第81話 もう1枚のジョーカー
面識のないはずの叶は何故かその雰囲気、気配を知っているように感じていた。
振り返った顔を見た由良たちは改めて驚く。
それは正しくファブレの遣いとして"Innocent Vision"の前に現れ、戦い、そして最後にはファブレの手で消滅したはずの陸の妹、半場海だった。
「大丈夫だった?」
海は全員の驚きの視線に気付きながらも自然な笑みを浮かべて叶に語りかけた。
「え?…あ、はい。」
一方の叶は混乱の極みにある。
会ったこともない海をなぜ認識できたのかとか魔女ファブレの使っていたアダマスを何故持っているのかとかどうして助けてくれたのかとか、疑問は頭の中に溢れるほどに浮かぶのにその1つとして口から出ていかない。
そしてようやく出てきた一言は
「ありがとうございます。」
助けてくれたことに対するお礼だった。
海は一瞬キョトンとしたあと
「あはっ。」
とても嬉しそうに笑った。
「その、ソルシエールは。」
怒りと憎しみと驚愕が入り交じった声に振り返ると飛鳥が信じられないものを見たような顔をしていた。
対する海はジッと飛鳥を見ていたが最後には首を傾げた。
「初めまして、だよね?」
「飛鳥も会ったことはないよ。だけどその剣は知ってる。アダマス、魔女ファブレの持っていたという危険なソルシエール。」
飛鳥が忌々しげにファブレの名を口にすると海は苦笑を浮かべてその手に握るソルシエールを撫でた。
「確かに唯一無二の王者の剣だから知ってるよね。でも残念。」
海は苦笑を口許に張り付けたまま、冷たすぎる目を飛鳥に向けた。
「ッ!?」
「情報収集不足だね。アダマスの本当の所有者が誰なのかを知らないなんてね。」
海が無造作にアダマスを差し向けると刀身が光を放ち始めた。
「モルガ…」
シュン
「…ナ。」
ズゥン
飛鳥の言葉よりも早く光がその頭上を通過した。
忠実なる闇の触手モルガナは飛鳥の声に従って動き出し、その根本からずるりと落ちて消えた。
海はゆっくりと飛鳥に向かって歩きながらアダマスの刀身を撫でる。
「相変わらず抜群の切れ味だね。まあ、実際は切ってるのとは少し違うけど。」
アダマスのグラマリー・ブリリアントは対象を消滅させる力。
それはグラマリーであろうと例外ではない。
防げるのは叶のオリビンや蘭のオブシディアンのグラマリー・アイギス。
それ以外は当たらないことだけなのだから最強の名は伊達ではない。
「許、さない…」
飛鳥がポツリと呟くと千切れたモルガナがピクリと震えた。
「飛鳥をバカにする奴は絶対に許さない!」
激昂する飛鳥の左目が強い輝きを放つとモルガナが脱皮するようにその根本から勢いよく生え変わった。
「すごい回復力、いや、再生力だね。」
どこか飄々とした雰囲気を保ちながらも海はアダマスを握り直した。
「そんなソルシエールはいらない。飛鳥が最強なのよ!」
巨大な触手から闇が吹き出し、やがてその姿を隠していく。
「グラマリー・ハイドラ。これで死んじゃいなよ!」
不可視の触手が蠢く。
「あの、海さん…」
叶には相変わらず見えているので助言をしようとしたらその前ににっこりと微笑まれてしまった。
「大丈夫だよ、叶ちゃん。私は強いんだから。」
「強いのは飛鳥だぁ!」
高ぶる殺気に世界が震え始める。
サマーパーティーの終盤、隠された2枚のジョーカー、光と闇の魔剣使いの戦いが始まった。
海に押しやられて皆と合流した叶は呆然とその戦闘を見つめていた。
そしてそれは"Innocent Vision"の仲間、そしてそれだけに止まらずジュエルやヴァルキリーも同様だった。
ドォン
不可視の触手が縦横無尽に暴れまわり大地を揺らし、
シュン
目映い輝きが物体を消滅させていく。
瞬く間に大地は陥没し、穴を穿ち、存在するものすべてを薙ぎ払う。
「桁違いだな、これは…」
由良がポツリと言葉を漏らした。
今手にしているソルシエールが本調子ではないことは分かっていた。
それでも、たとえ本調子に戻ったとしても目の前で繰り広げられる戦いに参戦できる自信はなかった。
「これがソルシエールの戦い。」
八重花も言葉を失ったように戦いを見ていた。
飛鳥はモルガナにハイドラを使うことで不可視の触手を振るっている。
叶には見えているようだが他の誰にも見えていない。
それは当然海も含まれるが当の海はまるで見えているかのようにブリリアントカッターでモルガナを両断しているらしく傷を負った様子はなかった。
「どうして当たらないの!?」
モルガナは既にレベル10、10本の触手が海を襲っている。
それだけでも十分な脅威だというのにさらにハイドラで不可視化することでかわせる者のない攻撃のはずだった。
だが海は的確にモルガナの軌道を読み、回避や迎撃を行い、合間に反撃まで撃ってくる。
ブリリアントで斬られた触手は再生までに多少時間がかかるためいつしかモルガナは3本まで減っていた。
7本目の触手を光を纏わせたアダマスで切り落とした海はおかしそうに笑う。
「見えなくてもあなたの視線の動きやこれが放つ殺気が場所を教えてくれるから。」
実際には由良たちは真横を通りすぎても姿を隠したモルガナには気付けなかった。
条件が同じなら海にも見えていないはずだ。
だが、海の自信に満ちた言動はまるで未来を知っているかのように、そう、まるでInnocent Visionを使った陸のようだった。
「そんなことがあるわけない!モルガナは、飛鳥は最強なんだ!」
飛鳥は陸を知らない。だが海の見せる"人"を超えた力に脅えを自覚し、その思いがさらに怒りを生み出す。
モルガナが瞬時に再生し一斉に海に襲いかかった。
「あっ!」
叶の悲鳴にも似た声が響き
ドウ
その声を掻き消すように極大の光が蠢く触手を飲み込んだ。
「ああ…」
一瞬にして10本すべてのモルガナを失った飛鳥はペタンと地面に座り込んだ。
「だから言ったでしょ?そんなにわかりやすい攻撃、当たらないって。」
海はなんでもないことのように言って飛鳥に背を向けた。
振り向いた先には叶たち"Innocent Vision"がいて、そのすぐ近くにはヴァルキリーが集まってにらみ合いをしていた。
「あっちの方が面白そう。」
海は一触即発の両陣営を目に止めて微笑むとスキップでもするような足取りでそちらに近づいていった。
ジュエルを指揮し、オーの猛攻を凌いでいたヴァルキリーだったが尽きることのないオーの軍勢に徐々に押され始めたため起死回生の策として元凶の打破が提案された。
「オーに元凶が存在するとは報告は受けましたが、まさかあの方ですか?」
「!…そのようでございます。壱葉高校2年2組時坂飛鳥様とお見受けします。」
到着した撫子は地面に倒れた美保たちよりも戦場で戦う二人のソーサリスに目を奪われた。
葵衣はもう1人、葵衣に恐怖を植え付けた半場海の存在に驚愕を隠しきれずにいたがヴァルキリーの他のメンバーは海とは初対面なので気付かなかった。
「…」
悠莉だけは何かに気付いたように海をじっと見ていたが。
「あ、"Innocent Vision"!」
緑里が少し離れたところで観戦している"Innocent Vision"に気付いて指差した。
乙女としての作法としては疑問ありだが気付かせるには最適だった。
"Innocent Vision"の意識が戦闘からヴァルキリーに向けられた。
「美保様、良子様。」
葵衣は軽く体を揺すりながら2人に呼び掛けた。
飛鳥についての情報を聞かなければならないしいかにデュアルジュエルのヴァルキリーとはいえソーサリス相手では数を頼みにしたいからだ。
「いつつ…」
「なによ…」
2人とも気だるそうに身を起こして葵衣を見、騒がしい戦場を見て現状を思い出した。
「あいつ!」
「美保さん、落ち着いてください。」
「へぶっ!?」
飛び出していこうとした美保をコランダムで強制的に止める悠莉。
恨めしげな視線を送ってくる美保の視線を指先で誘導すれば近づいてくる"Innocent Vision"が見えた。
美保の口がニヤリと笑い鼻から血が流れた。
「こっちはこっちで決着をつけようって訳ね。」
「美保。鼻血拭かないとカッコ悪いよ。」
美保はうるさいですと叫んで血を拭った。
「…」
「…」
"Innocent Vision"とヴァルキリーは互いに警戒しながら睨み合っていた。
元々は両者の決戦だったはずだがいつの間にか第三勢力であるオーの軍勢が参戦し、さらには半場海が乱入してきたことで戦闘の趣旨が変わりつつあった。
現にジュエルはオーの迎撃に当たっていて"Innocent Vision"のところには1人も来ていない。
「このままではクリスマスパーティの二の舞ですね。ですが逃がしはしませんよ。」
撫子がアヴェンチュリン・クォーザイトを構えるとヴァルキリーが大きく広がる布陣を取った。
「あ、そうか。今のうちに逃げられたんだ。」
叶は今気付いたとばかりにポンと手を叩いた。
臆病な癖に変なところで律儀な叶である。
「デュアルジュエルを6人相手に5人で戦えるかしら?」
美保はすでに追い詰めた顔でスマラグド・ベリロスの刀身を手で弄ぶ。
「いけないことはないけど、面倒ね。」
八重花としては飛鳥の本格参入の時点で撤退を考えていたが海まで出てきてはヴァルキリーに構っている場合ではない。
こんな誰が敵で味方かもわからない大混戦の中にいるのは危険すぎる。
しかしデュアルジュエルの力は確かに厄介でそれが六人いるとなると厳しいのは事実。
「…由良、いざとなればここにいる全員超音振で吹き飛ばしなさい。」
「ああ、了解だ。」
八重花も由良も真剣顔真剣声でやり取りするからヴァルキリーはひきつった笑みを浮かべて一歩後退った。
"Innocent Vision"のメンバーは揺るがない。
勝つためには、生きるためには何が必要なのかを分かっているから。
「超音振を使わせる前に倒せばいいのよ!レイズハート!」
「ボクの分も追加!」
速攻で6つの翠の光刃が飛ぶ。
それは吸い込まれるように"Innocent Vision"に向かい
ドウ
横切った乱反射する光に飲み込まれて消滅した。
改めて確認する必要もない。
光が消えたとき、海はヴァルキリーと向かい合う形で立っていた。
「わたくしたちと敵対すると言うのですか?半場海さん?」
「まあ、お兄ちゃんの作った"Innocent Vision"だし、それに…」
海はそこから先を言葉にはせず半分振り返って叶を見た。
「?」
当然叶に海の視線の真意を理解することはできなかったが悪意は感じなかった。
「だから半場海は"Innocent Vision"にお世話になるので、よろしく。」
ビッと敬礼してウインクする海に全員が呆気にとられる。
その緊張感の無さはやがて怒りを生む。
「ちょっとバカにし過ぎだよ。ルビヌス!」
良子は紅色の光を纏って海に襲い掛かる。
海はアダマスを良子に向けようとして
「ッ!」
咄嗟に地面を蹴って横に跳んだ。
「甘いよ、このエアブーツを使ったルビヌスからは…」
「危ない、良子お姉様!」
良子が海を追って方向転換しようとした瞬間、聞き覚えのある声に一瞬体が硬直した。
そして良子の鼻先を横切る長槍のジュエル。
それは
ガギン
「ジュエルが飛鳥の邪魔をするな!」
自らをグラマリー・ハイドラで隠していた飛鳥に弾かれて地に落ちた。
だがそれにより飛鳥の存在は露呈した。
すでに良子はエアブーツで高速の領域に入りハルバードを振り被っていた。
飛鳥が気付いたときには既に懐に入り込んだ良子が攻撃体勢に入っていた。
「オーの親玉、覚悟!」
「わああああ!」
飛鳥はモーリオンを盾に回したが良子の強力な一撃は防御ごと飛鳥を弾き飛ばした。
猛烈な勢いで飛んでいった飛鳥は迫っていたオーの軍勢の中に突っ込んでその一部をなぎ倒していく。
フルスイングの余韻でその光景を見届けた良子は振り返りながら紗香に笑いかけた。
「助かったよ、紗香。」
「いえ、良子お姉様がご無事でよかったです。」
紗香は弾かれた槍を回収しながら恥ずかしそうにはにかんだ。
だがその目がすぐに険しくなり"Innocent Vision"に向けられる。
「ヴァルキリーの、お姉様方の敵"Innocent Vision"。」
紗香は初めて本当の"Innocent Vision"と対峙した。
正直叶以外から放たれる圧倒的な気配に足がすくみそうになる。
それでも紗香は目を逸らそうとはしなかった。
いつか悠莉や良子と肩を並べられるようになるために。




