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第11話 スライムとおやつ

     1



「ただいま~」

「お帰り、ダーリン♪」


 夜遅く帰宅したオレを、愛する妻、ぽよ美が出迎えてくれた。

 ただし、リビングのソファーに寝っ転がり、ビールの缶を片手(スライム形態でも手と呼んでいいのかは謎だが)に持った、ほろ酔い気分の状態で……。


「ご飯はできてるから~、ひっく、チンして食べてね~、ひっく!」


 いや、ほろ酔いどころではなく、完全に出来上がっているようだ。

 ま、いつものことだから、とくに驚きもしないが。


 ……さすがに少々、怒ったほうがいいだろうか。

 そう思わなくもないが、惣菜類や冷凍食品がほとんどとはいえ、夕飯を用意してもらっている以上、あまり強くも言えない。

 というか、この幸せそうなぽよ美の顔(スライム形態)を見られるだけで、オレ自身も幸せいっぱいになれるのだが。


 我ながら、随分とおかしな思考回路を持っているのかもしれないな。

 もっともそうでなかったら、スライムであるぽよ美と結婚なんてしていないだろうが。


「食べ終わったら、洗い物もお願いね~♪」

「おう、わかった」


 反射的に答えてしまったが、これはいくらなんでも、甘やかしすぎな気がしなくもない。

 そんなふうに考えながらも、ぽよ美の粘液がべちゃべちゃと付着した夕飯を口に運び、今日も健康そうだと安堵するオレだった。


 ……どうでもいいが、家事は主婦の仕事なんじゃなかったのだろうか?


 不満に思いながらも、食事を終えたオレは洗い物を始める。

 洗い物も終えてリビングに戻ると、べろんべろんに酔っ払ったぽよ美から声がかかった。


「ダーリン、一緒に飲もう~♪」

「ああ、そのつもりだ」


 冷蔵庫から取り出してきた缶ビールを開け、グラスに注ぐ。

 キンキンに冷えたビールというのは、やっぱり格別だ。


「じゃあ、缶のほうはあたしね~♪」


 半分くらい残っていた缶をぐにゃっと手に取り、ぽよ美が口にくわえる。

 ぽよ美が寝そべっているソファーの周囲には、すでにビールの空き缶が4~5本くらいは見えているわけだが。

 こいつは、いったいどれだけ飲むつもりなのやら。


「あっ、ダーリン、なんか怖い顔してる~。飲み過ぎだとか思ってるのぉ~?」


 ぽよ美にしては珍しく鋭いな。


「でもこの程度じゃ、全然足りないよ~? ほら、あたし、まったく酔ってなんかないし~!」

「いやいや、どう考えても酔っ払いだっての」

「むぅ~、酔っ払いじゃないもん~。酩酊状態だも~ん!」

「同じじゃないか!」

「違うの~! 酩酊状態のメイちゃんなの~!」

「誰だよ、メイちゃんって……」

「あたし~♪」

「お前はぽよ美だろ?」

「うん! ぽよ美であってぽよ美じゃないの! しかしてその実体は! メイちゃんなの~!」

「……そうかそうか。わかったよ、メイちゃん」

「メイちゃんって誰!? ダーリン、浮気してるの!?」

「おい、こら! お前が言い出したんだろ?」

「なによ~ぉ!」


 ダメだ。酔っ払いはたちが悪い。

 ここはやはり……。


 オレも早めに酔わないと!


 ……いや、収拾がつかなくなるだけか……。


「とにかく、ダーリン」

「ん? なんだ?」

「ポテチもあるから食べて~!」


 唐突だな……。

 まぁ、つまみがあるというのは、ありがたいか。


「お菓子類を残してあるなんて、珍しいな」


 たいていは、昼間のうちに「おやつ」としてぽよ美が全部たいらげていて、ゴミ箱に袋が残っているだけなのだが。


「うん、今日は残しておいたの~!」

「偉いぞ、ぽよ美!」

「うん、あたし、偉い!」


 といっても、すでに半分は食べたあとのようだ。

 ただ、そうすると……。

 オレはポテトチップスの袋に手を突っ込み、何枚か取り出してみる。


 べちゃっ。


 案の定、ぽよ美がスライム形態の手を突っ込んで食べていた残りだから、粘液でぐんにゃりとふやけている状態だった。

 う~む、パリパリ感のないポテチか……。


「ま、思ったほど悪くはないかもしれないな。何枚か重ねれば、濡れせんべいみたいにもなるし」

「うん、喜んでもらえて嬉しい♪」


 べつに喜んでなどいなかったが、ぽよ美が笑顔を見せてくれるなら、それはそれで嫌な気分ではない。


「ポテチはパリパリしてないとやだから、あたしは食べないけどね♪ 捨てなくて済んで、ほんとよかった~♪」

「…………」


 オレは残飯処理係なのだろうか。


「それに今日は食べすぎちゃったから~」

「むっ? このポテチを半分食べただけなんじゃないのか?」

「てへへ、実は超BIGサイズの袋を食べ終えて、それでも足りなくてこの小さい袋も開けて食べてたんだよ~♪」


 よくよくゴミ箱を見てみれば、確かに超BIGサイズのポテチの袋の残骸が……。


「食べすぎだ! ちょっとは自重しろ!」

「あはははは♪」


 ここにきてようやく、声を荒げるオレだったのだが。

 完全なる酔っ払いのぽよ美には、まったくなんの意味もなさなかった。



     2



 今週末は大雨らしい。

 こんな日にわざわざ出かけることもあるまい。

 そんなわけで、オレは家の中でゴロゴロしながら休んでいた。


 ちなみに、ソファーにはぽよ美がぐちゃっと陣取っていて、オレ以上にぐうたら生活を満喫しているのだが。

 最近はちょっとひどい、という自覚はあったのか、ぽよ美が不意にソファーから身を起こした。


「そうだ。ホットケーキの粉があるから、ちょちょいっと作ってくるね~。おやつの時間~♪」


 なお、昼食はピザを注文して食べた。家から出なくても食生活には困らない。

 実に便利な世の中だ。

 ピザを食べ、テレビを見ながら、ひたすら夫婦ふたりでゴロゴロゴロゴロして、いつの間にやら三時過ぎという時間になっていた。


「ふむ、ホットケーキか。たまにはいいな」


 小さい頃にはよく食べていた記憶もあるが、このところほとんど食べる機会がなくなっている。

 ぽよ美が作る、ということに若干の不安はあるが……まぁ、なにも言うまい。


 やがて。


「お待たせ~! ぽよ美特製、スペシャルホットケーキだよ~♪」

「確かに、スペシャルだな」


 バターを乗せ、メープルシロップをたっぷりとかけた、二段重ねのホットケーキ。

 焼き方に関しても問題ない。

 焦げたりすることもなく、上手にふっくら焼けている。

 そこまでなら、ごくごく普通のホットケーキなのだが……。


 期待どおりというかなんというか、緑色がかった粘液がホットケーキ全体にべっちょりとかかっている。

 その量たるや、たっぷりとかかっているメープルシロップをも遥かに凌ぐほどで。


「うん、さすがぽよ美だ。期待を裏切らないな」

「えへへ♪ 褒められちゃった♪」


 ま、褒めている、というのとは、ニュアンス的に異なっていたわけだが。

 こうやって喜ぶところも含めて、ある意味、期待を裏切らないと言える。


 ともかく、ぽよ美特製のスペシャルホットケーキをいただく。

 香ばしいメープルシロップにまじって、青汁っぽい風味がアクセントとなり、実に……ぽよ美らしい味だ。


 当然ながら、ぽよ美が食べているほうのホットケーキにも、緑色の粘液はべちゃべちゃとかかっている。

 もとより自分の粘液だから、まったく気にすることなく食べているようだが……。

 それにしても、スライム形態で器用にナイフとフォークを使ってホットケーキを食べる姿というのも、なかなか見ていて微笑ましいものがあるな。

 ……オレの思考回路は、やっぱりおかしいだろうか?


「はふ~ん、食った食った♪ あたし、腹いっぱいで満足だぁよ♪」

「せめてもう少し、女性らしい言い方をしてほしいところだけどな」

「なによぉ~? あたしはあたしだもん♪」

「ま、そうだな。ぽよ美はぽよ美だ」


 変わりようがない。

 オレ自身も全然変わらないが。


 おやつの時間も終わり、再びゴロゴロタイムに逆戻り。

 になるかと思いきや、今日はさらに別のおやつも用意されていたようだ。


「ダーリン♪」

「ん?」

「ふぁいっ♪」


 細長い棒状の物体を口にくわえながら、おねだりするように顔を近づけてくるぽよ美。

 口にくわえているのは……ポッキーか。


「両側から食べよ♪」

「ははは、そんなつき合い始めのカップルみたいなことを……」


 思わず苦笑いが浮かんでしまう。


「なによぉ~? ダーリン、嫌なのぉ~?」

「嫌じゃないが」

「だったら……そっか! 恥ずかしがってるのね! ダーリンってば、今さらなにを照れてるのよぉ~♪」

「いや、そういうわけでもないのだが……」

「いいから、早くぅ~♪」


 ま、いいのだが。

 こういうときのぽよ美のお願いを拒絶すると、いじけまくって、なにかとめんどくさいことになる。

 気恥ずかしさはあるが、ここはノッてやるしかないか。


 とりあえず、じーっとポッキーを凝視する。

 チョコのかかっていない、手に持つ部分がひょこひょこと揺れている。

 つまりは当然のごとく、ぽよ美のくわえているほうが、先までチョコでコーティングされている側ということになる。


 甘いもの好きのぽよ美だから、そんなのは当たり前として。

 それよりも気になるのは、これも当然ではあるのだが……。

 ぽよ美の口から流れ出した粘液、というかヨダレということになるのだろうか、ともかくポッキー全体的がべちゃべちゃになっていることで……。


 せめて、そういうふうにならないように、ポッキーを斜め上に向けてくわえておいてくれればいいものを。

 ぽよ美が気にするはずもないし、オレもべつに嫌ではないのだが。

 しかし、結果は見えているというか……。


「ほら、ダーリン、早くぅ~ん♪」


 オレの躊躇する気持ちを感じ取ったのか、ぽよ美がポッキーの先端をぴょこぴょこ動かして急かしてくる。

 ふう……。よし、意を決して……。


「それじゃあ……」


 ぱくっ。


 ポッキーをくわえると、すぐ目の前で、ぽよ美(スライム形態)のつぶらな瞳がキラキラと輝いていた。

 とはいえ、ここで視線を逸らしたらオレの負けだ。

 じっと見つめ返す。


 その途端、ぽよ美はパクパクとポッキーを食べ進め始めた。

 で、どうなったかといえば。


 ぱくっ。べちょっ。


「んぐっ……!」


 オレの顔面もろとも、ぽよ美にかぶりつかれることに……。


「ぷはっ!」


 予想済みだったため、とっさに飛び退き、窒息は免れたが。


「やっぱり、そう来たか!」

「うふふ♪ 期待を裏切らないところが最高でしょ?」


 満面の笑み。


「あ……ああ、そうだな」


 オレの返しが苦笑まじりだったことなんて、ぽよ美はまったく気にしていないようだ。



     3



 そんなぽよ美だが、一番好きなおやつがある。

 今日はそれを購入して用意してあった。


「はう~ん♪ 幸せ~♪」


 ぽよ美がそれをたっぷりと口に含み、ドロドロにとろけまくった表情を見せる。

 ……というかスライム形態のからだ全体でとろけている。


 ぽよ美の手にはビールの缶。

 酔っ払っているのも、とろけている原因ではあるのだが。

 かくいうオレのほうも、一緒になってビールを飲んでいる状態で、脳みそはとろけ気味だった。


「このプルプル感、瑞々しさ、甘い味、非の打ち所がないわぁ~♪ ダーリンもそう思うよねぇ~?」

「ん、まぁ、美味いけどな」

「けどな、ってなによぉ~! でも、幸せいっぱいだから、許しちゃう♪ はう~、美味しい~♪」


 食べながら喋りまくるせいで、べちゃべちゃと周囲にまき散らされる、そのプルプルした物体。

 普段から粘液をまき散らしているわけだから、いつもとさほど変わらないとも言えるのだが。


 ぽよ美が美味しそうに食べているおやつ。

 おやつというかスイーツと言ったほうがいいだろうか。

 それは、ゼリーだった。


「しかもさ~、いろいろな味のバリエーションもあるから、ほんっと、飽きないわよね~♪」

「まぁ、確かに飽きないな」


 ぽよ美を見ていることに飽きない、という意味合いも込めて。

 ……べちゃべちゃになったテーブルを拭くのはオレの役目になるわけだが。

 それはいいとして……。


 ゼリーを頬張るスライム形態のぽよ美に温かい視線を向けているオレには、ある感想が思い浮かんでいた。

 それは――。


「共食い?」

「むむっ! でもでも、なんと言われようと、好きなものは好きなんだも~ん♪」


 ちょっと意地悪な発言をぶつけても、大好物の魔力によって気分の高揚したぽよ美には効果がなさそうだ。

 ここは、よかった、と思っておくべきか。

 ぽよ美の気分を害していたら、どう考えてもぐちぐち文句が飛んでくるに羽目になっていたに違いないのだから。


「どうでもいいが、毎日のように大量におやつを食べてるよな、ぽよ美。ビールを飲みまくって、甘いものを食べまくって……そのうち太るぞ?」


 オレだって飲んでいるわけだが、ビール代もバカにならないという考えが頭をよぎり、微かな不満が口をつく。

 普段のぽよ美には絶対に言えないことだが、今なら問題ないだろう、という判断だった。

 ……単純に、オレのほうにも酔いが回ってきているせいで、気が大きくなっていただけかもしれないが。


「あたしは大丈夫だも~ん♪ スライムは太らないの~♪」


 いや、そんなこともないと思うが、ただイメージ的に、人間のように脂肪がついたりはしないのかもしれない。

 ぽよ美はさらに言葉を続ける。


「それに~」

「それに……?」

「ダーリンだって一緒に食べてることが多いでしょ~?」


 うっ……。

 反論できずに声を詰まらせていると、ぽよ美がオレの腹に手を伸ばしてきた。


 むにゅっ。


「ほら、おなかのお肉、ぶにょぶにょ~!」


 くっ……。

 少しはダイエットをしないと、ぽよ美に呆れられてしまうだろうか?

 といった考えは、どうやら間違いだったようで。


「あたしの作戦どおり♪ 丸々と太ったダーリンをペロリといただく日も近いわ~♪」


 そんなことを言いながら、ぽよ美がぐにょ~んと迫ってくる。

 というか、大きく口を開けながら、絡みついてくる。


「ほんとに食おうとするな!」


 慌てて飛び退く。


「あ~ん、ダーリンのいけずぅ~♪ いいじゃない、ちょっとくらい~!」

「よくない! だったら代わりに、お前を食ってやる! がじがじがじ!」

「はうっ、ダーリンったら、大胆っ! でも、あたしはスライムだから、少しくらいなら食べられちゃっても問題ないから、べつにいいよ~?」

「うぐぐぐ、なんだか不公平だ! がじがじがじ!」


 ……と、まぁ。

 予想はつくかもしれないが、この時点でオレはビールのせいで、すでにわけのわからない状態になっていた。

 そんなこんなで、真っ昼間からビールを飲む酔っ払い夫婦のじゃれ合いタイムが始まるのだった。


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