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Akashic Vision  作者: MCFL
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第77話 デュアルジュエル

粉塵と血飛沫が戦場に飛ぶ。

脇腹を押さえながらしゃがみ込んでいた由良は顔をしかめながら振り返った。

「何だ、今の力は?」

ルビヌスの全力とはまた違う、まるで空気抵抗を取り払ったかのような加速。

発動時に叫んだ名前には聞き覚えがなかったがその技は知っていた。

「ウインドロード、それは海原妹の技じゃないか?ジュエルは他のグラマリーまで使えるようになったってのか?」

問い詰める由良を余裕の笑みを浮かべた良子が見下ろして口を開いた。




光と式の縦横無尽の舞が明夜に殺到した。

「うっ!」

さすがの明夜も突然の全方位攻撃には対応できず防御した。

皮膚を切り裂き肌を焼く乱舞を耐えた明夜はたったの一発で傷だらけになっていた。

刀剣で防御していた頭を覗かせて緑里を見る。

その目には微かに動揺が見えた。

「どうかな、ボクの式光乱舞は?式よりも使い勝手は悪いけど数に制限がないのはいいね。」

緑里は上機嫌に話しながら腰に手を回した。




「うわっ!」

光の怒濤に襲われた八重花は地面に倒れた。

これまでに蓄積していたダメージもあり力が入らず起き上がれない。

美保はその背中を靴の裏で踏みつけた。

「ぐうっ!」

「いい様ね、東條八重花。あんたもうちらを裏切らなければもっと強い力を手に入れられたって言うのに。」

緑里は嗜虐的な笑みを顔に張り付けてグリグリと足を踏み込む。

その度に呻く八重花の反応に悠莉の嗜好を理解しかけるほどだった。

美保は太股に巻き付けたホルスターに手を伸ばした。


美保、良子、緑里、3人の左手には脇差し程の長さの刀身を持つもう1本のジュエルが握られていた。




「デュアルジュエルシステム。」

撫子は葵衣から戦況を聞いてホッと一息つくと紅茶のカップに口をつけてそう言った。

右手で紅茶のカップを持ちながら左手はソーサーではなく膝の上に乗せた短剣を握っていた。

色は真紅、ラトナラジュのジュエルである。

「単独の能力ではソルシエールの性能に劣るジュエルで勝利するため、グラマリー発現を目的としたセカンドジュエルを所持できるようにプログラムを組み換えた新しい力ですか。」

これまでのジュエルは発現するグラマリーに合わせて個別にチューニングが施されていた。

だがデュアルジュエルシステムはこれまでに蓄積したジュエルによるグラマリー発現を解析し、それらに適合する能力をジュエルに付与することで、複数のグラマリーを同時に扱えるようにするものだった。

「ソルシエールのグラマリーは確かに強力無比です。しかしそれは巨大なキャノン砲のように取り回しが難しく個人の資質によって能力が大きく左右されるものでした。しかしジュエルは汎用性を重視した多くの者が手にする力。足りない力はグラマリーの数で補えばいいのです。」

それが撫子の用意したジュエルの秘策だった。

そしてデュアルジュエルの力は十分以上の成果を見せた。

「デュアルコアの正常作動を確認。異常動作の徴候は見受けられません。」

葵衣が別のモニターに映し出されたパラメーターを見て常にジュエルの動きをチェックしている。

状況は万全。

だが葵衣には一つ懸念があった。

それはデュアルジュエルとは別のこと。

(西部に向かった複数のジュエル部隊との連絡が途絶したまま。芦屋真奈美様、あるいは作倉叶様に襲撃されたのでしょうか?)

考えを巡らせつつも自らが納得できないでいる。

発見すれば戦闘に入るよりも先に連絡が入るはずであり、叶や真奈美が全員を問答無用で倒すという暴挙に出るとも信じがたかったからだ。

(いったい何が?第三勢力…オーが現れたのでしょうか?)

疑問はすぐに可能性へと繋がる。

だがまだそれを撫子に告げるには調査が足りないと判断したため

「葵衣?」

「何でもありません。」

黙り込んだのを心配する撫子には何も言わずに首を横に振り

『西部にオー出現の可能性あり。至急調査せよ。』

村山率いる葵衣直下の部隊にメールでの指令を出すに止めた。

その可能性が否定されることを願いながら。




デュアルジュエルを手に入れたヴァルキリーは優位に戦闘を進めていた。

「どうしたのよ、もっと反撃してきなさいよ?」

美保は青い障壁の裏に身を隠しながらレイズハートを操作して八重花を攻撃する。

本家よりはサイズが小さいので壁というよりは盾であるが鉄壁ぶりは健在で八重花のジオードの刃も炎も通さない。

「悠莉の力がこれほど厄介だとは思わなかったわ。」

八重花は悔しげに呟く。

疲れで威力が落ちてきているとはいえジュエルでありながらソルシエールの攻撃を防ぐグラマリーは感嘆せずにはいられなかった。

そしてこの言葉は美保の神経を逆撫でするためではなく本心だった。

先程は驚きでスターインクルージョンを避けられなかったが冷静に対処すれば5つに満たない光の刃を捌くのは難しくはない。

それよりも攻撃が通用しないことの方が問題だった。

「悠莉じゃない、あたしの力!」

だが図らずもその言葉で美保は激昂した。

レイズハートの鋭さが増し、背後から3つと美保が放った2つの光刃が八重花を襲う。

ゴゥ

だがそのすべてをジオードの炎が消滅させた。

八重花は口に嘲笑を張り付けて剣を構える。

「人の技を借りて粋がるなんて滑稽ね。」

「あたしを馬鹿にするなぁ!」

美保は怒りに任せてスマラグド・ベリロスとショートサフェイロスを振り回す。

青の障壁と翠の光刃が溢れても八重花は余裕を崩さなかった。

「ただやり方はわかったわ。そろそろ反撃させてもらうわよ。」

「消えろ!」

吼えるように美保が両手を振り上げて迫ってくるのを八重花は腰を落として迎え撃つ。




「はああぁぁっ!」

長い鉾槍の柄の下端を両手で握った良子は一瞬で由良の眼前に滑り込むように現れると大振りで地面に向けて叩きつけた。

その間にいる由良は叩き潰されまいと全力で横に飛ぶ。

紅色の光を宿した斧が大地に激突し蜘蛛の巣のように亀裂が発生し、衝撃の余波で地面が爆発した。

「無茶苦茶なパワーだな!」

由良は飛来する瓦礫を玻璃で叩き落とす。

距離を取ったところで今の良子には無関係だ。

それでも僅かでも予備動作が見える距離を保つことで由良はラトナラジュ・アルミナの直撃を免れていた。

良子は自身も瓦礫に曝されて傷つきながらも楽しげな表情だった。

「このスピードは病み付きになりそうだよ。本当に風になった気分だ。」

スプリンターではない良子でも早く走りたいという願いはいつも抱いている。

その夢が擬似的に叶えられて純粋に喜んでいた。

「別にこっちに害がなけりゃ好きなだけ走ってろ。」

逆に由良は迷惑そうに眉を寄せるが良子は意に介さない…というより気付かない。

「"Innocent Vision"を倒したらゆっくり、じゃないな、速く走らせてもらうよ。」

一応やるべきことは見失っていないので再び良子がラトナラジュ・アルミナを握り締めた。

腰にはショートセレスタイトがホルスターで固定してある。

(とりあえずあれをなんとかするしかねぇか。)

頭を捻ったところで結局のところ打開策はそれしか思い浮かばなかった。

スペリオルグラマリーXtalでも使えれば真正面から向かっていくこともできるが本調子ではない玻璃では使えず、それ以前に由良の体が持たない。

まだ終わりの見えない戦いで無茶をするわけにはいかなかった。

ならば良子が力を増した起点を叩くしかない。

「倒させてもらうよ、羽佐間由良!」

「猪野郎に俺を止められるか?」

由良が玻璃を構える正面から良子が力強く大地を蹴って飛び出した。




「行け、式、光刃!」

緑里の操作によって式符と翠の光が明夜の周囲を飛び回る。

童子や白鶴の複雑な操作をソルシエールで行ってきた緑里は美保以上にレイズハートの操作が上手く式と連携した攻撃を組み上げていた。

「式は旋回。光刃、攻撃!」

戦術を口に出しているがそれで見切れるほど式光の動きは単純ではなく明夜ですら足止めされるほどだった。

小太刀サイズのショートスマラグドを逆手に握り右手のベリル・ベリロスで式光を操作する。

緑里は堂に入った戦闘スタイルを確立していた。

3つ2組、光と式符が明夜の周囲から離れず隙を見て襲撃する。

全方位に絶えず警戒を続けさせることで敵を肉体だけでなく精神的にも追い詰めていく。

だから

「なんで当たらないんだよ、柚木明夜!?」

その絶対包囲の中でなおも避け続ける明夜は異常だった。

刃を押さえようとする式符を小手先で捌き、襲い来る光刃を叩き落とし、死角からの攻撃すら回避する。

明夜はまるで一歩分しかない空間の中で踊るように止まることなく動き続ける。

光と紙吹雪が織り成す剣の舞いに緑里は一瞬見惚れかけ

ブンブン

頭を左右に振って気を入れ直した。

「式符の数を減らしたくないから攻撃が光の方に集中してる。だからこっちにだけ注意していればいい。」

「っ!?」

明夜は避けながら緑里の指示のパターンまで読んでいた。

確かに緑里は出せる数は3つだが無尽蔵に生み出せるレイズハートを攻撃の主体にしていた。

だが攻撃されている最中にそれを見破るのは至難の技のはずだ。

明夜はそれをやってのけた。

「…お前は、何者なんだ?」

緑里は以前から感じていた明夜の異質をここに来てより強く感じるようになっていた。

それはInnocent Visionを使う陸を前にしたような不気味さ。

魔剣を手にした緑里をして明夜の存在が"化け物"のように感じられた。

シャキン

明夜の二刀が一振りで6つの光と式符を切り落とした。

緑里が明夜に恐れを抱いて操作を甘くしたほんの一瞬の出来事だった。

明夜はブンと両手を振り下ろして緑里を見る。

その感情を映さない瞳が緑里をまた脅えさせた。

「私は、柚木明夜。ナウなヤングのレディ。」

「今時の女の子はナウなヤングなんて言わない!」

思わずツッコミを入れてしまった緑里に対して明夜は首を傾げるのだった。




葵衣の命で調査に出た壱葉ジュエルは激戦を繰り広げるソーサリスとデュアルジュエルのヴァルキリーの戦いを遠く横目に西部を目指していた。

「凄すぎ。」

「あれがデュアルジュエルの力。そしてあれがソルシエールの力。」

誰もがその力に魅入られてしまう。

それほどまでにジュエルたちとは次元の違う戦いだった。

それを悔しく思う者もあれば追いかける意思を諦める者もある。

「今は調査が先決です。皆、オーの襲撃も懸念されるので警戒を。」

村山の声でざわめきが収まり壱葉ジュエル部隊は西部へと続く平地に向かう。


そこは血で大地が赤く染まった地獄だった。


鉄の臭いが大気に満ち、大地を埋め尽くすように肉が転がっている。

そこには死が溢れていた。

「うっ。」

血の気が引いた顔で呆然とその光景を見ていたジュエルの1人が口を押さえて走り去っていく。

それを皮切りにジュエルたちはその場から逃げ出していく。

だが村山は止められない。

(ここは、地獄なのか?)

村山自身が1秒でも早く逃げ出したかったからだ。

「ぎゃああ!」

その背後から聞こえた突然の悲鳴に慌てて振り向くとそこには黒い水晶のような剣を血で真っ赤に染め、頬についた血を嬉々として舐めとる"化け物"が立っていた。

"化け物"は壱葉ジュエル部隊を見回して不機嫌そうに目を細める。

「また外れ。このままじゃ全員殺すまで出てこないかな?」

"化け物"は何でもないことのように殺すと言った。

さっきまで人だった物は胸に大きな穴が空いて肉に成り果てた。

その未来が、死が目の前に存在している。

「あ、…あ…」

誰もが恐怖に震えて動けない。

口を開いた瞬間に殺されそうな張り詰めた空気に呼吸さえも殺しているので助けなど呼べるはずもない。

"化け物"は黒い水晶剣を杖のように地面について身を預けた。

「まあ、このまま殺していけばそのうち出てくるかな?それじゃあ、死んで。」

"化け物"が残忍な笑みを浮かべた瞬間、村山の目の前で何の前触れもなくジュエルの頭が飛んだ。

まるで人形の首をもいだような手軽さで。

噴き上がる血の雨にジュエル全員が戦意を、生きる希望を失った。

"化け物"がゆっくりと村山の首筋に切っ先を突きつけた。

「バイバイ。恨むなら"Innocent Vision"を恨んでね。」

朱色の左目が開かれ

ガキン

刃は村山を貫くことなく逸れていた。

「え?」

村山の目の前には若草色に輝く眩き短剣が見えた。

飛鳥が愉悦の笑みを、村山が茫然とした視線を出所に向ける。

「ようやく出てきた。正義の味方。」

そこには表情を固くした作倉叶がいた。


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