出迎えてくれた。
無論、ソファーにべちょっと寝っ転がってビールを片手に持った体勢で。
うんうん、今日もいつもどおりだな。
……と思ったのだが。
オレの陰に隠れている女の子の姿を確認すると、ぽよ美の態度が一変する。
「ダーリンが幼女を誘拐してきた! ついにやっちゃったのね!? 悪いことは言わないから、素直に自首して!」
「誘拐じゃない! というか、ついにやっちゃった、ってなんだよ!?」
ぽよ美はオレをそういう目で見ていたのか?
「はう、ごめんなさい。あたしとのあいだに子供ができないせいで、犯罪に手を染めちゃったのかと……。相手があたしじゃなかったら、幸せな家庭を築けたのに、って考えると、いつも心苦しくて……」
……そうか。こいつはこいつで、悩んでいたんだな。
「バカだな。オレはぽよ美と結婚できて、心から幸せだと思ってるぞ?」
「……うん、あたしも……」
ああ、もう。涙まで浮かべて。
もっとも、涙よりも粘液の分量のほうが圧倒的に多いのだが。
「あの、おじちゃん……その人……奥さん……?」
「あ……ああ、そうだ。こいつがオレの妻のぽよ美だ」
ぽよ美はさっきまで、真っ白だったのに随分と深緑色の粘液に染まってきているソファーに、べっちょりと寝っ転がっていた。
もちろんスライム形態でくつろいでいたのだが、小さい女の子とはいえオレ以外に人がいると気づいて、今はすでに人間の姿に変身している。
ほんの一瞬ではあったものの、スライムの姿を見られてしまった可能性はあるが……まぁ、見間違いだと思ってもらえるだろう。きっと。
女の子はきょろきょろと部屋中を眺め回す。
「おじちゃんの家、どうしてこんなにベチョベチョしてるの?」
「そりゃ、ぽよ美がいるからな」
「奥さんがいると、ベチョベチョになるの?」
しまった。つい素直に答えてしまった。
だが、ぽよ美はスライムだ、などと、見ず知らずの子に言うわけにもいくまい。
「えっと……、そういう体質なんだよ、ぽよ美は」
「ふ~ん……?」
女の子は首をかしげていた。
あまり深く気にしている様子でもないが……ここは念のため、話題を変えておくべきだな。
「とにかく! ぽよ美、夕飯の準備を頼むぞ! この子にもな!」
「うん、わかってるよ! ダーリンの分の用意はしてあったから、少し取り分けるね!」
「おう!」
まずはぽよ美を部屋から出す。
女の子がぽよ美に触れたりしたら、ベチョベチョなのをまた不審がられるかもしれないし。
そして、さらに意識を別の方向へと導く作戦に出る。
「お嬢ちゃん、名前はなんていうのかな?」
「えっと……わら子」
「ふむ、わら子ちゃんか。いい名前だね!」
「えへへへへ!」
笑顔のわら子ちゃん。実に可愛らしい。
ぽよ美が惣菜メインの夕飯を食卓に並べると、その笑顔の度合いは格段に上がっていった。
食べ物が目の前に出てくれば、本能的に嬉しくなるものなのだろう。
わら子ちゃんはもともと、おなかをすかせていた状態だったのだから、なおさらだ。
……ぽよ美が準備した夕飯だと、ほとんどすべてのおかずに緑色がかった粘液が付着していたりするのだが。
その点について、わら子ちゃんからツッコミが来ないように願うばかりだ。
オレの心配をよそに、わら子ちゃんは一心不乱に夕飯をパクつき始める。
上品さのかけらもない、子供っぽい食事風景。
そんな様子を微笑ましく眺めながら、オレもぽよ美の粘液にまみれた夕飯を喉の奥へと流し込んでいた。
そのとき。
不意に玄関からチャイムの音が響いてきた。
「あっ、はぁ~い!」
ぽよ美が応対に出る。
玄関から聞こえてくる声で、訪ねてきたのは冷華さんだとわかった。
どうやら低橋さんの帰りが遅くなるらしく、冷やし中華が余ったから持ってきた、ということのようだ。
冷華さんの声は澄んでいて綺麗だから、とてもよく通る。
そもそも女性の声というのは、男性よりも遠くまで届きやすいものだとは思うが。
しばらくすると、ぽよ美が冷やし中華を持ってリビングまで戻ってきた。
その背後には、冷華さんも続いている。
夜だというのに、居座る気満々なのか。
ま、冷華さんだし、今さら驚きもしない。
「こんばんは、泉夢さん。……あら? その子……まさか、幼女誘拐!? ついにやっちゃったのね!?」
「違いますって!」
冷華さんにまで、そんなことを言われるとは。
「ハクさん、今日は遅いんだって。ひとり寂しく夕飯なんてかわいそうだから、冷華さんも一緒してもらっていいよね?」
「ああ、構わないぞ。冷華さん、いつも冷やし中華の差し入れ、ありがとうございます。でも、低橋さんの分がなくなっちゃうんじゃないですか?」
「いいのよ。帰ってこないハクが悪いんだし。ぽよ美さん、今日は飲むわよ!」
「うん!」
「今日は、というか、今日も、だと思いますが」
「うるさいわね、泉夢さんは。……あ、そっちの子……わら子ちゃんっていうの? どぉ? あなたも一緒に飲む?」
「ちょ……っ!? 冷華さん、ダメですよ!」
一気に騒がしくなる食卓。
宴会になったら当たり前の光景ではあるのだが、子供がいるというだけでかなり新鮮な感じだった。
場の雰囲気を和ませてくれるし、子供ってのはなかなかいいものだな。
ぽよ美とのあいだに子供を望めないのが、なんとも残念に思えてくる。
「それにしても……わら子ちゃんって、今どきの子っぽくないよね~。和服だし、おかっぱ頭だし~」
「ああ、確かにそうだな。なんだか、座敷童子みたいだ」
ぽよ美とオレがそんな会話を交わしていたところ。
冷華さんが平然と、こう言ってのけた。
「あら? 気づいてなかったの? この子、本当に座敷童子よ?」
3
わら子ちゃんは迷子のようだし、ご飯を食べさせたら警察に届けなくては、と考えていたのだが。
座敷童子となれば話は違う。
ぽよ美や冷華さんたちを含めた人間以外の存在は、ひっそりと社会に紛れ込んで生活している身だからだ。
警察沙汰にはしないのが無難だろう。
ちなみに、冷華さんいわく、わら子ちゃんが座敷童子だというのは、オーラでわかったとのこと。
オレはあいにく普通の(?)人間だから、全然気づかなかったが。
だったら、ぽよ美はどうだったのかといえば、当然ながら気づいているはずもなかった。
なにせ、ぽよ美はかなり鈍いからな。
それはいいとして。
夕飯(一部宴会)の席で、オレはわら子ちゃんにいろいろと尋ねてみた。
ただ、結果としてわかったのは、両親と一緒に暮らしているということだけ。
どこに住んでいるのかについては、まったく情報を得ることができなかった。
どうしたものか、決断しかねていると。
「泉夢さんが連れてきたんだから、最後まで面倒を見なきゃダメよ?」
冷華さんが念を押してくる。
そうだな。それしかなさそうだ。
というか、わざわざ言われるまでもない。幼いわら子ちゃんをこのまま放り出すわけにはいかないし。
「明日からダーリンってお休みだったよね? わら子ちゃんのおうち探し、あたしたちで頑張ろうよ!」
ぽよ美も乗り気だ。
ならば、なにも問題はない。
あとは本人次第だが。
「えっと……。お願いします、おじちゃん、おばちゃん」
ペコリと頭を下げるわら子ちゃん。
うん、これで決定だ。
今日はもう遅いからうちに泊めてあげるとして、明日になったらわら子ちゃんを連れて近所を巡ってみればいい。
座敷童子といっても小さな女の子なんだから、そうそう遠出できるとも思えない。
この近所に住んでいると見て間違いないだろう。
きっとすぐに家が見つかる。
オレはそう高をくくっていた。
翌日。
「うわっ! 佐々藤、幼女誘拐!? ついにやっちゃったの!?」
人手は多いほうがいいかと思い、中泉にも手伝いを頼んでみたのだが、開口一番、そんな言葉をぶつけられてしまった。
どいつもこいつも……。
オレって本当に、そういう目で見られるような人間なのだろうか?
若干、自分の人生を見つめ直すべきかもしれない、といった考えが浮かんできたりもしたが。
オレがどう思われているかなんて、今は気にしている場合じゃない。
そんなことより、わら子ちゃんの家を早く探してあげないと。
とはいえ、はたしてどうすればいいのか。
オレとぽよ美、冷華さん、中泉夫妻、みみみちゃん、といったメンバーで意見を出し合うことにした。
なお、低橋さんは昨日帰ってきたのがかなり遅かったらしく、まだ寝ているということで不参加。
織姫さんと彦星さんは、絶賛引きこもり中のため出てこなかった。
七福神のみなさんは、なにやら忙しいのか、全員部屋にいなかった。
そんなわけで、コーポ錠針の住人のうちの半数弱くらいが集合した状態となっている。
「迷子を捜すといったら、やっぱり貼り紙じゃない? うちのわら子、知りませんか? 的な」
「犬とか猫とかじゃないんだから……。しかもそれだと、貼り紙するのはわら子ちゃんのご両親のほうになりそうだし」
ぽよ美の意見は、即刻否定させてもらう。
「でも、私も貼り紙くらいしか思い浮かばないわ。ずるずる」
冷華さんは冷やし中華を食べながらだから、まともに考えているとも思えない。
期待できるとしたら、一応は普通の人間だし、中泉くらいか。
そんな願いを込めて視線を向けてみたのだが……。
「うん、そうだね。ネットで大々的に捜索、ってのは却下だろうし。あっしが考えつくとしたら、あとは逆さ吊りくらいかな!」
「は……?」
「逆さに吊るして、ガハハハハ、お前の娘は預かった! 返してほしくば、百億万円用意しろ!」
「それこそ却下だ! あと、百億万円って、小学生か!」
完全に期待外れ。
まぁ、中泉はこういうやつだったな。
「ははは! 過去はお茶目さんだな~!」
「あっ、水好はあっしの崇高なセンスをわかってくれるんだね! さすが、旦那だけのことはある!」
夫である水好さんも含めて、まるっきり役立たず。
結構なバカ夫婦ぶりを見せつけてくれる。
「う~ん、やっぱりひたすら歩いてみるしかないんじゃない?」
みみみちゃんが一番まともな意見を述べてくる。
ぱっと見、小学生くらいにしか思えない容姿だというのに。
中身はぽよ美と同い年の大人なのだから、べつに不思議でもないのだが。
「ウチ、引きこもりで運動不足気味だし、一石二鳥だよ。織姫さんや彦星さんも来ればいいのにね」
……いや、わら子ちゃんのためというより、自分のためだったのかもしれない。
それはそれで構わないとは思うが、このアパートのメンバーっていったい……。
ま、今に始まったことでもないか。
自分のやりたいようにやる。そんな生き方をしている面々が集まっている混沌とした場所、といった感じだし。
とりあえず、手当たり次第に近所を巡ってみるという方法で捜索することにする。
といっても――。
「わら子ちゃん、この辺りは見覚えある?」
「う~……わからない~……」
「わら子ちゃん、ここは? ほら、この薬局のマスコットキャラとか、特徴的だよね?」
「う~……わからない~……」
「わら子ちゃん、この家はわかるんじゃない? 真っ赤に塗られた家なんて、めったにないと思うし」
「う~……わからない~……」
こんなことの繰り返し。
わら子ちゃんの家に関する手がかりは、まったくと言っていいほどつかめない。
結局、数日ある休みのすべてを、歩き回るだけで浪費してしまった。
もとより、休みの予定なんて立ててはいなかった。
おそらく一緒に探してくれたアパートのメンバーだって同じだろう。
だから、時間を浪費したこと自体は構わないのだが……。
「一時的ではっても、座敷童子を住まわせてあげてるんだから、佐々藤の家、裕福になれるんじゃない?」
捜索を開始したばかりの段階で、中泉が冗談めかしてそんなことを言っていた。
しかし実際には、その逆の状態に陥っている。
わら子ちゃんの家を探して歩き回っているあいだに、オレは財布を落としてしまったのだ。
中身の金額は少なかったし、カード類は別に分けていたため、さほどの痛手ではなかった。
だとしても、随分と長く使っているお気に入りの財布だったから、かなりショックだった。
それだけに留まらず、ケータイを置き忘れたり、家の鍵を落としたりもした。
すぐに見つかったことで、こちらも大事には至らなかったのだが。
オレは持ち物に関しては意外としっかりしていて、普段はそんなことなどほとんどないというのに……。
しかも、冷華さんや中泉、みみみちゃんもまた、小銭を落とすといった失敗が重なっていた。
なにやら、不運続きといった様相。
だからといって、わら子ちゃんを放っておけるわけもなく、連休の最終日まで捜索を続けたのだが。
「あっ、こんなところにいたんだね!」
オレたちは近所を散々歩き回ったというのに手がかりすらつかめず、アパートの前で「お疲れ様」と言い合いながらも肩を落としていた。
そんなタイミングで、不意に声がかけられた。
その声の主は、大家さんだった。
4
大家さんが語ってくれた内容によれば、わら子ちゃんは座敷童子であると同時に、貧乏神でもあるのだという。
いわば、座敷童子と貧乏神のハーフ。
見た目やオーラは座敷童子だが、能力的には貧乏神、といった存在になっているらしい。
オレが財布を落としたり、他の人たちが小銭を落としたりしたのは、わら子ちゃんが一緒にいたせいだったのだ。
「貧乏神というわりには、それほどひどいことにまでは、なっていなかった気がしますが」
「一時的に預かっただけだったからね。正式に住み着かないと、本来の能力までは発揮できないみたいなんだよ」
「なるほど……」
大家さんの話を聞いて納得はできたのだが。
「はうう……。ごめんなさい……」
わら子ちゃんがシュンとしている。
責任を感じてしまっているようだ。
だが、貧乏神としての能力のせいだったとしても、そんなの、わら子ちゃんが悪いわけではない。
それを悪いと言ったら、存在自体を否定することになってしまう。
そんなの、わら子ちゃんがかわいそすぎる。
「わら子ちゃんが謝る必要はないよ。仕方がないじゃないか」
「いや、そんなことはないよ!」
すかさず、大家さんが反論してくる。
オレは正直、驚きを隠せなかった。
大家さんは閻魔様を兼任していて恐ろしい部分はあるが、情もあって話のわかる人だと思っていた。
それなのに、こんなことを言うなんて……。
「そりゃあ、この子自身は悪くないかもしれないけどね」
そうか。この子は悪くなくとも、両親には責任がある、と言いたいのか。
オレの推測は、事実とは違っていた。
「悪いのは全部、あのクソ女神さ!」
「え……? メリーさん……?」
大家さんの宿命のライバルで、女神ハイツの大家をしている、女神(仮)さん、通称メリーさん。
突然、思ってもいなかった人の名前が出てきて、ついつい面食らってしまったが。
どういうことなのか改めて聞いてみたところ、わら子ちゃんはメリーさんがこのアパートに送り込んだ刺客なのだと、大家さんは答えてくれた。
つまり、わら子ちゃんは女神ハイツの住人だったのだ。
「……って、刺客!?」
現在の日本に住んでいる身では、なんとも現実感のない響きだった。
「ああ、刺客さ。あのクソ女神、本気でうちのアパートを潰そうって考えてるみたいだね」
もちろん、潰すと言っても文字どおりの意味ではない。
契約している住人たちを追い出し、自らが大家をしている女神ハイツのほうが上だと証明しようとしているのだろう。
「うふふふふ、バレてしまいましたわね」
妖艶な笑みを伴って颯爽と登場したのは、言うまでもなく、件のメリーさんだった。
「わたくしの調べによれば、この連休はクソ閻魔が忙しくて仕事漬けのようでしたので、困らせてやろうと思ったのですが。正式に住み着かないと力が弱まるとは、いささか盲点でしたわ」
「あんたは……そんなことでうちの住人たちに迷惑をかけるんじゃないよ!」
「うるさいですわね! わたくしのアパートが一番なんです! そうでなければいけませんの! 二番ではダメなんですから!」
大家さんとメリーさんの言い争いは、どんどんとエスカレートしていく。
「はぁ……。べつに二番でもいいだろうに」
「でしたら、わたくしの邪魔をしないでいただけませんこと!?」
「私のアパートが一番になるのは、全世界の摂理なんだよ。閻魔として、負けるわけにはいかないからね!」
「こちらこそ、負けませんわ!」
む……。これは、嫌な予感がひしひしと……。
「なら、勝負だよ!」
「望むところですわ!」
こうして。
オレとぽよ美の住む部屋で、閻魔様と女神の壮絶なるバトルが勃発!
……するかと思われた、そのとき。
「おやめなさいな! ふたりとも、迷惑を顧みないのは悪い癖ですよ!?」
冷華さんが怒鳴りつける。
一瞬にして、大家さんとメリーさんの頭に上った熱は冷めたようだ。
さすが冷華さん。絶対零度の微笑みを誇るだけのことはある。
「し……仕方がありませんわね! わら子ちゃんは連れて帰ります!」
ブルブルと震え、真っ青な顔になったメリーさんは、わら子ちゃんの手を取って歩き出した。
リビングのドアから出る瞬間、メリーさんは振り返ってこんな捨てゼリフを残す。
「ですが、今後も第二第三の刺客が襲い掛かってくることになりますわよ? お~っほっほっほ!」
…………。
悪役に酔いしれているのだろうか?
ツッコミを入れようと思ったときには、すでにメリーさんの姿はなかったのだが。
「ま、あいつは昔から、ずっとあんな感じだったよ」
大家さんがため息をこぼす。
「私の管理しているこの高尚なアパートが、クソ女神のブタ小屋同然のアパートなんかに負けるはずないってのにさ! くっくっくっく!」
筆舌に尽くしがたい顔で含み笑いを響かせる大家さんもまた、充分に悪役然としていると思ったが。
そんなことは口が裂けても言えないオレだった。




