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Akashic Vision  作者: MCFL
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第9話 春の麗の眠たい日

「ふぁぁ…」

春麗かな朝、春眠暁を覚えずを体現するように眠そうな生徒が見受けられる中、叶もその1人だった。

机に着くなりアクビをしたところを裕子たちにばっちり見られて顔を赤くした。

「眠そうね?何々?夜中まで何してたのかな?」

好奇心の塊のように尋ねてくる裕子だが叶は慌てる様子もなく首を振る。

「早く寝たよ。ただ最近うちの近くに野良犬がいるのか時々遠吠えが聞こえるの。そのせいでちょっと目が覚めちゃって。ふぁぁ。」

真っ当な理由に裕子がつまらなそうな顔をした。

「にゃはー、それにしても眠いよね。」

「少し前まで寒かったのに急に暖かくなってきたからね。」

久美の意見に真奈美が賛同する。

いつもならここで芳賀が何か言ってくるのだが

「zzz」

当人は机に突っ伏して寝息を立てていた。

腕枕をして気持ち良さそうに眠る姿は可愛く見えないこともない。

裕子はその顔を覗き込み

キュポン

手にしたマジックインキの蓋を外した。

「裕子ちゃん!?」

「それはさすがにまずいんじゃ!?」

「にゃはは、やっぱり定番の肉かな?」

制止に入る叶と真奈だが久美は乗り気だ。

「大丈夫、水性マジックだから。」

キュッキュ

裕子は笑いながら本当に書いてしまった。

そこに書かれたのは「猿」。

「猿?」

「お猿さん?」

「にゃは、ぴったりだ。」

裕子は満足げに頷いている。

だがなぜ猿なのかと真奈美が考えるとすぐにある可能性が浮かび上がってきて、顔が赤くなった。

「にゃはぁ。」

久美も同じ考えにたどり着いたらしく顔を赤らめていた。

「なんでお猿さん?」

叶だけがよく分かっていないらしく首を傾げていた。


その後、何故か芳賀はクラスの男子に追い回されるはめになっていた。



八重花もまた睡魔と戦っていた。

尤もほとんど陥落寸前で盛大に舟を漕いでいたが。

「東條、昨日休んでたけど風邪か?」

担任が名簿を付けながら尋ねる。

だがこの時八重花は正常な判断をする思考が眠っていた。

だから口をついて出たのはある意味純粋な魂の言葉。

「この身を焦がし…焦がれるほどの、恋の病。」


…………


クラスが静まり返る。

その言葉を深読みした者は八重花の昨日の行動を想像して例外なく顔を真っ赤にしていた。

「ま、まあ、その、なんだ。ほ、程々にな。」

担任も日和った忠告でお茶を濁して話を打ち切ろうとしたがペンを落としてしまうくらい動揺していた。

「…?…」

八重花はまだ夢の中。

その後、情熱的で一途な雌豹という通り名を授かることになるのだがその事実を八重花はまだ知らない。



緑里は背筋をシャキッと伸ばして授業に励んでいた。

内心

(あー、暖かくてここで寝たら気持ち良さそう。)

と全力で考えていたが今の緑里がその行為を実行することは自殺志願と同義だった。

何故なら緑里の背後には監視者の目が光っているからだ。

「…。」

振り返らなくても葵衣が動向を監視しているのが分かる。

確かに昨日葵衣が考え事をしているうちに逃げ出し、家でも撫子が帰ってきたことを理由に勉強を中断したが、まさかここまで怒るとは思っていなかった。

(心配してくれるのはわかるけどさ。)

だけどそれで勉強に縛られるのは納得行かなかった。

勉強しろと言われ続ける子供がやる気を無くすのと同じ理論である。

とは言え

(ジーッ。)

(ひぃ!)

葵衣の怒りが収まるまでは大人しくしていようと心に誓う緑里だった。



昼休み、八重花を昼食に誘いに来た叶たちが見たのは机に張り付いて全く顔を上げようとしない八重花の姿だった。

「どうかしたの、八重花?」

「…」

裕子が尋ねるが反応なし。

「ん、何か言ってる?」

八重花がブツブツと何かを呟いているのに気付いた真奈美が顔を寄せる。

「…もう死にたい…」

「八重花、早まっちゃダメだ!」

「え!?なに、どうしたの?」

八重花の細々とした呟きに真奈美が危機感を抱いて慌てて肩を揺すり、それを見た裕子たちが驚く。

結局どんなに揺らしても八重花は貝のように閉ざしていて顔を上げようとはしなかった。

「どうしちゃったんだろ、八重花ちゃん?」

心配そうにしていた叶は由良がこっちに来いというように指をちょいちょいと動かしているのに気付いた。

「あ、ちょっと待っててね。」

一声かけて由良のところに行くとそのまま廊下に連れ出された。

いまだに由良と仲良くしている叶が不思議でならない裕子たちは不安げな顔をしていて、どちらの心情も理解できる真奈美はただ見守るだけだった。

由良は廊下の窓に身を預けるとクックッと押し殺したような笑いを漏らした。

「八重花ちゃん、どうしちゃったんですか?」

用件がわかっている叶は八重花が心配だから真剣に尋ねる。

悪のボスの笑いを浮かべる由良と真剣に問い掛ける叶の構図は叶が脅されている感じなので周囲の生徒は気を揉んでいた。

どんどん自分の評価がドン底に向かっているとは露知らずひとしきり笑った由良は叶の方に振り返った。

「八重花は朝に寝惚けてな、失敗をやらかしちまったんだ。クク、今はそれを自覚して落ち込んでるってわけだ。しばらく放っておいてやれ。」

対外的な印象は最悪でも叶にとっては優しく頼りになる人に思えた。

だから2人きりで話す機会が得られたことを幸いに叶は勇気を振り絞った。

「はい。あの、羽佐間さんのこと、お姉さんで呼んでいいですか?」

「お姉さん?まあ、兄貴や姉御よりはマシだが…」

由良は少し悩むように目を伏せ、顔を上げると頷いた。

「わかった、それでいい。だが俺もこれからはカナって呼ぶからな。」

これまでは「羽佐間さん」に「作倉」だった。

だけど仲間になってからもう随分経っている。

仲間意識を割と気にする由良はきっかけを探していたのだった。

「カナって呼ばれるのは初めてです。なんだか嬉しいです。」

恥ずかしそうにはにかむ叶を見て由良がわずかに相好を崩す。

「それじゃあ失礼します、お姉さん。」

「ああ。」

嬉しそうに去っていく叶の背中を見送った由良は肘を窓のさんにかけて寄りかかり苦笑する。

「結局年上扱いだが、まあいいか。」

由良は教室に戻らずそのまま購買に向かっていく。

「あー、こういう日は屋上で昼寝したいな。」

サボり癖はだいぶ抜けたものの授業がかったるいのも事実。

暖かな陽射しの誘惑に負けた由良は購買で買ったパンを片手に屋上に登り、気ままな昼寝に勤しむのであった。



昼食後の授業、それは睡魔の大軍勢との戦いとなる。

満腹感とヌクヌクした気温、そして老教師の担当する古文の授業という三種の神器を前に次々と陥落していく生徒が増えていく。

美保は頬杖をつきながら次第に重くなっていく目蓋に抗っていた。

無意味にペンを回してみたりするが眠気の解消には至らない。

ただ乙女会の品位を維持するために極力授業中眠らないようにとのお達しが出ているのだ。

ちなみに「極力」は良子が会長になってから追加されたものであり十中八九会長は夢の中だろう。

その不公平さへの不満でジュエルが発動しそうになるのを堪えつつ美保は視線を巡らせる。

ざっと見ただけでも男子の大半は脱落している。

女子はさすがに大っぴらに突っ伏して寝ている生徒はいないがそれでも頬杖をついた格好で舟を漕いでいる。

美保の視線が悠莉に向けられた。

少なくとも後ろから見た姿はしっかりと座って授業を受けているように見える。

しかし美保の眼鏡で強化された視力は見逃さない。

(手が動いてない。)

起きて授業を聞いているなら板書しているはずなのに悠莉の手は止まったまま。

(ここは同じヴァルキリーのメンバーとして規則違反の注意をしてあげないといけないわね。)

そんなことは思っておらず悪戯心満載で携帯を取り出した美保は教師に見えないようにしながら悠莉に電話をかける。

ブウウウウン

ブウウウウン

ちゃんとマナーモードにしていたらしく突然の着信音で飛び起きる光景は拝めなかった。

「……ん。」

しかもバイブレーションでは悠莉は起きない。

思いの外つまらない結果に落胆しかけた美保は

「…あ、ん…」

悠莉の艶かしい声にガバッと頭を起こした。

見るとまだ眠っているようだったが耳まで赤くなっているし吐息が色っぽい。

「ん、んん…」

むずがる姿も可愛らしさを通り越してエロい。

枯れてる老教師は耳も遠いのか気付いていないようだが眠りの淵で抗っていたクラスメイトは男女問わず驚いた表情で悠莉を見ている。

特に男子は目を充血させて凝視していた。

(クッ。面白いことにはなったけどこれはヤバイわね。)

男のリビドーが暴走する前に止めなければならない。

とりあえず通話は切ったが息を切らした喘ぎだけでクラスの空気が悶々としている。

美保は消しゴムの端を千切ると親指の上に乗せ、机の横から悠莉を狙う。

左目を瞑った状態で

(ジュエル。)

身体能力を強化した。

出力を調整しつつ、

バシュ

指弾を放った。

バンッ、ゴンッ

(ヤバッ、強すぎた!)

背後から強打された悠莉はそのまま机に額を激突させた。

きっとおでこと後頭部にたんこぶができているはずだ。

「…。」

だが悠莉は何事もなかったように起き上がって板書を始めた。

(よし、気づいてな…)

心でガッツポーズをする美保の手の携帯が鳴った。

すぐに止めるとメールの着信だった。

メールは悠莉から、だが美保が見ていた限り携帯を弄っている風には見えなかった。

(ノールックタイピング!?)

技巧に驚きつつメールを開いた美保はおののいた。

文面は

『後でお話があります。』


その日の放課後、美保を見た者はいなかった。



こうして皆が眠くなるような暖かな日。

病院でも中庭に出て日向ぼっこをする人の姿が多かった。

「ふあぁ。今日はいい陽気ね。」

「うん、いい妖気ね。」

看護師の1人がアホ毛を揺らす。

一瞬寒くなったがすぐに春の暖かさが戻ってくる。

「こんなに眠りやすいと眠り姫じゃなくてもずっと寝ていたくなるわよね。」

「123号室の半場君ね。不謹慎よ。」

そう言いつつも移ったのか小さくあくびをすると恥ずかしそうに咳払いした。

「でも逆に寝てるより気持ちいい陽気だからひょっこり目を覚ますかも知れないわよね?少し窓を開けてこようか?」

「それならちょうど見回りだから私が行くわ。」

看護師は席を立った。

「お願いね。」

「妖気に気を付けてね。」

「もうええっちゅうねん。」

同僚の漫才を背中で聞きつつ巡回を開始した。

寒い時期は寒い暑いの要望が多かったが春はどの患者も穏やかに見えた。

患者の笑顔に看護師も笑みを浮かべて対応し、笑顔の循環が生まれていく。

笑えばどんな病気も追い払えるなんて楽観的な事を考えているわけではないが怒ったり難しい顔や悲しい顔をしているよりはずっといい。

看護師たちはいつも笑顔を絶やさぬよう心掛けているのだ。

そして患者の様子を見回っていた看護師は最後に陸の眠る123号室を訪れた。

「現代の奇病ね。あんな可愛らしい彼女さんが待ってるんだから早く目を覚ましてほしいものね。」

よくお見舞いに来る叶を思い浮かべた看護師はムッと眉を寄せて首を捻る。

「あれ?あの子のお見舞い、他にもたくさんの女の子がいたわね。」

叶と一緒に来ることも多い裕子たち、ちょっと怖い感じのする由良と明夜、どこかの深窓の御令嬢と思われる悠莉、さらには壱葉総合病院の出資主の花鳳グループの撫子と側近の葵衣も何度かお見舞いに来ている。

「女の子ばかりだけどどういう関係なのかしら?もしみんな彼女さんだったりしたら目を覚ましたらちょっとお説教しないといけないわね。」

看護師は決意を胸にスライド式のドアに手をかけた。

開いた瞬間、


「きゃっ!」


季節外れの春一番が吹いたのかナースキャップが飛ばされてしまった。

埃を払って被り直してから病室に入ると窓が開いていて心地よい風が吹き込んでいた。

「あら?誰かお見舞いに来た方が開けたのかしら?」

ナースステーションにつめていたが今日はまだ学校の時間だからこれまで見たことのある少女たちはお見舞いに来ていない。

すべての人をチェックしているわけではないが少し気になって窓辺に立つとベッドサイドのテーブルに飾ってある花瓶に見覚えのない花が差してあった。

「マーガレット、可愛らしい花。やっぱり誰かお見舞いに来ていたのね。」

看護師は少し窓を閉めて陸の様子に異常がないことを確認して病室を後にした。

誰もいなくなった病室ではカーテンだけが風に揺られて動いていた。


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