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第30話 スライムとホワイトデー

     1



 今日はホワイトデーだ。

 仕事を定時できっちりと終え、オレは愛するぽよ美の待つアパートへと急いだ。


 玄関を開けてリビングに入ると、ぽよ美はいつものように、ソファーにぐっちょりと寝っ転がり、ビールを片手にほろ酔い気分といった様相だった。


「あっ、ダーリン、お帰り~! 夕飯はできてるから、チンして食べてね~!」


 普段どおりの対応。

 ぽよ美に質問してみる。


「今日がなんの日か、知ってるか?」

「え? なんか特別な日なの~?」


 どうやら、本当に知らないようだ。


「今日はな、ホワイトデーなんだよ」

「ホワイトデー?」


 オレの答えを聞いて首をかしげるぽよ美。

 そんな姿も、やはりラブリーだ。スライム形態だから、どこが首だか微妙ではあるが。


「そう、ホワイトデー。わかるか?」

「ホワイトデー……白い日? う~ん、全然わかんないよ~」


 せっかくだから、クイズにしてみようか。


「よし、ヒントを出そう。男女に関係する日で、あとは、お返しだな」

「え~? なんだろう……仕返し……」

「仕返しじゃない、お返しだ!」


 相変わらず、ぽよ美の発想は恐ろしい方向に流れがちだな。

 ぽよ美は真剣に考え始める。


「男女ってことは、恋人よね……?」

「おお、いいぞ。そんな感じだ」

「お返し……お菓子? で、白い……」


 ここで、なにかひらめいたようだ。


「あっ、北海道名物の、あのお菓子?」

「違う!」


 その後もいろいろと考えてはいたが、ぽよ美が正解にたどり着くことはなかった。


「先月、バレンタインデーがあっただろ? あれのお返しの日だ」


 諦めて本当の意味を教える。


「おお~! それじゃあ、ダーリンがまたなにかプレゼントしてくれるんだ!」

「バレンタインは、チョコを飲まされただけだったけどな。しかも、それすらオレに渡さず、自分で飲もうとしてやがったし」

「てへ♪」

「てへ、じゃない!」


 可愛らしく笑えば、なんでも許してもらえると思いやがって。

 ……実際、なんでも許してしまうわけだが。


「だけど~、ダーリンだって嬉しかったでしょ~? 愛する奥さんが、口移しで飲ませてあげたんだし~!」

「サプライズのせいで死にそうになったけどな」

「えへへへへ♪」


 嫌味を言っているのに、嬉しそうな笑顔が返ってくる。

 まぁ、ぽよ美はそういう性格だ。今さら文句などない。


「で、どんなお返しのプレゼントをしてくれるの~? あっ、またペンダントとか、アクセサリー系? だったら嬉しいんだけど!」


 婚約指輪をアメと勘違いしたようなやつなのに、アクセサリーで喜ぶというのもよくわからないが。

 スライムであろうと女性には違いない。そういう感覚は人間となにも変わらないのだろう。

 だが残念ながら、そういったアクセサリー類は用意していなかった。


「クリスマスにもプレゼントしたからな。今回はそういうのはナシだ」


 ぽよ美は一瞬にして、シュンとした表情になる。

 その目の前に、プレゼントを差し出す。


「基本に乗っ取って、お菓子にしたぞ。スライム型のゼリーだ!」

「…………」

「仲間が増えたみたいで嬉しいだろ? 共食いになるかもしれないがな!」

「………………」

「普通ならキャンディーとかマシュマロとかクッキーとかにすると思うが、ぽよ美だからゼリーにしてみたんだよ!」

「……………………」


 明らかに不満顔のぽよ美。

 作戦どおりだ。


「なんてな!」

「あっ、やっぱり他にもあるのね!」


 今度は一気に嬉々とした顔に変わる。

 ほんと、わかりやすいな、ぽよ美は。


「せっかくだからな、みんなで祝おうと思って、話はつけてあるんだ」

「え?」

「宴会だ!」


 オレの言葉に、ぽよ美は複雑な表情を浮かべる。


「お……お~。ダーリンから率先して宴会なんて、珍しい~……けど、ホワイトデーとはなにも関係ないような?」

「ま、いいじゃないか。会場はいつもどおり、冷華さんの部屋だ」


 言うが早いか、ぽよ美の腕をつかんで引っ張る。

 惣菜と生野菜程度だとは思うが、ぽよ美の作った夕食も、あとでついでに持っていくべきかな。


「あ、いつもどおり人間の姿には変身しておけよ」

「そ……そうだね」


 困惑しながらも、ぽよ美が人間の姿になる。

 服装も春らしいワンピースで、とても可愛らしい。


 ぽよ美には、外に出るときやオレ以外の人と会う場合には、人間の姿になってもらうことにしている。

 スライムだとバレるのは問題があるから、というのもあるが、それが礼儀だと思っているからだ。

 その信念は、相手がこのアパートの住人であっても変わらない。

 もっとも、冷華さんたちと宴会をした場合、ぽよ美はいつの間にか半分以上スライム化してしまっているのが常なのだが。


「よし、行くぞ!」

「う……うん!」


 まだ納得できていなさそうなぽよ美を強引に引き連れ、オレはアパートの隣の部屋へと駆け込んだ。



     2



 宴会のメンバーは、おおよそいつもどおりだった。

 オレたちの他、冷華さん、みみみちゃん、織姫さんと彦星さん。

 そこに、先日引っ越してきたばかりの中泉も、当然のように加わっている。

 なんというか、すでに完全に打ち解けているようだ。


 なお、低橋さんはバイト中のため不在。

 中泉の夫である水好さんも、まだ仕事から帰ってきていないため不参加だった。


 宴会の話は、昨日のうちに冷華さんに伝えてあった。

 ぽよ美たちは、オレのいない昼間でも集まって飲んだりすることも多い。

 そのため、あらかじめ話をつけておいたのだ。


 そんなこんなで、宴会がスタート。

 新たなメンバーとして中泉が増えてはいるものの、基本的にいつもとなにも変わりない。

 飲めや歌えの大騒ぎ。

 各種お酒を堪能、冷華さん特製の冷やし中華を含む様々なつまみも用意されている。


 ぽよ美の作った夕食もテーブルに加えられ、食べて飲んでの楽しい時間となった。

 それはそれで悪くないと思うのだが。

 ぽよ美はやはり、少々不満が残ったままといった様子だ。


 宴会なんて数日おきにやっていることだし、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 ホワイトデーを知らなかったくせに、さっきの話を聞いてすごく期待していたんだな。

 なんというか、実にぽよ美らしい。


 さて……それじゃあ、作戦開始といくか。


「ちょっと酔ってしまったな。夜風にでも当たってくるよ」


 オレはそう言って玄関へと向かう。


「あっ、あっしも~」


 その言葉に合わせるかのように、中泉がオレに続く。


「だったら、あたしも……」


 ぽよ美もついてこようとするが、それを冷華さんが引き止めた。


「ほら、ぽよ美さん! もっと飲みなさい!」

「え……でも……」


 困惑しているぽよ美の声は聞こえてきたが、ここはあえて無視させてもらう。


 オレは自分の部屋に戻り、そこへ中泉を招き入れる。

 中学時代に好きだった初恋相手とふたりきり。


「それじゃあ、始めようか」

「おっけ~」


 オレと中泉は、予定どおりに開始した。

 もちろん、エッチなことを……というわけではない。

 サプライズの準備をだ。


 えっちらおっちらと、あるものを部屋から運び出す。

 運び出したものは、一旦ベランダに出しておく。

 あとで粗大ゴミの回収依頼をしなければならないな。


 それから、中泉の家に置かせてもらってあったものを代わりに運び入れる。

 このサイズのものを置いておくことを快く引き受けてくれた中泉には、正直頭が上がらない思いだ。


 力仕事になるため、できれば低橋さんか水好さんがいてくれたほうがよかったのだが。

 今いない人について考えても仕方がない。

 彦星さんには力仕事なんて無理だろうし、冷華さんにはぽよ美を引き止める役目を任せたかった。

 みみみちゃんと織姫さんは論外だし。


 そんなわけで、中泉にお願いする形となった。

 それに、サプライズの意味合い的に考えても、中泉に手伝ってもらうのは非常に効果が高いはずだ。


 準備が整ったオレは中泉にお礼を述べ、冷華さんの部屋まで戻る。

 ふたりで仲よく戻ってきたオレと中泉に、ぽよ美が嫉妬をありありと浮かべた視線を向けてきたが。

 まだ冷華さんに絡まれている状態では、抜け出せるはずもない。


 オレはなるべくぽよ美と目を合わせないようにしながら、中泉と会話したりもしつつ、夜が更けるまで宴会を楽しんだ。



     3



 宴会後、ぽよ美とふたりで帰宅した。

 どうでもいいが、明日も仕事があるのに、こんなに遅くまで飲んでいてよかったのだろうか。

 ま、たまにはいいよな、と思っておく。……たまにではなく、頻繁にあることなのが難点だが。


 それはともかく。

 ぽよ美はもう、べろんべろんに酔っ払っている。

 かろうじて人間の姿を留めてはいるものの、半分どころか、4分の3くらいスライムになっているようだ。


 手なんかもう、完全にゼリー状になっているのに、ビールの缶はしっかり握っていたりする。

 それもまた、ぽよ美らしいとは言えるが……。


 こんな状態だと、意識もはっきりしていないのが普通だったりする。

 だが、今日は違っていた。

 さっきの件について、しつこく怒っているからだ。


 玄関を開けて中に入っても、ぽよ美からの文句の言葉は止まらない。


「今日はホワイトデーだっていうのに、ダーリンってば、まともなプレゼントもしてくれないし~」


 という言葉に続いて、さらに質問を浴びせかけてくる。


「だいたいさ~、ダーリン、さっき過去さんと外に出たとき、なにしてたのよ~?」


 オレが中泉と一緒に宴会の場を離れたことを、ずっと気にしていたのだろう。


「仲よく一緒に戻ってきたし、そのあともなんだか楽しそうに話してたしさ~!」

「ん? べつになんでもないよ。お隣さんだし、普通に世間話をしていただけだぞ?」

「絶対嘘~! 浮気してたんでしょ~? まだあの子のこと、好きなんでしょ~!? がるるるるっ!」


 噛みついてきそうなほどの勢い。


「オレはぽよ美ひと筋だって。オレが信用できないのか?」

「そんなことはないけど~。ホワイトデーのプレゼントも、ゼリーだけだったし~」


 やっぱり、かなり根に持っているみたいだな。


「いいじゃないか。美味いぞ、たぶん」

「確かに、美味しかったけどさ~!」


 あ、オレの知らぬ間に、すでに食ってたのか。

 とはいえ、スライム型ではあっても普通のゼリー。税込み198円程度でしかない。

 不満に思われるのも、もっともだ。


 それでもオレはなにも言わず、ぷりぷり怒っているぽよ美とともに、リビングへと足を踏み入れた。

 その途端、ぽよ美はもともと大きな目をこれでもかと見開いて真ん丸くする。


「……というわけで、ホワイトデーのプレゼントだ」


 そこにあったのは、新しい真っ白なソファーだった。


 同じ場所に置いてあった古いソファーは、ぽよ美の粘液で激しくべちゃべちゃだったし、何度もビールをこぼしたりしていて、凄まじいくらいに汚れていた。

 以前から気になっていたため、今回、思いきって買ってきていたのだ。


 こういった家具だと、オレも使うことになるわけで、プレゼントとしては微妙なのかもしれないが。

 ソファーはいわば、ぽよ美の日常生活の場とも言える場所となっている。

 毎日のようにべっとりぐっちょりと寝っ転がっているし。

 だから、これはぽよ美へのプレゼント、と言ってしまってなんら問題はないだろう。


「うわぁ~~~~っ!」


 ぽよ美は、とても喜んでいる。

 ……かと思いきや。


「あのソファー、気に入ってたのに~! 粘液とかニオイとか、すっごく落ち着く場所だったのに~! ダーリンのアホ~~~~!」


 思いっきり怒鳴りつけられてしまった。


「そ……そうだったのか」


 確かに、愛着のあるものを相談もなしに勝手に買い換えるなんて、考えてみればひどいことかもしれないが……。

 いや、待て。古いソファーはベランダに退避してあるだけだから、それを戻してやれば……。

 しかしその場合、せっかく買ってきた新品のソファーが完全な無駄に……。


 焦りまくるオレに向かって、


「なんちゃって~! ウソウソ! すっごく嬉しいよ~! ダーリン、ありがとう~!」


 ぽよ美は悪びれもせず、そうのたまう。

 なんというか。

 不意打ちの女神のごとき笑顔攻撃に、すっかりやられてしまうオレだった。


 ま、ぽよ美が毎日のように寝っ転がっていたら、どうせソファーなんてすぐに汚れるとは思うのだが。

 しかも白なんて、激しく汚れやすい色だし。

 だとしても、これからしばらくのあいだは、この真っ白いソファーの心地よい感触と雰囲気を楽しんでくれることだろう。


 ……と思っている目の前で、上機嫌なぽよ美が足をもつれさせる。


「あ……ビールこぼしちゃった」

「いきなりかよ!」

「てへっ♪」

「まったく、ぽよ美は……」


 呆れながらも、笑顔は絶えない。

 そんな生活が永遠に続くものだと、オレは信じて疑わなかった。


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