一方通行はエンドレスに
親に無理を言って一人暮らし。バイトだけで家賃やら食費やらをやりくりするのは正直きつかった。食費を切り詰めまくってみたけどそんな生活が長続きするはずもなく、ある日俺は家を出てすぐのところで倒れてしまったりした。
そんな俺を助けてくれたのが鳴瀬さん。お隣の部屋に住む社会人で、それからは俺を心配してお裾分けをしてくれたりといい人だ。なんやかんやあって今日も俺は鳴瀬さんの部屋に来ていたりする。でも鳴瀬さんは怒らない。そして俺の片想い相手でもある。そこに至るまでの経緯を語ってもいいんだけど長くなるから割愛。
「鳴瀬さん、好きなんですけど」
「……それ、毎回言うね。返事に困るんだけど」
鳴瀬さんは苦笑する。決まってYESともNOとも言わない。
「鳴瀬さんは好きな人がいるんですよね」
「うん、相手は妻子持ちだけどね」
鳴瀬さんは男の人が好きだ。俺も結果的に男の鳴瀬さんを好きになったからどうこう言うつもりもないんだけど。話では、鳴瀬さんの片想い相手は同じ部署の人で奥さんをこよなく愛しているらしい。その人を知らない俺が聞いてもそれはかなり望み薄だと思う。そんなことは鳴瀬さんもわかっているんだろうけど。
「俺は鳴瀬さんのこと、諦めるつもりありませんよ。無理矢理どうこうする気はないですけど末永くお隣さんを続けるつもりです」
「俺があの人を諦めるまで待ってるつもり?」
どうしようもない子供に呆れているような、そんな顔で鳴瀬さんは俺を見る。歳は離れていてもせいぜい一桁だとは思うんだけど性格のせいかやたら離れている気がする。だからなのか鳴瀬さんは俺を子供扱いすることが多かった。社会人から見れば学生なんてガキなのかもしれないけど。
「そのつもりですよ。でも諦めなくても別にそれはそれで」
「?」
俺の理屈が理解出来なかった鳴瀬さんは首を傾げる。そんな動作も可愛い。欲目というやつか。思わず抱きしめたくなったけど片想いしている身としては、それは出来ない。俺は鳴瀬さんがOKを出すまでは隣人でしかないから、我慢。
「別に、その人のこと諦めなくてもいいですよ。そんな簡単に諦められるものじゃないでしょ、人を好きになるって。いや、諦めてくれた方が俺としては有り難いんですけど。……ほら、でもずっと一人だと人恋しくなることってありません? そんな時のために俺を傍に置いてもらえると嬉しいかなーとか」
それを利用と呼ぶんだろうけど俺はそれでも構わないと思う。好きな人がこっちを向いてくれなくても、好きな人が寂しくないように傍にいるのは有りだろう。
「あ、鳴瀬さんが嫌なら勿論しませんよ?」
鳴瀬さんはあまり主張をしないからどこまでがいいのかよくわからない。嫌ならやめる。でも鳴瀬さんは首を横に振った。
「嫌じゃないよ。ただ、そういう人生を棒に振るようなことはしない方がいいんじゃないかな」
鳴瀬さんは俺の人生を心配してくれているらしい。確かに、鳴瀬さんの傍にいるなら捨てなきゃいけないものだって沢山あるとは思う。だけどそれくらいは俺だって考えてる。それを考慮した上で、それでも鳴瀬さんを優先させたくて言ってる。
「鳴瀬さん、好きです。付き合ってくれなくてもいいんで俺が就職したら一緒に暮らしませんか。あ、勿論家賃は半分払いますし家事もまあ……出来る範囲は」
俺が本気だってことだけはわかってほしい。俺の言葉が鳴瀬さんにどう響くのかはわからないけど言わないよりはマシだ。始終苦笑している鳴瀬さんはその苦笑を崩してはくれなかった。
「それじゃあ就職出来るといいね」
「……しますよ、勿論」
鳴瀬さんは明言を滅多にしない。だからきっと今のは提案に乗ってくれたんだろうと思う。一応、就職出来たら確認してみよう。
そこまでうだうだと話したところでいつもと同じように鳴瀬さんが俺を見る。いや、これまで見てなかったわけじゃないけど改めて見るというかなんというか。
「で、今夜は何が食べたい?」
「肉じゃがで!」
「じゃあじゃがいも買って来ないとね」
そう言って買い物に出掛けようとする鳴瀬さんを追う。
「これって毎回思うけどデートみたいですよね」
「……一応言っておくけどデートじゃないよ?」
「わかってますよ」
そんなに律儀に言ってくれなくてもいいじゃないか。なんて、思いつつも鳴瀬さんならいいかとも思う。
「あー、やっぱり好きです」
「……気持ちを再認識するようなシチュエーションあったかな。あとそれ、外に出てからは言わないでね」
「了解です」
そうやって、外聞を気にするところも可愛い。もう一回好きですと言おうとして、やめた。あんまり連呼すると呆れられそうな気がする。
あ、でも呆れた顔の鳴瀬さんもきっと可愛いなあ。