表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/49

第2話 スライムと動物園

     1



「よし、今度の日曜は、動物園に行こう!」

「わ~い! ありがとう、ダーリン♪」


 つき合っていた頃には、頻繁にデートもしていたが、結婚してからはご無沙汰だった。

 というわけで、休みを利用して一緒に出かけようと考えた。

 たまにはそうやって楽しまないと、新婚のラブラブな生活も、すぐに冷えきってしまうかもしれないし。


 だいたい、ぽよ美は基本的に家から出ない。そのままだと、不健康すぎるだろう。

 買い物くらいには出かけたりもするが、なにを買ってくるかわかったもんじゃないため、オレも一緒に行くのが基本だ。


 外出時には、ドロドロのスライム形態ではなく、人間の姿に変身してもらっている。

 言うまでもなく、服も着ている。

 自分の顔や体型は自由にならないのに、服はイメージしたとおりになるというのは、少々不可解ではあるが……。

 ま、そういうものなのだから、仕方がない。


 衣類にお金がかからないというのは、経済的にありがたい。

 しかしそれは同時に、洋服をプレゼントしても意味がない、ということにもなってしまう。


 だからこそ、一緒に出かける時間を楽しむようにしている部分もある。

 もっとも、プレゼントするなら食べ物類が一番喜ぶというのも、すでに悟っている事実だったりするのだが。


 ともかく、約束した日曜日、オレはぽよ美を車の助手席に乗せて動物園へと向かった。

 なおオレの車の助手席は、ぽよ美専用だ。……粘液でべちゃべちゃになるし。


 さすがに日曜ということもあって、かなり混んでいる駐車場に車を停め、暖かな陽気のもとへと身をさらす。

 オレのほうの服装は、Tシャツにジーンズという、なんの変哲もない格好なのだが。

 今日のぽよ美は、清楚な白いワンピース姿。

 日差しよりもさらにまぶしい真っ白な肌が、周囲を行き交う人々の視線も釘づけにする。


 ぽよ美は人間の姿になっていても、全身が粘液で覆われている。

 それは隠しようがないらしい。

 とはいえ、人間に変身しているあいだは、本来の緑色っぽい粘液ではなく無色透明になる。

 はた目には、少々汗っかきの女の子、といった感じにしか思われないだろう。


 また、粘液はとくに強烈なニオイを発したりもしない。

 どちらかといえば、ほのかに香る花のような爽やかな匂いだ。

 ……味わってみれば、青汁――しかも、今の飲みやすくなった味ではなく、「不味い、もう1杯!」的な濃厚な味が口の中全体に広がり、なおかつそれが数時間は消えないわけだが……。


 まぁ、そんな粘液に関しては、置いておくとして。

 どうやら周囲の目を一番引いているのは、ぽよ美の大きなバストのようだった。

 オレも男だし、それはわからなくもない。なにせ、とってもでかいからな、ぽよ美の胸は。


 ふっ、愚民どもめ、とくと見よ! これがオレの愛する妻、ぽよ美だ!

 ……いや、やっぱり見るな! ぽよ美のすべては、オレのものだ! お前らなどに見せてやる筋合いはない!


 久しぶりのデート、などと考えて若干おかしなテンションになっているせいか、思考も随分とブレ気味だ。


「思考がブレてるのは、普段からだと思うけど?」


 ぽよ美が鋭いツッコミを入れてくる。

 それにしても、オレの心の中まで読んでくるとは。

 いやはや、オレとぽよ美は、心までもつながっているということだな!


「つながっているというか、侵食しているというか……」


 なにやら少々怖い発言だったような気もするが、まあいい。

 今日はぽよ美とふたりで、動物園を思う存分楽しめばいいのだ。


「よし、それじゃあ行くぞ、ぽよ美!」

「あいあいさ~♪」


 意気揚々と動物園に突撃するオレとぽよ美だった。


「ちょっとお客さん、入場券を……」


 勢いをつけた突撃は、すぐに止められてしまったのだが。



     2



 オレとぽよ美は、ラブラブな恋人同士といった感じで、腕を組んで動物園を見て回っていた。

 当然ながら、オレの腕は粘液でベタベタになってしまうのだが。今さらそんなことを気にするオレではない。

 そもそもこれだけ暑い陽気だったら、普通の人間であっても汗でベタベタするだろう。


 ぽよ美は、たくさんの動物たちを、それはそれは楽しそうに眺めていた。

 それにしても、かなり多くの種類の動物たちが展示されているんだな。

 動物園なんて子供が喜ぶだけで、大人の行く場所ではないと思っていたが、考えを改める必要がありそうだ。


「うわ~、ペンギンがいるよ~! 暑くないのかな~?」

「暑いだろうけど、プールもあるし大丈夫だろ」

「あっ、泳いでる泳いでる! きゃ~、可愛い~~! 美味しそう~~~!」

「え……?」


「アルパカだ~! 変な顔~!」

「ぽよ美もはしゃぎすぎで、変な顔になってるけどな」

「え~、ウソ~? ヤダ~! ダーリンほどじゃないよ~!」

「オ……オレの顔、変か?」

「うん、普段から!」

「…………」

「うわ~、アルパカ、あくびしてる~! 可愛い~~! 美味しそう~~~!」


「ここはホワイトタイガーだな」

「すごく白いよ~! カッコいい~!」

「2匹いるな。おっ、じゃれ合ってる。まだ若いらしいから、力があり余ってるのかな?」

「トラっていっても、猫科だもんね。じゃれてる姿、可愛いわ~~! 美味しそう~~~!」


「これはなに~? ダチョウ~?」

「エミューだってさ」

「へ~。大っきいね~!」

「ダチョウの次に大きな鳥らしいな。ダチョウは指が2本だけど、エミューは3本なんだとさ」

「大きな鳥さんか~! タマゴもすごく大きそうだね~。 あっ、走ってる! 可愛い~~! 美味しそう~~~!」


「アフリカゾウだ」

「さすがの大きさ! 存在感抜群ね!」

「150kgくらいエサを食べるって書いてあるな。食費が大変そうだ」

「すごいね~! のっしのっしって歩いてる~! 可愛い~~! 美味しそう~~~!」


「おっ、百獣の王、ライオンだな」

「オスのライオンって、タテガミが凛々しくていいわ~! 強そう~!」

「でも、ライオンは狩りをするのはメスで、オスは待ってるだけみたいだけどな。それでいて、最初にエサを食べるのはオスなんだとか」

「うわ~、そうなんだ~! 亭主関白なんだね~!」

「そう言うのかな……」

「あっ、うとうとしてるみたい! ライオンも猫科だもんね、眠そうにしてる姿、超可愛い~~! 美味しそう~~~!」


 とまぁ、そんな感じで、ぽよ美はなにを見ても『美味しそう』と繰り返す。

 しかもかなりの大声で。


 普通ならば、口を押さえるなどしておとなしくさせる場面かもしれないが。

 オレは無論、気にしない。

 むしろ、笑顔ではしゃぎまくるぽよ美を見て、心が温まっていくようにすら思えた。


 どうぞどうぞ、好きなだけお食べ。

 そこまではさすがに言えないが。

 ぽよ美の場合、本当に食べてしまいかねないし。


 ともかく、オレも一緒になって多種多様な動物たちを見て回り、思う存分ぽよ美との時間を楽しむことができた。

 しかし……。

 広大な敷地で合計百種類以上もいる動物たちをすべて見尽くしたのは、いくらなんでもやりすぎだったかもしれない。



     3



 動物園を充分に堪能したあと、オレとぽよ美は園内のレストランで遅いランチを取った。

 時間的には夕方近くになっていたため、遅すぎるランチだったが。


 頼んだメニューは、オレがパスタで、ぽよ美がハンバーグだ。

 どちらかといえば逆の注文をしそうな場面だが、意外とぽよ美は肉食派でがっつり系、オレは少食であっさり系の食事を好む。

 ……いや、あれだけライオンやらホワイトタイガーやらを美味しそうと言いながら見ていたわけだから、ぽよ美ががっつり肉食系なのは誰でも予想できるか……。


 なお、ぽよ美はスライムだが、普通に人間と同じ料理を食べる。

 正確には、人間と同じ料理「も」食べる、といった感じなのかもしれないが。


 いまいち、ぽよ美の本質はつかめきれていない部分が多い。

 考えてみたら、彼女の大好物がなんなのか、それすらオレは知らない。

 ただ……あらゆる動物たちを見て、すべてにおいて美味しそうとのたまったことを考えると、聞いてしまうのも少々怖い。


 世の中には知らなくていいことも往々にしてあるものだ。

 オレはそう自分に言い聞かせて納得しておくことにした。


 料理がテーブルに並べられる。

 空腹を刺激する美味しそうな香りが漂ってきた。


「あたしもう、おなかぺっこぺこ!」

「うん。たっぷりお食べ。ライオンやトラが食べられなくて、残念かもしれないけど」

「そうだね~。でもこのハンバーグ、もしかしたらライオンのお肉かも!」

「それはないから! もしそうだったら、シャレにならないだろ!」

「う~ん、残念……」

「残念がるなよ……」


 さすが、ぽよ美だ。

 もちろん冗談のつもりだろうが、と言いきれないのが恐ろしいところ。


「ところで……」

「ん~?」


 オレが話しかけると、ぽよ美は顔を上げる。

 その口の周りには、ハンバーグのソースがべっとりと付着していた。

 ああ、もう。食べ方、汚すぎだ。

 ま、そんなところも可愛らしいと言っておこう。


「ほら、口の周りが汚れてるぞ!」


 すかさず紙ナプキンを手に取り、ソースを拭いてやる。


「むぐぐ……。ありがとう、ダーリン♪」

「いつものことだ、気にするな。……それより、ぽよ美」

「ん~?」


 首をかしげながら見つめるぽよ美の前で、声のトーンを落として一旦途切れた言葉を続ける。


「人間の姿でずっといるけど、結構疲れてるんじゃないのか?」


 デートなど、出かけるときに気がかりなのが、この問題だ。

 気丈にも、大丈夫大丈夫と言って微笑むのが常ではあるのだが、今日のぽよ美は、とくにはしゃいでいる。

 オレですら結構足にきているようで、若干ふらふらしかけたりまでしていた。


 しかも今日は、汗ばむどころではなく、かなり暑いと言ってもいい陽気。

 スライムは水分の塊みたいなものだ。

 もしかしたら、蒸発して消えてしまうのでは。そんな心配がないとも限らない。


 どちらにしても、スライムであるぽよ美にとって、決して過ごしやすい環境ではなかったはずだ。

 心から楽しんでくれていたのは、彼女の笑顔を見ていればわかる。

 それでも、実はかなり無理していたのではなかろうか。

 そう思って、尋ねてみたのが。


「心配してくれてるの? ダーリン、優しい……」

「当たり前だろ」

「ふふっ、ありがとう。でも大丈夫。むしろいつもよりも元気なくらいだから!」

「ほう、そうなのか。よかった」


 安堵の息をつく。

 だけどそれも束の間。


「だって、今日はずっと腕を組んで、ダーリンから生気を吸い取ってたもん♪」


 ぽよ美は邪気のない澄みきった笑顔で、なにやら恐ろしいことを白状する。


「な……っ!? そうか……。だからオレはこんなにも、足にきてるのか……」


 それで納得がいった。

 愛するぽよ美だから、怒ったりするつもりはないが。

 などと考えていたのだが……。


「えっと、あの、冗談よ~?」


 なに信じてるのよ、バカじゃないの?

 なんて、ぽよ美が考えたりするはずはないが。

 オレはなんだか恥ずかしくて、顔が熱くなっていた。


「足にきてるのは、単純に運動不足じゃない?」


 ぽよ美はそう言って、コロコロと笑い声を響かせた。

 う~む。ぽよ美に、してやられた、ってことか。


「あっ、ダーリン、ほっぺにミートソースがついてるよ!」

「お、そうか」


 自分で拭こうとする、それよりも早く。

 ぺろり。

 ぽよ美がオレの頬についたミートソースを舌で舐め取った。


「んふ、美味しい♪」


 ぽよ美はご満悦。

 オレとしても、心がほわんと温まる瞬間だったのだが。

 ぽよ美の場合、ミートソースを舐め取られるとその代わりに、緑色をしたゼリー状の物体がべっちょりとこびりついてしまうわけで……。


 ま、べつにいいか。


「次にぽよ美のほっぺにソースがついてたら、今度はオレが舐め取ってやるからな」

「え~? それはイヤ~、汚い~!」

「おい!」

「ふふっ、冗談よ、冗談♪」


 またしても、ぽよ美にしてやられてしまった。

 そして、


「でも、舐め取るのはやめてね♪」


 ん……? 冗談ではないのか……?

 追い討ちをかけるように混乱させられるオレだった。



     4



「ふぅ~、疲れた~!」


 家に帰り着くと、ぽよ美は一瞬にしてスライム形態へとその姿を変え、リビングのソファーにぐて~っと、というかべちょ~っとダイブした。

 粘液べっとりのソファーは、オレの車の助手席同様、ぽよ美の特等席となっている。

 もっとも、ソファーにはオレが座ることもあるが。


 ソファーがべっとり濡れているのはいつものことだから、気にせずそのまま座ったら、ぽよ美がソファーで眠っていただけだった、ということがあった。

 あのときは、「あたしのこと、踏み潰した~!」と怒鳴り散らされて大変だったっけな……。


 と、それはともかく。

 オレも今日は随分と疲れた。


 車で出かけたのも久しぶりだったし、朝早くから出かけて帰りが夜遅くになっていたというのも、いったいどれくらいぶりのことだろう。

 帰ってきていきなりソファーにべっちょり寝っ転がるぽよ美は、ちょっとどうかと思うが、自分の家が一番リラックスできて最高だというのは、オレにだってよくわかる。


「やっぱり家が一番だな」

「そうね~、ダーリン♪」


 オレの言葉に、ソファーから起き上がり、抱きついてくるぽよ美。

 すでにスライム形態だから、全身粘液まみれになってしまう。


「こうやってイチャイチャできるのも、家の中だけだもんね~♪」


 ……動物園でも充分にイチャイチャしていたと思うのだが。

 本来の姿で抱きつけるというのは、ぽよ美にとっては人間に変身しているときよりも気分がいいものなのかもしれない。


「ははは。抱きつくのはいいが、溶かして食うなよ?」

「……てへ♪」

「てへ、じゃない!」


 ぽよ美の冗談攻勢は、ここでも続いているのだろうか。

 それとも、もしかして、冗談ではないとか……?

 そんなオレの考えを肯定するかのような言葉を、ぽよ美は続けた。


「むう、久しぶりに食べたいのに~」

「久しぶりにって……人間を食べたことがあるのか?」

「あるよ~。前の夫は美味しかったし~」

「なぬっ!?」


 衝撃の事実。

 人間を食べた、ということもだが、それよりも、前の夫……だと!?


「スライムの世界では、夫婦はどっちかが食べられちゃうものなんだよ~。前の夫も人間だけど、スライムの文化を尊重してくれてね~。どっちが食べる側になるかは、人間で言うところのジャンケンみたいなゲームで決めるんだよ~」

「というか、食べる食べないはともかく、ぽよ美、お前再婚だったのか!?」

「スライムの文化を尊重してくれたから、明確な婚姻関係とは言えなかったかもだけど。スライムの世界に、結婚の制度はないし~」


 平然と言ってのける、我が妻、ぽよ美。


 くっ……。

 前の夫、なんて考えると、ついつい嫉妬心が……。

 いや、しかし、今はこうしてオレのもとにいるわけだから……。

 だが……。


 オレが頭の中で激しい葛藤を繰り広げる中、


「なーんちゃって♪ 冗談よ~? びっくりした?」


 ぽよ美はペロッと舌(スライム形態なので、緑色の物体だが)を出して笑う。


「冗談だと思えない冗談はやめろ~!」

「え……? すごくバレバレな冗談だと思いながら言ったんだけどなぁ……」

「…………よくよく考えてみたら、そうだよな……」

「うんうん。そうそう」


 ともかく、冗談でよかった。


「だから、あたしの過去は追及しないでね? ダーリン♪」

「………………」


 ぽよ美は再び、ペロッと舌を出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ