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Akashic Vision  作者: MCFL
90/266

第90話 Phantom Pain

結局、屋上での戦闘というか一方的な乱闘は適当なところで叶が止めに入って被害者は出なかった。

約3人、心に傷を負ったような気もするが死者も器物破損もない。

去り際に

「今度私の邪魔をしたらその時は…消すからね。」

消滅のグラマリーを持つアダマスのソーサリスである海が言うと冗談ではすまされない消すという言葉を残して屋上を後にした。

流れで一緒に帰ることになった叶だったが海は案内をしていたときの元気がまるでなくなっていた。

「さっきの戦いで疲れましたか?」

叶は心配になって尋ねるが海は余計に落ち込んでしまった。

「叶ちゃん。私、変な子だよね?」

「そうですね。」

ズーン

即答された海は光の差さない深海に沈んでいくように落ち込んでいく。

海だけに。

「あ、変な意味じゃなくてですね。私の周りにはいなかったタイプなので。」

スキンシップは裕子を過激にした感じだが、みんなの中心にいるのに何処か掴み所のない性格は会ったことのないタイプだった。

「あ、違いますね。クスッ。」

叶は何かに気が付いたらしくおかしそうに笑った。

叶の笑顔に海のテンションがだいぶ浮上してきた。

実にわかりやすいというか現金というか。

「何がおかしいの?」

「海さんのここにいるのに違う何かを見ているような不思議な感覚、よく考えてみると陸君と同じだなって。やっぱり兄妹なんですね。」

陸を陸たらしめていたのはInnocent Visionだけではない。

その生い立ちもまた半場陸を作り上げる要因の1つだった。

それに触れていた海もまた影響を受けていてもおかしくない。

「お兄ちゃんと…同じ。」

海は頬に両手を添えてボーッとその言葉を受け入れた。

「一緒に陸君の作った"Innocent Vision"を守りましょうね。」

「うん。」

海は素直に頷いて叶の手を取った。

改めて仲間として握手のようだが叶を見る目は熱のこもった視線だった。

「海さん?」

「叶ちゃん…。」

2人は見つめ合い、海がゆっくりと近付き

スコン

「痛っ!?」

突然海が頭を仰け反らせて小さく悲鳴をあげた。

カラカラと音を立てて転がったのはおみくじの棒だった。

「琴お姉ちゃん。」

見るといつの間にかすぐ近くに琴が立っていた。

琴は海から叶を守るように背中の方へと回す。

「天下の往来で何をうらやまし…破廉恥な。」

若干本音が漏れたが幸い誰も気付いていなかった。

海は額を押さえながら恨みがましい目で琴を見た。

「酷いよ、太宮神社の巫女さん。痕が残ったら損害賠償請求するよ?」

「どなたか存じませんが、わたくしをご存じですか?」

琴の気配がわずかに鋭くなる。

ファブレとの最終決戦、サマーパーティーと琴は戦場には赴いていないので海とは面識がない。

見ず知らずの相手に知られているとなれば警戒もする。

それが叶の近くにいるとなればなおさらだ。

「これでも私、地元民だから太宮神社のお祭りには毎年のように行ってるの。そこで見かけたことがあるよ。」

「そういうことでしたか。」

琴が知られている理由を知って緊張を緩めた。

叶も張り詰めた雰囲気が和らいで胸を撫で下ろす。

「琴お姉ちゃんは初めてですね。こちら飯場海さんです。」

「因みに名字は偽名だよ。本当は半分の半に場所の場ね。」

「っ!?半場、海…」

だが名前を聞いた瞬間にさっき以上の緊張感が場に漂った。

琴は海を値踏みするように見、海は余裕の表情を浮かべたまま何も言わず、叶はおろおろと成り行きを見守る。

「あなたが…あの未来視Innocent Visionと言いつつ実は魅惑の魔眼で敵から味方から端から虜にしていく天然ジゴロである陸さんの妹さん…ですか。確かに顔立ちに面影がありますね。」

「あはは、その半場陸の妹さんだよ。」

兄の酷い言われ様を海は否定しなかった。

「えと、陸君は…あう。」

叶は必死に弁護の言葉を考えるが、割と的を射ていることに気付いて何も言えなくなった。

半場陸への認識という点において共感を得た琴はようやく海を敵視するのを止めた。

「飯場海さん。"Innocent Vision"に参加されるそうですね。」

「そうだね。これで叶ちゃんと一緒にいる口実ゲットだよ。」

ピクッ

琴の目尻が痙攣した。

「ふふふ。飯場海さん。今後とも仲良くしましょうか?」

「あはは。お兄ちゃんを悪く言う人とは仲良く出来ないけどね。」

ピクッピクッ

「ふふふふ。」

「あははは。」

和みかけていた雰囲気がいつの間にか人生最大の仇敵と相対したような肌を差す臨場へと変わっていた。

「ひーん、みんな仲良くしないとダメですよー!」

板挟みにあった叶が泣き言を漏らし、新学期早々から目立つ一行だった。




平日の病院で真奈美は担当医に定期検診を受けていた。

「少し背が伸びたみたいだね。バランスを調整しよう。」

「お願いします。」

真奈美の担当医である永井はまだ若いながらも誠実で医者としての腕もあるため人気があった。

手際良く真奈美の義足を外して高さを調整している。

全然気にならなかったが実際調整されるとバランスがわずかに狂っていたのを実感した。

「他にはおかしなところはないかな?幻肢痛、無くなった足が痛んだりは?」

「特にありません。むしろ時々自分が義足だって事を忘れますから。」

永井はそれを冗談だと思ったらしくおかしそうに笑った。

だが真奈美は本当に義足であることを忘れることがある。

それはスピネルがもう1つの足として真奈美を支えるときにこの義足もどういう原理かスピネルに取り込まれるようになったからだ。

おかげで急な脱着から解放され、自分の足のように錯覚してしまう要因となっていた。

「眼帯の方はどうしようか?ご両親ともご相談しないといけないけど義眼という選択肢もあるよ。」

今後も生きていくに当たり義足、眼帯の姿では第一印象が悪い。

それはまだ小さな社会でしかない壱葉高校の中だけでも十分に知った。

たとえどんなに優れた人間であっても第一印象で与えるイメージは客観的な人物の質を限定してしまうものだ。

「義眼にして、あたしの左目は見えるようになるんでしょうか?」

真奈美が尋ねると永井は言いづらそうに視線をさ迷わせた。

真奈美としては今さら見えるようになるなんて思っていないし潰れた左目は弱かった自分への戒めとすら考えているくらいなので何を聞かされても驚きはしない。

だが医師からすれば患者の希望を叶えられないことがつらいのだろう。

永井は自分の無力を悔やむように膝の上で拳を握っていた。

「左目が眼球破裂を起こしたから。残念ながら視力の回復は見込めない。」

「そうですか。それなら眼帯よりも義眼の方がいいですね。両親と相談してみます。」

真奈美があっさりと受け入れると永井はキョトンとしていたがすぐに気を持ち直してカタログを持ってきた。

「うわ、こうなってるんだ。ちょっと気持ち悪いな。」

真奈美は恐いもの見たさにカタログを捲って義眼のラインナップを眺めている。

その姿はファッション誌を捲っている女子高生と相違なく楽しそうで、とても自分が使う義眼を選んでいるようには見えない。

「…君は強いね。」

永井はそんな真奈美を見て慈しむように呟いた。

真奈美が不思議そうに顔を上げると永井は慌てて首を横に振った。

「すまない、気を悪くしたかな?」

「いえ、全然平気ですけど。」

永井はホッと胸を撫で下ろすと裏からコーヒーを2つ持ってきて1つを真奈美に渡した。

「あ、ありがとうございます。」

まさか診察に来てコーヒーを貰えるとは思っていなかった真奈美は驚きながら受け取る。

「僕は職業柄多くの患者を見てきたよ。大病を患ったり怪我をして二度と治らないと知った人の絶望や悲しみの顔は何度見たって慣れるものじゃない。」

永井は本当に悲しげにコーヒーに口をつけた。

顔が歪んだのは自分の無力さを思ってかコーヒーが苦かったのか。

他人の痛みを自分のもののように感じ、それを改善してあげたいと思う態度こそが永井の信頼される由縁と言えた。

真奈美も倣って一口飲む。

とりあえずコーヒーは濃くて苦かった。

「僕が今担当している患者さんで一番の重傷は間違いなく君だ。なのに君はどうしてそんなにも前向きでいられるのか、どうしても僕にはわからない。よかったら教えてくれないかな?」

口調は優しげだが目は真剣で少しでも躊躇いを見せると土下座しそうな気迫を感じた。

そこまで熱心な担当医を持ったことを嬉しく思いつつ真奈美はコーヒーをもう一口飲んだ。

「あたしだってこの足を無くしたときは悲しくて悔しくて、どんなことをしても治したかったですよ。」

そう言って真奈美は小さく苦笑する。

本当にどんなことでも、それこそ医者には話せない科学とは対を成す魔法の領域にまですがって無骨な足を手に入れた。

「その頃を振り返るとあたしは焦っていたんです。ずっと仲良く一緒だった親友たちともう並んで歩けなくなることが、置いて行かれてしまうことが堪らなく怖かった。」

「…。」

永井は真剣な顔で真奈美の言葉を聞いている。

少し照れ臭く思いながらも語り始めた口は止まらない。

「それで無理をしようとしたとき、親友たちとは別の大切な友達が必死に止めてくれたんです。たとえ足が無くても親友たちはあたしを見捨てたりしない。無理をしてその友情を壊すなって。」

実際はもっと激しく、真奈美は本気で陸を殺そうとしていた。

新たな足・アルミナの力を使って。

それでも真奈美の邪な思いは通じなかった。

不器用すぎる優しい魔眼に止められて。

「それであたしは目が覚めたんです。あたしの友達はみんないい子たちで、あたしが無理をすれば余計な心配をかけるだけだって。よく考えれば分かったはずなのに。」

真奈美はそれを左目を代償にして理解した。

今の真奈美は友人たちの優しさで立っている。

だからもう負の衝動に突き動かされる事はあり得ない。

友を否定する行動を取ったとき、失った左目が真奈美を苛んで二度と立ち上がれなくなるのだから。

「だからあたしは友人たちと一緒に居られればそれがどんな姿であっても構わないんです。本当に大切なものが何なのか、教わりましたから。」

「それは、なんだい?」

永井の声が震えている。

真奈美はカップに残ったコーヒーを飲み終えて微笑んだ。

「人への感謝を忘れないこと。」

それが今の真奈美の根幹。

友から授かった力を友と弱き者たちを救うために振るう。

これが一度は魔剣に魅入られながらも聖剣を担うことができた真奈美の心の裡であった。

「ふぅ、ちょっと恥ずかしい話をしちゃいましたね?あ…」

真奈美が照れ笑いを浮かべながら永井を見ると彼は泣いていた。

「…。」

真奈美は慌てない。

少なくとも悲しくて泣いているわけではないのは表情を見ればわかる。

大の大人の男が涙を流す姿を茶化すほど真奈美は不粋ではない。

ポケットからハンカチを取り出して差し出した。

「ごめん、みっともないところを見せたね。」

永井はハンカチを受け取って恥ずかしそうに目許を拭う。

「みっともないとは思いません。男の人が泣くほど感動する話だったかはわかりませんけど。」

真奈美は首を横に振って優しく微笑んだ。

「ッ!」

永井が突然顔を背けた。

真奈美が不思議そうに見ていると数回咳払いして誤魔化した。

「話をさせてすまなかったね。人への感謝を忘れないことか。君の心はきっと天使のように清らかなんだね。」

「はは、おだてても何も出ませんよ?それでは今日もありがとうございました。義眼の件は両親と話し合ってみます。」

真奈美は丁寧にお辞儀をすると診察室を退室していった。

永井はドアが閉まるのを見届けてから目元に手を当てて椅子に深く腰かけた。

「ふぅ…」

真奈美の話を聞いたことには何も後悔はない。

真奈美は友人へのではなく人への感謝と言った。

それは友人たちに限らず親、恐らくは永井自身も含めた言葉。

医者をやっていて良かったと再認識させられた。

だから永井が困っているのはその事ではなく

(慈愛に満ちた天使の微笑み…)

患者であり高校生である真奈美の穏やかな笑みに見惚れてしまったことだ。

「先生、芦屋真奈美さんどうでした?」

突然裏から看護師に声をかけられて永井はビクッと驚いた。

「ッ!?とっ、とってもいい子だったよ?」

そして普段ならしない勘違いで病状ではなく自分の気持ちを口走っていた。

看護師の驚いた顔が徐々にニンマリと笑みに変わっていく。

「永井先生が、そうなんですか。くふ。」

「ま、待ってくれ。別に僕はそういう意味で…」

必死に弁解しようとしているが顔を真っ赤にしていては説得力などなしのつぶてだ。

だが看護師にとってもその反応は少々予想外。

本当に何かのキッカケで見惚れていたのをからかったつもりだったのだが

(もしかして、本気なのかしら?)

永井先生の反応からそう思えた。

「…わかりました。」

了承の返事を貰ってホッとため息をつく。

看護師は神妙に頭を下げたまま小さく笑っていた。

(これはここでつつくよりも経過観察をした方が面白そうだもの。)

永井先生がブルッと身震いをした。

「どうかしましたか、先生?」

「いや…?」

「それよりも次の患者さんがお待ちです。」

「ああ、わかった。」

永井先生は医者の顔に戻って診察を再開した。

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