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第24話 レイスVS雪女

     1



 オレは今、冷華さんと一緒に冷やし中華を食べている。

 場所は低橋さん宅。低橋さん自身はバイト中だが、冷華さんの手料理である冷やし中華をご馳走になっているところだ。


 もちろん、ふたりきりで、ではない。ぽよ美もいる。

 勝手知ったる冷華さんの家ではあっても、一応は外出先。ぽよ美はしっかりと人間の姿になっていた。


 それにしても……。

 当たり前ではあるが、やはり冷やし中華なのか。


 冷華さんは年がら年中冷やし中華を作り、おすそ分けと言って毎度のように持ってきてくれる。

 こうやって家にまで招いてくれるのは珍しいものの、正直食べ飽きていたりするのだ。

 しかも、冬に食べるものでもない。もっと温かいものが食べたい、という思いだってある。


 だが、そんなことを言えるはずがない。

 言ったらきっと、「ほほぉ? 私の冷やし中華が食べられないと言うの?」と絶対零度の視線とともに激しい吹雪がまき散らされ、オレたちなどものの数秒でカチンコチンに凍らされてしまうだろう。


「ん~っ、冷たくて美味しい~♪」


 ぽよ美は感覚がおかしいから、心から喜んでいるみたいだが。

 オレの笑顔はついつい引きつってしまう。


「そそそそ、そうだな。思わず歯がリズムを刻んでしまうくらいの気分だ」

「ふふっ、そうでしょうそうでしょう。ささ、おかわりもたっぷりあるから、遠慮せず、たんと召し上がれ!」

「うん! いっぱい食べる! ダーリンと一緒に! ね?」

「あ……ああ」


 冷華さんの吹雪攻撃を食らうまでもなく、凍えてしまいそうなオレだった。


 なお、今日呼ばれたメンバーはオレとぽよ美だけ。

 みみみちゃんや織姫さん、彦星さんはいない。

 なぜなら、オレが止めたからだ。


 冷華さんは当初、みんなも呼んで宴会にする予定だったらしい。

 ただ、新年を迎えて以降、このところ毎日のように……というか完全に毎日、宴会続きだった。

 オレは仕事が始まり、低橋さんもバイトでいない場合が多かったが、他の面々は昼間から飲んで騒いでいた。

 宴会はオレや低橋さんが帰ってくる夜でもまだ続いていて、深夜になってようやく終わりを告げる。

 そんな毎日が続いていたのだから、「そろそろやめておきませんか?」と止めに入ったのも当然と言えるだろう。


 ぽよ美はビールが飲めないことを不満に思って不機嫌そうな顔をしていた。

 そこで、家に帰ったらオレとふたりきりで飲もう、と言って納得させることにした。

 この対処法は少々問題ありで、実際にはあとが怖いのだが。

 絶対、浴びるように……むしろ溶けるように飲みまくるんだろうな、ぽよ美は……。


 ま、あとで待っているであろう地獄絵図については、今は考えないことにしておくとして。

 まずは冷やし中華をたいらげてしまおう。

 おかわりも大量にあるみたいだし、かなり厳しい戦いになりそうではあるが。


 ずずずずず、と麺をすする音が響き続ける。

 ずずずずず、と鼻をすする音も加わる。


「ほら、もっと食べて!」


 食べても食べてもおかわりが出てくる。

 わんこ冷やし中華だな……。

 犬になったつもりで、ひたすら食べるしかないか。


 みみみちゃんたちは毎日の宴会で疲弊しているかと思って、今日は飲まないだけでなく、オレたち以外は呼ばないことを提案したわけだが。

 冷やし中華の消費メンバーとしてなら、呼んでもよかった気がしてきた。

 とはいえ、今さら遅い。

 織姫さんと彦星さんは珍しくデートに出かけたし、みみみちゃんも運動不足解消のために散歩している最中だからだ。


 というか、オレがそうさせた。

 部屋にいたら、「やっぱり呼ぼう! そんでやっぱり宴会にしよう!」なんて言い出しそうだと思い、半ば無理矢理アパートから出ていかせた。

 引きこもりな三人の住人たちがいないなんて、非常に稀な状況を作り上げることに成功したとも言える。


 しかし、それは大失敗だった。

 冷やし中華がオレの体温を容赦なく奪い取っていく。


 あああああ、手がかじかんで、感覚が随分と薄れてきた。

 なんだか、目の前も真っ白くなってきているような……。


 と、そこで救世主が現れた。

 いや、あらかじめ訂正しておこう。

 そこで救世主(?)が現れた。

 もしくは、救世主(かと一旦は思ったなにか)が現れた、とすべきか。


 ともかく、部屋のドアが乱暴に開かれ、その救世主もどきは飛び込んできた。



     2



 部屋に入ってきたのは、ひとりの女性だった。

 真っ赤でど派手な服に身を包み、真っ赤でど派手な髪の毛が「昔のビジュアル系バンドか!」とツッコミたくなるくらいに逆立っている。

 オレはその顔に、まったく見覚えがなかった。ぽよ美も隣で首をかしげている。


 ここは低橋さん夫妻の家。

 しかも今、低橋さん……この場合、薄微神(はくびしん)さんと下の名前で言っておくべきだろうか、すなわち旦那さんのほうは不在。

 とすると、おのずと状況は見えてくる。


 この女性が冷華さんの知り合いだということだ。


「ゆっきー!」

「ふふっ、お久しぶりね、レイレイ」


 お互いを、ゆっきー、レイレイ、と呼び合うふたりの女性。

 旧知の仲、それもかなり仲のよかった相手、と考えてよさそうだ。


 と思ったのも束の間。


「ここで会ったが100年目!」

「それはこっちのセリフよ!」


 いきなり、ふたりが飛ぶ。

 さらには、吹雪も飛ぶ。


 冷華さんの口から吹雪が吐き出された、というのはいいとして。

 部屋に侵入してきた女性の口からもまた、同じように吹雪が吐き出されたのだ。


 ということは、この人も冷華さん同様、レイスなのか?

 レイスは西洋の幽霊って話だから、生前からの知り合いってことなのか?


 などと、冷静に判断していられる環境ではなかった。

 室温は一気に氷点下を軽々と超え、どんどん低下していくばかり。

 それが証拠に、部屋の中に存在するすべてのものが凍りつき始めていた。


 部屋の中に存在するすべて。

 冷やし中華も凍っている……というのはこの際、どうでもいい。

 もっと重要なことがある。

 それはオレとぽよ美だ。


 ヤバい!

 室内で凍死する!


 命の危機を感じているオレたちの前で、原因となっているふたりは不意に笑みをこぼす。


「ふっ、やるわね、ゆっきー」

「そっちもね、レイレイ」


 がっしりと握手。

 吹雪は止まった。

 どうにか凍死の危機は免れたようだ。


 改めて話を聞いてみると。

 再会を喜び、挨拶代わりに吹雪をぶつけ合うこと。

 それが、このふたりのあいだでは恒例行事になっているのだという。


「というわけで、私は後田雪子(うしろだゆきこ)よ。よろしくね!」

「は……はぁ」


 凍死させそうになった相手に対して、よくもそんな普通の対応ができるな、と思わなくもないものの。

 まぁ、冷華さんの知り合いみたいだし、こんなもんだろう。


 で、その雪子さん。

 考えてみたら名前から想像がつきそうな気もするが、衝撃的な発言をする。


「私は見てのとおり、雪女よ!」


 真っ赤でど派手な服。

 真っ赤でど派手な髪の毛。

 見てのとおり、とはどう考えても思えなかったのだが。


 それはいいとして。

 雪女……。


 吹雪を吐き出していたことからすれば、とても納得の行く話ではある。

 だが、その雪女が冷華さんと、「ゆっきー」「レイレイ」と呼び合うほどの仲、というのは納得が行かない。

 冷華さんは、雪女扱いすると猛烈に怒り狂う人だからだ。

 オレはそんな場面を、これまでに何度も見ている。


「雪女の雪子さんと、レイスの冷華さんが、友達なんですか?」


 疑問を口にしてみたところ……。


「泉夢さん、なにを言ってるの!? こんな人、友達なはずがないわ!」

「そうよ! ふざけんなって感じだわ! 幽霊なんかと一緒にしないでくれない!?」

「幽霊じゃなくて、レイスよ!」

「同じでしょ!? だいたい冷やし中華が好きなんて、バッカじゃないの!?」

「冷やし中華を悪く言わないで!」

「そんなくだらない食べ物を食べてるから、あんたはダメなのよ! 冬は断然、カキ氷に限るわ!」

「そっちこそ、バカじゃないの!? 食べると頭がキーンとなる食べ物なんて、この世からなくなってもいいくらいだわ!」

「なによ!? カキ氷こそ、冬の定番よ!」

「冬は冷やし中華以外ありえないわ!」

『泉夢さん、どっちが正しいと思う!?』


 声を合わせて、問いかけてくる冷華さんと雪子さん。

 答えは無論、決まっている。


「どっちも冬には合わないですよ!」

『がーーーーーーん!』


 ふたりはショックを受け、項垂れてしまった。

 いや、オレの答えはごくごく自然な意見だったと思うのだが。


 とりあえず、ふたりが似た者同士だというのはよくわかった。



     3



 そういえば……。

 ぽよ美が静かだな……。


 なんとなく嫌な予感がしていた。

 そしてそれは、現実のものとなる。


「あっ、ぽよ美、お前!」

「にゅふふ、ダーリン~♪」


 真っ赤な顔で抱きついてくる。

 息から漂う、アルコール臭。

 ぽよ美の手には、しっかりとビールの缶が握られていた。


「あ~、もう。今日は宴会じゃないと、あれほど言ったのに!」

「ふふっ、泉夢さん、いいじゃないの。冷やし中華にはお酒がつきものよ?」

「それに、カキ氷にもお酒はつきものだし!」

『というわけで、かんぱ~い!』


 さっきまであれほど、お互いに冷やし中華とカキ氷をバカにし合っていて、しかもその後、ショックを受けて項垂れていたというのに。

 一瞬にしてこの変わりよう。

 やっぱりこのふたり、完全に似た者同士だ。


 そんなこんなで、なし崩し的に宴会へと突入したオレたち。

 メンバーこそ違えと、いつもと変わらない。

 ま、こうなってしまったらオレも覚悟を決めて、宴会を楽しむとしようか。


 それが甘い考えだったというのは、すぐに判明する。

 こういう場合はだいたい、ぽよ美が原因となっていたりするわけだが。

 今回ばかりは違っていた。


 ふたりとも否定してはいたが、冷華さんと雪子さんは友達と呼んでいい間柄と言える。

 旧友との再会が嬉しかったのか、アルコールの入った冷華さんが羽目を外しすぎた。

 同じく酔いの回った雪子さんも、それに乗っかった。

 そんなわけで……。


 猛吹雪、再び。

 この部屋はアラスカや南極にでもあるのだろうか?

 と思ってしまうほどの冷たさ。

 ここは室内だから、冷凍庫の中と表現すべきだろうか?


「私の吹雪のほうが強いわ! ほら、こんなふうに!」(ゴオオオオオオオオッ!)

「なによ! 幽霊のくせに、雪女の十八番を取らないで! 私が負けるはずないわ!」(ブオオオオオオオオッ!)


 叫び声を上げると同時に、猛烈な吹雪をまき散らす冷華さんと雪子さん。


 そんなことで競い合わないでください!

 ふたりだけのときならいいですけど!

 今はオレたちがいるんですから!


 文句の言葉がオレの口から吐き出されることはなかった。

 なぜなら、口が凍りついて動かすことすらできなかったからだ。


 このままでは、本当に凍死してしまう。

 それにオレよりも、ぽよ美のほうが心配だ。

 氷点下でスライムは凍る、というのは冗談だったが。

 以前にも考えたように、マイナス40度の世界だとか、それほどの極寒の中では、さすがに冗談だと笑い飛ばせない。


 どうにかしないと。


 オレはまず、こっそり用意していたホットドリンクで凍りついた口を癒した。

 隠していたのは、冷華さんに咎められそうな気がしていたからだ。

 気温の低下によって冷めてきてはいたが、氷を溶かせるくらいの温度はまだあった。

 ふう、生き返る。


 さて……。

 作戦開始だ。


「おいっ、ぽよ美! ぽよ美!」


 オレは悲痛な叫び声を上げる。


「しっかりしろ! 目を開けろ! ぽよ美~~~~!」


 ぴくりとも動かないぽよ美を前に、絶叫とも言える大声を響かせる。

 冷華さんと雪子さんが吹雪を吐き出すのをやめ、心配そうにのぞき込んできた。


「冷華さん、雪子さん! ぽよ美が……ぽよ美が、凍ってしまいました……!」


 大粒の涙を流しながら、ふたりに訴えかける。


「オレの大切な……なによりも大切なぽよ美が……こんなに冷たくなって……うううう……」

「泉夢さん……。ごめんなさい、私……」

「はぅ……、私も、ごめんなさい……調子に乗ってしまって……」


 冷華さんと雪子さんの口から吐き出されるのは、吹雪ではなく、反省の言葉へと変わっていた。


 ここでぽよ美が、ぱちっと大きな目を開ける。

 続けて、オレの前ではお馴染みともなったセリフを口走る。


「なーんちゃって~、サプライズぅ~♪」


 言うまでもなく、全部演技だったのだ。


 オレはホットドリンクを自分の口に含んだあと、それを凍りつき始めていたぽよ美にも飲ませた。

 すかさず小声で作戦を伝えると、ぽよ美もニヤッと笑って頷く。

 吹雪を吐き出すことに夢中だった冷華さんと雪子さんには、オレたちのやり取りに気づけるはずもなかった。


「もう、ぽよ美さんったら……。びっくりして心臓が止まるかと思ったわよ!」


 笑顔になってそんな文句を飛ばしてくる冷華さん。

 いやいや、冷華さんは西洋の幽霊(レイス)だし、もとから心臓が止まっているのでは……。

 そんなツッコミを入れる前に、雪子さんが口を挟んでくる。


「なによ、それくらい! あたしの心臓だって止まってるわよ!?」


 雪子さん、あなたはあなたで、変な対抗意識を燃やさないでください!

 といったツッコミもまた、入れられないまま終わってしまう。


「あれ……? 冗談の……つもりだったのに……あう……ほんとに体が……」


 がくっ。

 声から力が失われていき、ぽよ美がその場に倒れ伏したからだ。


「お……おい、ぽよ美?」


 触れてみると、異常なほど冷たい。

 む?

 これは、もしや……。


「本当に凍ったのか!? おい、ぽよ美! 返事をしろ!」


 抱え上げるも、反応はない。


「起きろって、ぽよ美! 目を開けてくれよ!」


 肩をつかんで必死に揺すってみても、まったく動く気配がない。

 それどころか、体温があった痕跡すらない。


「ぽよ美! お前がいなくなるなら、オレは……オレは……!」


 涙を流し、オレはその場にうずくまる。

 と、ここでお馴染みのセリフがまたしても飛び出した。


「うふふっ! な~んちゃって! サプライズぅ~!」


 ぽよ美は冷華さんたちだけでなく、オレに対してもサプライズを仕掛けてきたのだ。

 だが……。


「あれ? ダーリン?」


 オレは動かない。

 つんつん。

 ぽよ美がつついてくるが、反応しない。


 肩を揺すってきたところで、オレはごろんと倒れる。

 口をだらしなく開け、目も見開き、微動だにしない。


「えっ、えっ、えっ!?」


 焦るぽよ美。

 そこへさらに追い討ちをかける声が響く。

 冷華さんと雪子さんだ。


「どうやら、驚きすぎて心臓が止まってしまったみたいね」

「あら、だったらこの人も、私たちの仲間になった、と?」

「そうなるかしらね」

「これからは3人で吹雪を吐き出せるのね」


 こんなバカな話、信じるわけがない。

 普通の人間ならば。

 ただ、ぽよ美は普通でも人間でもなかった。


「うわああああ~~~ん! そんなのイヤぁ~~~~! ダーリン、死んじゃダメ~~~~!」


 完全に信じきったぽよ美は、涙をボロボロ流すどころか、顔中から粘液をドロドロ流して泣きじゃくる。


「……なんてな! サプライズ返しだ!」


 これ以上はかわいそうだと思ったオレは、あっさりネタばらし。

 冷華さんと雪子さんからは、バラすの早すぎ、といった視線が向けられていたが、オレにはもう限界だったのだ。


「あうっ、うぐっ、ひっく、あれ? ダーリン……、死んでない……?」

「ああ。オレがぽよ美を残して死ぬわけないだろ?」


 涙やらなにやらでぐじゅぐじゅの顔から、笑顔へと変わっていくぽよ美。

 いつもの悪質なサプライズのお返しとばかりに、オレはとっさに行動し、それを見た冷華さんたちも乗っかってくれた。

 とはいえ、ちょっとやりすぎてしまったな。


「うわうわうわあああ~~~ん! ダーリンのバカぁ~~~~! でも、生きててよかったぁ~~~~!」


 安堵したぽよ美が、泣きながら思いっきり抱きついてくる。

 オレはそれを、反省の意味も込めてしっかりと受け止めた。

 ……のだが。


 嬉しかったり悲しかったりして感情が強すぎると、無意識に半分くらい、場合によってはそれ以上、スライム形態に戻ってしまう。

 そんなぽよ美に抱きつかれたオレは、粘液によって顔面全体を覆い尽くされ、窒息死しそうになっていた。


 もし死んだとしても、冷華さんみたいに幽霊になって、ぽよ美のそばで暮らしていけるだろうか?


 バカげた考えが浮かんできたのは、本当に危なかったからなのかもしれない。

 冷華さんと雪子さんがぽよ美を止めてくれたおかげで、幽霊の仲間入りをするのは避けられたが。


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