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Akashic Vision  作者: MCFL
71/266

第71話 先制攻撃

上中野軍演習場。

普段はまず寄り付くこともない場所に壱葉高校の制服を身に纏った5人の少女がやって来た。

普段は監視がいて侵入を拒む門が開かれている。

「どうやらお待ちかねのようね。」

八重花が不敵に微笑む。

少なくとも戦力差に絶望している顔ではない。

「皆を守るために、戦う。」

普段物静か…というか何を考えているのか分からない不思議ちゃんの明夜も闘志を充足させている。

「どこまで行けるか分からないけど全力で戦おう、スピネル。」

今はまだ顕現していない半身の足に語りかけて真奈美はスポーツマンのように決意を新たにする。

「敵が誰だろうと俺の仲間を傷つける奴は許さない。」

まだ見ぬ敵に向かって殺意を向ける由良からは近くを飛んでいたカラスさえも逃げていく。

万物に怖れられる稀有な存在だ。

本人は若干悲しげだが。

「戦わなくちゃいけないとしても、私はみんなを守りたい。だからオリビン、力を貸して。」

叶は胸の前で両手を組んで自らの力に願いを込めた。

その願いは"Innocent Vision"だけではない、ヴァルキリーとジュエルをも救いたいという無謀にして純粋な思い。

「行くわよ!」

八重花の掛け声で"Innocent Vision"は決戦の地へと飛び込んだ。




「わあああああああああああ!!!!!!」



世界を震わせそうなほどの大音響が人の口から生み出された。

それは数千のジュエルが奏でる歓喜にして狂気の叫び。

倒すべき敵を発見し、戦いの始まりを告げる笛の音となる。

号砲が放たれ

「戦闘開始ぃ!」

昔の合戦の映像でも見ているかのように地響きを鳴らしながら武器を手にしたジュエルの大集団が前進を開始した。

スコン

「え?」

そのジュエルの最前衛集団の目の前に突然美しい無色透明な杭のようなものが突き立った。

最前列の足並みが緩めばその後ろから続く部隊も渋滞のように動きが鈍くなる。

「ちょっと、止まらないでよ!」

前に出ているのはより手柄を求める傾向の強い者たちだから早速仲間内で揉め始めた。

最前列のジュエルは水晶のような杭を気にしつつも"Innocent Vision"に向かって前進を再開した。

他のジュエルも戦場の真ん中に突き立った水晶を気にするが危機感は抱かない。

何故なら、彼女らはその正体を知らないからだ。

水晶の剣が震え出す。

剣の振動はそのまま大気をも震わせ、

「これって、まさか攻撃!?」

ようやくジュエルの一部が危機感を覚えた。

だがすでに水晶の剣、玻璃は敵部隊のど真ん中にある。

中心部で気付いたジュエルも仲間という名の壁に阻まれて逃げ出すことが出来ない。

そう、この時を玻璃は、由良は待っていたのだ。

「震えろ、超音振!」

由良のその声を聞けたジュエルも、まだ視認できただけの距離にいたジュエルも等しく空気の激震を感じると同時に墜ちた。




本陣の観測機器でジュエルの配置のマッピングを見ていた葵衣はわずかに目を細めた。

入り口からは程遠い本陣には空気の震えは届かなかったが

「先発部隊、協調性に難のあるジュエルを寄り集めた混成部隊120名が行動不能に陥りました。恐らくは羽佐間様の超音振と思われます。」

モニター上の被害規模と速効性から攻撃を割り出した。

「早っ!」

「ジュエルは何やってるんだよ?」

美保と緑里は不甲斐ないジュエルに憤るが

「超音振ですか。確かあれは手元を離れても使えていましたよね?」

「ああ、そうだね。まるで投げて使うのを前提にしたようなソルシエールだ。」

「なるほど。投げられたクリスタロスをソルシエールだと気付かずに効果範囲内に入ってしまったというわけですか。以前よりも厄介な技になりましたね。」

「早急にクリスタロスの特徴をジュエルに伝達し警戒させましょう。」

他のメンバーはお茶をしながらも対抗策をすでに練り上げていた。

面白くなくて美保と緑里はお茶をズズッと飲む。

「開始数分で百人斬り、さすがはソルシエールといったところでしょうか。ですが、まだこれからです。」

撫子はまだ遠く見えない戦場に立つ"Innocent Vision"へ不敵な笑みを向けた。




「戻れ、玻璃。」

由良が呼び寄せると玻璃はいつの間にかその手に戻っていた。

肩に担ぐようにして視線を前に向ける。

「まずは八重花の計画通りだな。」

八重花も同じものを見ながら頷く。

「ええ、そうね。今のジュエルの大半はソルシエールを見たことがない。だから玻璃を爆弾にすることが出来たわ。でも2度目はない。欲を言えばもう少し削りたかったわね。」

100人を倒してもまだ全体としては50倍いるのだから微々たる損害でしかない。

だが"Innocent Vision"は誰か1人でも欠ければ致命的な損害となる。

作戦は慎重に進めなければならない。

「とりあえずヴァルキリーが動き出すまでは地道にジュエルの数を減らすわよ。深追いは禁止。グラマリーの使用も可能な限り抑えて力を温存するように。」

「了解。」

「ああ。」

八重花の言葉は由良と明夜に向けられていた。

真奈美はスピネルを装着しているものの叶と一緒に話を聞いているだけだった。

「みんな、気を付けて。」

「無理しないでね。」

見送られた3人は頷いて返事をすると各々のソルシエールを手に三方へと散っていった。

その後ろ姿を叶は心配そうに見つめていた。




大阪ジュエル部隊は軍演習場の西側から入り口である南に向かって進軍していた。

インストラクターであった神戸はジュエルの作戦外活動の件でいまだ意識不明のまま拘留されているため今は都が隊長を務めていた。

「先走った部隊が早速やられたようやね。気ぃ引き締めてな。」

関西ジュエルはソルシエールの力を目の当たりにした者もいるため慎重な足取りで進んでいく。

その進行ルートに突然火線が走った。

「炎!?」

「都さん、あそこに!」

ジュエルの1人が指差した先には左目を朱に輝かせ右手に片刃の剣を握る八重花が立っていた。

赤い炎がジオードの刀身で燃えている。

「見た顔がいるってことは関西の方から来たジュエルみたいね。わざわざ遠くからご苦労様。」

労いの言葉とは裏腹に八重花の表情は嘲笑っているように口の端が歪んでいる。

「"Innocent Vision"を倒せるならここまでの道の苦労なんてあらしませんよ。」

チャキジャキと都を先頭にジュエルが武器を構えていく。

その数はパッと見ただけでも100は下らない。

ジュエルの集団はさながら剣山のように無数の武器が突き出していた。

「さすがにこの数を相手にするのは多勢に無勢ね。」

そう呟くと八重花はサッと身を翻してジュエルたちに背中を向けたまま駆け出した。

「待ちぃ!」

まさかの敵前逃亡に慌てつつも先頭の集団から追いかけていく。

「あつッ!?」

集団の中程で突然走っていたジュエルたちが足に痛みを感じて動きを止めた。

見れば八重花が薙いだジオードの軌跡が今頃になって再び燃え立ち始めていた。

先を行くジュエルたちは八重花を逃すまいとしていて後ろを振り返りはしない。

「これは、罠ッ!?」

気付いた所ですでに遅く、視界から外れた先頭集団の向かった先で

ゴウ

巨大な火柱が吹き上がった。




中部地区愛知ジュエルのインストラクター豊田は野心は小さく石橋を叩いて渡る人間だった。

「敵がどこから出てくるか分からないから皆注意して。」

過剰な警戒に他のジュエルたちは苦笑していた。

臆病だけど能力は高いという漫画のキャラみたいな人だが親しみやすい雰囲気から好かれやすい。

いつもどおり取り越し苦労だろうと高をくくっていたジュエルたちは


「っ!?」

ギギン


突如姿を現した明夜の二刀による攻撃を豊田が防いだと気付いて笑みを消した。

「あなたは、"Innocent Vision"の…。」

「柚木明夜。」

豊田は奇襲への対応で心臓の脈動がおかしいことを自覚しつつもう息を整えていた。

明夜は手と一体化したような刃を見て首を傾げる。

「防がれた?」

明夜の神速とも言える身のこなしと動きに一体化した斬撃は同じソーサリスであっても防ぐのは難しい。

それをジュエルである豊田が防いだのだ。

「驚いたようね?」

「豊田さんは気が弱くてちょっとした物音にでも過剰に反応するから目の端に捉えた瞬間に動けるのよ。」

「一度に10人の攻撃を一度に防いだこともあるんだから。」

「あの、ええと…」

豊田ではなくその下につくジュエルが妙に自慢げに語り出した。

むしろ本人が困っている。

だが明夜はジュエルたちを見ていないしほとんど聞いていない。

「10人を防いだ。」

「あ、あれは、たまたま、です。」

豊田はジュエルを抱き締めて謙遜するがやっぱり明夜は聞いてない。

チュイン

「っ!?」

明夜の姿がぶれた直後には咄嗟に右に動かした豊田のジュエルが金属を防いだ。

だが豊田の危機察知能力はかつてないほどに働いていた。

それはまるで複数の明夜が存在していて一斉に攻撃を仕掛けてきたような錯覚。

「崩れた。」

「きゃあ!」

縦横無尽に走る刃にとうとう豊田の動きにも限界が現れオニキスの一撃で弾き飛ばされた。

明らかに自分達とは違う高度な戦いに傍観していたジュエルたちも豊田が倒されてもう一度武器を強く握った。

明夜は構えを取り、指をクイッと動かしてかかってくるように挑発した。

「10人以上まとめてかかってきて。」




鹿児島ジュエルの大隅は女子にしては大柄で柔道家であるため腕を大きく広げた姿は熊のようだった。

「…。」

その熊のような大隅が白目を向いて地面に仰向けに倒れている。

従っていたジュエルたちは非現実的な光景に口を利くことも動くことも忘れた。

不動の山のごときインストラクターが魔剣同士の純粋な力比べで押し切られたのだ。

ブンッ

「ヒッ!」

空気を切り裂く音に数人のジュエルが小さく悲鳴を上げた。

皆の視線が熊を倒した"化け物"に向けられる。

「どうした?薩摩のジュエルで威勢がいいのは1人だけか?」

肩に玻璃を担ぐようにして立つ由良はつまらなそうに目を細める。

あえて振動剣を使わずに力比べをしたのは薩摩武士の魂と正面からぶつかり合いたいと思ったからだった。

だが薩摩生まれだとしても武士の時代はとうの昔に廃れた上に武士は男児の思想である。

それを女子であるジュエルに求めるのは酷と言えた。

誰も前に出ようとしないのを見て由良はチッと舌打ちした。

「骨のないやつらを相手にするほど暇じゃないんでな。一撃でぶっ飛ばすぞ。」

由良が玻璃を天に向けると玻璃が小刻みに震え始めた。

やがてその振動は空気を震わせてジュエルにまで到達する。

「これが一瞬で先発部隊を行動不能にした超音振!?」

もはやジュエルは空気が震えているのか自分が恐怖に震えているのか分からなくなっている。

左目を禍々しい朱色に輝かせて自分達を屠らんとする由良は正しく夜叉のようだった。

「う、うわああああ!」

1人のジュエルが恐怖に叫び声をあげながらも手にした武器を振り上げて踊りかかった。

「あたしは選ばれたんだ。だから、こんなところで終われないのよ!」

ジュエルなら誰しも思う特別だという認識が恐怖に囚われながらもジュエルを戦いへ突き動かした。

由良がニッと口の端を釣り上げて笑う。

「ちょっとは骨のあるやつもいたみたいだな。来いよ、俺を殺したいんだろ?」

「チェストォ!」

全身全霊を込めたジュエルの一撃。

由良と同じく左目を朱色に輝かせた未熟な戦士の一撃を

「おおおお!」

由良は馬鹿正直に真正面から迎え撃った。

大上段から振り下ろされる攻撃に対して地面を抉りながら斬り上げる。

ガギギギ

玻璃とジュエルがぶつかり合った瞬間甲高い金属音が響き渡った。

「くあっ!」

攻撃を仕掛けたジュエルは武器を弾き飛ばされて自身も地面に倒れた。

由良はすでにその行く末を見ていない。

視線の先には恐怖の中にも闘志を宿した無数の敵の姿がある。

「さあ、次はどいつだ?」




「ジュエル損耗率が10%を超過。」

戦況を逐次モニタリングしている葵衣が事務的に告げる。

まだ10%とはいえすでにクリスマスパーティーの時の人数を大きく上回る500人がやられたことになる。

戦っている姿が見えない分だけ余計に"Innocent Vision"の強さを過剰に認識している感があった。

「お嬢様、如何致しますか?」

「それでは次の作戦に移行します。各員に伝達を。」

戦いはまだ始まったばかり。

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