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Akashic Vision  作者: MCFL
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第95話 喪失

ここは壱葉のジュエル訓練所。

サマーパーティーを超えても残ったメンバーと新規にジュエルとなった人々で活気に満ちており訓練にも身が入っていた。

その訓練所の隅で

「さあ、吐きなさい、神戸。今なら首チョンパの所を特別に生爪剥がす位に軽くしてあげるわよ。」

「ひぃぃ!それ全然軽くないですよぉ!」

縛られて地面に正座させられた神戸と2本の角を見え隠れさせながら眼鏡の奥の瞳を燃えたぎらす神峰美保がいた。

大阪での作戦無視と病院での暴走に対する尋問を美保が買って出たのだ。

(どういうことかしら?)

美保は神戸を責めているうちに疑問を抱いた。

てっきりヴァルキリーへの不満を爆発させて暴走したのだと思っていたためもっと反抗的な態度を取るかと考えていた。

だが神戸の態度は怯えている分余計に従順だがそれを差し引いても以前の神戸と何も変わらなかった。

少なくとも謀反を企てるような人間ではない。

(つまらないわね。)

自分の部下が異常ではないかもしれないと考えた感想がこれである。

この2人の心を第三者が比較すれば間違いなく美保の方が異常だと映るだろう。

美保はつまらなそうに椅子に腰かけると足を組んだ。

「で、二度も暴走なんて馬鹿な真似した理由はなんなのよ?」

過度の興味を失ってしまえば残るのはヴァルキリーとジュエルの上下関係。

美保は上司として神戸に問い質す。

本質がどうであれ暴走したという事実は変わらない。

そこは問い質して然るべきだ。

「……」

だがそれを聞いた瞬間、神戸が押し黙った。

「どうしたのよ?」

美保は手がかりを掴んで口の端をつり上げる。

穴さえ見つかればそこを重点的につつけばボロが出るのだから簡単なものだ。

「…私…」

神戸は何か不安なのか自分を抱き締めていたがやがて美保を見上げながらゆっくりと口を開いた。

「私、その修学旅行と病院で暴走したという日の事をまるで記憶に無いんです。」

「は?」

だがつついた先にあったのは空洞だった。

美保は不機嫌さを増して神戸を睨む。

「記憶喪失なんてベタな言い訳してるんじゃないわよ。寝過ぎてボケたんじゃないの?」

よほどの善人でない限り神戸の言い分を鵜呑みにするような人間はおらず、罪を逃れるための方便だと思うに決まっている。

美保も当然そのつもりで強く問い質すつもりだった。

「寝過ぎて…?どういうことですか?今日は7月3日じゃないんですか?」

だが驚愕の事実を耳にした様子の神戸の反応は美保にとっても予想外だった。

「何言ってるのよ?今はもう9月よ?」

「9…月…?」

神戸は愕然と美保が当然のように告げた日時を繰り返した。

抱き締めた体が震えてカチカチと歯の根がぶつかる音がした。

「そんなはずない。だって私は昨日の作戦で失敗したリベンジをって言うジュエルのみんなを止めようとして…あれ…そのあと…」

神戸はブツブツと独り言を呟きながら震えている。

神戸の鬼気迫る様相に美保も冗談や嘘だと笑い飛ばせる雰囲気ではないことを悟った。

「つまり修学旅行での暴走から今日までの2ヶ月、その間の記憶がまるでないってこと?」

「は、はい。と言いますか、私の中ではそんな長い時間が経った感覚が…ないです。」

美保は意気消沈した神戸を見ながら小さく舌打ちする。

(こんなことなら葵衣先輩か悠莉に任せれば良かったわね。)

ただ尋問して事情を吐かせればいいと思ったため引き受けたが想像以上に面倒な事になっていた。

別に頭が悪いわけではない美保だが自分のため以外の事で頭を悩ませるのは嫌いだった。

「神峰様。」

「ん、何よ?」

さすがに自分の記憶すらあやふやで情緒が不安定な神戸を責めるわけにもいかずどうしたものかと悩んでいた美保に壱葉ジュエルインストラクターの村山が声をかけた。

「お話は窺いました。葵衣様にご連絡したところ改めて病院での検査をするべきと。」

「ふぅ、わかったわよ。」

美保はつまらなそうにため息をつくと神戸に背を向けて出口に向かって歩き出した。

「美保、さん…。」

神戸が不安げに手を伸ばすが美保は立ち止まることも振り向くこともない。

「くっ…うう…」

「今はゆっくりと休んでください。」

村山がぎこちなく慰めるが神戸は俯いたまま泣き続けた。

地位も名誉も、そしてすがるべきヴァルキリーすらも失って。




見守る変態男子から解放された叶は急ぎ太宮神社へと向かっていた。

騒ぎに巻き込まれてしまったせいで琴との約束の時間を大幅に過ぎてしまっていた。

(琴お姉ちゃん、拗ねてるかな?)

叶も最近琴の生態をある程度分かってきて子供っぽいところがあることに気が付いた。

ただ、拗ねるだけでもそれなりに厄介なのだがそれを宥めるために琴の薦める服を着て見せなければならないのはいろいろと恥ずかしいので叶はそれを避けるべく走っているのだ。

「はあ、はあ。もう、少し。」

太宮神社が見えるところまで走ってきた叶は鳥居の脇に黒塗りの外車が停まっているのに気が付いた。

(何処かで見たことがあるような?)

高級車を目にする機会はそう多くはないのだが走っていて脳に酸素が足りていないのかうまく思い出せない。

考えているうちに車の脇を通過した叶はそのまま鳥居の前で呼吸を整えると端を歩いて神社の境内に入った。

果たして琴は社務所ではなく本殿の前にいた。

ただし1人ではない。

その人物を見て叶はようやく車をどこで見たのかを思い出した。

「撫子さん。」

境内には難しい顔をした琴とスーツ姿の花鳳撫子の姿があった。

叶の声に2人が気付いて振り返った。

「あら、叶。お久しぶりでいいのかしら?」

撫子は笑顔で小首を傾げる。

サマーパーティー以来なので久しぶりだが戦いの後の顔合わせなので叶は警戒を強めていた。

「お、お久しぶりです。」

グッと拳を握って必死に睨んでいる姿は仔猫が必死に威嚇しようとしているように見えて撫子は内心破顔する。

隣の琴に至っては若干鼻息が荒い。

撫子はコホンと咳払いをして叶に微笑みかけた。

「叶が望むならこの場でサマーパーティーの決着をつけるのも吝かでは無いけれど、どうします?」

その言葉は叶の意思を尊重する、つまりは撫子が自発的に戦う意思はないという意味に聞こえた。

「私は戦いたくはないです。撫子さんが戦うつもりがないのなら。」

もちろん撫子の話をすべて信じきって安心するほど叶も能天気でいられる状況ではなくなってきたため、いつでもオリビンを顕現させられるようにしつつ警戒を緩めた。

もちろん撫子は気付いているが苦笑を浮かべるだけだった。

「折角ですから叶にも聞いてもらった方がいいでしょう。」

「叶…、撫子さん…ですか。」

琴はむしろ叶と撫子の呼称を訝ってジト目になっていた。

撫子も言われてから葵衣に注意されていたことを思い出した。

「陸君のお見舞いに行ったときにお会いしまして。その時に名前で呼ばせてもらうようになりました。」

叶だけは別に気にした様子もなくありのままの事実を琴に説明した。

「困ったものです。叶さんは陸さんとは別の意味で天然のジゴロさんですね。」

「そうですね。」

「え?え?何の事ですか?」

先輩2人が共通認識を持ってしみじみと頷くのを叶は慌てて尋ねるが微笑まれるばかりだった。

「お話というのは太宮院さんをわたくしたちヴァルキリーのアドバイザーとしてお招きしたいというものです。」

撫子の発言に叶はきょとんとし、琴は渋面を浮かべた。

「搦め手、搦め手と来ておいてここで正攻法とは、本当に逞しいですね。」

嫌味たっぷり棘たっぷりの口撃も撫子は笑みで受け流す。

「もちろん無償とは言いません。まずはこの寂れた太宮神社を日本有数の著名な神社にしましょう。」

「大きなお世話です。」

実質的な家主を目の前にして寂れたはひどい。

確かに事実ではあるが。

「そもそも太宮神社の噂を不用意に広めれば当然"太宮様"の話も広まりヴァルキリーに割く時間がなくなります。」

ヴァルキリーの仲間にするために太宮神社を盛り上げたのにそのせいで琴が忙しくなって暇がなくなっては本末転倒である。

だが撫子は首を横に振った。

「ですので"太宮様"の依頼の管理をわたくしたちが行います。」

「…。その儲けの一部を得ようと?」

「否定はしません。プロデュースするにも資金は必要ですから。」

話がどんどんきな臭くなってきたのを感じて琴は顔をしかめながら叶に目を向ける。

商業交渉のためよく分からないらしく呆然としていた。

撫子としては琴に破格の待遇を与えて迎えることを示すことで叶を納得させようとしている。

なんとか話の流れを引き戻さなければと琴は思案し始めた。

「ですが太宮神社は現状でも十分に維持できています。無為に規模を拡大させることはわたくしの望むところではありません。」

琴は真正面から撫子の示す利益を否定した。

これで太宮神社発展を理由にするのは難しくなるはずだと挑戦的な目を撫子に向けた。

だが、それを見た撫子の目がニヤリと細められ琴はゾッとした。

「そうですか。ならばもう一つ報酬をお付けしましょう。」

何をつけられても首を縦に振るつもりのない琴だが背筋を走る悪寒は刻一刻と強まっていく。

そして、悪魔の口が開いた。

「太宮院さんが協力を約束していただけるのならば、我々ヴァルキリーは壱葉高校を中立区と定め一切の戦闘行為を禁止致しましょう。」

「!?」

琴はようやく叶をこの場に置いた理由を理解した。

現在の"Innocent Vision"にとって学校が危険地帯なのは考えるまでもないことだ。

だが"人"としては学生である以上、卒業までの期間を通わなければならない。

撫子は叶たちの学内での安全を対価とした脅迫を琴に迫ったのである。

自分の事ならば自力で何とかしようとする琴も懇意にしている叶を盾に取られてしまうと言葉が出ない。

今叶の首には撫子の見えざるジュエルが突きつけられた状態にあった。

(卑怯な取引ですね。学内と限定しているということは戦いを止めるつもりはないということ。さらに時が経てばジュエルの力は増し"Innocent Vision"の脅威となる。ですが学内で常にヴァルキリーの攻撃を警戒していては叶さんはストレスで参ってしまうかもしれない。)

考えれば考えるほど叶のために条件を飲むのが正しいように思えてくる。

琴が揺れているのを見た撫子は叶に声をかけた。

「叶はどうかしら?決して悪い条件ではないと思うのだけれど?」

叶には良いところしか教えていない。

ならばその多大な利益を見てすぐに肯定するだろうと撫子は考えていた。

「…」

だが叶は悩む素振りを見せていた。

撫子の示した条件の裏に隠された穴に気が付いたのかと撫子と琴は違う意味で驚く。

「私は琴お姉ちゃんがいいと思う方でいいと思います。」

叶らしい相手を思いやる言葉。

そんな叶だからこそ琴は叶を守るための苦渋の選択をしなければならない。

「では…」

撫子が琴が折れたのを確認して手を差し伸べる。

琴は俯いたままゆっくりと手を伸ばし

「でも、琴お姉ちゃんはそれで幸せになれますか?」

叶の言葉でピタリと手を止めた。

琴も撫子も驚いた様子で叶を見る。

叶は笑っていた。

「もしも琴お姉ちゃんがその話を受けて幸せになれると思うなら私たちの事は気にしないでいいですよ。攻撃されないに越したことは無いですけど、たとえ学内で襲われることになったとしても"Innocent Vision"の皆は強いですから。」

叶は全然出ない力瘤を見せる。

「でも、もしもそれが私たちを守るために仕方なく受けて琴お姉ちゃんが不幸になるなら…」

ザーッ

風も無かった境内の木々が突然揺れて葉擦れの音を響かせた。

それは徐々に大きくなり世界を音で埋め尽くしていく。

(これは、セイントの力?)

(神域に在ることで叶さんの力が膨れ上がったのですか?)

驚きの表情を浮かべる撫子に向けて叶は真剣な表情で告げた。

「もしも泣くようなことがあれば…"Innocent Vision"は戦ってでも琴お姉ちゃんを取り戻しに行きます。」

それは撫子が提示した脅迫の材料を叶自身が否定したことと同義だった。

予想外の展開に動けない撫子の視界の端で琴が離れ叶の側に行くのが見えた。

「…あくまで未来視をヴァルキリーに渡す気はないと?」

撫子が戦意を瞳に宿して問う。

「違います。琴お姉ちゃんだからですよ。」

「それはなぜ?」

「友達、ですから。」

友達。

それはとても曖昧な言葉。

時にそれは非常に脆い仮初めの繋がりとなるが、時にそれは家族をも超える固い絆ともなる。

決して社交的ではない叶が築くのはいつも家族のような暖かな絆だった。

琴はその輪の中に自分が存在することを神に感謝する。

「申し訳ありませんがその御誘いはなかったことにお願いします。」

「後悔、しても構いませんね?」

いよいよ撫子は左目を朱色に染めていくが琴はちらりと叶を見て穏やかな笑みを浮かべた。

「後悔など出来ようはずもありませんよ。叶さんがわたくしを友と呼んでくださる限り、それに勝る誉などありはしませんから。」

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