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第22話 スライムとクリスマス

     1



 今日はクリスマス・イブ。

 今年は祝日だが、残念ながらオレは休日出勤だった。

 とはいえ、どうにか定時に終わらせ、現在は帰宅中だ。


 駅前商店街は綺麗なネオンに彩られ、クリスマスムード一色。

 普段よりもカップルの姿を多く目にするのは、やはりクリスマスだからに違いない。

 そんな雰囲気に包まれたオレ自身も、家で待っている愛するぽよ美に一刻も早く会いたくて、自然と早足になっていた。


 ぽよ美に早く会いたい、と思う理由は、もうひとつある。

 せっかくのクリスマスだしと考え、サプライズを用意してあるからだ。


 サンタの衣装。

 豊かな白いヒゲも、帽子も、背負うタイプの袋も、しっかり準備済み。

 少々……というか、かなり荷物になったが、アパートの外廊下で着替えてサンタ姿で帰ったら、ぽよ美はさぞや大騒ぎすることだろう。


 アパートに着き、冷たい風が吹き抜ける外廊下で着替えを終えたオレは、意気揚々と玄関のドアを開ける。


「メリークリスマス!」


 大きな声を響かせると、リビングのほうからぽよ美が姿を現した。

 サンタに扮したオレを確認した途端、もともと真ん丸な目をこれ以上ないほどに大きくしながら口を開く。


「きゃあ~~~~~~っ!」


 ふっふっふ、喜んでるな!

 作戦どおり!

 ……と思ったのだが、どうやらそれは大きな間違いだったようだ。


「あなた誰!? 勝手に人の家に入ってこないで! 不法侵入よっ!」


 え~っと……。

 冗談で言ってるのかな……?


「お……おい、ぽよ美……」

「どうしてあたしの名前を知ってるの!? はっ! あなた、ストーカーってやつ!?」

「いやいや、違うから! この姿をよく見てみろ! ほら!」

「あなたみたいなおじいさんなんて、あたし、知らないもん!」

「そうじゃなくて! オレだよオレ!」

「わからないって言ってるじゃない! ああっ! これがあの噂に聞く、オレオレ詐欺!?」

「それはまったく別ものだ!」


 玄関先でいきなりこんな言い争いをする羽目になろうとは。

 逆にサプライズを食らってしまった感じだ。


 ……そうか、サプライズ!

 ぽよ美はオレだとわかっていながら、こんな演技をしているんだな?


「もういいから。とにかく、ただいま」


 言い争いはこれでおしまい、というつもりで、オレは靴を脱いで家に上がろうとしたのだが。


「きゃあ~~~っ! 勝手に上がり込まないで! ここはあたしとダーリンの家よ! おじいさん、あなたの家じゃないの! もしかして、ボケちゃってる!?」


 いつまで続ける気なのやら。


「ぽよ美、いい加減に……」

「きゃあ~~~っ! さ……触らないで! エッチ! チカン! 変態! そ……そうだ、通報するわよ!?」


 そっと手を伸ばすも、この対応。

 よく見てみれば、ぽよ美の体は小刻みに震えている。


 これは、つまり……。

 本気でオレだと気づいていないのか!?


「ぽよ美、オレだってば! ほら!」


 本当に通報されてしまったらシャレにならない。

 オレは帽子を脱ぎ、白いひげも取り外して素顔をさらす。


 一瞬、きょとんとした顔になるぽよ美。

 そしてすぐに、


「な……なんだ~、ダーリンだったのか~! あ~、びっくりした~!」


 と言いながら安堵の笑みをこぼす。

 マジで気づいていなかったらしい。

 こっちのほうが、びっくりだ。


「不法侵入だと思って、ほんとに怖かったんだからね~! ダーリンの人でなし~!」

「ぽよ美……みみみちゃんの部屋とか織姫さんの部屋とか、平気で不法侵入してただろ。お前こそ、人でなしじゃないか」

「それはそれ、これはこれよ~!」


 そもそも、ぽよ美は最初から、人じゃなかったな。


「で、ダーリン。その格好はなんなの~?」

「サンタクロース、知らないのか?」

「…………」


 しばし沈黙。


「あ~~~~~っ! 今日ってクリスマスだったのか~!」

「正確には、イブな。っていうか、なぜそれを忘れてるんだよ、お前は」

「サンタクロースってあれだよね? トナカイのソリに乗ってやってきて……」

「うんうん」

「煙突から不法侵入してきて……」

「結局不法侵入なんだな」

「子供の寝ている枕もとに立って……」

「うんうん」

「悪い子はいね~が~! って、刃物を振り回すという……」

「それは、なまはげだ! いや、状況的に、なまはげでもないな! 単なる不審者だ!」

「ほら! やっぱり通報すべきじゃない!」

「違う違う! サンタクロースっていうのはだな……!」


 オレはぽよ美に、サンタクロースについて事細かに教えてやった。


「んで、そのサンタの格好で現れて、お前を驚かせようっていう、サプライズだったんだよ」

「そっか~!」


 ようやく理解してくれたようだ。


「あたし、ほんとにびっくりしたもんね! ダーリンのサプライズ、大成功だね~!」


 意図したのとは別方向の驚きだったことを考えれば、大失敗のはずなのだが。

 けらけらと笑い声を上げる我が妻の顔を見るに、これはこれで大成功と言っていいのかもしれない。


「むしろ、オレのほうがびっくりしたけどな。逆サプライズって感じだ」

「ふふっ! なら、あたしの無意識サプライズも大成功だったってことだよね~!」

「無意識だったらサプライズとは呼ばない!」


 ま、ぽよ美の言動に驚かされることなんて、日常茶飯事ではあるのだが。



     2



 いろいろと驚かされはしたが。

 帰宅したオレを、ぽよ美はしっかり出迎えてくれた。

 ……しっかり出迎えた、というのは正しくない気もするが、それは置いておくとして。


 普段どおりのぽよ美なら、オレの帰宅時間にはビールを大量に飲んで、ぐでんぐでんになってソファーでぐっちょりと寝入ってしまっていることが多い。

 しかし今日は、そんな可能性はないと、あらかじめわかっていた。

 だからこそのサプライズだったのだが。よもやあんな展開になろうとは……。


 で、どうしてぽよ美が起きているとわかっていたのか、といえば。

 実は今日、オレの帰宅時間に合わせて、クリスマスパーティーを始める計画になっていたのだ。

 場所は隣の低橋さん宅。

 冷華さんが提案したのだが、ぽよ美がパーティーと聞いて乗っからないわけがない。


 オレがさっき、ぽよ美がクリスマスだというのを忘れていて驚いたのは、この事実があったからだ。

 クリスマスパーティーをやると聞いていたのに、なぜ今日がクリスマスだというのを忘れることができるのやら。

 ぽよ美のことだから、『パーティー』の部分しか耳に入っていなかった、って感じかな。


 なお、パーティーの参加メンバーは、オレたち夫婦と低橋さん夫妻、みみみちゃん、新たに加わった織姫さんと彦星さんだ。

 先日も星見パーティーをしたばかりだとは思うのだが、まぁ、適当な理由をつけて宴会をしたいだけなのだろう。


「それじゃあ、早速冷華さんちに行こう~♪ 宴会宴会♪」


 上機嫌のぽよ美。

 すでに、クリスマスパーティーではなく、宴会と言ってるし。


 おっと、そうだった。


「ぽよ美、先に行っててくれ」

「えっ? ダーリン、一緒に行かないの~?」

「オレはほら、まず着替えないと」

「え~? そのままでいいんじゃない?」


 確かにクリスマスパーティーなら、サンタ姿のままでも構わない、というよりも、この姿のままのほうがいいのかもしれないが。


「嫌だよ、恥ずかしい」


 そんな理由を述べ、ぽよ美を先に行かせようとする。


「なんで恥ずかしがるんだか。ま、いいわ、わかった。先に行ってるね~!」


 納得してくれたぽよ美は、スキップしながら玄関を飛び出していった。

 オレは着替えと用事を済ませてから、隣の低橋さん宅へと向かう。


「いらっしゃ~い!」


 到着するやいなや、冷華さんが満面の笑みで迎えてくれた。

 頬が赤く染まっている。アルコール臭も漂わせている。

 オレの到着を待ってからスタート、といった考えなど、まったく持ち合わせていなかったみたいだな。


「私の特製クリスマスケーキ、泉夢さんも是非堪能してね~!」


 そう言って冷華さんが指差したのは、大きなケーキらしき物体。

 らしき、という表現になるのは、それが普通ではなかったからだ。


「冷やし中華ケーキだよ~! ほんと、冷たくて美味しい~!」


 すでに食べ初めていたぽよ美が、解説を添えてくれる。


 冷やし中華ケーキ……。

 この寒い中、冷たいケーキなのか……。

 そりゃあ、アイスケーキなんかは存在するし、冬にこたつに入りながらアイスを食べたりするのもいいものだと思うが。


 ケーキなのに冷やし中華……?

 甘いのか? それとも、味も完璧に冷やし中華?


 謎の物体を前に、二の句が継げない状態のオレだった。


 ……まぁ、気を取り直して。

 部屋全体に目を向けてみる。


 ケーキはともかく、飾りつけ自体は普通にクリスマスだった。

 クリスマスツリーに電飾を含めた様々な飾りが施されている。

 飾りは壁や天井にも張り巡らされていて、全体的にきらびやかな雰囲気を演出してくれている。


 テーブルに並んでいる中には、やっぱりいつもどおりの冷やし中華もあったが、それ以外にも、チキンやポテトなども用意され、飲み物類も充実している。

 ビールやサワーが主体だが、ジュースやウーロン茶もあるようだ。


 そんな中――。


 カチカチカチ。

 妙な音が響く。

 音の発生源は、織姫さんと彦星さんだった。

 正確には、ふたりが手に持っているもの、になるのだが。


 お互いに手に持つ物体から、定期的にピロリンピロリンと音が鳴る。


「って、同じ場所にいるのに、どうしてケータイメールで会話してるんだよ!?」


 挨拶の言葉よりも前に、ツッコミが飛び出すのも、ごく自然な流れだったと言えよう。


「あっ、佐々藤さん、こんばんは。どうしてって、このほうが話しやすいから」

「普段チャットでしか話してませんからね。文字会話のほうが僕たちには自然なんですよ」


 相変わらず、引きこもり属性全開のふたりだった。


 みみみちゃんはみみみちゃんで、


「ウチは参加したくなかったのに! ぽよ美さんが勝手に部屋に入ってきて、無理矢理連れてこられちゃったの! 飲むのはもうこりごりって思ってるのに、飲まなきゃ溶かすとか言われたら、飲むしかないでしょ!? ああもう、どうしてこの人たちってこうなのかしら! ほんと、嫌になるわ、まったく! 佐々藤さん、聞いてるの!?」


 と、完全なる絡み酒。

 ぐちぐちぐちぐち、鬱陶しいったらない。


 無論、低橋さんはギターを弾きながら歌っている。

 ノリノリで歌っている低橋さんを止められる人など、いるはずもない。


 大家さんがいれば、一発で静かにさせることも可能だろうが、どうやら今日はいないらしい。

 声はかけたらしいのだが、本業が忙しいのだとか。

 ……本業って閻魔様だったよな……。クリスマスだと忙しいものなのか……?


 ともあれ、細かいことは言いっこなしだ。

 なにせ今日は、クリスマスパーティーなのだから。

 オレもビールを飲んで、楽しい雰囲気に呑まれることにしよう。


 それから宴会は、深夜遅くまで続いた。

 もっとも、全員の気分が最高潮に盛り上がったところで、調子に乗りすぎた冷華さんが突如として猛烈な吹雪をまき散らし始めたため、一気に心も体も冷めてしまったのだが。



     3



 宴会後、オレはぽよ美とともに我が家へと戻ってきた。

 リビングに着くと、テーブルの上になにか置いてあるのが目に入る。


 それは包装されてリボンまでかけられた箱。

 もちろん、オレが用意したプレゼントだ。

 だがここは、こう言っておく。


「おっ。サンタが来て、置いていってくれたのかな?」

「ダーリンが置いたんでしょ~?」

「本物のサンタかもしれないぞ?」

「だったら不法侵入だよね~!」

「まだ言うか」


 ともかく、ぽよ美は箱を手に取り、包装紙をはがしていく。

 中から現れたのは……。


「なにこれ。おもちゃ?」

「昔流行った、スライムを模したようなおもちゃだ。まさに、ぽよ美にピッタリだろ?」

「え~っと……」

「仲間が増えてよかったな!」


 笑顔のオレとは対照的に、ぽよ美は不満顔。

 ま、当たり前か。


「…………これだけなの?」

「ん? どうした?」


 聞こえていたが、聞こえないフリをする。


「ううん、なんでも。えっと……ダーリン、ありがと」

「オレじゃなくて、サンタに言うべきだな」

「……うん」


 明らかに、テンションダウンしている。

 完全に酔いも引いてしまったみたいだな。

 狙いどおり。


「それじゃ、もう遅いし、寝るか」

「うん、そうね」


 ぽよ美を促し、寝室へ。

 すでにふたり分の布団が敷いてある。

 そして、ぽよ美の布団の枕もとには、なにやら綺麗に包装された箱が……。


「開けてみな」

「わ……わぁ~! 可愛いネックレス!」


 そう。

 こっちが本当のプレゼントだったのだ。

 今度こそ、サプライズ成功!

 しかも、


「どうして? ねぇ、どうして? これ、あたしが欲しかったやつだよ!?」


 喜びでとろけそうなほどの、いや、実際に少々とろけながら笑顔を輝かせるぽよ美だが、頭の上には同時に疑問符を飛ばしていた。


「ふっふっふ。実はな、ぽよ太郎から聞いてたんだよ」


 先日、オレが浮気だと勘違いしたあの日、ぽよ太郎と一緒に入ったアクセサリーショップで、ぽよ美は「これ、いいな~」とつぶやいていたらしい。

 ぽよ太郎と連絡先を交換し合っていたオレは、後日その話を聞いて、クリスマスプレゼントはこれしかない! と思い、今回のサプライズを考えた。

 最初のサンタの格好からすべて、ここへとつながる伏線だったわけだ。


「それ、着けてみろよ」

「うん!」


 隣の部屋とはいえ、一応外出中だったこともあり、まだ人間の姿に変身したままだったぽよ美。

 深夜だというのにわーきゃーと騒ぎながら、嬉しそうにネックレスを着ける。


「見て見て! どう? 似合う?」

「ああ、とっても似合ってるよ」

「きゃ~~~~っ!」


 喜んでくれたようでなによりだ。

 オレも笑顔をこぼし、その様子を眺めていたのだが。

 ぽよ美は両手を胸の前で組み、天井を見上げる仕草をすると、


「ありがとう、サンタさん! 不法侵入の罪は許します!」


 なんて言いやがった。


「お……おい、それはオレからの……」


 慌てて訂正しようとするオレに向けて、ぽよ美は笑顔のままペロッと舌を出す。


「なんて、冗談よ! ダーリン、ほんとにありがとう♪」

「あ……ああ」


 ふう、よかった。

 安堵したのも束の間。

 喜びを全身で表現したいとでも思ったのか、ぽよ美がオレに思いっきり抱きついてきた。


 べたべた。

 べちゃべちゃ。

 ぐちょぐちょ。


 愛する妻なのだから、抱きつかれること自体は嬉しいのだが。

 喜びすぎで半分スライム形態に戻っているぽよ美の感触は、微妙に気色悪かったりして……。

 当然ながら、そんなことを本人に言えるはずがない。

 もし気づかれたら、オレのほうが溶かされる結果となってしまうだろう。


「こらこら、喜びすぎて、オレを溶かしたりするなよ~?」


 茶化すように言いつつ、さりげなく身を離そうとする。


「溶かさないよ~♪」


 笑顔を絶やすことなく、上機嫌なぽよ美。

 だったのだが、そこで衝撃的な発言をする。


「あっ! でも、ネックレスのほうが溶けちゃった!」

「な……なにぃ!?」


 せっかくのクリスマスプレゼントが!

 結構高かったのに!

 いや、べつに値段がどうこう言うつもりはないが!


 焦りまくるオレに、ぽよ美がひと言。


「にゅふふ♪ サプライズ成功~♪」


 …………。


「お前のサプライズは、どうしてそう悪質なんだ!」


 オレはぽよ美の頭を、バシッと音を立てて思いっきりはたく。

 愛情のたっぷりこもったツッコミだ。心して受け取るがいい。


「いったぁ~い! そこまで強く叩くことないでしょ~!?」


 ぽよ美は涙目で猛抗議してきたが。


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