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Akashic Vision  作者: MCFL
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第74話 決戦を左右するもの

「完全に裏をかかれましたね。」

補給を狙った奇襲は逆に罠を張られて一網打尽にされるという結果になった。

それでも撫子の笑みは崩れていない。

度重なる敗北の報でイライラを募らせていく美保には撫子の余裕がまるで理解できずにいた。

「また駄目でしたね。何を考えているんです?」

美保は剣呑さを隠さずに尋ねる。

撫子は動じた様子もなく頷いた。

「もちろん、勝つための策です。」

美保の言いたいことを理解しつつはぐらかすような言動に美保の苛立ちはさらに募る。

「しかし、このタイミングで作倉叶さんと合流しないとなると、"Innocent Vision"こそ何を考えているのか分かりませんね。」

美保の怒りを理解しながらも悠莉はそれには触れず本題を振った。

完全にへそを曲げた美保はそっぽを向いてしまったが正直、話し合いにはほとんど影響はない。

「もしかして芦屋と作倉に戦わせるつもりがないとか?」

「5000人をたった3人で潰す気ってこと?」

良子の意見を緑里は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑うがすでに2割のジュエルがそのたった3人に潰された現状を考えると笑ってもいられない。

「しかし現実的には不可能と断言できます。ジュエルからの報告でもソーサリスの全員に疲れの色が見えて来ているとのことです。」

序盤は確かに圧倒的だった。

だがそれも体力の続くうちだけ。

後方に待ち構えるジュエルは強く、そこに至るまでにソーサリスは疲れ、傷を負う。

それが撫子の余裕の理由だった。

それ故に何としても叶を封じる必要があった。

「葵衣。手の空いている部隊をいくつか割いて西部の探索に向かわせなさい。恐らく芦屋真奈美さんが護衛についているでしょうが作倉叶さんの無力化を最優先任務とします。」

「了解致しました。部隊選定後、直ちに任務に当たらせます。」

葵衣は部隊リストからすぐさま適合する部隊を選んで連絡を入れ始めた。

着実に"Innocent Vision"を追い詰めている感覚に満足げな撫子とは対称的に美保はいつまでもふて腐れていた。




その頃八重花たちは崩れた壕の中にいた。

効果範囲をひび割れである程度限定することで安全圏を確保したのだ。

今は座り込んで疲れを癒している。

「さすがに2時間戦い通しは辛いな。」

「でもまだまだこれからよ。ここで根を上げるようなら作戦は失敗ね。」

八重花も疲れを見せているのに口は辛辣。

由良はそれが鼓舞だと知りつつ表面上は怒りを表す。

「そういう八重花こそ息が上がってるな。ここから先は俺に任せて休んでたらどうだ?」

八重花も挑発だと知りつつ不機嫌になって由良を睨む。

「作戦を立てたのは私よ。だから最後まで見届ける義務があるわ。」

「義務か。堅苦しいな。」

バチバチと火花を散らす2人。

炎と振動で穴の中の温度が上がった。

その2人の間にヌッと明夜の手が伸びる。

「喧嘩は駄目。」

下らないと自覚しつつ引くに引けなくなっていた2人は顔を逸らしながらもあっさりと引き下がった。

「それでこっからどうする?このままここに隠ってるとカナとマナの方に敵が行くかもしれないぞ?」

「まあ、そうでしょうね。由良の超音振はあと何回くらいいけそう?」

由良は指折り数えて眉を潜める。

「撃つだけなら4回だがこの後も戦うことを考えると3回か2回に押さえたいところだな。」

「ちょっと少ないわね。明夜のアフロディーテは?」

「何回でも平気。ただ使うと疲れる。」

結局のところ残りの体力次第であり、それが一番の問題だった。

だが1人として"Innocent Vision"だけが持つ神秘の業を口にはしない。

由良は膝に手を置いてグッと体を押し上げた。

「…さて、そろそろ行くか。」

「まだまだ先は長いわよ。」

「頑張る。」

ソーサリスたちは戦う意思を左目の朱色に宿して一時の安らぎの地を後にした。




「"Innocent Vision"のソーサリス確認!」


八重花たちが見つからず、西部に進出しようとしていたジュエルの軍勢の前に3人の魔剣使いが姿を現した。

「ソーサリスが3人。近、中、遠距離全部に隙がない。」

明夜は近接戦闘能力が飛び抜けて高く、中距離では八重花の炎がその鎌首をもたげて猛威を振るい、遠距離でも由良の音震波や超音振が襲ってくる。

1人でも厄介な"化け物"は集まるとさらに手に負えない存在だった。

「固まらないで!散開して包囲しつつ死角を狙うのよ!」

インストラクターから的確な指示を受けてジュエルが動く。

瞬く間に針の筵のように周囲に刃を配置した包囲網が完成した。

だがそれを見ても八重花たちは怯えることもなく不気味な薄ら笑いを浮かべている。

「ここはグラマリーなしで行ってみるか?」

「それはなかなか面白い提案ね。明夜はどう?」

「それなら私の勝ちは間違いない。」

明夜は少し誇らしげにブイサインをして見せる。

完全にジュエルを舐めている言動に周囲から殺気が立ち上るが八重花と由良もそれとは別に機嫌を悪くして目元口元をひくつかせた。

「それは聞き捨てならないな。」

「剣の数や速さだけで勝ったつもり?」

「うん。」

バチバチと今度は3人で火花を散らせ始める"Innocent Vision"のソーサリス。

当然ジュエルたちも倒される的役に甘んじることなど出来ない。

「馬鹿にされたままで終われない!絶対殺す!」

戦場に2種類の殺気が膨れ上がり周囲の木に止まっていた鳥たちが逃げていく。

「攻撃…」


「「「スタート!」」」


ジュエルが動き出すよりも早く手にソルシエールを握ったゲームを始めるべく飛び出した。




結論から言えば、ソーサリスは正真正銘の化け物である。


「誰よ!?グラマリーを使わないソーサリスはジュエルと同じなんて言ったのは!」

ジュエルの1人が悲鳴のような恨み言を呟いて座り込んだ。

その悲痛な叫びは今この場で戦うジュエル全員が感じていた。

同じ魔剣にカテゴライズされていながらソーサリスとジュエルの性能差はグラマリーを封じたからこそ歴然となった。

「おらおら、もっとかかってこいよ!」

由良は常時3人から同時に攻撃を受けていた。

玻璃は1本に対して相手は3本以上。

しかも1人に向かえばそれ以外は死角という条件だというのに由良はまるで後ろに目がついているかのようにジュエルの攻撃をかわし、逆に追い詰めていく。

今も背後から忍び寄った刺突を振り返りもせず避けていた。

「後ろに目でもあるの!?」

「さすがにそこまで化け物じゃないぜ!」

刺突を避けて無防備なジュエルを叩き伏せ、正面にいた2人を一振りで倒し

「どんどん来いよ!」

由良は次の獲物を求めて前に進んでいく。



八重花は周囲を包囲するように展開したジュエルの間をまるで流れるように足を止めずに進んでいく。

当然ジュエルは立っているだけでなく斬りかかってくるが八重花はそれすらも流れの一部のように剣で受けるでもなく回避していた。

「何、あの動き!?もしかして見切りの達人!?」

「残念ながら一介の女子高生に会得できるほど生易しいスキルじゃないわね。」

そう言いつつも八重花はまるで全体の動きを知っているかのように淀みない足取りでジュエルの中を歩いていく。

「なんなのよ、こいつら!?」

由良と八重花の尋常ならざる行動にはもちろんタネがあった。

ソーサリスのグラマリーには由良は振動、八重花は炎というようにそれぞれ属性が存在する。

発動の起点はソルシエールとなるが本人もその力の一端を担っており、八重花のドルーズはまさに自身から炎を噴き出させている。

その応用で由良は空気の振動を、八重花は熱の動きを常人よりも鋭く関知できるのである。

それが死角からの攻撃への対応やジュエルの間をすり抜ける技に繋がっていた。

だが、そんな2人ですら目を見張る存在が向こうにいる。

「速すぎる!」

「そんな!?」

ジュエルたちの絶望の声の間を駆け抜ける風。

煌めく二刀はかまいたちのようにジュエルを斬り捌いていく。

その動きを捉えることは出来ず、ジュエルたちは駆け抜けた影を追いかけているようなものだった。

明夜は刃の風だった。

「遅い。止まって見える。」

「そんなに速く動かれたらこっちは動けないわよ!」

明夜は刃の腹でバッタバッタとジュエルを薙ぎ倒していく。

そのペースは明らかに由良や八重花よりも早い。

「くっ。やっぱ単純な剣での戦闘能力は明夜が圧倒的か。」

「だけどみすみす負けを認めるわけにはいかない。ペースあげるわよ。」

「そんな、ジュエルは…」

ジュエルたちに絶望を植え付けながら"Innocent Vision"のソーサリスはゲームに没頭していった。




多くのジュエルが恐怖に戦いている頃、インストラクター服部率いる和歌山ジュエル部隊は激戦を繰り広げている中央部を北から大きく迂回して西部に向かっていた。

「他の部隊がソーサリスを押さえている間に我々は作倉叶を確保する。こちらはソルシエールとは違うシンボルを使う。十分に注意するように。」

西部の入り口付近は木々も少なく平地なので見晴らしがよい。

隠れていなければ離れていても確認できるのだが

「……む。」

服部はその平地に静かに佇む人影を見掛けた。

左足は美しき刃の義足、左腕に手甲を備えた"Innocent Vision"でも特異な聖剣を担う魔剣使い、芦屋真奈美は青く輝く瞳を閉ざして佇んでいる。

「目標ではないがあからさまに待っている以上接触しないわけにもいかない。」

ジュエルたちが平地を歩いていくと真奈美はゆっくりと瞳を開いた。

青い左目がジュエルたちを見つめる。

「ようこそ。歓迎はしないけどね。」

「それは作倉叶を探させないと言うことか?」

「まあ、君たちの目的が叶だって言うのならそうなるね。」

真奈美はザッと義足の刃で地面を蹴る。

そこは鋭利なは刃物でスパッと斬られたような亀裂になっていた。

「我々の目的は作倉叶の確保および無力化。その邪魔立てをするというなら排除させてもらう。」

服部が小太刀のジュエルを逆手に構えると部下も一斉に構えを取った。

真奈美も二度三度ステップを踏んで足回りを確認する。

「久々の大きな戦いだ。頼むよ、スピネル。」

真奈美に応えるようにスピネルが光を放つ。

「攻撃開始!」

服部の号令でジュエルの一斉攻撃が開始された。

前と左右から同時に仕掛ける。

「その武器は右半身の守りが薄い。弱点をつかせてもらうよ!」

左足にスピネルを持ち左腕に手甲を備えた真奈美は確かに右側の装備が皆無である。

左からの攻撃を手甲で受け、正面にスピネルで対抗するなら確かに防ぐ術はない。

「弱点かどうか、ちゃんと見るんだね。」

真奈美は迫るジュエルに対して左足を軽く後ろに引くと

「ハッ!」

防御ではなく斬蹴を打ち放った。

全身を使った回し蹴りはもはや面に対する攻撃であり三方から襲いかかったジュエルは慌ててジュエルで受け止めた。

「ぐっ、重い!?」

だがスピネルはシンボルの力を継ぐセイバー、魔に対する優位性はジュエルが相手であろうと変わらない。

身体強化を弱体化されたジュエルには抗う力はなく弾き飛ばされた。

「後ろ、取ったわ!」

その時すでに別のジュエルが完全な死角となる背後に飛び込んでいた。

蹴り技で体勢が崩れた真奈美に凶刃が迫り、

ガギッ

「え…」

地面に付いた瞬間にジュエルに向かうように跳ね上がったスピネルのあり得ない軌道の斬撃に阻まれた。

真奈美は駒のように身を回転させており、まるでスピネルの動きに真奈美が合わせたようだった。

そして刃がぶつかれば魔剣相手ならば真奈美が力負けする事はない。

「くぅっ!」

数瞬で4人のジュエルが弾かれ真奈美はその中央で息を乱すこともなく立っている。

由良たちソーサリスの圧倒的な攻撃力による恐怖とは違う、次元の異なる得体のしれなさが真奈美のスピネルにはあるようにジュエルには感じられた。

「スピネルは魔の力に反応する。ちょっと応用すれば自動迎撃も出来るんだよ。」

真奈美はあっさりとさっきの不可解な軌道の斬撃の謎を口にした。

だがそれはあの軌道に耐えられる柔軟性と体幹の絶妙なバランス感覚がなければ到底制御できるものではない。

「あたしは戦いたくはない。今からでも帰ってくれるなら後を追ったりはしないよ。」

真奈美には殺意がない。

服部はグッと唇を引き締めて小太刀のジュエルを握り締めた。

「化け物の偽善者め。」

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