第73話 本当の魔剣の力
ヴァルキリーの駐屯する本部にはジュエルの状況が逐次伝わってくる。
ジュエルに持たせたセンサーで動きを常にモニタリングし、目撃情報から"Innocent Vision"の動きをマッピングしている。
「"Innocent Vision"は西部より進行中。ソーサリス3人が北部、中部、南部から東部に向けてジュエルを排除しながら進撃。現在17%のジュエルが戦闘続行不能となっております。」
「2時間で1000人に届きそうですね。さすがはソルシエール。」
戦闘が開始されてからもうすぐ2時間。
2割の損害は予想を上回っているものの想定の範囲内である。
「葵衣。叶…作倉叶さんの動きはどうなってるかしら?」
撫子は呼び方をさりげなく修正したが怪しまれることはなかった。
ヴァルキリーにとってこの戦いで最大の重要人物は攻撃力の高いソーサリスではなく実は叶だった。
叶の持つ癒しの光は傷や体力を回復させる神秘の力。
それを許せば最悪ヴァルキリーは5対5000の戦いに敗北する可能性も出てくる。
それは言い換えれば叶さえ押さえればたとえソーサリスがどんなに強力でも敗北はないということだった。
「芦屋真奈美様同様前線には出てきておりません。恐らくはベースキャンプとして待機されていると思われます。」
本来ならこの戦いに衛星監視システム「オブザーバー」を運用する予定だったが話を通していた相手が人事異動で外れ、後任とは交渉の余地がなかったため葵衣たちは使えなくなってしまったのだ。
急遽決定となったため演習場にカメラやセンサーをつけることも出来ず、監視がジュエルの目という不確かな情報源になってしまった。
だから今ある手段を最大限に利用して"Innocent Vision"の動きを掴まなければならない。
悠莉は紅茶を飲みながら思案を巡らせ、納得したようにカップを置いた。
「早々にソーサリスの皆さんが前に出てきたのはジュエルによる包囲を警戒し、作倉叶さんの安全を確保するためということですね。」
「そう考えるのが妥当だと思われます。さすがにソーサリスの皆様も疲れを見せ始める頃、ジュエルには尾行しベースキャンプの位置を特定させる予定です。」
クリスマスパーティの時に"Innocent Vision"が行った本部攻めを今度はヴァルキリーがやろうというのである。
撫子、葵衣、悠莉がまるでゲームを楽しむように状勢を楽しんでいる中、緑里、美保、良子はつまらなそうに戦闘が行われている西を見ている。
「いくら勝つためとはいえ、退屈。」
「それはあたしも同感だね。」
「ボクもだよ。」
3人は机にグテッとだらしなくだれていてヴァルキリーとしての品位が足りていない。
ただそこを指摘すると戦いに行かせろと言われるため葵衣は敢えて注意しなかった。
「もう1000人もやられたんだし敵討ちに出てもいいと思うんですけど?」
美保は敵討ちなどと言っているが単純に戦いたいだけなのは見え見えだった。
「まだ1000人です。それに後衛に近づくほど強力なジュエルを配備しているのですからその部隊よりもヴァルキリーが先に行くのは如何ものでしょう?」
屁理屈を並べ立てたところで理に勝る葵衣を看破できるわけもない。
結局上に立つ者としての威厳を示せと言外に述べるだけで許可は下りない。
ふて腐れる好戦的な3人を微笑ましく見つめた撫子は西に目を向けてフッと笑う。
「今日のわたくしたちはジュエルが持ち帰る勝利の報を待っていれば良いのです。」
戦乙女の長はソルシエールの力を知りながらも勝利を信じて疑わない。
それだけの力を生み出したと自負しているから。
「ふぅ、ここも一段落ね。」
八重花はジオードの纏う炎を振って消すと周囲を見回した。
そこには倒れたり戦意を喪失したジュエルがあちこちに見られる。
だが戦意喪失者は元より倒れているジュエルも死んではいない。
「いっそ殺した方が楽なんだけどリーダーとりくの意向じゃ仕方がないわね。それに以前のような殺人衝動も弱まっている。無理に殺す必要もないわ。」
だがそれは誰も殺さないという叶の方針とは少し違う。
殺さないのではなく殺す必要がないだけ。
本気で歯向かってきたり怯えた振りをして襲いかかってくれば容赦なく殺す。
本質はやはり人を殺す魔剣でしかないのだから。
「少し前に出過ぎたわね。明夜と由良を呼び戻さないと面倒なことになりかねない。」
八重花は素早く携帯を操作してまず明夜に連絡を入れた。
数回コールすると
『八重花、何?』
いつもの平坦トーンで明夜が電話に出た。
とりあえず無事なことに安堵しつつさっさと本題に入る。
「一度戻るわよ。あんまり深入りしてないでしょうね?」
『…………バッチリ。』
とてもうそくさい長い間があったが八重花はあえて言及せず電話を切った。
重要なのは明夜が無事なことであって、それが果たされているならたとえヴァルキリーを血祭りに挙げていようと一向に問題なかった。
続いて由良に繋ぐ。
『おう、ヤエ。そろそろ戻るか?』
「話が早くて助かるわ。それじゃあまた後で。」
こちらも用件を伝えるとすぐに電話を切った。
これはヴァルキリーが盗聴している可能性も考慮に入れているためである。
「さて、行きますか。」
もう襲ってくるジュエルがいないことを周囲を見回して確認した八重花は悠々とした足並みで西に向かっていった。
「ソーサリス3名が撤退を開始しました。」
その連絡はすぐにヴァルキリーの本部にも届いた。
「気付かれないように十分に距離を取った上で尾行を続け潜伏場所を割り出すのです。その後、別の部隊も加えて包囲し作倉叶さんを襲撃します。」
数では優位だったとはいえ一方的にやられていたヴァルキリーにやってきた初のチャンスを前に撫子は慎重でありながらも成功の意気込みを声に滲ませている。
特に叶はオリビンという聖なる鉄壁の守りを持っているが身体能力は一般人とそれほど違いはない。
戦闘に引きずり出し怒濤の大攻勢で攻めれば必ず隙を作り出せると考えていた。
そこにだれている美保が手を挙げた。
「どうされました?」
「その尾行、バレてて逆に罠を張られてる可能性があると思うんですけど?」
いい気分に浸っているときに言われて気持ちがいいものではないが内容は懸念の一つではあった。
「仰ることはわかります。ですが虎穴に入らずんば虎児を得ず、本物である可能性がある以上行かなければなりません。」
「まあ、確かに。」
普段から罠だと思っていても力でねじ伏せるまでと考えて突っ込んでいく美保や良子は納得、逆に悠莉と緑里は曖昧な笑みを浮かべていた。
「虎児が得られるか、或いは虎の牙にかかるか。どちらでしょうね?」
撫子はどこか楽しげに呟いて紅茶を口にした。
尾行を続けていた山梨ジュエル部隊は西部入り口から少し北東へと進んだところにある壕に八重花たちが入っていくのを確認した。
「羽佐間由良、柚木明夜、東條八重花の3名が入っていくのを確認しました。ターゲットの作倉叶、それと芦屋真奈美が内部にいるかどうかは判断できませんね。」
山梨ジュエルのインストラクター明星は確認事項を口にするのが癖である。
ただ仲間のジュエルたちはそれを聞いてやるべきことを認識できるのでジュエル内の意思疏通は早い。
「明星さん、突入ですか?」
倒すべき敵が休息のために壕へと逃げ込んだ。
それはジュエルにとって無防備な相手を襲撃する絶好の機会だった。
明星は首を横に振る。
「他部隊が包囲網を完成させてから攻撃開始です。」
「せっかく私たちが突き止めたのに他のジュエルに横取りされるかもですか?」
「………」
明星にジッと見られてジュエルは愛想笑いを浮かべる。
「…確かにここで襲撃することで他の部隊より先に攻撃を始められますね。でもそれは命令違反です。しかし…」
そしてもう一つ、明星は自身の葛藤も口に出して延々と悩む癖もあった。
しかもジュエルをやってるだけあって腹に一物持っており結構黒いことも考えているのだが…
「あー、明星さん。ここは素直に待ってましょうね。」
「…そうですね。やはり違反はよくありません。」
こうして見るに見かねた仲間たちが正すので悪いことはしていない。
何だかんだで可愛がられている隊長だった。
「それで明星さん。"Innocent Vision"のこと、どう思います?」
「どう、とはどういう意味ですか?」
明星が首を傾げるとジュエルの少女はここに来るまでに見てきた光景を思い出して小さく身を震わせた。
「ほら、これまでに1000人くらいのジュエルがやられてあちこちに倒れてたじゃないですか。」
「はい。」
「でも聞いた話だとまだ1人も死んでないって。それ、ジュエルを舐めてるのか殺す気がないのか、どっちだと思います?」
「………」
明星は再び考え込む。
「"Innocent Vision"が人殺しを躊躇っているのであればそこに付け入る隙があります。だけどそれが偶然、あるいはそう信じ込ませる作戦だとしたらあまりにも危険になる。」
またも口に出して悩む明星だが今回はその葛藤は程なくして終結した。
「不確定要素が多すぎるので信憑性は低いですね。それを過信するのは危険です。」
珍しく解が出たことで山梨ジュエルの方針は決定した。
「現状で包囲部隊到着まで待機。戦闘時は"Innocent Vision"に最大限の注意を払って挑みます。」
「はい!」
戦いの意欲は十分に、しかし今はただ静かに戦いの時を待つ。
そしてそれから十数分、葵衣から包囲が完了したという知らせが来た。
『各部隊はこれより目的地点へと進撃を開始してください。』
ジュエルたちはゆっくりと輪を狭めていきながら地面に掘られた壕を目指していく。
ジュエルとは違い"Innocent Vision"のソーサリスにはグラマリーの飛び道具が存在するため遠距離攻撃を警戒していたが接近していっても攻撃を受けることはなかった。
壕の穴まで残り100メートル程度でジュエルの輪が完全に連結して包囲が完成した。
自然に二列、三列と厚みを得ながら輪が狭まっていく。
壕は砲撃などに対抗するために掘られた溝であるが最近は使われていないらしく埋め立てられていた。
"Innocent Vision"が入ったのは残っていた穴の中。
もはや袋の鼠だった。
山梨、長野、新潟の甲信越ジュエルのインストラクターは目配せし合ってそれぞれに能力の高い部下を数人前に出した。
10人程度のジュエルが足音を殺して壕に近づき、武器を前にして穴に飛び込んでいった。
「………」
外で待機しているジュエルはグッとジュエルを握り込んだまま中の反応を待っている。
遭遇すれば声を上げ、魔剣のぶつかり合う音が聞こえるはず。
だが見た限り壕がそんなに広そうには見えなかった。
「入った瞬間に無力化された?」
悲鳴を上げる間も無くとなれば何が待ち構えているか分かったものではない。
だが第2陣の突入を考慮し始めるよりも先に壕に入ったジュエルたちが出てきた。
「逃げて!」
必死の形相で恐怖をありありと浮かび上がらせて。
「状況の報告を。」
飛び出してきた部下を捕まえて明星が問い詰める。
錯乱状態に近いジュエルも落ち着いた明星を見て少し安定した。
「中は蜘蛛の巣みたいに穴が掘ってあって"Innocent Vision"はその何処かから逃げています。そしてその中に話に聞いた水晶みたいなソルシエールが刺さっていました。」
「蜘蛛の巣、ソルシエール、姿を消した"Innocent Vision"…」
明星がそれらから答えを導きだそうとし始めた直後
ゴゴゴゴゴゴ
突然足元から凄まじい震動が襲ってきた。
「きゃっ!」
「地震!?」
立っていられないほどの揺れにジュエルたちは地面に身を屈める。
だが揺れは収まるどころか激しくなりビシリと地面にヒビまで入った。
「こんなときに大地震なんて!」
「…他が揺れていない。」
明星はこれほどの揺れにも関わらず遠くに見える木々が静かなことに気が付いた。
「これが、グラマリー。」
明星はそれがグラマリーだと気付いたが時すでに遅し、八重花のジオードで掘られた地面はスカスカになっており、そこに玻璃の振動が発生したことで上に乗った100人を超すジュエルの重量を支えきれなくなったのだ。
ビシビシビシッ
地面に巨大な亀裂が幾つも走り地面が陥没する。
「きゃー!」
「わー!」
誰彼構わず飲み込んでいく。
「これが、本当の魔剣の力…。」




