第76話 ジュエルの秘策
ゴオォォォ
爆炎が周囲の全てを吹き飛ばした爆心地。
「はあ、はあ。」
「ったく、無茶しすぎだ。」
"Innocent Vision"だけがその戦場に立っていた。
周囲に倒れているジュエルは気を失っているのか死んでいるのか、あるいは死んだふりをしているのか。
「はあ、超音振はヴァルキリーにも有効な手札よ。ふう、温存しておかないとまずいわ。」
話しているせいでまだ息が整わない八重花。
頭脳派の八重花には由良や明夜ほどの体力はない。
その差が徐々に表れ始めていた。
「大分疲れてきたみたいね。これならうちらが出てくる必要もなかったかしら?」
土煙の向こうから掛けられた聞き覚えのある声に八重花たちは一斉に目を向ける。
朱色の輝きが3つ近づいてきていた。
土埃が風に流され、その向こうからヴァルキリーの神峰美保、等々力良子、海原緑里が姿を現した。
由良が然り気無く八重花を庇うように前に出る。
「随分と早かったな。てっきりヴァルキリーはジュエルのおこぼれを横取りするために待ってるんだと思ってたぜ。」
あからさまな挑発だが生憎暇しすぎて出てきた我慢の足りない3人はあっさり引っ掛かって眉を釣り上げた。
この中には冷静に判断を下す抑止力となり得る人材がいなかった。
「へぇ、ジュエルにずたぼろにされてる割に元気じゃない。」
「ずたぼろ?まだ一発も傷を受けちゃいないぞ。目まで腐ったか?」
ブチブチと美保の堪忍袋の緒が千切れ、青筋が浮かぶ。
「あんまり美保を虐めないでくれるかな?」
「ガルルル。」
良子が猛獣を宥めるようにドウドウと押さえつけながら由良に苦笑を向ける。
「飼い主ならしっかり手綱を握っとけよ。」
「うーん。どっちかと言えば飼い主は悠莉だよ。」
「人を家畜扱いするな!」
ギャーギャーと騒ぐ美保を由良と良子が距離を置いて弄る。
「良子、いつまで遊んでるんだよ?」
緑里が苛立った様子で声をかけた。
(もう少し粘りたかったが、仕方ねえか。)
由良は少しでも多く八重花の体力回復の時間を稼ぐつもりだったがさすがに3人いると上手く誘導できなかった。
荒れた美保は理性を取り戻し不機嫌さ5割増しで由良を睨み付ける。
「本当に殺されたいみたいね。だったら望み通り八つ裂きにしてあげるわよ!スマラグド・ベリロス!」
美保が呼ぶと朱色の瞳が光り左手に翠色の細身剣スマラグド・ベリロスが現れた。
「ラトナラジュ・アルミナ。」
「ベリル・ベリロス、この手に!」
良子と緑里もそれぞれのジュエルを手に取った。
放たれる気配はやはりジュエリアクラブのものとは比べ物にならないくらいに強大だった。
「相変わらず作戦を無視して独断専行しているようね?」
「作戦なんて聞かなかった東條八重花に言われる筋合いはないわよ!」
とうとう臨界を突破した美保はスマラグド・ベリロスを大きく振りかぶりながら八重花に斬りかかった。
八重花も体に巻き付けるように後ろに引き絞り
「はっ!」
真っ向から斬り結んだ。
ギリギリとつばぜり合いを始める2人。
「まったく、美保は。早速始めちゃったよ。」
「そういうお前も随分とやる気じゃないかよ。」
良子は呆れを含んだ呟きを漏らしていたが由良は戦いを見て良子の闘志が膨れ上がるのを感じた。
良子はニッと口を釣り上げて頬をかく。
「強い相手を見ると体が疼くのはスポーツマンの性かな?」
由良は首を横に振って玻璃を突きで構えた。
「違うな。そいつは…戦士の本能だ。俺と同じな。」
そしてもう一組のペアは
「うわぁ、一番嫌な相手に当たっちゃったよ。」
緑里が明夜を見て露骨に嫌そうな顔をした。
明夜は小首を傾げる。
「嫌なら戦わなければいい。」
ある意味正論でありこの場では無意味な言葉を緑里は笑い飛ばしてベリル・ベリロスを強く握った。
「そういうわけにもいかないよ。それにクリスマスパーティーの雪辱を晴らす絶好の機会を不意にするわけにもいかないから。」
「わかった。」
明夜は緑里の戦う意志を確認すると両の刃を交差させて腰を落とした。
「その戦う理由を相手に求めるの、ちょっと嫌だな。」
明夜の戦いはまるで防衛戦のように攻撃されるから迎撃すると言っているようだった。
そして防衛戦は中に守るべきものがあるのに対し明夜にはそれが感じられないことが緑里の不快に思う要因だった。
明夜は動じることも侮辱に憤慨することもない。
「私は戦う気はない。必要なのは"Innocent Vision"を護ること。その邪魔をするなら、斬る。」
ただ静かに、そして確固たる意志を変わらぬ表情に宿して明夜は地面を蹴った。
「美保様、良子様、姉さんがソーサリスとの戦闘に突入しました。これを機にジュエル部隊を西方へと進撃、芦屋真奈美様の無力化と作倉叶様の捜索に当たらせます。」
葵衣が現状報告と作戦進行を口にする。
双方向通信器の向こうからは戦闘で巻き起こる破壊音や獣のような叫びが聞こえている。
「いよいよですね。わたくしたち"人だった者"が造り上げた力が魔女の神秘を打ち崩すことができるのか、これはヴァルキリーの未来を決定する重要な戦いです。」
撫子が用意したソルシエールに対抗する策が通用するならば"Innocent Vision"との戦い方が大きく変化してくる。
だがこれでもソーサリスに届かないのであればジュエルがソルシエールを超えるのは非常に困難になってくる。
紅茶のカップを握る撫子の手には何時もよりも力が込められていた。
悠莉は1人固唾を飲んで結果を待つわけでも直接戦いに赴いたわけでもない立ち位置にあって手持ち無沙汰だった。
何気無く視線を遠くに向けると一瞬北側の丘に黒い何かが動いたように見えた。
「あれは…」
だがそれも瞬きをした次の瞬間には消えていた。
「どうかされましたか、悠莉様?」
「…いえ、何でもありません。」
悠莉は口にするのを躊躇った。
それがオーならすぐにでも撫子と葵衣に指示を仰いで対処に当たる所だが悠莉が見掛けたのは人のように見えたのだ。
(こんな軍の演習場に人がいるのでしょうか?もしくは熊でも見間違えましたかね?)
それはそれで問題で、悠莉はクスリと笑いながらも心の何処かが晴れない気分でいた。
「行きなさい、レイズハート!」
翠色の光が八重花の左右と後ろ、そして前方からは美保が迫る。
「その程度で私を倒せると思っているの?」
八重花は刃を後ろに引く際に地面をジオードで撫で付けた。
刃の触れた大地が燃え上がり八重花の背後に炎の壁が発生、レイズハートを飲み込んでいく。
「なっ!?」
驚愕する美保に対し八重花は前だけに意識を向けて炎を纏ったジオードを全力で振るった。
ガギィン
刃と刃がぶつかり合い拮抗する。
だが
「熱いわよ!」
刃から放たれる熱が美保を攻め立てる。
つばぜり合いですら八重花は攻撃としていた。
「レ、レイズハート!」
美保は苦し紛れにレイズハートを生み出して八重花に襲いかからせた。
「厄介な技ね。」
顔を歪ませた八重花は美保を押し返すとそのまま炎を噴出して光の刃を撃ち落とした。
美保はギリッと奥歯を噛んで八重花を睨む。
「厄介なのはどっちよ!髪の毛がちょっと燃えちゃったじゃない!」
「無駄毛処理よ。」
「無駄って言うな!」
美保の怒りに呼応してレイズハートが飛び交うが八重花は難なく捌いていく。
「やっぱりその程度の数では私を止めることは出来ないわ。そろそろ終わらせてもらうわよ。」
「っ!舐めるんじゃないわよ!」
ジオードの赤い炎が立ち上り巨大な刃となって美保に襲いかかった。
「はっ、はっ、ふん!」
良子はブンブンとハルバードを振り回して由良に斬りかかる。
斧に当たる部分が主武装であるため大振りで軌道は読みやすいものの遠心力と良子の膂力で放たれる斬撃は岩をも砕きかねない破壊力を宿している。
「恐い攻撃だな。ぶつかったら一発で骨が砕けそうだ。」
ブゥン
空気を圧縮した鈍器のような攻撃に由良は肌でその危険性を認識している。
それが分かっている由良は受けることはせず回避に専念していた。
「当たらないね。でも逃げ回ってるだけであたしを倒せるかな?」
無限大(∞)を描く軌道の斬撃を放つ良子は攻めている実感から強気に出た。
シュッ
笑みを浮かべていた良子の頬を何かが掠めていった。
笑顔のまま冷や汗をかく良子の前では射程範囲外で玻璃をライフルのように構えた由良がいる。
「お前は刃の付いたコマだな。近づけば大変だが、さて、遠距離からの攻撃ならどうだ?」
今度は由良が勝ち誇る番だった。
ソルシエール・ラトナラジュならばバラスという射撃能力があったがラトナラジュ・アルミナにはそれがない。
さらにルビヌスによる能力強化でも由良を捉えられなかったことから良子の攻撃が当たることはないという理に沿った結論を導き出した。
良子はラトナラジュ・アルミナを両手で握ってわずかに上体を前に傾けた。
「だったら、近づいて斬るまでだ!」
良子は地面を踏み抜くように力を込めて飛び出した。
明夜は2つの刃をまるで重さを感じさせない動きで鋭く振り回す。
だがその一撃は重く緑里はベリル・ベリロスで受ける度に体勢が揺らぎそうになっていた。
「相変わらず、"化け物"が。式!」
絶え間なく続く斬撃の嵐に緑里もただ曝されているわけではない。
振り上げられた左手の刃の横っ面に人形の式符が追突して斬撃の軌道を逸らした。
だが明夜はその斜めにずれた剣を横へと転じ、回転しつつ右手の刃で緑里を攻撃した。
「っ!?」
体勢を崩した筈なのにまるで初めから決めていたような動きを見せつけられて緑里の方が硬直してしまった。
咄嗟にベリル・ベリロスで防ぎつつ式に背中を引っ張らせて急速離脱したため直撃は免れたが危ないところだった。
明夜はヒュンヒュンと刃を振り回すとまた交差させる構えを取った。
緑里は2つの式を侍らせて明夜を睨み付ける。
「弱ってきてる筈なのに、接近戦が滅茶苦茶強い。」
「ありがとう。」
「褒めてない!」
「?」
微妙に本気か冗談か判別できない明夜を相手に精神的な疲労も感じつつ緑里は攻め方を考えて…
「アタック。」
いる暇もなくまた明夜が突っ込んだ。
もっと式を活用すべきだが数が減るのを警戒しているのか防御や緑里の援護に使われている。
「それじゃあ私は倒せない。」
明夜は一気に勝負を決めるために両手の刃を振り上げた。
その時、美保が、良子が、緑里が、ニヤリと笑みを浮かべ
「コランダム!」
「エアブーツ!」
「レイズハート!」
あり得ない名を叫んだ。
だが、"Innocent Vision"のソーサリスたちはそれ以上にあり得ない物を見た。
八重花は美保を守る青き障壁を。
由良は風のように加速する良子を。
明夜は完全な死角からの2つの斬撃を。
「まさか!?」
炎の太刀が防がれた八重花が驚愕し
「馬鹿な!?」
バックステップで距離を取ろうとしていた由良が踏鞴を踏み
「…。」
二刀を振り上げた体勢の背中に向かってくる翠色の刃を明夜がかわそうと体を捻り
「喰らいなさい、スターインクルージョン!」
「これがあたしの全力だぁ!」
「式光乱舞!」
ヴァルキリーのジュエルたちの最大の一撃が"Innocent Vision"のソーサリスに襲いかかった。
『ジュエル部隊、応答願います。現在ヴァルキリーのメンバーの参戦により我が方が優勢です。ですが相手はソーサリスであり油断は出来ません。この隙に作倉叶様を発見し確保します。各員尽力をお願いします。応答願います、ジュ…』
バキンッ
通信機から聞こえてくる声が機械ごと踏み砕かれて黙りこむ。
その足元には人が倒れている。
さらにはその隣にも、その周囲にも、その一帯にも人が倒れていた。
大地は赤く染まり、鉄の臭いが蔓延していた。
その異常な世界に"人"はいない。
立っているのは闇の異形オー。
数多くの闇が戦場に乱立し咆哮を上げている。
その中心に立つのも人の姿をした人ならざる者。
「やっぱりジュエルじゃ面白くもなんともない。」
「あ…くぁ…」
飛鳥の目の前ではジュエルの1人が空中に吊り上げられていた。
不自然に浮かび上がった少女は恐怖を張り付け苦悶の表情を浮かべている。
ギチギチと圧迫が強まり骨が軋む。
「アアッ!!」
「はっは!いいよ!」
バキン
何かが砕ける音がして獲物はだらりとぶら下がるだけになってしまった。
「もう壊れちゃった。」
飛鳥の顔が不快に歪む。
だがすぐに嗜虐的な笑みに変わった。
その視線は西に向いている。
「早く出てこないと全部殺しちゃうよ、セイント。」




