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Akashic Vision  作者: MCFL
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第68話 嵐の前のさざなみ

そして一部波乱を含みながらも壱葉高校のテスト期間は終わりを迎えた。

「にゃは、裕ちん、どうだった?」

「んー、まあまあかな。久美はどうなの?」

いつもならテスト終了と共に無駄に元気になる裕子が今回ばかりは大人しい。

「にゃはは、今回はちょっとできたよ。それでどっか遊びに行く?」

なので久美が誘ったわけだが裕子はすまなそうに、それでいて照れ笑いを浮かべながら手を合わせた。

「ごめん。約束があるの。」

裕子の視線が一瞬芳賀に向いて、すぐに逸らされる。

久美は当然ながらそんな視線には気付かず

「そっか。また今度ね。」

少し残念そうに手を振った。

それを見ていた叶と真奈美は

(裕子ちゃん、デートかな?)

(あれはデートだな。)

ちゃんと気付いていた。

戦闘をこなしているうちに相手の視線の先を自然と察する能力が備わっていたのだ。

久美と話し終えた裕子は席を立って教室を出ていき、少し遅れて芳賀も席を立った。

「芳賀君。」

叶はその芳賀に声をかけた。

「ん?作倉が俺に用なんて珍しいな?どうした?」

「うん。あのね…」

叶はちょっと恥ずかしそうに視線をそらし

「金子先生が言ってたけどちゃんとひに…ンン!?」

「ほら、裕子が待ってるなら早く行かないと。」

「何でそれを…まあ、いいか。じゃあな。」

叶の口を塞いで真奈美が急かすと芳賀は驚いていたが小走りに出ていった。

それを見届けてから真奈美はため息をつきながら手を離した。

「プハッ、酷いよ、真奈美ちゃん。」

「まったく。何を言うのかと思えば。」

「だって、まだ2人とも学生だし。」

叶の言いたいことはよくわかるし叶の真面目さを考えればおかしな事ではない。

ただ、叶と保険医の接点が思い付かない。

「金子先生とどこでそんな話したの?」

「保険委員会の時に。」

「…なるほどね。」

陸が通っていた頃は保険医として気にかけていたため度々倒れたときに付き添っていた叶を知っていてもおかしくないし、保険委員なら接点としては十分だ。

真奈美はゴキリと指を鳴らす。

「うちの叶に余計なこと教えないように注意しておかないとね。」

そう呟いた真奈美はフラリと教室を出ていってしまった。

「にゃは、かなっち、まなちぃは?」

「どこか行っちゃったね。」

2人して首をかしげて一緒に帰ることにした叶と久美は知らない。


「や、止めるんだ、お前たち。いや、むしろ止めてください。」

「教育者としての根性を焼き直してあげるわ。」

「ったく、ぶっ飛ばすか。」

「由良先輩、止めはあたしが。」

金子養護教諭の保健室には真奈美と話を聞いてかちこみに参加した由良と八重花の姿があった。

叶を守る過保護な夜叉たちはゆっくりと輪を狭めていき

「うわあああぁぁぁ!!」

金子先生の悲鳴が人気の少なくなった校内に木霊したのであった。




悠莉はテストが終わるとすぐに東北に向かう電車に乗っていた。

サマーパーティーにジュエルが参加するよう打診するのが一番の目的だが同時に別の目的もある。

「さあ、私への負の感情を糧にジュエルの皆さんは熟れてきたでしょうか?」

突き刺さる視線を想像して悠莉は身を震わせるが表情はどこか嬉しそうだったりする。

決してジュエルの成長を喜んでの事ではなかろうが。

「一応岩手さんに連絡を入れておきましょう。」

葵衣の方には出発前に確認したがまだ連絡はないとのことだった。

以前教わった携帯のメールアドレスにこれから行く旨を伝えるメールを送信した。

「これであとは到着を…」

ピロリロリロ

携帯を仕舞おうとした矢先に手の中で携帯が鳴った。

送信エラーかと思ったが送信者は間違いなく岩手だった。

「なんでしょう?」

悠莉はメールを開き

『すぐに帰ってください!』

何やら切羽詰まった感じの文面に目を丸くした。

「これは私を追い払いたいがために語気を荒らげている…ではないでしょうね。」

悠莉はスッと目を細め、口の端を釣り上げた口を手で隠した。

「どうやら、予想以上に大変な事になっているみたいですね。」

言葉とは裏腹に悠莉は楽しそうに窓の外を流れる景色を眺めている。

あと数時間で悠莉は仙台へと到着する。



その頃、

「あれ、美保?」

「こんにちは、良子先輩。」

美保は体育館を訪れていた。

そこでは今日から部活復帰した鋭気溢れる女子バレー部が元気に躍動している。

良子はレセプションへの準備も込みで相変わらず部の指導に当たっていた。

現部長に練習を任せて良子は美保のところにやって来た。

「美保1人なんて珍しいね。悠莉は?」

「…別に悠莉とあたしはセットじゃありませんよ?」

不機嫌というか少し拗ねている感じの美保が可笑しくて良子はその頭に手を伸ばすがサッとかわされてしまった。

「子供扱いはノーサンキューですよ。」

「残念。」

別段残念そうでもなく良子は手を引っ込めた。

「それで、悠莉が1人でどっか行っちゃって暇だったからあたしんところに来たってことだね?」

「まあ、端的に言えばそうです。」

美保には他に友達いないのかなと思わなくもなかったがさすがに暴れられては敵わないので口には出さなかった。

以前なら尋ねていただろうから良子も成長したということだ。

「だけどこっちも見ての通り部活の指導とかあってね。悪いけど構ってあげられないよ。」

実際部活の方では練習をしながらも良子の帰還を望む目が向けられてきている。

「人を勝手に寂しがりにしないで下さい!」

美保は叫ぶと体育館から飛び出していってしまった。

良子は唖然としたまま頭をポリポリとかいてその後ろ姿を見送り

「やれやれ、気難しい年頃だな。」

同じくらいの歳とは思えない発言を残して部活に戻っていった。




八重花は金子先生を粛清した後、由良たちと別れて家に帰っていた。

部屋に着くなりすぐにパソコンを起動させる。

その間に制服を脱ぎ捨ててラフな格好に着替えた。

「今回のサマーパーティーはクリスマスパーティーとは違う点が多い。まずはジュエルの数ね。以前のジュエル部隊は精々壱葉と建川周辺の人員をかき集めただけ。それでも100人強の人間が集まった。なら全国から集めたらどれほどの数になることか、想像するだけで嫌になるわね。」

1000おや2000は下らない、最悪万に届く兵がヴァルキリーという組織にはいるのではないかと考えていた。

そうなると戦いは4対1000以上の絶望的な差になってくる。

如何にジュエルが弱いと言っても水滴がコンクリートに穴を穿つ可能性もある。

「それにもう一点。りくがいない。」

そして最大の問題点はそれだった。

クリスマスパーティーの時でさえ4対100の圧倒的な戦いを前に陸は正面衝突を避け、主格である撫子を狙った。

それは未来視があっても正面からの戦いを避けなければならなかったということだ。

「さらに言えば江戸川蘭の幻術がないのも地味に痛いわ。」

あれは攻撃に逃走にと使い勝手がよいグラマリーが多かった。

八重花は椅子の背もたれに大きく身を仰け反らせる。

「状況はクリスマスパーティー以上に厳しいわね。」

だが八重花の顔はまだ悲観的に落ち込んだりはしていない。

付け入る隙がないわけではない。

八重花は再び体勢を戻す。

起動したパソコンは八重花の入力をわずかな静音ファンの回転音を鳴らしながら待っている。

八重花の手には万能検索ツール、プラチナ色のフラッシュメモリが握られていた。

「『エクセス』、起動。」

メモリを差し込んだ直後にデスクトップがサイバネティックに変化し、各種検索ツールが同時に立ち上がる。

ハードディスクやCPUへの負荷でカリカリと音を立てて八重花の愛機も戦闘状態に入った。

八重花は指のマッサージを入念に行いながら画面に目を向けた。

1つのウィンドウには少女たちが一定の動きで訓練している姿が映し出されている。

「先日潰されたのに熱心ね。」

そこは建川ジュエルのリアルタイム映像だった。

人数は減っているようにも見えるが音がなくても活気に満ちているのがよく分かる。

「こっちはとりあえずはいいわ。あの程度じゃ戦力は削れない。だけど"Innocent Vision"への恐怖は植え付けられたはず。本番でうまく作用してくれればいいわね。」

八重花は別のウィンドウに目をやる。

こちらは真っ黒い画面に英数字が並ぶ面白味のないものだが八重花はむしろ楽しげにニヤリと笑った。

「やるわよ、エクセス。ヴァルキリーの内情を丸裸にするのよ。」

プラチナのメモリもダイオードランプが応じるように点滅を開始した。




その頃、緑里はパソコンで『葵衣式姉さん養成プログラム』なる問題を解かされていた。

いつの間にこんなものを作ったのか結構本格的で緑里が飽きないように工夫がされているため葵衣のスキルの高さとの差を考えつつも楽しんで勉強していた。

初めは右下に出ているアイコンが一瞬赤い警告を示した。

だがそれは一瞬で消え、勉強していた緑里は気付かなかった。

次にクリックした動作が遅くなった。

処理が時々重くなるのは別におかしくないと緑里は気にしなかった。

「それにしても、何で葵衣はボクの苦手な範囲まで完璧に知ってるんだろ?」

少なくとも緑里は葵衣に苦手なものなどないと考えている節があるせいで葵衣の得意分野や苦手分野を知らなかった。

「…もしかして、ボクって結構ひどいお姉ちゃん?」

ファブレとの戦いの中で和解した海原姉妹は目に見えて仲良くなったがまだまだ足りないようだった。

そんな事を考えていると間違えてマスコットのチビ葵衣ちゃんに怒られた。

「あはっ。」

簡単な絵ながらも葵衣っぽくてむしろ和んでしまった。

「後で聞いてみよう。苦手なものとか嫌いなもの。」

深く知っていくことはまだまだ遅くないはずだと前向きに考え問題に取り掛かろうとすると突然パソコンの画面が固まった。

「あれ、壊れた?」

とりあえずマウスをカチカチとクリックしてみるがやはり動かない。

「これが動かないと出来ないし、葵衣呼ば…」

カラカラと静かな音を立ててヴァルハラの扉が開いて葵衣が入ってきた。

それはもう見ていたんじゃないかってほどピンポイントなタイミングだった。

「終わりましたか?」

「…やっぱり埋められない溝を感じる。」

「?」

緑里は使用人スキルのレベルの違いに軽く絶望しながらもどん底までは落ち込まないで話題をパソコンに戻した。

「それがパソコンが止まっちゃって動かなくなっちゃって。」

「フリーズですか?」

葵衣は緑里の隣に立って画面を覗き込み、

「…姉さん、席を変わってください。」

表情を引き締めた。

緑里と席を変わるとすぐに電源ボタンを押すが

「応答なしですか。」

画面は消えない。

「葵衣、どうなってるのさ?」

「このパソコンは姉さんの養成プログラムで止まるような性能ではありません。何か別の、外部からのアクセスがあったようです。」

葵衣は言いながらLANケーブルを引き抜き、電源を外してバッテリーまで取り外した。

エネルギー源を失ったパソコンは死んだように静かになった。

再び組み直してLANケーブルだけ繋がないまま起動させると予期せぬエラーが発生しましたという警告が出た以外は特におかしな所は見つからなかった。

「葵衣、ボクが何かしちゃった?」

「いえ、今回の事は姉さんがボタンを押し間違えたくらいで発生するものではありません。」

葵衣はスキャンをかけてどこかに異常はないか入念に調べていく。

「それじゃあやっぱりウイルスってこと?」

「そう、なりますね。しかしこのパソコンはセキュリティも万全だったはずなのですが。」

結局データスキャンとウイルススキャンを掛けてみても何も引っ掛からなかった。

ただ一点、葵衣が気付いたのはデスクトップに「y」というテキストファイルが作られていたこと。

だがそれも開いてみればエラーのログだった。

詳しいと言ってもシステムの根幹を知るほどではないので強制終了のエラーとして判断するしかなかった。

こうして何事もなかったように緑里養成プログラムが再開された。




そして

「これで私も犯罪者の仲間入りね。」

八重花はいくつかの表計算ファイルを開いていた。

それは『ジュエル人口推移』などヴァルキリーの極秘ファイル。

「ここから勝てる策を練り上げる、参謀の腕の見せ所ね。」

勝つために八重花はパソコンに没頭し始めた。

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