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Akashic Vision  作者: MCFL
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第82話 戦いの終焉

海は飛鳥が飛んでいった方角を見るとクスリと笑った。

「さて、邪魔な人が飛んでいっちゃったけど、どうしようね?」

「君…さっきのはわざとか?」

ハイドラを気配で見破る海ならばさっきの攻撃も避けるだけでなく反撃できたはず。

それをわざと避けることで良子と飛鳥をぶつからせた。

どちらか、あるいは双方が倒れることを期待して。

「…。」

海は何も言わない。

言わないが口許に張り付いた笑みが肯定しているようにも見えた。

「それが本当ならインヴィみたいじゃないか!」

緑里が戦慄したような声を上げた。

相手の動きを読み、自分の思い通りに行動させる。

それは未来視を使う陸の戦い方に良く似ていた。

海は何も答えずに"Innocent Vision"を守るような立ち位置にいる。

ヴァルキリーは海の持つ力の底知れなさに不気味な恐怖を感じていた。

尤も守られる側にいる"Innocent Vision"も現状に戸惑いを見せていた。

海が"Innocent Vision"に入るという発言を素直に受け取れることなど簡単には出来ない。

「Innocent Visionなのか?」

「違うでしょうね。りくも全てを未来視で見ていたわけじゃなくその場を切り抜ける策を状況に合わせて練っていたのだから。」

仲間として戦った機会は少ない八重花だが敵側から見たからこそ「確定した未来へと向かう行動」と「不確定な未来を目指す行動」の違いを見抜いていた。

そして八重花が海の動きから感じたのは後者だった。

「そもそもアダマスを持っているんだからアダマスのソーサリスでしょ?」

八重花はわざと呆れたように言うが全員が承服しかねていた。

魔女ファブレは一時的にとはいえInnocent Visionとアダマスを同時に扱っていた。

そして、もし目の前の彼女が本当にその双方を扱えるのだとしたら、それは半場海ではなく消滅したはずの魔女ファブレなのではないかという懸念。

「叶、どうする?あたしはリーダーに従うよ。」

「リーダー。」

「あぅ、ええと…」

こんな時ばかりリーダー扱いされて困惑する叶だが実はそれほど警戒していない。

(やっぱり海さんの雰囲気、ずっとそばにいてくれたみたいに感じる。)

海の墓に行ったときもそうだが壱葉にいたときも海が近くにいるように感じることがあったと今日直に会ったことで思い出した。

つまりは、それがどんな思惑だったとしても、叶の行動を見てきた上で"Innocent Vision"に参加することを決めたということだと叶は思った。

突発的に、あるいは蘭のように面白そうだからという理由ではないように思えた。

「ちゃんと話をしてみよう。決めるのはそれからでも遅くないよ。」

「さすが叶ちゃん。」

叶の決意を聞いた海は首を半分だけ振り向かせてクスリと笑った。

馬鹿にした笑いではなく、理解されたことを喜ぶような笑み。

「…確かに、オーとジュエルの大軍とヴァルキリーを抜けていくのにこれほど頼もしい戦力はないわね。とりあえず信じさせてもらうわよ。」

八重花はジオードを手に海と並び立つ。

「お兄ちゃんの名にかけて。」

「最高の誓いね。」

八重花は海への警戒を解いた。

八重花にとって陸の名はそれほどまでに大きい。

「サマーパーティーが終わったら聞きたいことが山ほどある。逃げるのも死ぬのも許さねえぞ?」

由良は玻璃を肩に担ぎながら睨み付けるが海は意味深な笑みで受け流す。

「心配してくれるんだ?」

「バッ!?そんなんじゃない!」

陸の妹ということで多少そういう感情があったことを見抜かれた由良は顔を赤くして叫ぶ。

そんなやり取りも陸を想起させた。

「久しぶり、でいいのかな?前は敵同士だったけど今日は背中を任せるよ。」

「光栄だね。前でも後ろでもオッケーだよ。」

軽く手を上げる真奈美に海は爆弾発言を返す。

この台詞で顔を赤らめた八重花と由良は耳年増である。

「…。海。」

「…さすがは明夜だね。」

明夜はただ並んでその名を呼んだだけ。

だというのに海は少しだけ困ったような顔をした。

「…そう。」

明夜は目を伏せ、いつもと変わらない無感情な瞳で前を見た。

誰にもその裏にある感情の動きはわからない。

そして最後に叶がオリビンを手に前に出た。

「"Innocent Vision"に入るなら無闇に人殺しをしたら駄目ですよ。」

「ええと、これはソルシエールで、特にアダマスは手加減が難し…」

「駄目ですよ?」

叶は笑顔でもう一度言う。

その笑顔の奥にある凄みに海は言葉を詰まらせた。

「…善処するね。」

「はい。私、海さんを信じてますから。」

海は叶の信頼という重圧に苦笑を浮かべた。

八重花、由良、真奈美、明夜、海、そして叶がそれぞれの力の象徴を構えてヴァルキリーに相対する。

「叶ちゃん、指示は?」

海の楽しげな声に叶は笑顔で応え

「パーティーから逃げちゃいましょう。」

盛大に後ろ向きな作戦を口にした。




「なっ!」

「えっ!?」

ヴァルキリーが驚いたときにはすでに"Innocent Vision"は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。

惚れ惚れするほどに潔い撤退に撫子は感心していた。

「まさか集団であることを捨てて各個に逃走するとは、なんと奇抜な。」

「撫子様、感心してる場合じゃないですよ!すぐに追いかけましょう!」

「そ、そうね。追いますよ、皆さん。葵衣はジュエルの手が空いていそうなら道を塞ぐように伝えなさい。」

「西部へはほとんどジュエルは展開していませんが、伝えます。」

葵衣は走りながらも通信機で連絡を入れて指示を出し始めた。

相変わらずどんな状況でも有能な使用人だ。

その横では"RGB"が逃げ出した"Innocent Vision"を眺めていた。

「誰を追うかな?」

「私の足ですと作倉叶さん辺りでしょうか?」

「全員絶対逃がさない!」

ヴァルキリーは特に示し合わせたわけでもないがバラバラに追いかけていった。




「羽佐間由良ァ!」

「いい加減しつこいなお前も!」

美保は迷うことなく由良を追いかけた。

"Innocent Vision"は嫌いだがその中でも数々の辛酸を舐めさせられてきた由良と明夜は宿敵扱いになってきた。

「逃げるより追いかける方が速い!レイズ…」

だが翠の光刃が空を駆けるよりも早く

「寝てろ、超音振!」

「ひ、卑怯よーー!」

空間が激震して美保はあっさり意識を手放した。




「逃がすわけには参りません。」

葵衣にエアブーツであっさりと前に回り込まれた八重花は意外そうに目を見開いた。

「意外ね。ここは等々力先輩がくると思いましたよ。」

「そのように想定されていると考えて私が参りました。」

葵衣は淡々と答えてジュエルを構える。

良子の単純な思考を相手にする方が楽だと考えていた八重花は当てが外れてムッとした。

ポリポリとつまらなそうに頬を掻いてため息まで溢す。

「それほどまでに残念ですか?」

「ええ。だって…」

不意に、八重花の姿がまるでテレビの画像が乱れたように揺らいだ。

「あなたはあまり驚いてくれないでしょ?」

グラマリー・ファントム。

熱による空間の密度の違いによる屈折面の形成、つまりは蜃気楼による幻影だ。

すでに八重花の姿はここにはない。

「…。」

「ほら、やっぱり驚かない。」

「これでも十分に驚いています。」

「そう、ならよかったわ。」

八重花は手をヒラヒラと振ると幻影はグラマリーの名前が示すように幽霊の如く消えた。




「逃がさないって!式、道を塞いで!」

真奈美を視界に捉えた緑里は人型の式符を投げた。

走るよりも速い式符は真奈美の進行方向でピタリと停止する。

そのまま押し戻すように迫ってくる紙に対して真奈美は一切速度を落とさず右足で地面を蹴って飛び上がった。

そのまま全身のバネを使った大回転の回し蹴りを放った。

「ローリングソバット!」

空間ごと切り裂いたような鋭い斬撃に式符はヒラヒラと地面に落ちる。

「荒っぽいな!しかもセイバーで斬られたら完全に力を失ったよ。」

式は有限であるため触れるだけで無効化させられるスピネルは天敵だった。

「人選間違えた!」

今更悔やんでも仕方がなくレイズハートで狙撃するがそれすらもアクロバットな蹴り技で打ち落とされ、結局逃げられたのだった。




「リベンジ、させてもらうよ。」

「しつこいね。」

エアロルビヌスの速度であっという間に追い付いた良子は海の前に立った。

「良子お姉様、助太刀します。」

勇猛なのか無謀なのか紗香も参戦して挟撃の形になっていた。

さすがの海も困った様子を見せる。

「紗香、無理はしないように。これはあたしの獲物だよ。」

「はい!」

実に従順な「妹」の存在に笑みが溢れる。

いかに紗香が物怖じしないとはいえ相手はソーサリスの中でも特に危険なアダマスの担い手。

無茶をさせるわけにはいかなかった。

注意を自分に向けさせつつ紗香の槍で牽制し追い詰めていこうと考えていた。

「うーん。」

だが海は良子を見ていない。

紗香も見ていない。

ただ難しい顔で唸っている。

「どうかした?」

「言っても分からないと思うけど…」

海は本当に困った様子で

「殺さないように手加減するのってどうすれば出来るかな?」

ニヤリと口の端をつり上げた。

途端に溢れ出す絡み付くような気配に

「ヒッ!!」

「う…」

ジュエルの紗香だけでなくヴァルキリーの良子までもが気圧された。

(これは、とんでもないのに突っかかっちゃったかな?)

良子は冷や汗を背中に流してラトナラジュ・アルミナを強く握る。

略奪者は輝く剣を手にゆっくりと歩み出した。

「折角だから手加減の練習に付き合ってもらうよ。」




そして明夜は唯一身体強化の働かないセイントの叶を抱えるようにして走っていた。

「お待ちなさい。」

「これは予想外でした。」

それを追い掛けるのはヴァルキリーのお嬢様方、花鳳撫子と下沢悠莉。

悠莉は本気で追い掛ける気もなかったために叶を標的にしたのだが撫子が一緒ではさすがに大っぴらに手を抜けない。

だがそれ以上に手を抜けない理由がある。

「待ーちーなーさーい!」

背後から周囲を破壊しながら迫るモーリオンのソーサリス時坂飛鳥の存在があった。

実質的には撫子と悠莉もその猛威から逃げているようなものだった。

「後ろからあんなものが迫っていては"Innocent Vision"も止まれませんね。仕方がありません。悠莉さん、先にあちらを止めましょう。」

「止めている間に逃げられると思いますが…後顧の憂いを断つにはそちらの方が重要ですね。お付き合いします。」

ヴァルキリーの2人は足を止めると飛鳥と戦うために振り返った。

叶は後ろ向きに抱えられていたため2人が立ち止まったのを見ていた。

「撫子さんと下沢さんが追いかけてこなくなったよ。」

「多分"Innocent Vision"より時坂飛鳥の排除を優先した。」

飛鳥をオーの主格と判断してその撃破を優先したのはヴァルキリーの長としては正しい。

叶は不安げに顔の見えない明夜に尋ねる。

「でも撫子さんと下沢さんで…ジュエルでアレを倒せるの?」

「無理。」

明夜は即答だった。

確かにデュアルジュエル化で飛躍的に戦闘能力は向上したヴァルキリーだが、一撃の威力の弱さを手数でカバーしているため純粋な威力の求められる怪獣退治には不向きだった。

「それじゃあすぐに戻って助けないと!」

叶はじたばたと暴れるが腰をガッチリと掴まれていてどうにもならない。

「降ろして明夜ちゃん。」

「駄目。叶が行ってもどうにもならない。」

「あ…」

叶の動きが萎む。

叶はヴァルキリー以上に怪獣退治には向かない。

今味方のいない状況で行っても的になるだけだ。

「でも…」

叶はグッとオリビンを握る。

「助けないと、撫子さんたちが殺されちゃうよ。」

「…」

明夜は"人"を守る側の存在だ。

だがヴァルキリーは敵である。

敵の命まで救いたいと願う叶の心を明夜は本質的には理解できていない。

だが、それを尊いと感じた。

明夜は足を止めて叶を降ろす。

「明夜ちゃん。」

叶は嬉しそうに微笑むが明夜は出口を指差した。

「叶はこのまま逃げる。」

「え?でも…」

戸惑う叶に背を向けながら明夜はオニキスを顕現させた。

「時坂飛鳥は、私が止める。」

その言葉には普段の明夜にはない決意のようなものが感じられた。

「やっぱり私も行くよ!」

叶はすがり付くが明夜は振り返らないまま首を横に振って叶を押し返した。

「10の魔女が動き出したかもしれない。叶は必要。」

「明夜ちゃん!」

明夜は叶の制止にも振り返ることなく、戦闘が開始された方角へと駆けて行った。

「明夜ちゃん…死なないで。」

叶は両手を組んで祈ると明夜の意思を無駄にしないために背を向けて駆けだした。

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