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第17話 スライムと月見

     1



「今日はお月見よ~♪」


 嬉々として月見団子を準備するぽよ美。

 ススキも用意して花瓶に飾ってある。

 ベランダ側の窓を開け放って、綺麗な満月を堪能しようということだ。


 もっとも、ぽよ美にとってのメインディッシュは、月でも団子でもない。


「どうせ飲むんだろ?」

「当たり前だよ~♪」


 そう言いながら、今度は缶ビールをいくつも取り出してくる。

 いったい、何本飲むつもりなんだ?


「そしてもちろん、私もいるわよ。というわけで、お邪魔するわね」


 唐突に、冷華さんがずかずかと上がり込んでくる。


「ららら~♪ 月に照らされたキミの横顔~♪ 明るい中にも陰がある~♪」


 さらには上機嫌そうな低橋さんまで。言うまでもなく、ギターを抱えている。


 自分の家にいるのに、ぽよ美が人間の姿に変身していたから、ある程度予想はしていたが。

 やっぱり、このメンバーになってしまうんだな。


 低橋夫妻はお隣さんで頻繁に遊びに来ているし、とくに冷華さんは昼間でも毎日のように来て酒盛りしているらしい。

 ならば月見などというイベントがあったら、それを口実として集まって宴会になだれ込むなんて、火を見るより明らかな結末と言えるだろう。


 ……結末、と表現するのはおかしいか。

 なにせ、らんちき騒ぎはまだ始まってすらいないのだから。


「冷やし中華もしっかりと持参してあるわよ!」

「さすが、我が愛しの冷華~♪ ららら~♪」


 秋だろうが冬だろうが、年中無休で冷やし中華。冷華さんはブレないな。

 ま、ブレなさだったら、うちのぽよ美だって負けてはいないが。

 年中無休でアルコール類を飲んでいる。はたして、それでいいのだろうか。


「あっ、そうだ!」


 ぽよ美が、いいこと思いついた! 的な顔で元気な声を響かせる。

 こういう場合、たいてい被害をこうむるのは、オレだったりするわけだが。


「せっかくのお月見なんだから、みみみちゃんも呼ぼうよ~!」

「ふふっ、それはいいわね! ウサギだし!」


 どうやら今回の被害者はみみみちゃんだったようだ。

 意気揚々と外に出ていく、ぽよ美と冷華さん。

 203号室から、みみみちゃんを強引に連れてくるつもりなのだろう。


 ひっそりと暮らしたいと語っていたみみみちゃんだが、この環境では絶対に無理ってものだ。

 とはいえ、喋り始めればみみみちゃん自身もかなりうるさい感じだったし、飲んだら一緒になって騒ぎ出していたくらいだから、問題はないと思われる。


 でもそうなると、結局被害を受けるのはオレだけ、ってことになりそうだな……。

 と考えていたのだが、その予想は当たらなかった。


「は~い、みみみちゃんの到着だよ~!」

「ほら、自分の家だと思って、遠慮せずに上がってね!」


 ぽよ美と冷華さんに左右から抱えられる形で連行されてきたみみみちゃんは、なんだか必要以上に怯えているようだった。


「どうでもいいけど、冷華さん。ここはあなたの家ではないですよ?」


 一応、ツッコミを入れておく。


「なにを言っているの? ここは私とぽよ美さんの専用宴会場よ?」

「違います!」


 それはともかく、今はみみみちゃんの様子のほうが心配だ。

 リビングまで連れてこられた彼女に、そっと声をかけてみる。


「みみみちゃん、どうしたの?」

「ウチ、このあいだめちゃくちゃ飲んだあと、ひどい状態だったの。だから二度とあんなバカな飲み方はしないって、心に決めてたのに~」

「あ~……」


 ここに連れてこられたら、その望みは叶わないと思ったほうがいいだろう。残念ながら。

 と言い切ってしまうのも、ちょっとかわいそうだな。


「ごめんね、みみみちゃん。ある程度は諦めるしかないと思うけど、なるべくオレが止めるようにするから」

「ありがとう、佐々藤さん……」

「オレで止められる相手かどうか、わからないけどね。というか、無理そうな気がするけど……」

「弱気にならないで、佐々藤さん……」

「はははは、そうだね。ま、せっかくの月見だし、せめて一緒に楽しもう」

「うん!」


 と、ぽよ美たちに隠れてこそこそと話していたのが悪かった。

 勘違いしたぽよ美が怒りの形相で迫ってくる。


「ちょっとダーリン、なにやってんのよぉ~? まさか、みみみちゃんを口説いたりしてたんじゃないでしょうね~?」

「んなわけあるか! こんなお子様相手に!」

「うわっ! 佐々藤さん、ひどい!」


 ついつい余計なことを言って、みみみちゃんまで怒らせる結果となってしまった。

 確かにこれはオレが悪かった。見た目は幼くても、みみみちゃんは子供ではないのだから。


「ごめん、オレが悪かった! ふたりとも、怒らないで!」

「ほほほほ、泉夢(いずむ)さんは相変わらずね~!」(ずるずる)

「ららら~♪ 三角関係の行方やいかに~♪ 未来はお月様だけが知っている~♪」


 冷やし中華の皿を片手に麺をすすっている冷華さんも、ギターを抱えて即興ソングを歌っている低橋さんも、どっちも相変わらずだと思うのだが。

 そんな騒々しい中、月見の準備は進んでいく。


 そう、まだ準備段階。月が頭上で輝き始める前に、すでにどんちゃん騒ぎ状態だった。



     2



「中秋の名月っていうのよね~? 綺麗~♪」

「そうね~」


 月が見えるようになってからは、意外にも静かな宴となっていた。

 本当に意外だ。意外すぎる。

 どう考えても月より団子……よりビール! といった感じのぽよ美なのに、うっとりとした目で月を眺めているなんて。


「ウサギが餅つきしてるもんね~、美味しそう~♪」


 ああ、なるほど、そういうことか。


「美味しそうって、お餅が?」

「ううん、ウサギが~♪」


 びくっ!

 冷華さんとぽよ美の会話を聞き、みみみちゃんが小柄な身を震わせたのは、少し離れていたオレにでもよくわかった。


「ふむ。ぽよ美さんはウサギを食べたいのね」

「うんっ!」

「だったら、ここにもウサギはいるわよ?」

「あっ、ほんとだ!」


 びくびくっ!

 みみみちゃんは完全に怯えている。

 ……って。


「こらこらこら! みみみちゃんをからかうのはやめろって! 冷華さんも、やめてくださいよ!」


 慌てて助け舟を出すオレだったのだが、言われたぽよ美と冷華さんは、きょとんとした表情。

 あれ? もしかして、冗談なんかではなかったのか……?

 確かにぽよ美は、動物園の動物すべてに対して、「美味しそう」との感想とヨダレをこぼしていた奴だが……。


「な~んちゃって!」

「ほほほほ、泉夢さんはからかいやすくて面白いわね~!」


 くっ……! からかいの対象がオレのほうだったとは。

 この酔っ払いどもめ!


「そういえば、月の模様がウサギに見えるっていうのは、日本や中国くらいなんだってな」


 冗談だったようではあるが、みみみちゃんが食われるピンチを救うべく、そんな話題を振ってみる。

 みみみちゃんが食われるピンチを救うべく、なんて考えている時点で、オレ自身も若干酔いが回ってきているような気がしなくもない。


「え~? そうなの~?」(がじがじ)


 案の定、ぽよ美が食いついてきた。というか、実際にオレの腕にかじりついてきてもいるのだが。


「ああ、そうだぞ。国や地域によって、吠えるライオンとか、片腕のカニとか、木に繋がれたロバとか、ワニとか、女性の横顔とか、本を読む老婆とか、いろいろ言われているみたいだ」

「うわぁ~、どれも美味しそう~♪」


 予想外の反応だった。

 いや、相手はぽよ美だから、これが当然の反応か。


「食うことから離れろ! っていうか、女性も美味しそうなのか?」

「うんっ! だって、人間だって動物のうちだも~ん♪」

「だったら老婆もか?」

「う~ん、でも老婆はしわくちゃでスジっぽそうだから、あんまり食べたくないかな~」

「選り好みするな!」


 オレのこのツッコミも随分とおかしい。

 どうやら思った以上に酔いが回っているみたいだ。


「それにしても、もう9月も終わりなのね~」


 冷華さんがしみじみと言いながら、冷やし中華をすする。

 何月になろうとも、あなたの冷やし中華生活が変わるわけではないでしょう? といったツッコミは堪えておくとして。


「あれぇ~? お月見って、十五夜っていうよね? でも、今日は9月30日だよ~? 15日の夜になるんじゃないの~?」

「それは、旧暦の15日の夜ってことだからだな。今の暦だと、9月初旬から10月初旬くらいだったかな? そのあたりのどこかになるって感じで、年によってかなり変わるんだよ」

「ふえ~」


 酔っていながらも、うろ覚えな知識を披露することはできたようだ。

 もっとも、完全酔っ払い状態のぽよ美が理解しているかどうかは、はなはだ疑問だが。


「ららら~♪ 十五夜~♪ 盗んだバイクで走り出せ~♪」

「低橋さん、それは違いますよ!」


 と、そんなこんなで無駄話なども交えつつ、飲んで食べてを繰り返すオレたちだった。



     3



 最初こそ、思いのほか静かに月を見ている感じだったが。

 そんなのは時間が経つにつれて崩れていく。それが宴会というものだ。


「にゃふふ~♪ みみみちゃん、可愛い~~~! 食べちゃいたいくらい~~~! じゅるっ♪」

「うわわわわ、やめてよ、ぽよ美さん~!」

「こら、待て~~~! 逃げないで~~~! あたしに美味しくいただかれなさい~!」

「そんなのイヤぁ~~~!」


 とまぁ、想像どおりの展開が待ち受けていた。

 酔っ払ったぽよ美は、ほんとに手がつけられないな。


 それにしても、人間の姿に変身していたはずのぽよ美だが、半分くらいスライム化している。

 肌が溶けて、でろでろのドロドロのぐちょぐちょだ。

 完全にスライムになっているよりも、今のように半分スライムになった状態のほうが、シュールというか不気味というか……。

 不気味だなんてぽよ美に言おうものなら、確実に溶かされてしまうだろうが。


 不意に、ぽよ美から逃げ回っていたみみみちゃんが、この場で唯一の味方と言えるオレに飛びついてきた。

 お~、よしよし。怖かったね。お兄ちゃんがいるから安心だよ。

 見た目どおりの年齢の幼い子が相手だったら、そんなふうに言って慰めてやるところだが、あいにくみみみちゃんは普通に大人の女性だ。

 そうすると当然ながら、同年代の女の子に抱きつかれている場面、ということになってしまうわけで。


「あ~~~~っ! ちょっと、みみみちゃん! あたしのダーリンに抱きつかないでよ! この泥棒ウサギ!」


 ぽよ美が口から炎でも吐き出しそうな勢いで怒鳴りつけてくる。

 ぽよ美の場合、口から酸でも吐き出しそうな勢い、と表現するべきだろうか。

 実際のところ、飛び散っているツバがかかったら、人体はともかく、服くらいなら溶けてしまいかねないわけだし。

 ……って、そんなわけないか。


「というか、お前のせいだろうが! みみみちゃんを困らせるな!」

「なによ、ダーリン! こんなウサギなんかの肩を持つの!?」

「ウサギなんかって、ご近所さんにひどい言い方をするなよ!」

「ダーリンはあたしよりその子のほうがいいんだ~! うわぁ~~~ん!」


 ああ、もう。この酔っ払い、どうにかしてくれ。

 こんな状況で、残るふたりはどうしているかといえば。


「ほほほほ、もっとやれもっとやれ~!」

「ららら~♪ 男を取り合うふたりの女~♪ スライムとウサギの一騎打ち~♪」


 こんな感じで囃し立ててくるばかり。完璧に出来上がっている。

 この状況を打破できるとしたら、あの人くらいしかいないだろう。

 と、そこへ。思い描いていたその人物が現れた。


「なんだいなんだい。うるさいねぇ、まったく!」

「大家さん、いいところへ! こいつら、どうにかしてください!」


 これでこんなバカ騒ぎにも終止符が打たれる。

 そう思って疑わなかったオレがバカだった。


「お~、やってるね! んじゃ、私も参加させてもらうとするかね! がっはっは!」

「え……?」


 よくよく見てみれば、大家さんは一升瓶を片手に、真っ赤な顔をして笑っている。

 この人もすでに出来上がってるじゃないか!


「大家さん! 一緒に飲も飲も♪」

「もちろんさ! 今宵の月は、格別に綺麗だねぇ~!」

「お団子も美味しいですよ! それに私の作った冷やし中華も!」

「そして~♪ 俺の歌が心地よいBGMに~♪」

「ならないから、黙ってな!」

「…………はい」(いじいじ)


 こうして、大家さんまで加わってお祭り騒ぎ。

 月見という名目ではあるものの、食べて飲んで歌って踊って、いつもどおりの光景が繰り広げられることになった。


 結局、宴会は深夜遅くにまで及び、オレとみみみちゃんは部屋の片隅でひっそりと月を眺めるしかなくなるのだった。


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