第28話 初恋相手は超美人
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金曜日の夜。オレは仕事を終え、愛するぽよ美の待つ我が家へと向かっていた。
今日は休憩時間に、海端から同窓会の話を聞いた。
明日、高校の同窓会があるとかで、すごく楽しみにしているようだった。
同い年で同僚でもある海端だが、あいつと出会ったのは今の会社に入ってから。同窓会などで一緒になることはない。
それにしても、同窓会か。
海端は、当時好きだった子も来るかな~、などとワクワクしているみたいだったが、そんなのを羽似さんに知られたら大変なのではないだろうか。
まぁ、昔の話だ。関係ないのかもしれないが。
海端のことは置いておくとして、社会人になると、ふとしたことで学生時代の思い出が蘇ってくるものだ。
懐かしい。できることなら戻りたい。そんなふうに考えることもしばしば。
ぽよ美と結婚して幸せいっぱいなオレであっても、やっぱりそれは変わらない。
クラスメイトで仲のよかったあいつら、元気かな。
結婚式に何人か呼んだが、ぽよ美がスライムだってことは伏せておいたんだったな。
最近はメールすらしていない。それぞれ忙しいかもしれないが、たまには連絡を取るべきだろうか。
オレが今住んでいるアパートは、実家からさほど離れていない。
学生時代の知り合いにばったり会ってもよさそうなものだが、これまで一度もそんなことはなかった。
そりゃあ、地元を出ていった人だって多いはずだし、何年も会っていないから、顔を見ても気づかない可能性もあるとは思うが……。
なんとなく、一番楽しかった中学生時代を思い返しながら、オレはぼーっと歩いていた。
そういえば……。
あの子、今はどうしてるかな。
ふと頭に浮かんできたのは、当時好きだった女の子のことだった。
中学一年生の頃、クラスで隣の席になった子に恋をした。
少々遅すぎな気もするが、それがオレの初恋だった。
といっても、積極性の足りないオレはいつも男友達と遊ぶばかりで、好きな子にはなかなか話しかけたりもできなかった。
クラスメイトではあるし、隣の席になった時期もあったから、まったく話さなかったわけではないはずだが。
それでも、意識してしまうと恥ずかしくて、まともに顔も見られないような状態だった。
少し離れた位置から、ちらちら視線を向けたり。
隣の席で女友達と喋っている声を、耳を済ませて聞いていたり。
その程度でも幸せだった。
まだ子供っぽい中学一年生の中では、かなり大人びた雰囲気を漂わせていたあの子。
そばを通るとほのかにブルーベリーのような爽やかな香りがして、妙にドキドキしたものだ。
あれからもう、15年近く経つ。さぞや綺麗な女性になっていることだろう。
実際のところ、そうとも限らない気はするが。
年齢的に考えれば、結婚して子供がいたっておかしくない。
とはいえ、どうせ想像するだけなのだから、綺麗になっているはずだと考えていたほうがいい。
好きだった相手が残念な容姿になっているなんて、思いたくはないし。
初恋相手の子に対してもちょっと失礼かもしれない思考が頭をよぎっていた、まさにそのとき。
「あれ? 佐々藤じゃない?」
突然、女性から声をかけられた。
長い髪がすごく似合っている美人だった。
はて。こんな知り合い、いただろうか……。
いや、待てよ。今、佐々藤って名字の呼び捨てで呼ばれたよな。
少なくともオレの周りでは、小中学生くらいまで、あだ名がある人以外は名字を呼び捨てで呼ぶのが普通だった。
つまり、彼女はその頃の知り合いということになる。
「えっと……あっ! もしかして、中泉か?」
「そうだよ! なに? わからなかったの? でも、ほんと久しぶり~!」
顔を見てもすぐにはわからなかったが、その女性は中学時代のクラスメイト、中泉過去だった。
というか……。
ちょうどオレが考えていた、初恋の相手。それがこの中泉なのだ。
こんな偶然、ありえるものなんだな。
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オレは中泉と、道端で話し込んでいた。
「そいやぁ、あいつ、あのときいきなり叫んでたよな!」
「あ~、あったね~、そんなこと!」
中学生当時の思い出話に花を咲かせる。
もうすっかり日も沈み、暗くなっている道で会話を続けるなんて、近所迷惑なことこの上ないとは思うが。
かなり久しぶりの再会なのだから、このくらいは目をつぶってもらいたいところだ。
「あっしも当時は随分とはっちゃけてたけどね~!」
「あっしって……。今でも充分に……いや、なんでもない!」
「なによ~? 文句あるっての?」
「いやいや、ないって!」
こんなやり取りも、なんだか懐かしい。
当時、中泉本人とは恥ずかしくてほとんど喋れなかったが、男子と女子でなにかと張り合うことが多かった。
しかも女子のほうが成長が早いからなのか、男子が言い負かされるのが常だった。
あと、すっかり忘れていたが、この『あっし』という言い方も、中学生の頃から変わっていない。
初恋相手だから脳内でかなり美化していたが、外見はともかく喋ると残念、なんて散々言われているやつでもあったんだっけ。
こうして話してみると、結構喋りやすいじゃないか。当時からもっと積極的に話しかけていればよかったかもしれないな。
「そいや、佐々藤って今どうしてるの?」
「オレは普通の会社員だな。そっちは?」
「あっしも普通にOLやってるよ」
「会社勤めも大変だよな」
「そうね~。あっ、そうだ。今って仕事帰りでしょ? これから飲みに行かない?」
「えっ、いや、でも……妻が待ってるし」
「わっ! 佐々藤、結婚してるんだ!」
「うん、まぁ、一応な」
つい、一応とか言ってしまったが、ぽよ美に聞かれていたら文句が飛んできそうだ。
「そっちは?」
「いや~、あっしはまだ独り身だよ~」
そんな喋り方をしてるからか。とは言わない。
ただ、見た目はすごく綺麗になっている。
これで相手がいないなんて。
「昔みたいに、男をいじめたりしてるからじゃないのか?」
「ちょ……っ!? そんなわけないでしょ! 佐々藤こそ、地味~な感じなのに、よく相手にする子がいたわよね!」
「うっさい!」
実はスライムだ、なんて言ったら驚くだろうな。
「うん、懐かしくて楽しい! 久しぶりなんだし、やっぱり飲もうよ~!」
「いや、だから……」
「いいじゃん! 奥さんとは毎日会えるんだから! あっしとはもう会えないかもしれないんだよ?」
「そ……それはそうかもしれないけど……」
「決定!」
「強引だな!」
ま、中学卒業以来だから10年以上ぶりの再会だし、ぽよ美だって大目に見てくれるだろう。
オレはケータイでぽよ美に電話を入れ、学生時代の知り合いと偶然会ったから飲んで帰る、と伝えておいた。
明らかに不満そうな声ではあったが、すでにビールを飲んでいるらしく、ろれつは回っていなかった。
この分なら、すぐに寝てしまうはずだ。どうやら問題はなさそうだな。
もちろん、あまり遅くなる気なんて全然なかったが。
さて、オレを引き連れ、駅前の飲み屋街のほうへと向かった中泉。
一旦駅の近くまでは来たものの、どういうわけか、そこからさらに別方面へと進んでいく。
「おい、中泉。この先って、飲み屋なんてあったっけ?」
「え? ないよ?」
ないよって、お前……。
困惑するオレに、中泉はきっぱりと言ってのける。
「あっしの家で飲むから!」
「ちょ……ちょっと待て!」
「問答無用!」
腕を力強く引っ張られ、オレは中泉が独り暮らししているアパートに連れ込まれてしまった。
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「中泉……。いくらオレが既婚者だからって、まだ嫁入り前の娘が男を連れ込むなんて……」
「あっしは全然気にしないし。佐々藤は……嫌?」
「べつに嫌ってことはないけど……」
「だったらいいじゃん! っていうか、あっし、お酒が大好きだから、家にいろいろと買い置きしてあるんだ。やっぱさ、家飲みのほうが落ち着けていいっしょ!」
「オレは落ち着けない気がするが……」
「問答無用だっての! ほら、適当に上がって! すぐに準備するから! ビールと焼酎とワインとウイスキーと日本酒と、あとは各種カクテル類があるかな。どれがいい?」
「品揃え豊富だな! ここは店かよ!」
若干引き気味ではあったが、オレはどうにか気を落ち着かせる。
とりあえず、思い出話を肴に酒を飲むのは楽しいものだ。
状況的に長居するわけにもいかないが、それでもせっかく再会できたんだ、もう少しくらいつき合ってもいいだろう。
改めて、部屋を軽く眺める。
オレの住んでいるアパートよりも狭い、ワンルームタイプのアパートだった。
フローリングの洋室に小型のテーブルが置いてあり、そこに素早くグラスが用意される。
「んじゃ、再会を祝して、かんぱ~い!」
「乾杯!」
オレはビールをちびちびといただきながら、中学時代の思い出話を再開する。
なお、中泉のほうは日本酒を飲んでいる。いきなり一升瓶を抱えてきたときには目を疑ったが。
「そうそう、歴史教師のザビエル、まだあの中学にいるらしいよ」
「うおっ、マジか!? あの髪型は健在なのか?」
「そうじゃなかったら、ザビエルじゃなくなっちゃうし~!」
こんなバカな話題で笑い合う。
無論、ザビエルは教師の本名ではなく、生徒たちがつけていたあだ名だ。
教師にあだ名をつけるってのも、当時オレたちの中では流行っていた。
ザビエルの他に、信長とかベートーベンとかアシュラマンとか、いろいろなあだ名の教師がいたっけな。
「懐かしすぎ~! やっぱ、同窓会とかやるべきじゃない?」
「あ~、そうだよな。オレの会社の同僚も、明日同窓会なんだってさ」
「お~! あっしらもやらない? 佐々藤、幹事やってよ!」
「オ……オレは無理だよ。というか、オレが幹事じゃ、誰も集まらないだろ」
「なるほど、確かに」
「納得されるのもちょっとショックだ!」
「あははは、冗談だってば~!」
アルコールの力もあるのか、話はどんどん盛り上がっていく。
中泉のテンションも際限なく高まっているようだ。
「こら、佐々藤! 飲みが足りないぞ!?」
「いや、オレはあまり飲みすぎるわけにも……」
このあと、自宅まで帰る必要があるし。
「なんだとぉ~? あっしの酒が飲めねぇ~ってのか~?」
うっ、こいつ、完全に出来上がってる?
酒癖悪いのか?
ぽよ美と同類なのか?
当然ながら、スライムではないはずだが。
「飲めっつってんだよ!」
「わかった! わかったから、無理矢理飲ませようとするな!」
まったく、困ったやつだ。
こんなんじゃ、当分は独り身のままだろうな。
なんとなく、中泉が不憫に思えてくる。
そんな考えが浮かんでくること自体、上から目線な気もするが。
中泉に注がれるまま、オレはビール以外に日本酒と焼酎とウイスキーまで飲んでいた。
この時点で、かなり酔いが回っている状態だったのかもしれない。
だからなのか、オレはさらに、こんなことまで口走っていた。
「実はさ、当時オレ、中泉のことが好きだったんだよ」
しらふでは恥ずかしくて言えなかっただろう。
昔のことだし、問題ないとは思うが。
ただ、中泉から返された答えに、オレは酔っ払っていながらも動揺を隠せなかった。
「うん、気づいてたよ。バレバレだったしね!」
「えっ……?」
しかも、それだけに留まらない。
中泉が続けて語った内容によって、オレの鼓動はもっと高鳴る結果となる。
「ま、気づいてたのは、あっしも佐々藤のことを見てたからなんだけど」
「そ……それってもしかして……」
「好き……とまで思ってたかは怪しいけど、気にはなってたんだよね~」
オレのことを、気にしてくれていた……?
当時のオレがそれを知ったら、大喜びだろう。
「もし告白されてたら、つき合ってたかも……」
「そ……そうなのか……」
今現在のことではない。
だとしても、ついつい意識してしまう。
なにせ中泉は、非常に綺麗になっているのだから。
……って、待て待て! オレはなにを考えてるんだ!
オレにはぽよ美がいるんだ! ぽよ美ひと筋なんだ!
なにがあっても、ぽよ美だけを愛し続けるって決めているんだ!
などと焦りまくっている記憶自体が、すでに夢の中の出来事だったのかもしれない。
ビール以外のアルコール類を飲んだのが久しぶりだったせいもあったのか、オレはテーブルに突っ伏し、眠ってしまったらしい。
気づけば窓からは、まぶしい朝日が差し込んでいた。
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ヤバい!
最初に頭に浮かんだのは、それだった。
それだけじゃない。追い討ちをかける言葉を、中泉がかけてくる。
「おはよう、佐々藤。いくら昔好きだったからって、いきなりあんなことをしてくるなんて、あっし、思ってもいなかったけど……」
そんなことを言って、頬を赤らめている。
「ちょちょちょちょ、ちょっと待て! あんなことって、いったい……」
「そんなの、女の子の口から言わせないでよ……」
もじもじと体をくねらせ、しおらしく答える中泉。
って、いやいやいや、ヤバいって! ほんとに、ヤバいって!
「そそそそそ、そんなこと、オレは絶対、しない……はずだ!」
「どうして~?」
「オレは、妻を……ぽよ美を心から愛してるから! ぽよ美を裏切るような行為なんて、絶対に……」
「うううう、ひどい……。あんなことをしておいて、認めてもくれないんだ……」
中泉はその場に座り込み、肩を震わせ始める。
「ちょ……っ! 中泉! えっとだな、オレは、その……」
「ぷっ、くくくく!」
「ん?」
突然の笑い声。
「あはははは! 焦ってる、可愛い~! 奥さん、ぽよ美さんっていうのね! 愛されてるわね~!」
「お……おいっ!?」
どうやら、中泉はオレをからかっただけだったらしい。
「だいたいさ、起きたときもテーブルに突っ伏したままだったし、服だってそのままだったのに、なにもあるわけないじゃん!」
「そ……そう言われれば……」
「ま、あっしは布団を敷いて寝たけどね。佐々藤には一応、毛布だけかけておいたけど。風邪とかひいてない?」
「ん……それは大丈夫そうだけど……」
とりあえず、過ちがなくて本当によかった。
ほっと息をつく。
……いや、まだ終わっていない。そのことに気づいた。
昨日ぽよ美に、飲んで帰ると電話した。それなのに、帰らなかった。
オレはいわば、無断外泊をしてしまったことになる。それも、女の子の独り暮らしの部屋に……。
いくらなにもなかったとしても、あの嫉妬深いぽよ美が許してくれるだろうか?
恐ろしくて気がおかしくなりそうだった。
しかし、正直に話すしかない。
オレはケータイを取り出し、ぽよ美に電話する。
「あっ、ぽよ美? オレだが。その……昨日はちょっと、酔い潰れてしまって……。そうそう、昨日話した学生時代の知り合いの家に泊めてもらったんだよ」
正直に話すつもりだったのに、女の子の家だというのは、ついつい伏せてしまった。
まぁ、無駄な波風を立てる必要もない。余計なことは喋らなくていいだろう。
自分に言い聞かせながら、早く電話を切って帰ろう、と思ったのだが……。
「へぇ~。学生時代の知り合いね~。随分と綺麗な人なんだ~」
ぽよ美の声が、やけに近くから聞こえる。
電話で話していたのだから当たり前、ということではなく、なにやら直接聞こえてきたような……。
「って、ぽよ美!?」
「ダーリン~~~~~~~っ!」
振り返ると、目の前にぽよ美がいた。
怒りに打ち震え、目に涙をいっぱいに溜めたぽよ美が。
「浮気なんて、ぜ~~~~ったいに許せない! ダーリン、殺す! そんで、あたしも死ぬっ!」
「待て待て待て、ぽよ美! 帰れなかったのは謝る! だが、オレはなにも……!」
「問答無用よっっ!」
問答無用って、やっぱりぽよ美は、中泉と同類だ。
なんて言ってる場合じゃない!
「中泉! お前からもなにか言ってくれよ!」
そう話を振ってから、これもヤバいかもしれないと焦る。
なにせ中泉は、起きたばかりのオレをからかっていた性悪女なのだから。
場を混乱させるような発言を、あえてしてくる可能性だってある。
そんな心配は、どうやら無用だったようだ。
というか、中泉はぽよ美に視線を向けて目を丸くしたまま、呆然と立ち尽くしている。
はて、どうしたのだろうか?
飛び込んできたぽよ美は、しっかり人間の姿に変身していたから、べつに驚かれるようなことはないと思うのだが。
「カギ、しっかりかけてあったはずなのに、どうして……?」
……なるほど、納得が行った。
スライムであるぽよ美は、ドアの郵便受けから室内に侵入することができる。
オレにとってはそんなの当たり前だったが、普通に考えたら信じられない状況だろう。
「ぽよ美は、その……スライムなんだよ」
「は? スライム?」
「そうだ。スライムだ。ねちょねちょでぐちゃぐちゃの不定形生物。ゲームなんかではメジャーな存在だろ?」
妻がスライムだという事実を、オレはあまり口外しないようにしている。
だが、今回は仕方がないと思っておく。
怒り心頭のぽよ美の対処で手いっぱいになるし、中泉に嘘をつき通すのは無理だと考えたのだ。
その判断によって、事態は一気に好転する。
「あははははは、そっかそっか、そうなんだ~! 佐々藤の奥様はスライムなんだ! このぽよ美さんが、すっごく愛されてる奥さんってことなのね!」
どういうわけか、中泉はおなかを抱えて大笑いし始めた。
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中泉の大笑いを見て、ぽよ美はなにがなんだかわからずキョトンとしていた。
今の今まで怒っていたことすら、すっぱり忘れてしまったようだ。
そのおかげで、まともに会話のできる場が整ったとも言える。
中泉は、実はマリッジブルーだったのだと白状した。
不安な気持ちでいるときに、中学時代のクラスメイトであるオレに会い、ついつい嬉しくなって部屋にまで引き込んだ。
さすがに泊まらせるつもりまではなかったようだが、自分も酔っていたし、眠ってしまったオレを外に放り出すわけにもいかなかった。
結婚を控える身なのに、他の男性を独り暮らしの家に泊まらせるなんて、非常識極まりない行為だが。
そのあたりについて、中泉は素直にぽよ美に謝っていた。
オレもまた、軽率だったことを反省し、同様に頭を下げる。
ぽよ美はどうにか許してくれたが、中泉の婚約相手には絶対に言えないことだな、これは……。
一方、ぽよ美のほうはというと、朝になってもオレが帰ってこないことで大騒ぎしていたらしい。
そして、大家さんと冷華さんにも手伝ってもらい、オレの居場所を突き止めたのだという。
よくここがわかったな……と思ったが、閻魔様である大家さんがいたら、どんなに頭の切れる逃亡犯であっても捕らえられてしまうだろう。
「佐々藤、それとぽよ美さん、ありがとう。なんか、吹っ切れた。あっしも結婚して、幸せになるよ!」
「ああ、頑張れ」
「あたしとダーリンみたいになれたら、最高だよ~♪」
ぽよ美の機嫌も、かなりよくなった。
中泉がビールを出してくれたから、というのが一番の理由だとは思うが。
その後、大家さんと冷華さんも合流し、飲みながらの会話は続けられた。
「あっし、婚約者と籍を入れて一緒に暮らせるのが、とても楽しみになってきた!」
「うんうん。あたしたちも応援するよ~!」
「仲がいいのは、よいことさね」
「冷やし中華がつなぐ愛! 最高よね!」
「冷やし中華は関係ないですよ、冷華さん。むしろ、冷え切ってダメそうな気が」
「なんですって~!?」
「あははは、佐々藤の周りは、楽しい人が多いね!」
「ふふっ、式には是非呼んでね! 腕によりをかけて、冷やし中華を準備するから!」
「あっ、あっし、式は挙げない予定なんですよ」
「ん? どうして式を挙げないんだ?」
「え~っと、ちょっと、ね……」
「相手がスライムだったりとか?」
「そんなわけないわ! 相手がスライムなんて、どう考えてもありえないし!」
「えええええっ!? 大ショック~!」
アルコールが入ったせいか、なんやかやと騒いだりしつつ、和気あいあいとした時間を過ごす。
初恋相手が結婚する。
ちょっと複雑な気分ではある。
だが、おめでたいことなのは確かだ。
オレはべろんべろんになったぽよ美とともに、中泉に心から祝福の拍手を送った。
中泉も、照れ笑いを浮かべながらではあったものの、この先に待つ幸せな未来を頭の中に思い描いているようだった。
そんな中泉の結婚相手が、まさか普通の人間じゃないだなんて。
オレは考えもしていなかった。
……ぽよ美がスライムだと知ってもさほど驚いていなかったことから、ここで気づいてもよかったとは思うのだが。




