第78話 三つ巴の大戦
村山は呆然と見ていることしか出来なかった。
呼吸をするだけで命が削られていく感覚が暖かな光に包まれた途端に消失していた。
村山を庇うように立ったのはヴァルキリーの救援ではない。
(作倉、叶。)
ヴァルキリーが探していたこの戦いの鍵を握る人物、叶だった。
「…。」
叶は首を巡らせて村山の無事を確認するとわずかに微笑みを浮かべたがすぐに表情を険しくさせて前を向いた。
「どうしてこんな酷いことを。」
叶は周囲を見回す。
無数の亡骸が地面に倒れ伏している。
試したことはないが叶のシンボル・オリビンを用いても死んだ者は甦らない。
セイントは神の力を宿すからこそ摂理を超えた力は振るえないのである。
悲しげに目を伏せる叶とは対称的に"化け物"、時坂飛鳥はクックッとおかしそうに笑った。
「あー、可哀想に。誰かさんがいつまでもかくれんぼしてるから誘き出すための生け贄になっちゃって。やっぱり強いキャラクターを召喚するには相応しい代償がいるんだね。」
「そんなことのために…酷い。」
人の命をゲーム感覚で扱う飛鳥を見て叶は首を横に振った。
飛鳥はそれまでの楽しげな表情が一変して不愉快そうに変わった。
その途端に空気がざわめき出した。
「こんなことになってるっていうのに怒りがないなんて、やっぱりセイントっておかしいんじゃない?」
叶は被害にあったジュエルを悲しみ、残忍な行いをした飛鳥を憐れみこそすれ燃えるような怒りを宿しはしなかった。
飛鳥はそれが気に食わない。
怒りに我を忘れた叶と戦うためにジュエルを惨殺してきたのだから。
「怒っています。ですが、それ以上に悲しいです。この人たちを救ってあげられなかったことが。」
叶はオリビンを逆手に握って腰をわずかに落とす。
それはもう逃げ隠れする意志がないことを示していた。
「ようやく面白そうな戦いが出来そうね。でもその前に…オーッ!」
まるで咆哮のように大声で飛鳥が名を呼ぶと大地や木の陰から紅色の目をした黒い異形が沸いて出てきた。
それは叶たちの周囲に止まらず遠くにも出現しているのが見えた。
軍演習場が闇色に埋め尽くされていく。
「さあ、殺戮パーティーの開演だよ!」
光と炎の戦場に、
大気が震える激闘に、
光舞い人舞う舞台に、
そして戦いを見守る戦乙女のお茶会にも、
人型の闇が姿を現した。
「「オー!?」」
「葵衣!」
「残存するジュエル部隊は至急本部へと退却。オーを迎撃します。」
オーの出現を察知していた葵衣は撫子の指示を受けると即座にジュエル各部隊に指令を出した。
まだ力あるジュエル部隊が多く残っているとはいえ散発的な戦闘をさせるよりも集団戦闘をさせるべきだと考えたためだ。
各所からすぐさま返事が来る。
そんな中
「こちら福岡ジュエル部隊。綿貫紗香さんが等々力様の援護に向かうと飛び出していきました。」
紗香の独断専行の報が入る。
「捜索しますか?」
「必要ありません。ただちに本部に集合してください。」
葵衣にとっても紗香は目をかけているジュエルだが1人のために多数を危険に晒すわけにはいかないので切り捨てた。
(もしもここで倒れるようならばヴァルキリーと共に戦うことは出来ないでしょう。)
単独行動をするならば良子や美保のように力を示すしかない。
だから葵衣は一瞬だけ紗香を心配するとその存在を意識から消し去った。
「お嬢様。各地でジュエルとオーの戦闘が開始されました。本部到着予測は最短で5分です。」
「そう。」
撫子がゆっくりと立ち上がると悠莉、葵衣も席を立った。
周囲を見回せばあちこちからオーが本部に近づいてきていた。
「ならば、少なくとも5分間はこの数をわたくしたち3人で退けるしかありませんね。」
「花鳳様、退けるだけでいいですか?」
悠莉がクスクスと笑いながら尋ねる。
撫子もクスリと笑みを溢し悠莉と葵衣を見た。
2人とも頷いて応じる。
「ならば言い換えましょう。オーを駆逐し、集うジュエルの道を開きましょう。」
排除の意思を示したヴァルキリーにオーが吠える。
多重奏の雄叫びを前にしても3人のヴァルキリーは表情を変えることはない。
「"Innocent Vision"と戦うことに比べればオーは恐れるほどではないですね。サフェイロス・アルミナ。」
悠莉は左手に顕現した幅広の両刃剣を両手で構えてオーを見据える。
「オーの介入は想定内です。これを機に"Innocent Vision"を切り崩す突破口を見つけます。」
葵衣は今回の戦いのために新造したセレスタイト・サルファを右手で握り感触を確かめた。
「ここがこの戦いの大きなターニングポイントです。ジュエルの力、そしてオーの力を利用して"Innocent Vision"を倒しましょう。」
太陽の錫杖アヴェンチュリン・クォーザイトを高々と天へと掲げた撫子は
「攻撃開始!」
サンスフィアの閃光を戦いの狼煙として撃ち放った。
「オーーッ!!」
オーの大軍を前に悠莉は微笑みを浮かべるとサフェイロス・アルミナを地面に突き立てた。
攻撃手段を自ら封じた悠莉に2体のオーが襲いかかる。
「せっかちですね。」
悠莉は追い払うかのように左手を横に振るうが当然オーは向かってくる。
鋭い爪を振り上げたオーは
ヒュヒュン
飛来した2つの青い宝石によって弾き飛ばされた。
気が付けば悠莉の左手には短剣が握られており、宝石は悠莉を守るように控えるように斜め後ろについた。
「行きなさい、コランダムコア。」
緑里の式のように物質であるコランダムの宝石は主の言葉を受けて不規則な軌道で飛翔してオーを弾き飛ばしていく。
その間を抜けてくるオーもいたが
「コランダム。」
その攻撃が通じる前に青き障壁に阻まれ、無防備な背中をコアに貫かれた。
それでもオーの数は一向に減じない。
「どうしましょう?」
悠莉は困ったように眉根を下げて数秒、何か思い付いたようにポンと手のひらを打った。
コアは悠莉が口に出す必要もなく飛んでいき敵中で静止する。
それは悠莉を最後の一点とした巨大な正三角形だった。
魔の三角地帯の内側にあるオーはパリパリと空間が軋む音を聞いた。
悠莉はゆっくりとした動作でサフェイロス・アルミナを引き抜き天に掲げた。
「さあ、お行きなさい。コ-ランダム!」
そのグラマリーの名を発した瞬間、サフェイロス・アルミナと2つのコランダムコアが共鳴し青い光の壁を生み出した。
その壁が内側へと収縮していく。
「オーッ!」
オーたちは壁に攻撃を仕掛けるが高い硬度を持つコランダムは砕けず、最後には宝石となって転がった。
戦場の中心に三角形の無人の空間が生まれる。
「はぁ、久し振りですね。内部の操作までは出来ないようですが。」
悠莉はソルシエールを失って以来の絶望していく者の姿を見て恍惚とした表情を浮かべた。
その目が集まってくるオーに向けられる。
「精神の苦痛を味わいたい方はいませんか?」
フフフと底冷えのする笑みを浮かべながら悠莉はゆっくりと前に歩み出していった。
「はっ!」
葵衣はセレスタイト・サルファを使って次々にオーを狩っていた。
エルバイトで得られたデータを用いて造られたためエアブーツやエアコートも使用可能でありグラマリーの効率が向上していた。
(左後ろ。)
エアコートで知覚を広げた葵衣は振り向かなくても敵の位置を察知する。
紙一重で爪をかわしながら隙の出来た胴体を両断する。
葵衣は一対多数の状況でも一騎当千の力を存分に示していた。
しかし敵は1000を超えそうなほどに多く1体ずつ倒す葵衣の周囲では数が減っているようには見えない。
まだまだ余力は十分にあるもののこのままではソーサリスに仕掛けた物量作戦と同じことを受けるはめになる。
葵衣は足を止めると左手を胸に当てて瞳を閉じた。
「お嬢様、そのお力をお借り致します。」
開いた左の瞳が朱色に強く輝きを放ち、左手に末端に球のついた杖が現れた。
ショートアヴェンチュリン、葵衣のデュアルジュエルである。
葵衣が意識を込めると球体が太陽の輝きを宿す。
「エアブーツ。」
葵衣が前傾姿勢で大地を蹴った瞬間オーの間を風が吹き抜けた。
「!?」
標的を見失ったオーが周囲を見回すと地面に蹲る葵衣の姿を見つけた。
その背中に向けて襲いかかろうとしたオーの体が太陽の橙色に包まれる。
浮かび上がったのは交差した2本の光の線。
上空から見ればそれは巨大な十字架を象っていた。
葵衣は立ち上がり左手に握ったショートアヴェンチュリンを振る。
「ソーラークルセイド。」
その言葉を引き金に光の十字架が一気に膨れ上がり内包した光の粒子が四方八方に打ち出された。
光の十字架の側にいたものは勿論のこと、そこから派生する円形の空間全てがまるで太陽になったような眩い輝きに包まれた。
光が消え去った後に残ったのは土煙とその奥に輝く朱色の輝きだけだった。
撫子はアヴェンチュリン・クォーザイトを手にその下端に取り付けた刃を見た。
皆が口々に意外だと言ったデュアルジュエルはショートラトナラジュだった。
もともと両手で扱うアヴェンチュリン・クォーザイトのために持たなくても扱えるように手を加えたのだ。
杖と槍の特性を兼ね備えたジュエルを撫子はしっかりと両手で握る。
「わたくしは接近戦闘を得意とするわけではない。」
それは自分が一番よく知っている。
なればこそ身体能力の向上が見込めるラトナラジュを選んだように思えるが、そうではなかった。
「わたくしは言わば正しき魔女の姿を受け継ぐ者。ならば力ではなく術を強化すべきです。」
そう言った自己満足の域に近い思いでラトナラジュを選択したのだ。
「一方向に力を押し出すグラマリーがラトナラジュだと言うのならば。」
撫子は両手でアヴェンチュリン・クォーザイトを構えて杖の切っ先をオーの群れに向けた。
力を込めると太陽の意匠が輝きを放ち出す。
「サンライズ!」
撫子がそう叫んだ瞬間、アヴェンチュリンの先端から小型のサンスフィアの弾丸がまるでマシンガンのように高速で撃ち出された。
ガガガガガガ
ダダダダダダ
そんな発砲音が聞こえてきそうなほど射出の度に閃光を放ち弾丸が飛び出す。
わずか秒に満たない時間で真正面に立っていたオーが蜂の巣のように盛大に風穴を開けられて消滅していった。
光を放ち終えたアヴェンチュリン・クォーザイトの先からは煙が立ち上りますますマシンガンだった。
「射出速度と指向性の向上。やはりルビヌスの特性はアヴェンチュリンのグラマリーとの相性が良いですね。」
撫子がデュアルジュエルに求めたのは弱点の補填ではなく利点の強化だった。
素早く動けるようになるのではなくそもそも動かないでも戦えるように強くなるという選択は最良の選択と言えた。
秒に数十の光弾を放つサンライズの一斉掃射は扇状の空間の敵を喰い破って消滅させた。
オーは初めて鉄砲が戦場で投入されたのを見た武士のように恐れを見せた。
だが一つ武士とは違うのは
「オーーッ!!」
オーの中にも砲を持つものがいるという点。
腕に砲身を持つオーはすでに撫子に照準を合わせて弾丸を放とうとしていた。
撫子は声に気付きアヴェンチュリン・クォーザイトを向けながら振り返ろうとするが遅い。
漆黒の弾丸が秒速数百メートルの速さで
バンッ
と轟音を響かせながら放たれ
バシュ
アヴェンチュリンの通過した光の帯に阻まれて消失した。
「その攻撃は確かに黙視できないほどの速度です。しかしそれゆえに狙いは点でしかない。面で防ぎさえすれば脅威に感じる必要もありません。」
理屈では間違っていないがあれほどのエネルギーを相殺する力のある壁を咄嗟に生み出すのは容易ではない。
それを成し得てしまうのが花鳳撫子であった。
本部を強襲したオーはたった3人の圧倒的な力に押し返されてたじろいでいた。
「やああああ!」
ズバッ
その背後から合流してきたジュエル部隊が現れて攻勢に加わった。
あちこちからジュエルとオーの戦う声が聞こえ始める。
これでヴァルキリーはオーを挟撃した形となり一気に有利になった。
撫子が本部のもっとも高い台の上に立ってアヴェンチュリン・クォーザイトを掲げた。
太陽の意匠が光り輝く。
「さあ、ジュエルの戦士たち。今こそ手に入れたその力を存分に振るう時です。オーなどという化け物に世界を滅ぼさせてはなりません。必ずや勝利し、世界を恒久平和へと導くのです。」
「「おー!」」




