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第18話 スライムとレイスと泥田坊とボウリング

     1



 オレたちは今、ボウリング場に来ていた。


「うわぁ~、これがボウリング場か~! ボールもピンも美味しそう~♪」


 ぽよ美が歓喜の声を上げてぴょんぴょん飛び跳ねまくっている。

 というか、動物だけじゃなく、あんなものまで食欲の対象となりえるのか?

 さすがに冗談だと思いたいが。スライムとはやっぱり想像を絶する生き物なんだな。


「そうね。でもできれば、冷やし中華を注文して食べられるようにしてほしいわ」


 冷華さんもいる。

 こんなことを言ってはいるが、出かける直前まで冷やし中華を食べていたのは間違いないはずだ。

 冷華さんの胃袋はいったいどうなっているのだろう。レイスとはやっぱり想像を絶する生き物なんだな。


「文句ばっかり言ってちゃダメですよ。せっかくのボウリングなんですから、楽しまないと!」


 遠慮がちに意見を述べているのは羽似(うに)さんだ。

 その意見にはオレも同意なのだが、羽似さんは「おやつ」と称して泥団子みたいなものを腰から下げている。桃太郎か? といった感じだ。

 本人はむしゃむしゃと美味しそうに食べていたが、お供であるオレたちにまで無理矢理食べさせたりするつもりじゃないだろうな?

 そういうのは恋人の海端相手だけにしてほしい。泥田坊とはやっぱり想像を絶する生き物なんだな。




 会社で海端に、「ぽよ美さんも交えて、また一緒に遊びに行かないか?」と言われていた。

 家に帰ると冷華さんがいて、「今度の週末は久しぶりにバイトが休みでハクもいるから、一緒にどこか出かけない?」という話になった。

 そこでぽよ美が、「ボウリングをやってみたい!」と提案。テレビで見て興味を持っていたからだという。


 なお、みみみちゃんも誘ってはみたものの、海端と羽似さんもいることを伝えると人見知り能力をいかんなく発揮し、即答のもとに断られてしまった。

 ぽよ美と冷華さんは問答無用で連れていこうとしていたが、涙目でぶるぶると震えているみみみちゃんを見て、オレは慌てて止めに入った。

 そのうち顔合わせくらいはしてもいいかと思うが、無理強いはよくない。


 そんなわけでオレたちは今、3人の女性とその旦那もしくは恋人、という総勢6名のメンバーとなっている。

 3人の女性が揃いも揃って人間じゃないというのは、考えてみるとすごい組み合わせだな。

 もちろん、3人とも人間の姿に変身しているのだから、3組の男女がボウリングを楽しむためにやってきたとしか思われないはずだが。




「とりあえず、シューズを借りないといけないね!」

「そうだな。ぽよ美以外は」

「え? ぽよ美さんは靴を履かなくていいの?」


 オレの言葉に、海端が疑問を投げかけてくる。


「ぽよ美はマイシューズだからな」

「おお~っ! 本格的~! でも、ボウリングは初めてだって言ってなかったっけ?」

「そうだが、まぁ、問題があるからな」


 オレは自分の靴だけ借りて、レーンへと向かう。

 そこで靴を履き替える……前に、ぽよ美に靴を渡す。靴の形状やら素材やらを確かめさせるためだ。


 ぽよ美は衣類を自由に形成できるのと同様、靴も好きなようにできるという能力がある。

 ボウリングシューズなんて知らないだろうから、オレが借りたのを見せて、同じような感じにしてもらおうと考えた。

 べつに靴代をケチったわけじゃない。ぽよ美が履いたら、靴が粘液でべちゃべちゃになってしまうからだ。


 ちなみに、冷華さんは靴を履く必要がない。西洋の幽霊だし、当然と言えば当然だが。

 それでも、外出時に裸足では怪しまれる可能性もあるので、靴は履くようにしているらしい。


 じゃあ、羽似さんはどうなのか。

 気になって海端に尋ねてみると、


「手とかを握ると泥でべたべたになるし、夏場だとドロっとした汗もかなり大量にかくのは確かだけど、涼しくなってくればさほど問題はないんだよ」


 とのこと。


「私の場合、人間の血のほうが濃いみたいなんですよ。逆にお兄ちゃんは、泥田坊の血が濃すぎてほぼ全身泥まみれだったりするんですけどね」


 羽似さん本人もそう補足してくれた。

 お兄さんがいる、というのも初耳ではあったが、それよりも。

 なんというか、お兄さんのほうって凄まじく大変なのではなかろうか。


 それにしても、羽似さんは靴を履いてもべちゃべちゃにならないとは。ぽよ美は年がら年中、粘液だらけだというのに。

 似たような物の怪の類(と言ったら気を悪くするだろうな……)でも、違いがあるということか。なんだか、不公平だな。

 もっとも、羽似さんは泥田坊ハーフということになるから、100%完全無欠のスライムであるぽよ美と比べて人間に近いのも当たり前なのかもしれないが。



     2



 このボウリング場では、6人で1レーンに登録することができなかったため、3人ずつで2レーン使うことにした。

 割り振りをどうしようか迷ったが、男性陣3人と女性陣3人で分かれることに決めた。

 別の言い方をすれば、人間3人と人間以外の3人という組み合わせになる。


 男女混合にしたほうが楽しそうな気もするが、ここはやめておくのが無難と判断した。

 2組に分ける場合、各夫婦もしくは恋人がすべて一緒になる組み合わせにはできないから、という理由もあるにはあるが……。

 実際には、女性ふたりの中に入る男性ひとりが、とてもひどいことになるのは目に見えていたからだ。

 とくに、ぽよ美と冷華さんの中にオレだけが入ったら、と考えると背筋も凍る。というか、冷華さんによって凍らされる可能性が高い。


 2レーンで登録すると、とくに今日のような休日では場所が離れてしまう可能性も高いと思うが、ありがたいことに隣同士のレーンとなった。

 しかも、椅子はお互いに向き合うような配置で並んでおり、球が出てくる場所も共有している。

 6人で和気あいあいとゲームを楽しむには充分と言えよう。


 なお、オレと海端は11ポンドの球、低橋さんは13ポンドの球を選んだ。

 女性陣は、ぽよ美が7ポンド、冷華さんが9ポンドの球だったのだが。

 羽似さんはなんと、一番重い16ポンドの球を持ってきていた。


「えっと、羽似さん。さすがにそれは、重すぎないかな?」


 バカみたいに何ゲームも繰り返すつもりはないが、それでも10フレームまでのゲームを2~3回くらいするのが普通だろう。

 1投だけならともかく、あまりにも常識外れな選択。

 華奢な羽似さんだから、数回も投げたら腕が大変な状態になってしまうはずだ。

 そう考えての助言だったのだが、羽似さんは頑として譲らない。


「大丈夫です。私、こう見えても腕力はすごいんですから。さとるんだったら知ってるよね?」

「あ~、うん、そうだね……」


 海端は、なんだか微妙な顔で肯定する。

 ふむ。まぁ、ふたりがそう言うなら平気なのだろう。


 ちなみに、冷華さんは金色の球を見つけてきて、執拗にさすったりしていたのだが。

 オレは完全無視を決め込んだ。




 ともかく、ゲームスタート。


 ぽよ美はボウリングが初めてだったが、他の人は少なくとも何回かは遊んだことがあり、これといった問題もなくゲームは進んでいった。

 こんなメンバーだというのに不思議なほど順調で、逆に怖いくらいだった。


 正直に言えば。


 ピンク色の球を使っているぽよ美が、お約束どおり「美味しそう~♪」なんて言っていたから、本当に飲み込んだりしないか心配だった。

 粘液によって手はべちゃべちゃ、風で乾かしたところで無意味なぽよ美だから、滑って球を後ろ側……すなわちオレたちのほうに飛ばしたりするんじゃないかと心配だった。

 ボウリングに熱中するあまり、人間の姿への変身が解けていって、ドロドロと溶け出すかのようにスライム化してしまわないか心配だった。


 だが、そんな展開なんて、一切なかった。

 順調だ。順調すぎる。

 嵐の前の静けさじゃなければいいのだが……。




「佐々藤は、ほんとにぽよ美さんが好きなんだな!」


 不意に海端からそんなことを言われた。


「な……なんだよ、突然!?」

「だってさっきから、ぽよ美さんが投げるときだけ、穴が開くほど見つめてるって感じじゃん!」


 それは心配だったからだ。

 ……というのも愛情と言えるなら、完全に的を射ていることにはなるが。


「はっはっは、ボウリングの球だけにな!」


 低橋さんが陽気にオヤジギャグを放つ。


「ららら~♪ あなただけを見つめてる~♪ 穴が開くほど見つめてる~♪」

「歌わないでください!」


 今日の低橋さんは珍しくギターを持ってきてはいない。

 まぁ、持ってこようとしているのをオレが必死で止めたのだが。

 それでも、歌は飛び出してくるのか。

 口を置いてくる、というわけにもいかないし、これくらいは仕方がないと思うしかないか……。


「うふふ、女性に対して穴が開くほどなんて、いやらしいわね」


 と艶かしい声で言い放つ冷華さんは、今回も華麗にスルーしておくとして。

 次は羽似さんが投げる番だった。


「行きますよ~! うおりゃあ~!」


 16ポンドの球を豪快に投げていた。

 凄まじい勢いで。

 ともすれば、球がレーンに接地せず、わずかに浮かんだ状態でピンまで一直線に飛んでいったように錯覚するほどだった。


「ふんがぁ~!」


 そんな雄叫びを上げるのは、女性としてどうかと思うが。

 少なくとも、腕力には自信があるというのは紛れもない事実のようだ。


「羽似って、ほんとに力強くて頼りがいがあるからね!」

「だからお前のことを頼りなく感じて、結婚に踏みきれないのか」

「そ……そんなふうに言わないでよ。これでもかなりいい感じに進展してきてるんだからさ!」

「ケンカとかはしないのか?」

「ん~、するけどね。少し前も大ゲンカして殴られちゃったよ!」

「ケンカするほど仲がいいとは言うが……」


 豪腕を自負する羽似さんに殴られたら、ひどいことになってしまいそうだが。

 と冗談まじりで指摘してみると。


「あははは! みぞおちにパンチを入れられて、一時間以上動けなかったよ! 死ぬかと思った! なんかね、川の向こうで亡くなったお祖母ちゃんが手招きしてたよ!」

「それは笑いごとじゃないって!」


 どうやら羽似さんの腕力は、オレの想像を超えた域にまで達しているみたいだ。


「なんというか、結婚したら確実に尻に敷かれるだろ、お前」


 そんな結婚生活でいいのか? という意味も込めたオレの言葉に、海端はこんな答えを返してきた。


「だけどさ、佐々藤は幸せだろ?」

「もちろんだ」


 即答。

 オレがぽよ美と結婚して幸せだというのは、否定する余地がない。


「だったら、僕も幸せになれるよ!」

「……そうだな」


 なんだか照れくさい。

 だが、悪い気分ではない。


「苦労も絶えないと思うけどな」

「覚悟の上さ!」


 一片の迷いもない海端。

 ここまで言いきれるのなら、なにも問題はないだろう。

 ふたりのあいだに障害などない。

 ……と思ったのだが。


「ま、さとるんは収入面でも精神面でもまだまだだから、当分結婚なんてできないですけどね!」


 当人である羽似さんが、突然オレたちの会話に乱入してきた。

 一番の障害は羽似さんの心ってことか。

 ただ、そんなふうに言ってはいたものの、羽似さんの顔は真っ赤に染まっているように見えた。



     3



 久しぶりだったこともあり散々なスコアだった1ゲーム目、徐々に慣れてきた2ゲーム目を経て、3ゲーム目に突入した。

 そろそろ腕も疲れてきているし、これが最後のゲームとなるだろう。

 この頃になると、オレたち男性陣はともかく、女性陣のほうはかなりすごいことになっていた。


 全10フレームのスコアで争われるボウリングのゲーム。

 気軽に楽しむだけでもいいと思うのだが、勝敗のある状況では、できれば勝ちたいと考えてしまうのが人間の心理というもので。

 いや、3人とも人間ではないのだが。


 そんなわけで、熱く闘志を燃えたぎらせた3人は、本性をさらけ出して勝ちを狙いにいく。

 本性といっても内面的な部分で、人間の姿に変身したままなのは確かなのだが……。

 それでも、ぽよ美たちのゲームは妖怪大戦争の様相を呈していた。


「食らいなさい! ブリザードシューティング!」

「なによ、こっちだって! 行くわよ、ネチョネチョショット!」

「私も負けません! ダイレクトデストロイ!」


 それぞれに必殺技(?)の名前を叫び、球を投げ込んでいた。


 レーンを凍らせて滑りをよくした上、猛烈な吹雪の勢いに乗って、冷華さんの球が飛んでいく。

 これでもかとばかりに粘液を塗りたくり、地面との接触でその粘液があたかも触手のように伸びたぽよ美の球が、ピンを一本残らず絡め取る。

 羽似さんの球に至っては、放物線を描かず直接ピンに襲いかかる。ピンが破壊されたりはしていないが、衝撃音は大爆発のごとし。

 ついでに言えば、羽似さんは口から泥の塊を飛ばし、投げた球で倒れなかったピンまで無理矢理倒している。


 すでにこれはボウリングと呼んでいいゲームではなくなっていた。


 とはいえ、オレたちにはどうしようもない。

 止めに入ったら、熱く燃えている3人のパワーがすべてこちらに向けられることになる。

 無論、ボウリング場のスタッフもただ黙って見守るのみ。


 しかし、これでは思いっきり人間ではないことがバレてしまうじゃないか。

 という心配は、必要ないかもしれない。


「我が愛しの冷華! 最高の冷たさだ、ブラボー! 他のふたりも、とても可愛らしい戦いを演じて素晴らしい!」


 低橋さんがビデオカメラを回し、妖怪大戦争の様子を撮影していたからだ。

 おそらくは個人的な趣味で、主に冷華さんの姿を映像に残しておく、というつもりなのだろうが。

 この低橋さんの行動により、映画の撮影をしていたという言い訳が通る。

 ……といいな。




 本気の戦いを終えた女性陣3人には、熱い友情が芽生えていた。

 楽しかったね~と言って笑い合う。

 清々しい光景だ。


 ……凍りついていたり、粘液がべっとり付着していたり、泥だらけになっていたり。

 背景がそんな惨状になっていなければ、だが。


 当然ながら、ゲーム終了後、オレたちはボウリング場の人に平謝り。

 しっかりレーンの掃除をしてから帰ることになるのだった。


 教訓。ぽよ美たちに熱いバトルをさせてはいけない。


 アルコールの入っていない状態なのに、ここまでひどいことになるとは思わなかった。

 もしビールを飲みながらだったら、はたしてどうなっていたか。

 考えただけで恐ろしい。


「それじゃあ、2次会はあたしの家でやろ~♪ そうだ! 確かボウリングのゲームがあったと思うよ! ビールでも飲みながら遊ぼう~♪」

『もうやめてくれ~!』


 男性陣3人の悲痛な叫び声が、赤く染まる夕暮れの街に響き渡った。


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