表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/49

第26話 スライムと節分

     1



 今日は節分だ。

 今年は日曜日。今は仕事が落ち着いているため、クリスマスのときと違って休日出勤の必要もない。

 特別なイベントのある日は、やはりこうして休みであってほしいものだな。

 節分の場合、いまいち地味なイベントで、盛り上がりに欠けるとは思うが。


 ともかく、オレは少しでも盛り上げようと、とある演出を考えていた。


「ちょっとコンビニに行ってくる」


 オレはそう言うと、少し寂しそうな顔をしているぽよ美をその場に残し、家を出た。

 そのままアパートの外廊下部分で着替え始める。

 赤鬼に扮して玄関から押し入り、ぽよ美を驚かせようという作戦だ。


 クリスマスでの一件があったのに、まだ懲りてないのか、と思われそうではあるが。

 オレとしては、本気で怖がるぽよ美の姿を見られればいい。

 さぞやいい顔で怯え、オレの目を楽しませてくれることだろう。


 きひひひひ、と思わず含み笑いをこぼしつつ、赤鬼のお面をかぶる。

 胴体のほうは、赤いジャージの上下。

 面倒だから本格的な鬼のコスプレまではしない。

 ぽよ美のことだから、そこまでするまでもなく、本物の鬼だと勘違いして大騒ぎしてくれるはずだ。


 さて……ミッションスタート!

 オレは静かに玄関のドアを開ける。

 ぽよ美はおそらくリビングにいる。そこに大声を上げて飛び込んでいくのが効果的だ。


 リビングのドアの前で深呼吸。

 お面が邪魔で、むせそうになるが、どうにか堪える。

 続いて、ゆっくりとドアノブに手を伸ばす。


 で、一気に引き開ける!


「がお~~~~~っ!」


 オレが赤鬼になりきってリビングに入ると――、

 目の前には鬼がいた。

 緑色の鬼がいた。


 正確に言えば、緑色の鬼のお面をかぶったぽよ美がいた、ということになる。


「がお~~~~、がお~~~~~っ!」


 ぽよ美が吠える。

 オレが鬼に扮して入ってくるのを見越して、逆サプライズを決行したのか?

 と思ったのだが……。


「ここにはもう、あたしという緑鬼がいる! だから赤鬼さん、あなたは入っちゃダメ! がお~~~~っ!」


 セリフだけ見れば、オレが赤鬼になっていることを受け、緑鬼として状況に乗っかってきている、とも思える場面ではある。

 しかしその声は完全に涙まじり。

 ぽよ美は案の定、本気で怖がり、赤鬼を必死に追い返そうとしているようだ。


 たぶん、冷華さんにでも吹き込まれたのだろう。

 節分には鬼がやってくるから、豆をまいて追い払うのだ、と。

 ……いや、確かに節分はそういうイベントなのだが。


 ぽよ美は言葉どおり、本当に鬼が押し入ってくると思った。

 オレが出かけるときに寂しそうな顔をしていたのは、不安を感じていたからだったのだ。

 あらかじめ鬼のお面をかぶっていたのは、目には目を、歯に歯を、鬼には鬼を、とでも考えたに違いない。


 少々予定とは変わった気がしなくもないが。

 これはこれでいいか。


「がお~~~~、がお~~~~~っ!」

「ぅぅぅ……、が……がおお~~~、がおおおお~~~~っ!(涙)」


 こうして、散々脅かし合い、存分に文字どおりの鬼ごっこを楽しむオレたち夫婦だった。



     2



「……って、違~~~~う!」


 ある程度、鬼になりきった脅かし合いが続いたあと、オレはお面を外しながら叫ぶ。


「ほへっ? ……あっ、ダーリンだったんだ! 本物じゃなくて助かった~! ぐすっ」


 ぽよ美はやっぱり、本物の鬼だと思い込んでいたようだが、それはいいとして。


「今日はこんなことをする日じゃない! 節分っていうのはだな……!」


 オレはぽよ美に、改めて節分について説明してやった。


 季節の変わり目に生じる邪気――すなわち鬼を追い払うため、「鬼は外」と言いながら豆をまく。

 さらに、「福は内」と言って豆をまき、家の中に福を呼び込む。

 最後に、年齢分の豆を食べて儀式は終了。


 儀式と呼んでいいのかよくわからないし、地方によって違いはありそうだが。

 少なくともオレはこんな感じで認識している。


 地方だけじゃなく、家庭ごとにも違いがあるかもしれないな。

 例えば冷華さんであれば、豆と一緒に吹雪も吐き出して、低橋さんを凍らせるのがデフォルトとなっていてもおかしくない。

 いや、オレの勝手なイメージでしかないが。


「ねぇ、ダーリン。投げた豆を食べるの~? それって汚くない~?」


 ぽよ美が疑問をぶつけてくる。

 至極当然の質問ではある。質問したのが普通の人であれば。

 だが、ぽよ美は普段、床に落としたものでも平気で食べているはずなのだが……。

 ま、そんなツッコミは控えておくとして。


「最初から落花生を使うとか、小袋入りの豆を使うといった手段もあるな」

「そっか、なるべく大きくして打撃力アップを図るのね! わかった!」

「わかった、じゃない!」


 慌てて止める。

 落花生やら小袋入りの豆なんて用意してはいないと思う。

 だからといって、安心していいことにはならない。

 なぜなら、用意してないから代わりに……とか言って、打撃力重視の物体を持ち出してきそうな勢いだったからだ。


 加減を知らないぽよ美のことだ、体力づくりのためにと思ってオレが買ったまま押し入れのこやしとなっている鉄アレイですら、引っ張り出してくる可能性は充分にある。

 すでに豆と関係なくなってるだろ! と指摘してもなお、問答無用で投げつけてくる姿が目に浮かぶ。


「ぽよ美、お前は……えっと、その……おしとやかな女性だろ? 重いものを投げたりなんかしちゃダメだ」

「あら。にゅふふ、うん、そうね~。あたしってば、おしとやかだもんね~!」

「うんうん、そうそう」


 どうにか納得させることに成功したようだ。危ない危ない。

 ホッとしたせいか、オレはついつい余計なことまで口走ってしまう。


「冷華さんと違ってな」


 本人に聞かれたら、確実に凍死させられる未来が待っているような発言。

 オレはすぐにハッとして口をつぐむ。

 ぽよ美も「そんなこと言ったらヤバいよぉ」といった顔で黙り込む。


 時計の秒針の音しか響かない、重苦しい沈黙の時間が訪れた。

 そんな中、隣の部屋から声が聞こえてくる。


「ハク、行くわよ! 秘技、豆吹雪!」

「や……やめてくれ、冷華! ぎゃあああああああ~~~~っ!」


 …………。

 オレの勝手なイメージが、ドンピシャで当たっていたとは……。


 とりあえず、オレの命の危機は回避できそうだな。

 もっとも、低橋さんの命の保障はできないが。



     3



 豆まきを終えたオレとぽよ美は、ゆっくりくつろいでいた。


「それじゃあ、年齢分、豆を食うか」

「うん、食べる~♪ たくさん食べる~♪」


 飲み食いできるときの笑顔は輝きが違うな、ぽよ美。


「年齢分って言てるだろ? ぽよ美、今何歳だっけ?」

「レディーに年齢を聞くなんて、ダーリン、礼儀がなってない~」

「夫婦なのに、なに言ってんだか。で? いくつだ?」

「えっとね、10万と……」

「閣下かよ!」


 それはさておき。

 余らせても無駄だし、豆は年齢分と言わず、残らずたいらげたのだが。

 (ほとんどぽよ美が食べたのはお察しのとおり)


「ダーリン、まだあるでしょ?」

「ん?」


 まだある?

 はて、ぽよ美はいったい、なにを言っているんだ?


 まさか、クリスマスのときみたいに、プレゼントがほしいとでも言いたいのか?

 そんなの、完全な勘違いでしかないわけだが。

 だとしても、もしそう思い込んでいるようなら、ぽよ美をがっかりさせてしまうかもしれない。


 あれこれと考えを巡らせ、頭を悩ませているオレに向かって、ぽよ美がひと言。


「あたし……ぶっといの、くわえたいの!」

「ぶっ!」


 思わず吹き出してしまう。


「ぽ……ぽよ美、お前いったい、なにを……」

「中から出てきちゃうかもだけど、ちゃんと全部飲み込まないとダメなんだよね?」


 あ~……、わかったぞ。


「冷華さんから聞いたんだな?」

「うん、そうだよ~! 昨日一緒に飲んだときに教えてもらったの~!」


 やっぱり。

 最近は鳴りを潜めているかと思っていたのだが……あのエロ幽霊め!

 察するに、「泉夢さんが喜ぶはずだから、こういうふうに言いなさい」といった感じで吹聴したのだろう。


 まったく……。

 純粋なぽよ美を汚すようなことを吹き込むのは、金輪際やめていただきたいものだな。


「ねぇ~、早く食べようよ、ぶっといの!」

「そ……その言い方はやめてくれ! 太巻きだから!」


 必死で止め、訂正する。


「ふみゅ、そうなのね~」


 無論、鬼のお面なんかを用意してあったのだから、太巻きだって用意してある。

 昨日の帰りに買ってきて、冷蔵庫の奥側に隠しておいたのだ。

 なお、さっき投げて食べた豆もオレが買ってきたものだというのは言うまでもない。


 オレは太巻きを持って、ぽよ美の待つリビングへと戻る。


「ほら、これだ」

「わぁ~、美味しそう~♪」


 瞬時にヨダレだらだら粘液だらだら。

 相変わらず、健康的なスライムだ。


「太巻き~♪ いただきま~す!」

「節分に限って言えば、恵方巻きとも呼ばれるがな」

「恵方巻き?」

「そうだ。恵方というのは、まぁ、方角なんだが、年によって違うらしい。今年は南南東だったかな。正確には、南南東から少し右の方角みたいだが」

「ふ~ん?」

「そっちを向いて太巻きにかぶりつき、最後まで一気に食べ終えると、縁起がいいとか願いが叶うとか……」

「願い!? 叶えたい! あむっ!」


 言うが早いか、ぽよ美は太巻きに大口を開けてかぶりつく。

 正しく表現すれば、口らしき部分を「うにょん」と開いて太巻きを包み込む、といった感じだが。

 それにしても、スライムが太巻きを丸かじりにする様子はなんというか……。

 獲物が溶かされてどんどん取り込まれていくようにも見えて、なんとも食欲を減衰させる光景だった。


 ……そんなことを言ったら、ぽよ美は絶対に気を悪くするだろうな。

 怒らせてオレ自身が捕食されてしまう結果にもなりかねない。

 冷華さんと違って、ぽよ美はおしとやか……なんてことはない。実際には完全無欠にまごうことなく同類だ。


 太巻きがぽよ美の口の中へと消えていくのを、ぼーっと眺めていたオレだったのだが。


「ダーリンも食べなよ~! あっ、なんなら、あたしが口移ししたげようか?」


 ものの数秒程度で食べ終えたぽよ美が、ナイスアイディアとばかりにそんな提案をしてくる。


「そ……それは遠慮させてもらおう!」

「ええ~~~~っ!? どうして~~~~~?」


 ぽよ美は不満顔。

 だが、獲物が取り込まれていく……なんて想像までしていた状態では、さすがに地獄以外のなにものでもない。

 そもそも口移しなんかされたら、恵方を向いて一気に最後まで食べるという本来の目的も達成できないし。


 オレは自分用の太巻きを手に持ち、くわえようとした……のだが。

 ぽよ美が自らのナイスアイディアを、オレが一度否定したくらいで撤回するはずもなかった。


 オレの手から奪い取った太巻きを、ぽよ美が大きく口を開けてくわえる。

 太巻きははスルスルと、口の中へと吸い込まれていく。

 さっきと同様、獲物が溶かされていくかのように。

 直後、オレの口にはぽよ美の口(と思われる部分)が重ねられ、粘液まじりの太巻きが流し込まれていた。


 というか、一気に流し込みすぎだ!

 いや、確かに恵方巻きは、一気に食べないといけないわけだが。

 それにしたって、この勢いはいくらなんでも厳しい。


 窒息しそうになりながらも、オレは懸命に残らず飲み込んでいく。

 もし吐き出したりなんかしたら、ぽよ美が不機嫌になるのは目に見えている。それだけは死んでも避けたい。


 オレの向いているのは、しっかり恵方の方角だった。

 粘液まじりで有効なのかわからないが、一気に恵方まきを食べ終えたことにもなる。

 ならばと、一応お願いを思い浮かべておいた。


 すべてが終わったあと、オレは青い顔でげっそりしていた。

 一方、ぽよ美はこれ以上いないほど上機嫌な笑顔をこぼす。

 それには、げっそりしていたオレも、つい見惚れてしまう。スライム形態であっても、可愛いものは可愛いのだ。


「そういえば、ぽよ美はなにをお願いしたんだ?」

「ん~? それはもちろん、ダーリンといつまでも仲よくできますように~♪」

「ははは。そんなの、お願いするまでもないだろうに」

「うん、そうだね~。もう叶ってるようなもんだよね~! でも、だったらダーリンは、なにをお願いしたの~?」

「オレか? オレの願いも、もう叶ったよ」

「ふぇ?」


「ぽよ美の最高の笑顔が見られますように」


 ぱ~っと、ぽよ美の笑顔が咲き乱れる。

 オレの願いはすでに叶ったと思っていたが、今の顔のほうが最高の笑顔と言えそうだ。

 きっとこれからも、ぽよ美の笑顔が最高記録を更新するたびに、オレは今日のお願いを思い出すことだろう。



 ちなみに。


 その日の夜、ぽよ美の笑顔の最高記録はあっさりと更新される。

 冷華さんたち夫婦や他の人たちも交えて宴会となり、飲めや歌えの大騒ぎ中の出来事だった。

 アルコールの魔力の前では、オレの言葉など足もとにも及ばないらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ